ストレスの溜めすぎは健康によくない。
うっかり寝たら消えてたっす。
走るよりは速いが、異能力で移動するにはやや遅いスピードで彩乃先輩は俺を引っ張っていく。途中何度か建物にぶつかりかけた。
「縛り?」
「そう。生徒会連中の異能力は命に関わるようなものが多い。つまり唯一のルールに引っ掛かる。あたしら庶務連はろくに戦えないお荷物を抱えさせられてるってこと」
道中、彩乃先輩はこのイベントの裏事情を暴露した。
ルール無用にも見えるこの現金争奪戦にもいろいろと思惑が飛び交っているらしい。
あと、名言こそされなかったが学校の備品を異能力で破壊した場合は全て自腹になるそうだ。倉橋先輩が最初に言った「唯一のルール」は、あくまでこのイベントの参加資格にのみ適用される。
「こう言っては悪いけど、他の委員会の生徒のほうが異能力の扱いには長けてる。出力は生徒会の方が上だけど、微調整はまるで追い付いてない。怠慢の成せる業だねぇこりゃ。下手に強すぎるせいでまともに訓練しなくても相手には勝てる。だけど異能力の扱いに関してあいつらはド素人だ。きちんと調整ができるのは新田くらいじゃないかなあ」
「あれ、倉橋先輩は?」
「あいつは自分に電気流すのには慣れてるけど、他人に向かっては一度もやったことがない。つか、あいつは汚れ仕事に関しては知らぬ存ぜぬを押し通す。わりかしクズだよ」
怖っ。さっきまで友達って言ってたのに。
しかしここまで聞いて疑問が湧いた。
「でもおかしな話じゃないですか? 生徒会の人たちはみんな『軍人の子供』という肩書きがある。それに加えて、全員が戦闘向きの異能力を持っているというのは」
なんかズルいような気もする。
正面からやりあって勝算がある生徒は少ないだろう。
「そりゃそうだろう。軍人にとって一番大切なのは金の成る木だ。リターンのためなら投資は惜しまないよ。あいつらが幼少期に投与されてる薬は、あたしらみたいな一般人に使うような量産用じゃねえ。個人の体に合わせて確実に異能力が発現するように調整してんだから。あんたのクラスの可愛い委員長だって、多分お高い薬だぜ?」
裏事情か。
格差社会もいいとこだ。
「で、彩乃先輩はこれからどうするんです? 俺たちが増援で駆けつけたところで、あと二時間以上はありますよ?」
「そこは任せな。あたしもあんたと同じ考えだ」
「……はい?」
「短期決戦。それがやり方だろう?」
◆◆◆
「はぁ……はぁ……暑すぎない?」
「おまえがこんな場所を選ぶからだろうが!」
新田の異能力《超高温》によって、建物のなかはサウナのような温度になっていた。
敵の体力も削るが、同時に味方にも大ダメージを負わせる苦肉の策だった。
「俺はまだ動ける。それより……」
新田は階段の踊り場に目をやる。
ほとんどの生徒が暑さで意識が朦朧とするなか、涼しい顔をしている女子が一人。
「冨田……」
「悪いわねぇ。あなたにとっては私の異能力は相性最悪だったみたいで」
眼鏡をかけた高慢そうな顔が腹立つな、と新田は脳内で呟く。
成績はかなり上位。しかも異能力は新田のものとは真逆の《冷却》。新田の異能力は「自身の皮膚から数センチの範囲の温度を上げる」だけなので空気は間接的に熱せられている。
それに対し、彼女の異能力の有効範囲は広い。故に直接空気を冷やしているのだ。
付いたあだ名が「リアル白雪姫」だ。周囲が凍てつくことに由来する。
裁定委員会の長であり、かなりの策士としても知られている。
「ねえ、倉橋。あんたやっぱり頭悪いでしょう?」
痛いところを突かれた新田は返す言葉もなく唸るしかできなかった。それに追い討ちをかけるように音楽室の中が静かになる。
恐る恐る振り返ると、庶務と生徒会の面々が全員倒されていた。
いつの間にか、外から敵の援軍が来ていたようだ。
「他の委員会も潰したし、これで現金は私たち裁定委員会が―――」
「ひゃっっほおおおおおおおおおおい!!!」
歓声と共に二人の人間が音楽室にダイブしてきた。
建物の最上階に窓から入るという暴挙をしでかす人間は、この学校の生徒では数えるほどしかない。
