夏休み日記 ②
本年もよろしくお願いします!
「うわー、『あんた誰だ』って思ってる顔になってるねー。今ここで『私は君たちの味方だ』って言っても信じてもらえないんだろーなー。悲しいなー」
エレベーターで一緒に乗った男の喋り方を聞いていると、機械の自動音声の方がまだ生気があるように感じてしまう。
太一は狭い空間のなかでできるだけ距離をとろうとする。
「……誰だ?」
「頭悪いなぁ。君たちの敵じゃないってばぁ?」
問題なのはまるで腹話術でも使っているかのように表情が変化しないところだ。不気味な糸目の向こう側からおぞましい気配を感じた。
既に相手の何かしらの異能力の術中に嵌まっているのか? 太一は臨戦モードになる。が、
「君の異能力って戦闘向きじゃないんだから立ち向かったところで意味ないよ?」
「……!?」
初対面であるのに、異能力を知られている。
本当に味方ならまだいいが敵だった場合は最悪である。
そのとき、体の感覚に変化が生じた。エレベーターがどこかの階に到着したらしい。
……しかし、扉は開かない。
「ごめんねー、逃げられると面倒だから止めちゃった。残念ながら助けは来ないんだなー」
太一は得体の知れない能力者に恐怖を覚えていた。
「膝、震えてるよ?」
「何が目的だ!」
「んーとねー、私にも私の仕事があるんだけど君の彼女がそれに関わりそうなんでね。ついでに助けてあげるって話。悪くないでしょ?」
「そんな話、信じられると思うか?」
相手は表情を一切動かすことなく
「じゃあ、君の彼女がなぶり殺されるのを黙って見過ごす?」
「なっ……!?」
「悪いけどガキ一人殺すためにプロがゴロゴロ揃ってるんだ。いくら彼女がそこそこに優秀な能力者に成長したからといって、即座に太刀打ちできるほど世の中は甘くないんだぜっ☆」
打って変わった鬱陶しい口調はさておき、『殺しのプロ』という言葉が引っ掛かった。
「あんたは……優香のお父さんの部下かなにかなのか?」
「面識がないわけじゃないけど向こうは私のことなんて覚えてないんじゃないかしら」
太一はますます混乱した。素性が知れない以上、こちらが危険であることに変わりはない。
「信用するしないは……そうだね、仕事を直接見てもらった方が早いかな」
その直後。
太一の目の前が真っ暗になる。
しかも恐ろしいことに体が全く動かなくなる。
指先までの感覚はあっても少しも力が入らず、声を出すこともできない。
そのまま永遠にも思えた時間が過ぎた。
「はぁい、一丁上がり」
声が聞こえたと思ったら急に視界が明るくなる。止まった時間が動き出したように体が自由になった。
「え」
いつの間にかエレベーターを降りて最上階の廊下にいた。そして目の前には、ざっと十数名に及ぶ従業員が倒れていた。
後ろにいた男が悠然と太一の前に出る。
「な、何を……」
「ん? 君らの留守中に侵入しようとした輩を引きずり出して気絶させただけだけど?」
男は気味悪い笑顔のまま振り返った。そしてあるものを指差す。
「そこの掃除道具のなか漁ってみ?」
言われた通りに自分達の部屋の前にあった掃除道具にかけられた布を剥がすと、バケツの中に拳銃と何やら怪しいスプレー缶が入っていた。
「これで信じてもらえないなら、まあ仕方ないと諦めるしかないねぇ。どうする?」
太一はジロリと相手を睨む。
男は音程に変化のない鼻唄を歌いながら全く変わらない表情を向けている。
「……あんたの仕事は聞かない。でも教えてくれ。なんであいつが狙われた?」
「さあ? でもここにいる人間から察するに美少女でお楽しみしたいんじゃねーの? 殺しのプロっつっても男ばっかだし。あくまで私が知ってるのは『君の彼女がこいつらのターゲットになってる』ってことだけだから」
その後も、従業員に扮していた怪しい集団を調べるとロープやら手錠やらを服の中に隠していた。
黒は確定だ。
「さて真田太一くん。君は恋人を守るために戦う覚悟はあるかい?」
本名すら知られていても、最早驚かなかった。
◆◆◆
「ちなみに今君の彼女は風呂、おねーさんは買い物に出掛けていて誰も部屋にはいない。二人とも好きなことには時間をかけるタイプだから恐らく一時間は戻ってこないよね?」
ストーカーのような情報収集能力だ。
太一は慎重に言葉を選ぶ。
「……それで、俺は何をすればいいんだ?」
「んー、そうねぇ。君の異能力でこのホテルの近くにあるであろうアジトを見つけてほしい。近くにあるのは分かってるけど、正確な座標がイマイチなんだ」
だが太一は違和感を覚えずにはいられない。
「俺の知り合いのこと知り尽くしてるくせにか?」
