驕れる人も久しからず。
往復ビンタしても先輩が起きる気配がない。
これ異能力で眠らせてるわ。
ドタドタと、扉の向こうから人がこっちにやって来る気配がする。
時間ねえなぁ。
◆◆◆
違和感が幾つかあった。
まず、談笑が聞こえるのに通路に誰もいなかったこと。あの先輩が声をかけてくるまでは、誰とも遭遇しなかった。声は聞こえるのに誰の姿も見えないってどこのホラーだよ。夜中ならまだしも、まだ夕方だ。
そして、談話室の様子。廊下を歩いていた俺ですら眩しいと感じるほど室内に光が溢れているのに、中の人たちは眩しがる様子も、カーテンを閉める様子もなかった。
不審に思ってこっそり眼球に能力を展開したが、幻影を見せられている様子はない。だがまるで、背景の合っていないアニメを見させられたような気分だった。
そんな中で俺に唯一接触してきた、あの尾上という先輩を疑う理由として不足はない。
部屋まで案内したのは、監視のつもりだろうか。もし俺が下手な動きをすれば、その場で殺すために。
どんな理由があるかは知らないが、今はそんなことどうでもいい。とにかく三原先輩を連れてここを脱出する必要がある。
端末を確認すると、圏外になっていた。外部に連絡されると不都合みたいだ。単純に電力がないのではなく、妨害電波を飛ばされている感じだ。
動けないうちに開錠の音が聞こえた。さっきまでとは違う、醜悪な笑みを浮かべた黒幕がいた。
「なーんで分かった? 三原がいるって」
「どうでもいいわ。あんたこの人に罪を被せるつもりだったな?」
「悪いかよ?」
沸々と怒りが湧いてくる。
能力は一度切ってから1分は経過しているのでいつでも使える。ただし。
「おまえのの能力、制限時間の短いタイプみたいだな。早く使ったらどうだ?」
挑発してくるということは、向こうには勝つための算段が整っていると読むべきだろう。俺の能力を把握しているのなら、対策だって当然考えているはずだ。
それに、俺の背後には気を失ったままの三原先輩がいる。迂闊には動けない。
「どうした? ほら来いよ」
相手が部屋に一歩踏み込んでくる。さてどうやって相手しましょうかね。
4階から飛び降りて逃げるには能力を使うしかないのだが、相手は俺がさっさと能力を発動することを願っている。おそらく時間切れを狙っているのだろう。
それに三原先輩を残しては行けない。
動けない人を連れて逃げた経験はない。こうなったらここで何とかするのが最善策だ。
俺も一歩踏み出して、仁王立ちになる。
「ほう、俺に勝てるとでも思ってんのか? おまえの能力は解析済みだ」
醜悪な笑みがさらに強まる。
◆◆◆
とにかく俺が大穴を開けたことで警備システムが多少は動いているはずだ。援軍が来るまでの間、時間を稼げれば良い。
……と、最初は普段通りの計画を立てていたが、こいつはそれくらいは計算に入れているだろう。この寮は今、あいつの思い通りに動いている。
警報が一切鳴らないのが良い例だ。システムに異能力で何らかの干渉をしているのだろう。やはり、異能力にまともに対抗できるのは未だ異能力しかないのだ。
それに、こいつ以外の人間が近寄ってくる気配がない。これが奴の異能力か?
他力本願の俺にとっては最悪の状況だ。自力でどうにかできるならやっているが、相手は俺の能力を解析していると言い切った。
一度の発動時間と、次の発動までにかかる時間も知られているはずだ。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
尾上は無視を追い払うように右腕を大きく横凪ぎに降った。変化はないように見える、が。
「……!?」
俺の能力が自動的に発動した。
「ちっ、きったねえ真似しやがるなあ!」
《壁》が自動展開してすぐ目に入ったのは、足元のカーペットや壁紙がみるみるうちに腐っていく様子だった。
おかしい。能力は一人につき一つのはずだ!
「どうだ? 《腐食霧》の異能力は。もっとも、《壁》を張ってるてめえには通用しねえだろうがな」
言い終わる前に、背後の壁紙の一部にシミが着いたのが見えた。狙いは三原先輩か!
