雑魚は暗躍する。
長さにして、10メートルほど掘っただろうか。
分厚い土の壁を抜けると、どこかの天井を突き破った。
お互い能力を展開して着地する。
どこかの廊下だった。電気が明るく地下には思えない。建物に損壊があるのに警報が鳴らないのは彩乃先輩がなにか細工でもしたのだろうか。
彩乃先輩は誰もいないことを確認すると
「ここまで来て言うのも今更かもしれないけど、まだ引き返せるよ? ここから先は死ぬかもしれない。向こうは本気で来るだろうから」
本当に今更な質問をぶつけてきた。さっきまでの信頼はどこ行った?
「……それくらい承知の上です。つーか、ここは今から戦場になるんでしょう? だったら本気で暴れていいってことですよね?」
「君の異能力で戦うつもり? まともに勝てるとは思えないけど?」
初めて怪訝そうな顔になる。恐らく俺の余裕を感じたのだろう。
「じゃあこうしましょう。先輩が秘密を教えてくれたお返しに、俺の秘密も教えるということで――――――」
それを聞き終えたとき、彼女の顔は青ざめていた。
「それ、本当?」
「嘘は言ってませんよ。そんなことより早く行きましょう。時間が惜しい」
腹を括ったのか聞きたかったのだろうか。
そのまま先輩の後ろに続いていくと、突き当たりに鉄の扉が現れる。脇に電子ロック錠があった。先輩は手早く番号を入力し、顔を近づけた。へー網膜スキャンか?
解錠の音がして、閂が外れる音がした。周りに注意しながら素早く侵入する。
「これがさっき言ってた部屋ですか?」
「そ。この部屋にあるのは分かってる。この部屋の人間はあと30分は戻ってこない。悪いけどその間に、ここは頼んだ! 電気点けたらバレるからこのままでね!」
先輩はそのまま部屋の扉から出ていった。端末のライトを着けて室内を観察する。
誰か個人が私物化した部屋――――とすれば納得できる。平積みされた書類のせいで足の踏み場もない。
その一番奥に机があった。なるほどこれか。
こうもあっさり侵入できたことは疑問だ。これ部屋の中で待ち構えているとかないよな?
この部屋に水気のありそうな場所はない。水道もなければトイレもない。指紋を残さないよう《壁》を挟んで机の引き出しを開けたが、そこから飛び出してくるなんてこともなかった。
これなら大丈夫か。
彩乃先輩によると「左側の一番下の、二重底の中に隠してある」そうなので、迷いなくその場所を探す。
そこまで分かっててなんで自分でやらないんだ聞いたら「別件」と同時にやらなければならないらしく、危険度はそちらのほうが上なのだとか。
……すげ、ホントにあった。
表にデカデカと〈覚醒候補者リスト〉と書いてある。中身を確認すると間違いなく本物だった。
……あまりにもスムーズ過ぎる。
小学生のお使い並みだ。
不意に視界が明るくなった。
「なぁるほどぉ、あのガキが余裕ぶっこいてたのはそぅいぅことぉ?」
ほら来たぁ!!!
◆◆◆
声の様子からして相手は女。しかも太ってるっぽい。吐き気がするような甘ったるい声。
とっさに机の影に隠れたが姿を見られてしまった。明かりが灯った時点で隠れようがない。
おかしい。見つけものは達成したとはいえ、まだ10分も経過していない。
「へぇえええ。確かぁにぃ? 一般人なら調べようがないねぇ。でもぉまさかぁ協力するバァァァカがいるなんてねぇ」
間延び以前に声がとにかくウザい。ねっとりというか、しつこい。
「ま、おとなしく出てきたら殺しはしないよぉ?」
生きながらヤバイ目に遭うのが容易に想像できる。あれか。マッドサイエンティストってやつか?
