夏休み日記 ①
「なんか……焦げてるな……」
夏休みが終わるまで二日になった日、太一が寮に戻ってきた。
俺の夏休み? 幼馴染みも一夏の恋もあったもんじゃない。花火も海も山でBBQもない。何もないボッチの夏休みを終えた。
対照的にこいつは真っ黒に日焼けしていた。このリア充め。
「久しぶり。これお土産」
「おお……」
お土産と言いつつ、実際は彼の実家の料理だ。だが、ただの料理じゃない。もしお金を払わなければならないなら、ウン万円が一度で飛ぶレベルの品物だ。懐石料理がタッパに入っているという異様な光景だった。
「いやぁ助かったよ。おまえのおかげで最高の夏休みだった」
「あー……良かったなー。まあ上がれよ。麦茶くらいは出してやる」
まさかこんなことになるとは。経緯の説明が非常に面倒だ。大部分を削ってまとめると
①こいつには付き合っている彼女がいる。
②しかし両家の立場上、その関係は大っぴらにできない。プラス若干の裏事情あり。
③ところが俺の夏休み前の立ち回りにより、両家の間にある壁が取っ払われてしまった(←これは偶然。ここ重要)。
以上。
終業式の日、クラスに走った衝撃は凄まじいものだった。
「優香さー、夏休みどっかで遊び行かない? 最後の方スケジュール空いてる?」
「ごめん、太一と旅行に行くから」
隠す必要がなくなった途端、二瓶さんの行動は直球だった。
爆弾発言に教室が騒ぎ立つ。ざわざわが止まらない。
「た、『太一』?」
「優香ちゃんって『真田くん』って呼んでなかった……?」
「ぬおおおおおおお」
……悶絶しながら血の涙を流してる奴のことはスルーしよう。
「今まで黙ってたけど、私たち付き合ってるの」
男女双方から悲鳴が上がったのは、言うまでもない。
それはさておき。
麦茶を飲み干して開口一番、
「人目を気にしないって、いいよなぁ……」
まだ太一は夢見心地だ。
「まあ料理はありがたく受け取ろうじゃないか。んで、旅行は楽しかったか? 詳しく聞いてやろうじゃないか」
「ああ、そのことなんだけどさ――――」
太一は夏休みの土産話を始めるのだった。
◆◆◆
「おお……!」
海が新幹線の車窓から見えると、二瓶優香は興奮気味に窓に食い付いた。
「ねぇねぇ太一! 海だよ海! ……って」
名前を呼ばれた恋人はシートに身を委ねてピクリとも動かない。
後ろの座席から彼の姉が身を乗り出す。
「悪いねぇ優香ちゃん。こいつ昨日の夜興奮しすぎて眠れなかったみたいでさぁ」
彼女は弟の顔を寝顔を写真に収めると、加工アプリで編集し始める。
「後で送ったげる」
よろしくお願いします、と頭を下げた優香は舞子お手製の弁当に箸を伸ばした。
「監視名目で着いてきちゃったけど、代金は優香ちゃんの親父持ちだからねー。悪いけど、あたしものんびりさせてもらうよ」
一週間の旅行に、優香の父親は海が見えるホテルを予約していた。
娘に頭の上がらない親バカとも言える。
「榎本くんには感謝しなよー。こんなミラクル起こすとは思ってなかったけどさぁ」
彼のおかげで、彼女たちは「普通の」旅行ができている。
太一も彼を誘ったのだが「別用がある」という理由で断られてしまった。
別に構わないのだが、自分達が寮から自宅に帰るときも彼は普通にそこで生活していたのだった。
それからまもなく、車内にアナウンスが流れた。
「今日って流星群見られるんでしょ? 晴れるといいなぁ」
「この天気なら大丈夫だよ。さて、愚弟を起こしましょうかね」
姉の手には洗濯ばさみが握られていた。
◆◆◆
「楽しみだなぁ……」
昼間は海でたっぷりと遊んだ後、ホテルの露天風呂から沈む夕日を観賞しながら優香のご機嫌は頂点に達していた。
幸いこの時間は空いており人はほとんどいない。
「あら、あなたもここに流星群を見に来たの?」
幸福感に浸っていると不意に声をかけられた。振り返った優香は喉から変な声が出るのを感じた。
なんというか、同じ女として色々と敗北を叩きつけられた気分だった。
年齢は優香より10歳は上だろう。黒ではない濃い栗色の髪が印象的だった。大きな瞳からは柔らかな視線が向けられていた。
しなやかなくびれに、無駄な脂肪は一切付いていない。それでいて同姓から見ても羨ましいと思うようなバランス。
思わずダイブしそうになった。
「ま、舞子姉ぇよりすごい……」
「うん?」
「あ、いえ……」
気まずくなって目をそらす。
だが相手は
「夕日も綺麗だけど、ここから見える流星群って別格なんだよ! それ目当て?」
「はい。家族と一緒に」
「いいなぁ。羨ましい」
口調は本当に羨んでいるのが伝わってくるが、表情は満更でもなさそうだ。
