根のない植物は枯れやすい。
舞子さんが俺の上体を起こした。あー、ニンニクの臭いが。
「手酷くやられたね。後は大人たちに任せな」
向こうで、小宮山先生が尾上を拘束していた。は、早すぎる……。
「でぇ? あのセンセが捕まえたのがこの事件の黒幕かい?」
目が怖い。尾上と対峙したときより数段怖い。パッと見冷静だけど、目が据わってる。あ、こりゃ本気で怒ってるやつだ。
「ええ、でも俺より先に三原先輩を……」
「わーってるよ。今救護班が来るからじっとしてな」
そのまま関節をゴキゴキと鳴らしながら尾上の方に向かう。異能力を使うつもりか?
考える間もなく、意識が飛んでいった。
◆◆◆
目が覚めると、白い天井が目に入った。
目を横に動かしたときに視界に入った、カレンダー付きの壁掛け時計から計算すると俺は二日ほど眠っていたらしい。
「よう、起きたか?」
眼球を逆に動かすと、担任の姿があった。
どうやらこの部屋は個室のようだ。
「……授業はいいんですか」
「起きてすぐの質問がそれなら、心配はなさそうだな」
窓の外に青空が見えるが、太陽は見えない。
「どうなりました?」
「三原は別の病室で治療を受けてる。尾上は軍に引き渡された」
小宮山先生が語った事の真相は以下の通りだ。
三原先輩はやはりいい人だったらしい。3年生の中では氷室に次ぐ人気だったそうだ。
尾上の動機は単純に嫉妬。というか、自分が好きだった女子が三原先輩と付き合いだしたのがムカついたらしい。たったそれだけの理由でここまで手の込んだことをするのかと思ったけど、人間って何するか分からない生き物だしな。
1年生の更衣室を狙ったのは、自分の足がつかないようにするため。自らの《模写》の能力を駆使して、三原先輩のふりをして犯罪に及んだそうだ。
そして三原先輩の姿で、虚偽の自供をする。なんと恐ろしいことに、このあと三原先輩を自殺に見せかけて殺すつもりだったらしい。色沙汰の恨みこえー。
「おまえが帰った直後に最後のシメをやるみたいだったから、本当にギリギリだったんだよ」
「あの、どうして来てくれたんですか?」
連絡は妨害されていたからできなかったはずなのに。
「まあ、そこは大人の事情だ。悪いけど教えるわけにはいかねえんだよ」
……生徒には語れないシステムがあるのだろう。なら無理に語らせる必要もあるまい。
質問を変えた。
「……舞子さんは? まさか能力使ってないでしょうね?」
「ああ。その代わり、一発だけ渾身の殴りが入ったな。殴った方も手首痛めるくらいだから、頭に来てたんだろうなあ。そう言えば、おまえが起きたら見舞いに来るって言ってたぞ?」
解決していない問題を思い出した。
「……あの、太一の端末の件は?」
小宮山先生は周囲を見回し、声を潜めて
「……事情は聞いた。結局、太一の端末は二瓶が持っていたことを認めた。実際は異能力でくすねたみたいだが、拾ってロッカーに入れっぱなしにして忘れてたってことにしてある」
ギリギリ通る言い訳かな?
「それと、二瓶はカンカンに怒った太一の姉から折檻を受けたらしい。彼女の能力でな」
背中に冷や汗が流れる。
まさか、未来の義妹に使うとは。
「あと、太一も」
うわぁ地獄絵図。
「本来、真田さんは教師のような権限は持ってないから、正当な場面以外での能力の使用は禁止されてるんだが今回は特例で俺が通した。あと聞いたぞ。おまえ寮の壁ぶっ壊したんだってな」
3ヶ月隠し通せただけ良かった。
良くない状況なのに、自然と口角が上がる。
「……ええ。でも、許可したのはそっちですからね。ただでさえ教育機関のセキュリティが問題になったのに、追い討ちかけるような情報が漏れたら困るでしょう? 俺は別に困る要素がありませんが」
「……チッ、そこまで読んでたか。まあいい。寮の壁のことも、俺で止めておいてやる。どうせ上に漏れたところで揉み消されるのがオチだ。校長はいい人だが、それより上は汚い奴も少なくないからな。自分達の外注に不備があったことを認めるよりは、自分達が引退するまで隠すだろうよ」
やっぱ大人は汚いよなあ。失態は隠したいよなぁ。
「……すーげぇ悪人面になってるぞ。やっぱそういう奴だったか。伊達に昔から『裏切り面』呼ばれたわけじゃなさそうだ」
「……生徒の過去のプライベートまできっちり調べてるなんて、恐ろしい学校ですねぇ」
ま、そういうところだからいいんだけど。
その後クラスメートも何人か見舞いに来たが、「なんで呼ばなかったんだよ!」と怒鳴られた。
まあ、一人で動いたのは軽率だったかな。だけどチームプレイは得意じゃない。
生徒が誰もいなくなり、面会時間の終わりが近づいた頃。