考えるまもなく、俺は最小限で展開していた《壁》の半径を広げた。
俺の能力は自分を大まかな中心として、最大で半径約3メートルの球体状の《壁》を作るのだが、俺はほとんどの場合、《壁》をかなり柔らかいものにしている。柔らかくしておけば、《壁》と周囲の物がぶつかってもそれに合わせて《壁》は形を変える。
今の状況は、小さな箱にソフトテニスのボールをねじ込んだようなものだ。《壁》と部屋の床や天井との間にはわずかな隙間すらない。
しかしこれはかなり不利になった。
この能力は展開する半径が1メートル大きくなるごとに時間が1分削られる。半径が1メートルの時は5分。最大である3メートルまで展開すれば3分にまで縮まってしまう。今はちょうど半分の2メートル。つまり4分が能力の限界だ。
向こうの狙いは、俺に能力を強制的に使わせること。発動してしまえば、遅かれ早かれ能力が使えない時間が来るのだから。
あと3分以内にどうにかして打破しなければいけないが、相手の異能力の予想が着いた今、絶望的だった。
「てめえ、《模写》の能力者か!」
「ああ、そうだ。これは全部、他人から借りた異能力だ。もっとも借りられてる方は自覚ねえけどな」
《模写》、いわゆるコピー能力には複数の種類が存在する。「一個の能力しか借りられない」だったり、「別の能力者に触れると上書きされる」だったり、こいつのように「複数の能力を同時に行使」できる人もいる。
よりによって一番面倒なタイプとぶつかった。でもこの能力にも弱点がある。最大出力の限界が大幅に低くなることだ。あと、いろんな能力を一度に使用するとすぐにスタミナが切れる。
今は少なくとも、《腐食霧》と、《生徒たちを操っている能力》は確実に使っている。
後ろで寝ている三原先輩が起きる様子がないことから、《催眠》の能力も使っているだろう。体力だってそこまで持たないはずだ。
よし、逃げよう。
俺は眠っている三原先輩の手首を《壁》越しに掴む。持ち上げられるか心配だったが、《壁》の補助のおかげか重さはほとんどなかった。
そのまま、ぶち破った窓から外に飛び出た。
◆◆◆
先輩は《壁》の外にいる。地面にぶつかれば怪我するのは間違いないので、俺は《壁》の半径を最大まで広げる。
ほぼ《壁》で先輩を包み込むような形になった。そのまま地面に無事降り立つと、同時に能力が切れた。
さて、ここからが正念場だ。
「お~~~い、逃げてんじゃねえぞクソガキィ。決めたよ、ここで殺すわ」
「……そうですか」
もう追い付いてきた。あの窓から飛んできたってことは、《身体強化》もコピーしてるのか? このチートめ。
左手には大気から集めたとおぼしき水の塊が。どこまで並列で使うつもりだ?
「死ねぇ!」
水が弾丸のように飛んできた。紙一重で避けたけど、当たった木の幹に大きな亀裂が入った。
なにが「出力が落ちる」だよ。基準がわからない。
こっちは動けない人がいる分、かわすのにも神経を使う。やりづれぇ。
数回なんとか避けたところで、尾上の顔が歪んだ。ヤバい。なんか思い付いた顔だ。
「これならどうだぁ?」
次の瞬間、水の塊が小分けになって、広範囲に広がりながら飛んできた。
さすがにかわせず、かなりの数を被弾した。生身の腕でのガードはほぼ役に立たずそのまま吹っ飛ばされた。
「これが効くみたいだなぁ!」
再び、水の散弾銃が発射される。これもまともに食らってしまった。敗走したいのは山々だが、背中を見せたらどうなるかなんて考えたくもない。
重い攻撃を2発もくらったせいで、体が満足に動かない。誰だよ外の通路に石畳採用した奴! 受け身取ってもめちゃくちゃ痛いじゃねえか!
「さぁてと」
視界が夕日で霞む。
なぜかアイアンクローをくらった。
「おまえの体力、貰っといてやるよ」
次の瞬間、体力がごっそり持っていかれる感覚があった。その間に時間的には能力が回復したはずなのだが、使える様子はなかった。
くそ、やっぱ勝てなかったか……。
これは勝手に動いた俺の責任だ。誰も責められない。だが、他人に罪を擦り付けようとしたあいつの性根にむかっ腹が立ったのだ。
地べたに頭を擦り付けて、三原先輩に謝ってほしかった。
痛みと疲労感で、指すら動かない。
その間にも、尾上が笑いながら三原先輩に近付いていく。
歯を食い縛るだけで、なにもできない。
「「よくやった榎本」」
尾上が宙を待った。
真正面からじゃ勝てません。
次回は10月28日、更新予定です。