「あ、自己紹介してませんでしたね。私、二瓶優香っていいます」
「あれまぁ、最近の若い子にしてはきちんと挨拶するねぇ」
年寄りのような反応が帰ってきた。優香は個人的に、まだ20代だよね? と自身の観察眼が不安になった。
「残念だけど私は職業柄、ここだと自己紹介できないんだ。ごめんね」
「ああ、分かりました。じゃあここでは、お互いただの観光客ということで」
「物分かりが良くて助かるよ」
この世界では足を踏み入れてはいけない領域がある。それは優香自身がよく分かっていた。
一線を引かなければ友達を作ることすら難しい。
「夜、いい流れ星が見れるといいね」
「はい。お互いに」
◆◆◆
やがて夜になる。
しかし。
「あー、もう……」
太一はなぜかずっと眠っている。
温泉から戻ってきた途端、電池が切れたように眠り続けていた。
「……ちょっと寝過ぎだね。どうしたんだ?」
舞子も弟の頬を叩きながら怪訝そうな顔をしている。
普段の彼は眠りが非常に浅い。わずかな物音でも起きてしまう。
その彼が、これだけ長時間眠り続けているのは今までの経験上なかった。
「どうする?」
「今まで気張っていたのが出たんじゃない? 時間はまだありるから大丈夫だよ」
外は雲もなく新月なので星がよく見える。
二人で窓際から夜の海を眺めていた。
「長かったね、ここまで」
舞子がポツリと呟いた。
「あたしは今でも覚えてるよ。優香ちゃんがうちに来て太一に向かって『あんたをもらってあげる』って言った日のこと」
「やめてよ……それ幼稚園のときのことでしょ?」
「あはは、忘れるもんか。あいつが君に向かって『じゃあ15年経っても好きだったらいいよ』って返したのは傑作だったな。今はむしろあいつのほうがゾッコンになっちまってるし、自分があんなこっ恥ずかしい台詞を吐いたのも忘れてるみたいだけど」
「……」
「ほんと、榎本くんリアルキューピッドだよねぇ」
◆◆◆
「なぁ、太一よ」
「どうした?」
「おまえらのキャッキャウフフが聞けて俺はとても嬉しいんだけどさ、おまえ全く起きてないよな?」
太一は話に出てきたものの全部眠ってる。
なんじゃこりゃ。
「まあまあ、俺にも事情があったんだよ」
「どんなだよ?」
「俺も夕方辺りに温泉に行ったんだ。そしたら戻る途中でトラブルがあってだな――――」
◆◆◆
「お~、肩軽い」
太一は温泉から上がると肩を回しながら自室に足を向けていた。
電車のなかで寝ていたせいで鼻に洗濯ばさみで攻撃を受ける羽目になり、しかも寝顔が変顔に加工された写真まで作られていて踏んだり蹴ったりだった。
目が冴えたと思って海で遊んだものの、疲労のほうが充実感より先に襲ってきたのだった。温泉は久しぶりだったが、効能の看板に偽りなし。最高だった。
ところが、エレベーターに乗ろうとしたところで彼の背後から妙な会話が聞こえてきた。
「……あいつは……どこに……」
「……中将のことだから……最上級の…………」
内容が途切れ途切れだったので、彼は自分の異能力《知覚強化》を発動した。これで小声の会話もクリアに聞き取ることができる。
「本当にいるのか?」
「間違いねえ。二瓶中将は今日ここで予約をしてる。本人がいなくても娘がいるだろ」
不穏な会話だった。まさか誘拐? それ「おーい」ともテロリスト? 太一の脳「ねーってば」内に緊張が走る。
こんな観光「きーてるー?」地にも危険分子が存「いーかげんにしろよー」在して
「うわああっ!?」
いきなり脳天にチョップを食らった。
目の前にはエレベーターがすでに到着しており、中にいた浴衣姿の若い男性客が少し迷惑そうな表情を浮かべていた。
「乗るのか? 乗らないのか? 一応上にいくんだけど」
「あ、すみません。乗ります」
慌てて乗り込んで振り返ったが、怪しい影はどこかへ消えてしまった後だった。
「君、何階?」
「えっと、一番上です」
「あっそう」
中には二人だけ。男性客は開閉ボタンの近くに立っていた。彼は最上階のボタンも押すと、気が立っているのか人差し指を壁にコツコツと連続してぶつけていた。
少しうるさいが気にしない。
太一はさっきの会話を思い出していた。
狙いは娘である優香だろうか? だとしたら旅行どころではない。「彼女に危険が迫っている」
…………
……………………
「え?」
考えていた文章がなぜか耳から入ってきた。
驚いていると、さっきの男性客がこちらを見ていた。さっきのイラついた顔は消え、なぜか薄笑いを浮かべていた。
「わりかし絶体絶命かもよ? 君の彼女」
誰だこいつ!?
年が明けるのに夏の話をしていることに今更ながら気づきました。(-_-;)
次回は1月2日、更新予定です。




