雑魚能力者は暗躍する ④
「君らと戦う相手の異能力はシンプルな《身体強化》。で、君はあることをしてもらいたい」
――なんて彩乃先輩の台詞を思い出す。次の瞬間には、《速度操作》でギリギリ渡り合っていたはずの男子がダウンさせられた。
彩乃先輩は丁寧にも、俺たち以外で今回招かれている生徒の異能力を全部教えてくれたのだ。顔写真つきで。
人の顔を覚えるのは得意なので、これはありがたかった。
それにしても。
《身体強化》とは「発動して体がゴツくなる」異能力ではない。厳密に言うと「強化スーツ」が正しい。異能力で作ったウェットスーツのようなものだ。強力な矛であり、同時に盾になる。
なのでこの異能力を持つ人間は必ずしもムキムキではない。ガリガリのチビッ子でも大男を投げ飛ばすことができるのはこの理論のおかげだ。
ただし鍛えることにもメリットがある。なんでもこの異能力は「素の身体能力のウン十倍」という計算式があるらしく、基礎体力を上げるとそれに比例する形でパワーも上がる。なので《身体強化》同士であれば、普通に強い方が勝つ。
デメリットがあるとすれば、思考の処理だろう。
《速度操作》とは異なり、体感時間は普通の人間と変わらない。下手すると体の動きを自分が理解できない場合もあるそうだ。
だが、俺たちを襲っている人は相当な訓練を積んできたのだろう。とんでもない速度を保ったまま、精密な動きで生徒達を狙っていく。
「くっそぉ、強すぎんだろ!?」
生徒の一人が思いっきり毒づいた。
そりゃプロだもの。素人が寄ってたかったところで意味はない。
相手の軍人は猟犬のように引き締まった体が服の上からでも分かる。さらに無駄のない動き。次第に暑くなったのか上着を脱ぎ捨てた。
「ちっくしょう! 俺の《伝達操作》が効かねえだと!?」
また誰かのイライラした声が聞こえてくる。《伝達操作》も、ああいう防御を兼ねた異能力とは、やや相性が悪い。
さらに数人を沈め、残りの生徒達が半分を切った辺りで、向こうは俺に照準を合わせてきた。
俺も《壁》を作って相手の攻撃を避ける。だがすぐに方向転換して後ろから連続で拳を叩き込んできた。
現在《壁》の状態は反発を一切しない自称「暖簾モード」である。ただ拳が俺に届く寸前で必ず止まるので俺に当たることはない。
俺は壁掛け時計を目の端で捉えた。よし、頃合いか。
俺は床に触れている《壁》の弾性を瞬間的に高め、跳躍する。当然相手も追ってきた。
腰を捻り、渾身の一撃を放つ。
「ぬおおおっ!?」
空中なので避けることはなかったが、目的は達成した。
下から来た相手の射程距離に入った瞬間、《壁》の摩擦をゼロにした。ツルツルしたゼリーのような感触の表面を拳は滑りベクトルを変えた。
「逃げろおおお!」
危機を察した伊藤が叫ぶ。
相手の拳は、上に向かって真っ直ぐに突き刺さった。
◆◆◆
――――昨晩。
「『天井を崩落させる』、ですか?」
「そう。実は君たちが行くであろう場所の天井は構造上、ある一点を壊すと連鎖的に天井がそのまま下に向けて落ちてくるようになってるんだ。やり方は任せるよ。訓練だから多少不自然な壊しかたでも問題ない」
「なんでそんなガバガバ設計なんですか……」
思わず口に出してしまったが、彩乃先輩は怒ることなく
「ああ。侵入してきた奴を圧死させるためだよ。基本的に軍本部は壊しやすい設計になってるの。あと、もしものときは全部葬れるように」
さらっと怖えーこと言いやがった。
「だったらなんでそんな場所で戦闘形式のテストなんかするんです?」
「軍としては君たちの異能力も見たいだろうけど、本命は君の相方だよ。もし天井が皆の上に落ちてきたら、彼は本当の異能力を発動するでしょ?」
「……」
改めて奴の異能力がどれほど希少で危険なものなのか思い知らされた。しかし彩乃先輩にとっては興味の対象外なのか、それ以上語ることはなかった。
「訓練が早く終わったら、君たちは空き部屋に連れていかれる。エノちゃんは来る途中で最初にあるトイレに入ってほしい。崩落する建物のすぐ近くにあるから分かると思う。作戦の続きはその後だ。ああ、最後に一個だけ。手荷物は本部についた時点で取り上げられる。だからあの資料は今のうちにもらっておくよ」