ちっ、どうやって抜け出すかな。少しでも時間を稼がないと。うっかり切ってしまったから、ほぼ1分は能力が使えない。
数秒の沈黙のあと、ゆっくりと唇を動かす。口調はあくまで自然にゆっくりと。
「ちなみに、今、俺はあんたの机から、リストを取った。中身は、間違いなく本物だ。これ、もとの場所に戻すから、無事に逃してくれるとぉぉ――――――――っ!?」
嬉しいんだけどな、という台詞はキャンセルされた。
水の弾丸が机の上を通りすぎて壁に穴を開けた。しかもそのあと、普通ではあり得ない動きをしている。
間違いない。あの女が彩乃先輩の言ってた《同化》の能力者だ。
「人の話は最後まで聞けよな大人ならよぉ!」
あーもうやっぱりこうなった!
能力が使えるようになるまであと45秒。
「にぃがさないよぉぉぉぉぉぉぉぉ。パパの二の舞は嫌だからねぇ」
喋り方ただのホラーだよ! なんて突っ込みしてる場合じゃない。
たちまち水が水が近づいてくる音がした。
「うっ……!?」
机から顔を出そうとした瞬間、水の一部分が、俺の頭が出るであろう場所を正確に狙ってきた。しかも横薙ぎに。コンクリートで出来ているはずの壁に直線が描かれた。
まずい。今捕まったら確実に殺られる!
が、動こうとした瞬間、水の塊が鉄の机に直撃し、衝撃で壁に顔をぶつけた。
「……っ!」
激痛が走る。あいついたぶってやがる!
歯を食い縛りすぎて視界がチカチカした。
動けないでいると、部屋に声が反響する。
「あれぇ? おかしいなぁ、悲鳴の一つもあげないなんてぇ、おかしいぃわぁ?」
だが、ある意味助かった。
あいつがいたぶりに時間をかけたおかげで、こっちの準備もできた。
《壁》を展開する。
「やってやるよ畜生め」
◆◆◆
女の見た目は鏡餅だ。それ以外の何者でもない。
だが予想外だったのは、とんでもなく頭が切れる人間だったということだ。
「なにっ!?」
女は自分の体を水と《同化》させると、俺の半球状の《壁》を覆うようにへばりついた。まるでドームにカバーを被せたかのように。
完全に水に変わっているのに、なぜか声だけははっきり聞こえる。
「君ぃ、攻撃に転じるまでの時間があるってことはぁ、発動までにタイムラグがあるかぁ、一度使って次に使えるようになるまでにぃ時間が必要ってことでしょうぅ? それにぃ、私の能力はぁ物理攻撃通用しないしぃ。じわじわ追い詰めればぁ勝てるんじゃないかなぁって」
初見でそこまで見破るか!? スミス先生ばりの観察力だ。
これじゃジリ貧だ。時間だけが無情にも経過していく。そして
「へぇ、もう切れちゃうのぉ? ざーんねぇん」
《壁》が消えた瞬間、《水》は形を変えて俺の鳩尾を捉えた。その勢いで壁に叩きつけられる。
「がっ……はっ…………!」
口の中で血の味がした。
背中は痛いし、頭もぶつけたせいでジンジンする。
相手は元の姿に戻っていた。
「次使われたら厄介だからぁ、やっぱ殺そ」
右腕だけ《同化》させ、その《水》の砲弾が今度こそ、俺の体を四散させるべくずれることなく一直線に飛んできた――――
◆◆◆
「つーるみーやさーん。だーいじょーぶー?」
「おまえちょっと黙ってろ」
同じ時刻、鶴宮と《社長》は軍本部の鶴宮の部屋で相対していた。
「いやぁ、びっくりしたよ。まさか鶴宮さんが〈異能力開発部〉との決着をあの子に任せるなんて」
《社長》が手に持った紙をヒラヒラさせる。それは
「〈異能力開発部〉の非人道的実験に対する捜査令状。この短時間でよく用意したねぇ。これであの子のやることは合法になる。どうして執行者の名前をあなたにしなかったの?」
「……おまえが言ってただろ。『俺は私怨で動く』。だからだよ。俺がもしこの令状で動いたら間違いなく感情的になる。あの子のほうがまだ冷静だからな。それで頼んでいた人は連れてきてくれたのか?」
「もっちろおん。ただねー、あんまり外に出ないもんだからどっかではぐれちゃった。でも大丈夫でしょう。あの子の格好目立つし」
「確かに、おまえと似たような服装してるしなぁ」
次回で決着(できるかな?)です。
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次回は12月23日、更新予定です。




