夏休み日記 ③
「突然だけど君は最近、自分の異能力に変化を感じたことはあるかい?」
太一は首を降る。
男の顔が薄笑いからニンマリに変わった。
「……やっぱりね。これで君の彼女の誘拐の件も筋が通るなぁ」
「俺の異能力と優香の誘拐になにか関係があるんですか?」
「一応ね。君が協力してくれるなら君の彼女は平穏に旅行を終えられるけど、どうする?」
協力したくないが、背に腹は代えられない。
「まあでも、君が表に出てくれたことで『向こう』は手間が省けたと思ってるみたい。さて、行こうか」
男は何かを辿るように歩いていく。人のいない道から、やがて街灯すら見当たらない道に出た。既に日は傾き、山の影になっているので既に暗い。
観光エリア以外はとことん田舎のようだ。
男は相変わらず、音程に変化のない不気味な鼻唄を歌っている。
「そろそろ教えてください。あんたは何者ですか?」
男は立ち止まって3秒ほど黙ると
「借金肩代わりさせられてるんだよ。この仕事は借金返済のためのブラックアルバイト」
返事になっているのか分からない。
はぐらかされたのか、本当に借金持ちなのか?
「それにしても、今まで大変だったねえ」
「は?」
「付き合ってること周囲に隠してたんでしょ? 骨の折れることやってるよね」
話題がすぐに変わる。この男の癖だろうか。
「……なんで知ってるのかについては突っ込まない方がいいですか?」
「うん。それに関しては……あーあ、もうちょっと語りたかったのに」
その言葉が聞こえた瞬間、太一は男から距離をとった。男が危険だと判断したのではなく、自分のいた場所が危険だったのだ。
《知覚強化》で攻撃を関知したのである。
体制を建て直して確認すると、アスファルトに何処から飛んできた槍のようなものが突き刺さっていた。
「……ずいぶんと手荒な歓迎だこと」
槍の飛んできた方向を見ながら、男がボソッと呟いた。
「! 次来ますよ!」
しかも今度は連発だ。10や20なんてものではない。しかし飛んでくる槍は、なぜか太一ばかりを狙って飛んでくる。
「全く、大の大人が子供を追い詰めるなんて悲しいことしてくれるじゃないの外道共」
男が右腕を大きく振りかぶった。
直後、空が真っ暗になった。槍の気配が消える。エレベーターの時と同じだった。
「まぁでも、こちらとしても手間が省けたね。先制攻撃はあっちだ。さて借りは返そうか」
男の声と同時に、視界が明るくなる。男のいた場所に目をやると、飛んできた槍が音をたてて地面に落ちるところだった。
「協力ありがとう。後は彼女と楽しい旅を♪」
再び、太一の視界は暗くなった。
◆◆◆
「……で、気がついたらホテルの廊下にいた。なんか異様にだるくてさ、部屋になんとかたどり着いたら完全に力が抜けちまってよ。目が覚めたら夜中だったから危うく流れ星見逃すところだったわ」
太一の奇妙な話を聞いて、あの〈覚醒〉の件だろうと確信した。帳簿の件は偶発的なものなのでベラベラとしゃべっているが、あの資料の方は俺も箝口令を受けている。
《知覚強化》は日本においてメジャーな異能力ではない。持ってる人間の数は限られるし、レアな代物であるのは確かだ。
あれが一段階進化したら、太一は一体どんな能力者になってしまうのだろうか。
あまり考えると面倒なので話題を少しだけずらすことにした。
「その男の人、軍の関係者じゃないのか?」
「それがさあ、後になって優香の親父さんに聞いてみたら『……そいつのことは忘れろ』って言うんだよ。多分あれだ。本来はいないことになってるスパイ的な人だろうよ」
今回は太一の意見に賛同した方が良さそうだ。
「で、流星群は綺麗だった?」
「ああ。俺は初めてだったんだけど、すごい数だった」
◆◆◆
――――太一たちの旅行の数日前。
「旅行?」
「ああ。どうせこれで最後だからな。俺からの臨時ボーナスだ」
鶴宮は《社長》に向かって現金の束を放り投げた。
「よっ、ほっ、ほっ、ふんっ。あら、こんなに? この国の貨幣価値ってインフレしてないよね?」