「あらばれた? じゃあ本題。簡単な話だよ。君には異能力を発動した状態でホテル周辺を歩き回ってほしいんだ。別になにかを見つける必要はない。大丈夫。私が後ろから見守ってるから」
相手の真意は不明だが二人を巻き込むわけにはいかない。
太一は一度着替えてから、言われた通りにホテルの外に出た。外は観光客でごった返している。異能力を発動し、姉が行ったであろう商店街とは逆方向に歩き出した。
人数が多いこの状況で視覚や聴覚を強化してしまうと刺激の多さにやられてしまう。なので一番強化しても問題ない味覚に割り振っていた。
と、どこかから視線を感じた。
異能力というよりは今まで培った勘が働いた。
努めて自然に目の前の角を曲がり、瞬間的に走り出す。細い路地で一挙に人通りが減った。そこで一気に聴覚を《強化》した。
予想通り、誰かが太一を追跡している。
〈足音からして大人の男二人! 体格は似ていて区別が付けづらい、あと結構速い!〉
相手を解析しつつ逃走を図る。観光街である割りには、表通りから少し遠ざかるだけで人の数がゼロになった。
走っている途中で、追ってくる足音が止まった。
ブレーキをかけつつ来た道を振り返ると、観光客に扮していたらしい男たちが地面に崩れ落ちていた。
「はぁ~~~い、ご苦労様♪ さぁて君たち、アジトの場所まで案内してもらおうか」
あの男が両手を前に突き出した状態で悠々と歩いてくる。
そのまま男たちの首根っこを掴むと、ひきつったような妙な引き笑いをした。そして何やら男たちの耳元で囁く。
しかし男たちが口を割らないの見ると急に低い声で
「黙ってると悪いことになるわよん?」
ここで太一は捕まれている男の顔を見てぎょっとした。
一言で言うなら「絶望」。それに尽きる。
屈強な男が、まるで子供が怪物にでも遭遇したかのように怯えている。
「ほれほれ~、喋った方が楽だぞ~? …………あれま?」
だが、男たちは何も言うことなく泡を吹いて気絶してしまった。
さっきも見た異能力だ。
「……アジトを知らないのは本当だったんですか?」
「うん。まあでもいいや。ところで太一くん。君には今、私はどう見えてる? 《知覚強化》は君に何を見せている?」
男は目的が達成されなかったにも関わらずあっけらかんとしていた。
「えっと……」
ここでようやく、太一は事実に背筋を凍らせることになる。
「……!?」
彼の《知覚強化》で視覚を強化すると可視光線以外の光を見ることができるようになる。
そしてもう一つ、他人の異能力エネルギーを見ることができるのだ。普通に見たら分からない異能力も、発動さえしていれば太一の《強化》された目を通し、全身を覆うオーラのような形がサーモグラフィのように見える。
だが、目の前の男は「黒」だった。
普通あり得ない。異能力を発動していなければただの人間にしか見えないはずなのに、太一の異能力はその人物がいるであろう場所に真っ黒なシルエットを彼に見せたのだ。
彼のいる部分だけ、色を失っている。
「あー、分かった分かった。なんか不吉なもん映しちゃったみたいだねー。じゃあこの人たちは置いてアジトに行こうか」
そう言うと、男は最寄りの公園にあったベンチに二人を寝かせた。
◆◆◆
「アジトの場所は聞き出せたんですか?」
「うんにゃ、彼らに連絡用の異能力が掛かっていたからね。逆探知した」
自称味方を名乗る男の異能力は依然として不明である。それに太一は今の言葉に疑問を抱いた。
「『逆探知』って、どうやってやったんですか?」
「え、連絡用の異能力の『色』を見て、ここらへんの地域全体にローラーかけて同じ『色』の能力者を探しただけ。こういう役割の人って大体が安全圏で缶詰めになってるから探しやすいんだよね~」
太一は言葉に詰まった。
地域全体にローラー?
「まさか、この大人数の中から割り出したって言うんですか? 観光客も大勢いるのに?」
「うん? なにか疑問でも?」
確かに異能力はDNAに近いものがあり、限りなく似ていても個人で所謂「異能力の波長」が違う。だが、普通の人に「赤と紅と緋色の違いを見分けろ」と言ったらそれを実行できる人は少ないだろう。
目の前の男がやったのは、数万色の色の中から全く同じ一色を見つけたのと同じだ。
「まあ本当はもっと効率的なやり方もあるんだろうけど、これが一番楽だから」
「あの……」
「うん?」
「ここから先、俺は必要ですか? ないなら戻りたいんですが」
「あぁ、ダメダメ。君には囮になってもらうんだ」
…………
「はい?」
同じ系列のシリーズを書き始めました。いつ上げるかは若干不明ですが今年の上旬にはと考えています。
気が向いたらブックマークに評価などお願いします。
次回は1月5日、更新予定です。




