真相を求めて。
夕方を過ぎた職員室には、ほとんど先生が残っていない。
実はこの学校、部活がない。なので授業が終わるとほとんどの先生は自宅に帰ってしまう。残るのは警備員と、校内に設置された小売店の店員くらいだ。
だが、小宮山先生はいた。若手でイケメン、しかも堅物だらけの先生たちに囲まれた中でやや勤務態度に問題ありと評されるせいか、雑用を山のように押し付けられている。
俺が職員室を覗いたときも、辞書のような紙の束を机の上に幾つも重ねていた。そして休みなくキーボードを叩き続けている。
「小宮山先生?」
「んー、その声は榎本か、どうした? 悪いが今、ちょっと手が離せないんだ。口で済む用事ならそこで言ってくれねえか?」
後ろ姿に声をかけたら、こちらを向かずに返事が帰ってきた。
「一昨日の女子更衣室への侵入。先生たちはどう見てるんですか?」
キーボードを叩く音が一瞬、止まった。
「……なんでおまえが嗅ぎ回ってる?」
「成り行きです。太一が疑われたのはご存じでしょう? それに、ただでさえガタガタのセキュリティが余計に信頼ならないのは、不安ですから」
先生は今度こそ手を止めて、体をこちらに向けた。
「もしかして、『寮の壁をぶっ壊すテストをしたい』って電話してきたのはおまえか」
「あれ、もしかして対応したのは先生でした?」
「まあな。でも安心しろ。犯人の目星はついてる」
やはり調査が早い。期待してよかった。
「犯人はどうやって逃げたんですか? いくら監視カメラの死角を縫って逃げたとしても、消息を完全に絶つのは難しいと思うんですが」
まず今回の大きな謎を解明したくなった。
「恐らくだが、自分の体を小さくしたんだろう。一番手っ取り早いのは《転移》系統の能力だが、この学校でそれが使えるのは二瓶だけだ。姿を隠す異能力を使っても、監視カメラの前を通れば必ず映る。だが、それは見つからなかった。となると、それくらいしか選択肢が残ってない。言っとくが、ここから先は俺たち先公の仕事だ。生徒のおまえがこれ以上突っ込んじゃいけない」
「なぜです? まさか、相手がまた軍人の子供だとか言いませんよね?」
「そのまさかだ」
またかぁ!
その瞬間、背筋がゾワっとした。
これは、殺気……?
「ぶっ殺ぉす……!」
「舞子さん落ち着いてください。お怒りは分かりますが」
職員室前の廊下で会話を聞いていた彼女が乱入してきた。
先生のネクタイを掴むとグイッと引き寄せた。
「おい、そいつの名前と寮の部屋を教えろ。あたしが直々に教育してやる」
「ちょ、榎本、この人って」
「ええ。太一のお姉さんです」
キマっているせいで、先生の顔がどんどん青くなっていく。
「……グエッ」
あ、気絶した。
「ありゃ、うっかり」
うっかりじゃねえよ。どうすんだこの状況。監視カメラは職員室にはないけど、廊下にはあるから侵入したのはバレバレだ。
「でもまあ、収穫はあったな。『成金』のガキで、《縮小》かそれに近い能力者。探すのに時間はかからねえ」
……この人元ヤンなのだろうか。言葉の端々に見える棘が、彼女の成長過程を物語っている気がした。
「あたしの将来の妹に危害を加えるやつには容赦しないよ~?」
なんか危ないスイッチが入ったような。
「あのぉ、間違っても能力は使わないでくださいよ?」
「なんで?」
「あんたの能力は危険すぎるんですよ!」
実力は、軍からスカウトが来るレベル。
詳細を聞いたときは震え上がった。この人怒らせたらヤバイと本気で思った。
今めっちゃ怒ってるけど。
「まあいい。とにかくそのアホを探すのが先だ」
昏倒した先生を残して舞子さんは職員室を出ていった。
◆◆◆
軍人の家族、と聞いて俺は知り合いを一人思い出した。
「あれ、確か……榎本くん、だっけ?」
「お久しぶりです、倉橋先輩」
倉橋雛。元生徒会副会長にして、現在は会長代理。
そして、軍人の娘でもある。
「それで、今日はどうしたの?」
アポなしで寮を訪れたせいか、少し不快そうな顔をされた。
