後日談
現金は行方不明。以上が現金争奪大会の全てである。
箱の中身が空だったときは彩乃先輩に疑いがかかったが、制限時間内に箱を開けると爆発する仕組みだと聞かされて皆も納得せざるを得なかった(恐ろしい仕組みであることに誰も突っ込まないのが恐ろしい)。
彩乃先輩が目だけ動かして俺を見る。現金が手元にないにも関わらず、微笑みを浮かべているのだった。
◆◆◆
時系列は少し遡る。
現金争奪大会の終盤。追い詰められた彩乃は逆に相手に怒られていた。
「ねぇ、どうして逃げてばかりなの? バカにしてるの?」
「そうカリカリするなよ冨田さん。言っとくけど、あたしが持ってるこれに現金はない。本物の現金は裁定委員会が使ってる部屋の、あんたの机の中に隠してあるから」
唐突な言葉に、冨田は眉をひそめる。
「……そうやって時間稼ぎのつもり?」
しかし彩乃は飄々と
「いやいや、あんたに金をくれてやると言ってるんだよ。嘘だと思うなら、この大会が終わってからそこを見ればいい。信じる信じないはあんたに任せるよ」
事実、大会終了後に彼女の言葉の通りに冨田が確認すると、施錠してあるはずの机の引き出しに、現金がそのまま入っていた。
◆◆◆
「相変わらず散財が好きだなぁ、おまえは。学生に現金ばらまくのは楽しいか?」
「嫌味っぽく言わなくてもいいじゃーないの。私はお金持っててもあまり意味がないから」
午後の昼下がり。
全国で現金に目が眩んだ学生たちが争っている最中、その現金の出資者は日向ぼっこを楽しんでいた。
「いいねぇ、日光は。……ところで鶴宮さん、欲に目が眩んだ人間を見てどー思う?」
「俺に聞くな。にしても、あと来年は必要ない。企業のスポンサー制度の見直しが決まってるから、来年は金額の平等が進むぞ」
喋り相手はパソコンの画面に表示されたデータを一瞥する。
「それで? わざわざ休暇中の俺のところに来たのはなんでだ?」
「この間の続きを聞こうと思ってさぁ。私をぶっ倒せる能力者のことでねぇ。鶴宮さん、勝算は?」
鶴宮は大きくため息をつくと
「……少なくともおまえから『ダメージ』を受けることはないだろうな。その子はおまえに触れることも可能だ。おまえに対して有効なのも確実だろうな。体の構造がインチキまみれのおまえに通用する異能力で間違いないだろう。本人にその気があるかは別問題として」
「やっぱそうなるよね~。でも、恐らくだけど」
〈それ〉はニンマリと笑う。
「超能力者を巻き込んで戦闘になった場合は最初に脱落するだろうね。ヤッチー、ユリちゃん、早馬くん、お宅の息女、それにうちの今日華ちゃん。この子達が喧嘩なんかしたらこの惑星持たないよね」
世界トップレベルの能力者のなかでも更に上位。この6人がもし結託して世界に宣戦布告などしようものなら、人類に屈服以外の道はない。
だが。
「『強い』と言ってみたり『雑魚』と言ってみたり。おまえが矛盾するようなことを言うからみんな混乱してるぞ。おまえが高く評価しすぎたせいで、その落差がすごいことになってるみたいだ」
「だろうねぇ。でも鶴宮さんならわかるでしょ?」
鶴宮は眉間に皺を寄せる。
「……もしその子がおまえと戦うことになったらどうするつもりだ? はっきり言うと、おまえがおまえとしてのスタイルを貫くなら確実に死ぬぞ?」
「それでいいんだよ。化け物は退治されなくちゃぁいけないだろう?」
◆◆◆
時はさらに少し遡る。
「現金を他人にあげちゃう?」
音楽室に向かう途中、彩乃先輩はとんでもないことを言い出した。
「そうだ。恐らくだが今回の争奪戦はほとんどの委員会が早々に戦闘不能になる。で、残るのが〈裁定委員会〉。その委員長やってるのがあたしと同じクラスの奴なんだけど、自分を悪役にして他人を助けることに固執した変態でね。今回狙ってる現金も、同じ委員会のガキの家族が借金を抱えてて、それの返済に当てるつもりだそうだ。でもあいつの思い通りにやられるのもムカつくから、ちょっと茶々を入れたい」
自分を悪役にして他人を救う、か。聞こえはいいのだが「固執」というワードが入った途端に気色悪く思えた。
「どうするんです?」
「実を言うと、雛が用意した箱はあたしが事前にすり替えておいた。君は雛が用意したものがいかにも本物であるかのように振る舞ってくれればそれでいい」
「……それを俺が了承すると思ってます?」
なぜこの先輩は俺をここまで信頼するのだろう?