「相応分だ。〈異能力開発部〉の尻拭いに多いに協力してもらったからな。ちなみにこれは赤林の脱税した金だ。安心しろ。一度国庫に入ったやつだ」
「そう。なら安心して受け取ろうじゃないの。でも最後は一番面倒だからって理由で今日華ちゃんが受けたんだけど」
札束でジャグリングしている《社長》を尻目に、鶴宮は椅子に身を委ねる。
「……それは災難だな、テロ組織」
◆◆◆
――――時は太一たちの旅行当日に戻る。
日が沈んだ夜半、ホテルから数キロ離れた山中にて。
山肌でカムフラージュしていたはずのアジトが急襲を受けていた。
地響きが10分ほど続くと、山には静寂が戻った。
《社長》が外の景色を眺めながら欠伸をした直後、コンクリートの壁が蹴破られる。
埃の中から姿を現したのは、般若のように顔を歪ませた女。
「社長? 資料はこれで全部ですか?」
「……相変わらず、君は怒ると怖いねー」
「で、全部なのか?」
彼女の目の前には大量のパソコン、USB、書類の束。その上から更に別の書類を山に加える。
そして後ろには壁に叩きつけられた男たち。
「……あんたね、毎度のことですけど狙われてる本人と接触すんなって言ってるでしょうが?」
「でも身近にいたほうが護衛って楽じゃね?」
「てめぇが関わるとロクな結果にならねえだろ。なんで来たんだよ」
「もー、女の子が使う言葉にしては汚くってよ?」
「ぶち殺すぞ。……で、全部なんですか?」
「うん。多分ね。こいつらが流出させてなければの話だけど」
井上今日華はため息をつくと、自身が気絶させたテロリストに手錠をかけていく。
「そうだー、今日華ちゃんのお母さんって自然を愛でる人だよねー。自分の娘の名前にもニュアンス込めるもんねー」
「……だったらなんですか」
今日華は作業しながら聞き流すが、次の言葉で手が止まった。
「犯人引きずり出したらここに流れ星落とすから」
……
…………
………………
「今なんて?」
「いや~小惑星を手繰り寄せるのは久々だったなぁ。昔よりスムーズにできるってのはいいねえ。でも火星と木星の間はやっぱり遠いよねぇ」
「ちょっと待て、『小惑星』?」
「幾つか砕いて落っことすから。大丈夫、ここに落ちるの以外は大気圏で燃え尽きるサイズにしておいたから。流れ星も見えてまずい資料も消せるんだから一石二鳥だよ?」
《社長》が言い終わる前に、今日華は自分の異能力でアジトから離脱する。
数秒後、空が真昼のように明るくなり隕石がアジトに落ちた。
衝撃はすさまじいもので次に今日華が確認したときには地形が変わっていた。
「思ってたより被害がでかくなったなー。まあいいや。人は死んでなさそうだし」
いつの間にか近くに《社長》がいた。左腕が《異能力》で変化し、気体でも液体でもない物質になっている。
それは《社長》の体格とは釣り合わない巨大な腕の形をしており、握られた拳を開くと中からテロリストたちが転がり落ちる。
「それよりも今日華ちゃん、上見てごらん?」
今日華が空を見上げると、通常ならあり得ない数の流星群が空を覆い尽くしていた。
「ざっくり3万発。楽しんでねっ」
そう言い残すと社長は再び男たちを拾い上げ、また何処へと飛んでいくのだった。
◆◆◆
「あー、なんかそれニュースで出てたわ。動画サイトでも急上昇ランキングにあった気もする」
すごい数の流星群が観測されたので天文関係の人たちが色々喋っていたのをうっすらと思い出した。
全く興味のなかった俺は話題に出遅れたようだ。
「ま、話を聞く限りは旅行が楽しめたようで何よりだ」
「ああ。ほんとにありがとう!」
……二瓶さんとなにか進展があったのか聞き出したものの、そこの部分はウブらしい。
可愛いなあ。
俺もいつかそんな恋愛ができるのだろうか?
……無理だな。
次回より二学期の新章です。
気が向いたらブックマークや評価など、よろしくお願いします。
1月8日、更新予定です