「この学校に、軍人の子供で、かつ自分の体を小さくできる能力者っていますか?」
倉橋先輩は間髪入れず
「……もしかして、女子更衣室の事件のこと?」
「ええ。そうなんです」
「……悪いけど、私の口からは言えないわ。それじゃ」
無情にも戸が閉められそうになる。が。
「ちょ、あなたなんなんですか!?」
舞子さんがドアに片足を突っ込んでいた。悪質なセールスマンかあなたは。
「雛ぁ、まさかあたしの顔知らないわけじゃねえよなぁ?」
「え、どうしてあなたが」
なぜか倉橋先輩の顔が蒼白になる。
「細けぇこたぁいいんだよ。なんで喋ろうとしない? 今ここであたしの異能力ぶちかまされるのと、どっちがいい?」
問答無用で脅しにかかった。
なるほど、確かに危険な能力者が近くにいれば焦るのは当然だ。
「……わ、わかりました。でも、私がしゃべったことは内緒にしてください」
玄関先ではまずいからと、俺たちは部屋の中に通された。
先輩の部屋に入るのは二度めになるが、前回もシチュエーションが全く同じだった。
「犯人ではないかと言われているのが、3年生の三原です。彼は《縮小》の能力者であり、かつ軍人の子供です。そして、彼には前科がある」
「前科って?」
「職員室への侵入です。ただ、色々と事情がありまして」
「事情って?」
舞子さんは疑問に思うことがあると、すぐに会話を断ち切る癖があるようだ。
「……三原の目的が、当時の教諭の一人が起こした女子生徒に対する性的暴行の証拠だったからです。当時の先生たちは、どれだけ私たちが訴えても『やる』と返事するだけで実際には動いてくれませんでしたから。それであいつは自分で証拠を握るために侵入したんです。その時は成功して、見事仇を討ってくれましたけど」
……おかしい。舞子さんのほうをチラッと見ると、俺と同じように疑問符が顔に浮かんでいた。そのまま眼球だけ動かすと倉橋先輩をギロリと睨む。
「そんな正義感に溢れたような奴が、自分の欲求満たすために侵入するか?」
倉橋先輩は意気消沈した様子で
「……ええ。三原はそんなやつじゃありません。でも、今日事情聴取されたときに『更衣室に入ったのは自分だ』って認めてしまったので、あいつは明日退学になる予定です。極秘事項なので、口外はくれぐれもしないでくださいね? 彼は軍人の家族とか関係なく、元は良い意味で影響力の強い生徒なので」
……清廉潔白なはずの人間が悪事に片足突っ込んでることがバレたら、そりゃ何が起こるか分からんからな。
でも小宮山先生そんなこと一言も言ってなかったぞ?
◆◆◆
「でもこれで、太一が口を滑らせたことは関係なくなりましたかね?」
「分からん。とにかくその三原って奴を見つけ出して色々と聞き出さないと」
夏至が近いおかげか、まだ太陽は沈んでいない。
俺たちは再び職員室に向かった。
「小宮山先生、まだ残ってたんですか?」
机の上の書類は半分まで減っているが、それでもまだかなりの量が残っていた。
「誰かさんが絞め落としてくれたせいでな。今度はどうした?」
「三原って先輩の居場所を知りんたいんですが」
先生が椅子からずり落ちた。
「なんだ、もうそこまで突き止めたのか?」
「ええ。ところで先生個人としては、三原って人が犯人だと思ってますか?」
「いや全然?」
ある意味、予想通りの返事。
倉橋先輩の口ぶりだと、恐らく三原先輩が職員室に侵入したのは随分と前の話のはずだ。
仮に小宮山先生が引っ掛かりを覚えたとしても、今年から赴任した若手教師の意見など無視されて当然だろう。
「そりゃ前科があるから疑われるのは必然だけどな。だからあいつが退学になる前に真犯人を見つける必要がありそうだ」
おお、なんかミステリーっぽくなってきたぞ?
「無論、目星もついてるんだが――――」
おお、それでそれで?
「先にこの資料片付けないと、明日学年主任に怒られる」
……そっちかい。
解決まであと一息くらいです。
能力ものに完全に移行するまで、あと少し……。
次回は10月25日、更新予定です!