開始僅か30分程度でその殆どが全滅したなか、それができる人間。
「松村……」
「あーあ。ひっどい有り様だねぇ。あたしがいなきゃなんにもできないんだね、雛は。うわ、あっつ……」
オブラートに包まないストレートな物言いにも、倉橋は一言も返さない。
「あんたやっぱ、上に立つには向いてないよ。志は良くても頭が追い付いてない」
だから、と。
「黙って守られてなさい、お姫様」
◆◆◆
まさかの窓から直接というダイナミックな入室はさておき。
彩乃先輩の物言いは非常に冷たいもののように聞こえるが、実際の現状を目の当たりにすると否定しづらい。
どうやら〈裁定委員会〉の委員長はかなり有能なことで知られているらしく、今回のイベントでも他の委員会を出し抜いたり潰しあわせたりと暗躍したようだ。
現時点で立っているのは、生徒会・庶務連盟が俺を含め4人なのに対し、向こうはほぼ全員が無傷で揃っている状態だ。
「彩乃、私だって――」
「人を傷つけるのが怖いなら黙って下がれ」
彩乃先輩の言葉で戦力が減った。
しかしこの音楽室でどうやって暴れる? 向こうはポジションに最適な能力者を割り振っている。それに対してこっちは制限つきが最低で二人。あの前髪が長い先輩は異能力を全力で使うと校舎が灰になるらしいし、俺は能力が5分しか持続しない。
まともな戦力になりそうなのは彩乃先輩くらいだ。
「ま、つ、む、ら~。この状況で勝てるとでも思ってるの? さあ、皆、作戦通りに」
勝利宣言と共に、ゆっくりと裁定委員会の委員長が階段を昇ってくる。その後ろから、配下らしき生徒が彼女を追い抜く形で階段を進んできた。
急に周囲の温度が下がる。生徒会の先輩が異能力を解除したらしい。そりゃ向こうが近づいてこられたらやりづらいわな。
音楽室の中に視線を戻すと、裁定委員会の面子が、気絶している庶務と生徒会役員を一人ずつ拾い上げると喉元に手をかける。
ん?
「降参してくれると嬉しいなぁ」
人質かよ汚いなぁ!
「ああ、余計な動きは無駄よ? ちょっとでも動いたらこの子達ボコボコにするから。お得意の糸攻撃はしないでね?」
松村先輩の動きまで封じにかかった。
不利な形勢に、先輩も大人しく動きを止める。
「降参してくれたらこの子達はすぐに解放してあげるんだけどな~」
腹立つぅ!
だが松村先輩は、不適に笑う。
「……悪いけど、リタイアするつもりはない。それにその箱、あんまり掴んでると良くないかもよ?」
現金が入っているであろう木箱を掴んでいる男子生徒の顔色が変わる。
箱の繋ぎ目、その隙間から髪の毛のようなものが飛び出した。
この距離でなんで見えるんだと思いたかったが、クラゲの触手みたいに何百本も飛び出してきたらそりゃ見える。
糸はより合わさって紐になり、紐が更に合わさって太い綱になる。瞬く間に音楽室の中にいた裁定委員会の生徒たちが縛り上げられる。音楽室の外にいた生徒が呆気にとられていると、彩乃先輩はその隙を逃さなかった。素早く糸を繰り出して外にいた生徒の動きを全て封じた。味方を完全に避けているのだからすごい。
この間わずかに数秒。
裁定委員会の委員長は音楽室の手前で呆然としていた。
「な、なんで」
「あたしの能力を舐めてかかるからだよ。動きを封じたいなら監視だけじゃなくてさっさと拘束するべきだったね。さて、あんたはリタイアする? 全面戦争したいって言うなら、この危なっかしい後輩と喧嘩してもらうことになるけど」
委員長は、歯を食い縛りながら降参の姿勢をとった。
かに思ったのだが。
「ふざけんなぁああああああっ!!!」
怒声と共に気温が急激に下がる。
反射的に能力を展開した。以前に霧状の毒を防ぐのにやったののと同じように入り口を塞ぐ。
冷気は中には及ばなかったが、廊下には霜が張った。
部屋の外にいた生徒会役員は二人とも寒さで動けなくなっていた。
どうすんだこれ。
次回辺りで決着です。今週中には必ず。
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