ようやく目当ての人が姿を現した。
「……思ってたより遅かったですね」
「あたしも本業があるからねえ。時間かかっちゃって」
パイプ椅子に腰かけた彼女は、深くて長い溜め息をついた。
「……あの色ボケどもにはあたしがきっちり制裁しておいた。二人のために動いてくれたのにこんな結果になって申し訳ない」
「まあ、ばれなかったならそれで構いませんが」
「……もう喋っちゃおうかな。黙ってるの疲れたよ」
俺は慌てて首を降る。
「隠してるから面白いんじゃないですか? おかげで冤罪を一つ潰せたならお釣りは十分ですよ」
「……呑気だねえ、死にかけたのに。今回はたまたま間に合ったから良かったけど、次にもし同じような状況になったらどうするつもり?」
「……見事に負けたのは逆に良かったですよ。次までに対策が立てられる」
舞子さんは諦めたように笑った。
「ポジティブだねぇ。ところで、何か頼みはある? できることならなんでもやるけど」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
◆◆◆
それから3日経って退院した。
自室に戻ると、玄関先でげっそりした太一が待っていた。
「おまえなぁ、姉ちゃんに何吹き込んだんだ?」
「おまえの危機管理が無さすぎるんだよ。廃人にならなかっただけましだと思え」
この言葉に偽りはない。
舞子さんの能力は《悪夢》。その気になれば廃人になるまで無限ループすら可能の代物。過去に一度だけ、対象が発狂したらしい。
太一と二瓶さんはこのせいでまともに眠れていない。眠ってしまえば悪夢を見させられるからだ。
自室に入った俺は、とりあえずちゃぶ台に太一を座らせた。彼は鞄からノートを数冊取り出した。
俺が休んだ分の板書らしい。
太一は恨みがましい目で俺を睨む。
「で、聞きたいことってなんだよ?」
「おまえさ、二瓶さんに誘われたんだろう? なんで相手しなかった? 据え膳食わぬは男の恥って言うじゃないか」
こいつの化け物じみた理性の正体が知りたい。
しかし太一は信じられない言葉を口にした。
「見慣れてるからなあ。風呂も一緒だし」
…………
……………………
………………………………
「ぬわんですと?」
は? こいつあの美人と一緒に風呂に入ってるの?
しかも「見慣れている」?
「興奮しないかと聞かれたら嘘にはなるけどさあ、俺、別に体目当てで付き合ってねえし」
言い切りやがった。
「それに、誘われたのは一度じゃないけど、さすがに子供を育てる自信がない。あと、襲うならこっちからいきたい」
ダメだ。理解が追い付かない。
あの美少女の誘いが何度もだと? しかも全部を突っぱねているだと!?
「これだけは、あいつの思い通りにされる方が俺としては腹が立つ。それが理由じゃ不満か?」
げっそりしているはずなのに、目に光が宿っている。
こりゃマジだ。
「なあ、質問には答えたからさぁ姉ちゃんに頼んでくれよ。おまえから姉ちゃんに言ってもらわないと、今夜も眠れねえんだよ」
「……これに懲りたら、今度からは言いつけ守れよ?」
俺は端末の電話帳から、〈学食のお姉さん〉の番号を選んだ。
◆◆◆
「……今回の一件は、この子には申し訳ないが相手が悪かったな」
鶴宮は自宅の書斎で、読んでいた報告書を封筒に戻す。それには、留置場にいたとある犯罪者の少年に起きた出来事の詳細が記されている。
顔をあげた瞬間、目の前に逆さまのにやついた顔があった。
「まさか、体力を吸い上げると同時に『あの子』の能力を《模写》しちゃうなんてねえ。コピーできてラッキー☆ と思ってしまったのが運のつき。使わなければ良かったのに、使っちゃった♪」
報告書にクリップで挟んである写真には、変わり果てた姿の少年が写し出されていた。
「『一度の発動を確認後、もがき苦しみながら絶命』か。燃費の悪さが異常なのは知っていたが、ここまで悪いものか?」
「もし彼が《劣化模写》だったとしても結果は同じだよ。彼は手を出しちゃいけないものに手を出した。その報いを受けただけのお話だよ。ところで、『あの子』の能力をあなたはどう説明する?」
《社長》の笑顔が一層、大きなものになる。
鶴宮は淀みなく言葉を並べる。
「……望んだ結果はおまえと同じ。だがそれまでの過程が違う」
次はもっと平和な奴を書いてます。
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申し訳ありませんが、事情によりこれから3周間ほど週に一度の更新になります。
次回は11月4日、更新予定です。