「そりゃ君は現金に興味がなさそうだし。金持ちでも貧乏でもない生活が君の将来の希望でしょ?」
「……あなた進路アンケート読みましたね!?」
通りでプライバシーが筒抜けのはずだ。
「まあね。何が君をそうさせるのかは知らないし、そこまでは干渉するつもりはない。とにかくあたしの個人的な嫌がらせを手伝ってくれれば文句はないよ」
嫌がらせの相手は恐らく生徒会、というより倉橋先輩個人に向けられている気がした。
「向こうは友達だと思ってるかもしれないけど、あたしとあいつは反りが合わねーんだよ。どうしてもあいつを見てると腹が立つ」
あいつは自分に降りかかる災難全てが理不尽だと思う人間だ、と彩乃先輩は言いきった。
言われてみると、俺もあの先輩には苦手意識があった気がする。
「『自分が悪い』とは心の底では絶対に思ってない。あれで素だから余計にムカつく」
そう語る彩乃先輩の目は据わっていた。
なるほど、この先輩の軽薄に見える装いはこういうガチの顔を隠すためか。こうやって自分のバランスを保っているのだ。
こんなギャルみたいな先輩からこんな目線で語られたら大抵の人は驚くだろう。
「……本当に先輩は軍人が嫌いなんですね」
「うん。大嫌い」
なればこそ、俺は疑問を持たずにいられない。
「あなた、本当に『最年少将校』なんですか?」
◆◆◆
「そういえば鶴宮さんのとこの若手、あの子のいる学校だったねぇ。あれだけの暴れ馬を御してるんだからうちも見習いたいところだ」
「……松村くんのことか? 俺もできればあの子には普通の人生を送ってもらいたかったが。あの子がどうかしたのか?」
「学年が学年だから、私の気になる子の監視のための派遣ってわけじゃないだろうけど、どうしてその子はあの学校を選んだの? 私の記憶が間違いじゃなければ、あなたに大分なついていたはずだけど?」
鶴宮は遠くに目をやる。
「まあ、親離れはいずれ必要だからな」
◆◆◆
後日、裁定委員会の委員長が謝りに来た。
彩乃先輩は本当にあの現金を渡したらしい。「軍人には死んでもやらん」と言っていたのは本当のようだ。
現金が行方不明になったことで先生たちも動いたが、彩乃先輩はあっさりと「犯人は自分だ。現金は全て使った」と吐いたらしい。
窃盗だと訴える生徒もいたが、「死人も怪我人も出してないんだから文句はないでしょ?」と強気な返事。
実際に窃盗扱いにならないのだから、この現金争奪大会の異常性がよく分かる。
さらに数日後。
「やあやあ少年。元気してるかい?」
図書室で調べものをしていると、目の前に先輩が座った。
「……お陰さまで。そっちこそ大丈夫ですか? 先輩の噂、あまり芳しくないようですが」
「いいんだよ。金への執着のひどい奴は見てて楽しいもんだ。それより今日は、別れの挨拶をしておこうと思ってね」
「はい?」
「……上から呼び出された。あたしの楽しい学生ライフも今日で終わりだ。仕事から戻る頃には卒業式終わってるし」
先輩がどういう仕事をしているのか尋ねてみたところ、「非人道的な仕事はしてないよ」とのこと。
「そうだ。君にひとつだけ朗報をあげようと思ってたんだ」
朗報?
「ご両親、意識回復したよ」
俺は目を見開いた。
「……そうでしたか! わざわざ調べてくれたんですね?」
「ああ。君もさすがに気になってる頃だろうと思ってね」
そうか、親父と母さん、回復したか。
「さて、言うことは言ったし、時間もないからお暇するよ。もし会うことがあったらまたどこかで」
「ええ。先輩もお元気で」
俺は先輩を見送ったあと、一息着いて調べものを続けた。
◇◇◇
「……この頃からだね、『榎本優哉と敵対関係になると有利に見えても敗北する』なんてジンクスが流れ始めたのは。実力で叩きのめしてた君の友達とは違って、君は環境が味方してたようなものだから」
「まあ、そう言われればそうですが。あと正確には『榎本優哉はなぜか死なない上に、敵がそれなりの処分を受ける』ですよ。そう言えば、彩乃先輩はお元気ですか?」
「松村くんは去年、寿で辞めてもらった。母親になるかもしれないのに、この仕事はさせられないよ。もうすぐ生まれるそうだ」
「へぇ……あの彩乃先輩がですか。相手の男の人が気になりますね」
「ごく普通の人だよ。でも彼女が今日を迎えられているのは君のお陰でもある。気休めに聞こえるかもしれないが、僕は本気でそう思っているんだ」
鶴宮は時系列を脳内で整理する。
「さて、次は期末試験だね。これのせいで君の噂はより確実性を増すわけだが、自分で振り返ってみてどう思う?」
「……あれはまだ後悔するほどのことじゃないですからねぇ。それよりも、夏休み明けの事件の方が印象に残ってますよ。……ところでいつになったら帰れるんです? もう陽が沈みますよ?」
「無論全部聞いてからだ。君の上司には『有給』で通せと話はしてあるから」
アフターケアが的確だから責められないんだよな、と榎本優哉は内心でため息をついた。
次回からは期末試験です。休みの前にやることは多いのです。
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次回は12月9日、更新予定です。