――――昨日の打ち合わせの通りに天井が崩落した。
なるほど、天井の中心じゃなくて、そのすぐ近くか。
空中から観察すると、大人達は動ける体勢にはなっているものの誰も動こうとはしない。その視線は一人の男子に注がれている。
伊藤は歯を食い縛りながらも本当の異能力を発動する様子はない。
そして崩れた天井が地面に当たる寸前、軍の誰かがようやく《念動力》らしき異能力を発動した。
チラリと見えたのは思うようにいかなくてガッカリしている。そんな失望に満ちた表情だった。
◆◆◆
さて第一関門はクリアした。
次はトイレに行く口実だ。これは簡単。
「す、すみませんちょっとトイレに……ウッ……」
口を押さえてトイレに駆け込む。後ろから将校がついてくる気配があった。疑り深い奴もいるな。
個室に入った瞬間、見事に胃袋のものを逆流させた。(音は省略)
……はあ、またこんな無駄特技を使う羽目になるとは。
自在にゲロ吐けるなんて自慢できない。
「大丈夫か?」
だるそうな声がトイレに反響する。やる気ないなぁもう。
「……す、すみません。気分が悪いので少しここで休んでいきます」
「そうか。出口で待ってるからな」
足音が遠ざかっていく。だが油断はでき「な、なんだ貴様は!? う、あ、やめ――――」
……なんかが倒れる音がしたけど、気のせいだろう。
「エノちゃ~ん、どこ~?」
俺は個室の鍵を外した。ちなみにこれは施錠しないとバネで扉が開くタイプである。
「……いいんですか、お仲間を手にかけて」
「その登場の仕方は、ホラーだと血まみれの君を見つけそうな感じだね」
軍服に身を包んだ彩乃先輩を見ると、改めてこの人軍人なんだと理解した。
やっと今回の彩乃先輩の目論みを聞けるらしい。
「あたしが起こそうとしてるのは一種のクーデターに近い。君に送った資料を作った〈異能力開発部〉って部門をぶっ壊したいの。君にはその協力をしてほしい」
資料の内容からして、そんなことだろうな、とは思っていた。
だが改めて耳にすると、やはりこの人はとんでもないことを仕出かそうとしている。
「具体的に何をすればいいんです?」
「そこで保管してある〈覚醒候補者リスト〉を奪ってほしい。あれが表に出ればこの部署の奴等は間違いなく牢屋にぶちこめる」
なるほど、リストの争奪か。
……どっかで見たシチュだな。
「で、その場所は?」
彩乃先輩は人差し指を下に向けた。
「この真下。ただ厄介な能力者がいるから気を付けて」
「どんな?」
「《同化》。種類は〈水〉」
うーん、厳しいのが来たなぁ……。
この異能力は「自分の体を一種類の物質に限りなく近いものに変換させる」。で、今回の相手は水に変身する能力者なのだ。
ただし、例えば腕が切られた場合にその辺にある水で欠損した部位を構築することはできない。まあ液体なので物理攻撃は通用しないが。
今までの俺の異能力では相手にならない。遭遇したら全力で逃走しよう。
「彩乃先輩はどうするんですか?」
「あたしは別件で動かなきゃならない。だから君に頼んだんだ」
その目は、俺が協力を断るかもしれないという不安は微塵にも感じさせない。
こちらも最初からそのつもりだ。
「資料のある部屋に直結してるから、移動する必要はない。じゃ……いくよ」
彩乃先輩の両手の指から、黒い糸が飛び出す。空中で縒り合わさって形を変え、大きなドリルが出来上がった。
躊躇なく、トイレの床に突っ込んだ。
◆◆◆
「なあ、聞いたか? 今朝の噂」
「ああ聞いたよ。なんか本部に変な奴が紛れ込んでるらしいな」
「なんでも鶴宮大将の知り合いらしい」
「あの人も物好きだよな。なんであんな格好した人間をホイホイ中に入れるんだ? 縁起悪い」
「だよなぁ。だって全身真っ黒の服らしいぜ。喪服かっつの」
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次回は12月21日、更新予定です。




