人は見た目では分からない。
◇◇◇
鶴宮は涙を流していた。
泣いているのではない。笑いすぎたのだ。
目の前の青年の過去を聞いて、どこがツボだったのかは不明である。ただ、車椅子の上で腹を抱えて笑ったのは事実だ。
青年は居心地悪そうに体を揺すると、改めて疑問をぶつけた。
「あの、今更なんですけど鶴宮さん全部知ってますよね? なんでわざわざ聞き直すようなことするんです?」
青年の問いに、彼は上がった口角を手で隠しながら
「そりゃだって、僕が知っているのは第三者目線からの情報だ。同じ情報だったとしても、語り手が違えば全く違うストーリーになるかもしれないし。僕はね、君の主観の話を聞きたいんだ」
青年は目を見開いた。
「それだと情報に偏りが出ませんか? 鶴宮さんってそういう人じゃないでしょう?」
「いいんだよ。同じ食べ物を食べても人によって感想は違う。それと同じだ。それに、次に君が起こす問題は、今までとは少し趣向が違うしね」
「はい?」
「君が本気で怒るのは『悪意』に対してだろう? だから会長にハメられたときも、実行した赤井夏美をなぜか助けようとしている。彼女はあくまで自分の仕事をこなしただけで、そこに彼女の感情はない。それを知らず知らずのうちに感じていたから、警察に連行されるまえの彼女を引き留めた。そうだろ?」
「……別にそういうつもりはありませんが」
鶴宮は笑顔のままノートパソコンを開いた。
「いやあ、絶対そうだよ。だって君が次にやらかしたのは、そうでないと説明がつかない」
◇◇◇
「太一に『女子更衣室への侵入疑惑がかかってる』だぁ?」
「すみません、ある程度の疑惑は晴れてるんですが、不可解な点もありまして……」
学校の食堂の隣にある事務室。まともに訪れるのは先月の頭以来だ。放課後に訪れると、相変わらず整理が行き届いていなかった。
その部屋の主は俺の報告に腹が立ったのか、持っていた鉛筆をへし折ってしまった。
事の発端は、この人の弟に当たる人物が上記の事件の容疑者になってしまったことだ。
「……っ、まあ確かに、あいつも年頃の男だ。よく考えてみると、今までがおかしかったのか?」
部屋の主――――舞子さんは折れた鉛筆をゴミ箱に放り投げる。
「君も言ってたけどさ、うちの弟はなんつーか、精神的に老けてるんだよね。優香ちゃんのことだって、発情する対象としては見てないみたいだし。なんだろう、性欲を感じない」
実の姉からの評価がこの様だ。
「実は付き合いはじめてから一回だけ、優香ちゃんが弟の目の前で服を脱いだことがある」
「詳しく」
「だけどさ、あいつ顔色一つ変えないで自分の着てたパーカーを優香ちゃんに着せたんだよ。しかもそれがブラウスだったんだが、ボタンが取れかけてるのに気付いて縫い直しやがった。こっそり見てたんだけど、さすがに引いた。だってさ、好きな女が目の前で脱いでンだよ? ちょっとはリアクションがあってもいいと思うでしょ?」
深く同意した。
あいつの理性は尋常じゃないと常々感じていたが、ここまでくると、もはや失礼の部類になるだろう。
「なぜかあいつ、女の肌に免疫付きまくってるからな。だから女子更衣室に潜り込むなんて下衆な真似をする理由が分からない」
それは何となく予想がついた。そりゃ貴女みたいなパーフェクトボディを間近で眺めてたらねぇ。とは言えない。
血筋とは恐ろしいものだ。
「だから濡れ衣ですって。弟さんに罪を擦り付けようとした野郎がいるんですよ!」
「でもそれ、どうやって証明するの? 協力したくても、あたしの異能力は探索向きじゃないし」
知っている。
太一から聞いた彼女の異能力は恐ろしいものだった。一体どうしたらあんな能力を得られるのだろうと思ったが。
「でも、弟の濡れ衣は晴らしたいでしょう?」
「そりゃねえ。じゃあ、今までの話を聞いて思ったこと、言ってもいい?」
「どうぞどうぞ」
舞子さんは右手をピンと立てて、目の前にかざしてきた。
「一つ目。女子更衣室が狙われたのは昨日なんでしょう? どうして今朝になるまで騒ぎにならなかったの? 犯人を早く捕まえるなら、すぐにでも探すのが普通じゃない?」
「そうなんですよ。そこは俺も気になったんです」
◆◆◆
話は数時間ほど遡る。
「太一ぃ! 俺はおまえがそんな変態だとは思わなかったぞ!」
宇田川が太一の両肩を掴んで揺さぶる。……おまえにだけは言われたくない。
「ま、待てよ。何の話だ?」
「おまえが昨日、女子更衣室に忍び込んだって話だよ!」
太一本人は困惑した表情を浮かべている。
「なんだよそれ!?」
「しらばっくれないで。犯人が現場に今あんたが持ってる端末を落としていったんだよ。あんた以外に誰がいるって言うの?」
西山が太一の胸ぐらを掴む。
「お、俺は昨日、学校が終わったら寄り道しないで寮に戻ったぞ!」
太一の必死の弁解も、頭に血が昇っている二人には聞こえていないようで。
「ねえ」
彼女の声に、興奮していた場が少し収まった。
「真田くんの言い分も聞いてあげたら? 一応、なにか言い訳があるのかもしれないし。それに、あくまで私個人の意見としては、犯人と体格が違うと思うの」
二瓶さんの言葉に、宇田川も西山も「そうだな……」「……ごめん。ちょっと決めつきすぎた」と、少し頭が冷えたようだ。
カリスマってすげえ。
皆が冷静になったところで、俺は「西山、一個聞いていいか?」と発言の許可を求めた。
「なに?」
「『女子更衣室へ男が侵入してた』んだろ? なんで昨日の時点で言わなかったんだ? ホームルームの時は、そんなこと言ってなかったじゃないか」
「ああ、あんた聞いてなかったんだっけ? 直子と優香は昨日の放課後、更衣室の掃除当番だったんだよ。教官室から鍵借りて、ノブに挿してみたら既に開いてた。おかしいなと思って入ったら、目出し帽被った男がいてロッカーを漁ってた。捕まえようとしたけど、二人より早くそいつは姿を消した。端末をその場に落としたのはその時だ。そのあと先生たちが調べた結果、監視カメラの死角を的確に選んで逃走したことが分かった。つまり、姿を隠すような異能力の持ち主じゃない。そして、そこから先の足取りは不明」
端末を調べようともしたらしい。だがロックが厳重で開けなかったのだとか。生徒の端末であっても、先生たちが勝手に見ることはできないらしい。
だが俺はこの話を聞いて安心した。
「ま、そこまでは分かった。でもそれって放課後だろ? 俺は昨日一緒に帰ったけど、ずっと寮まで一緒だったぞ? それに、スーパーで食材を調達したから、最終的に寮に戻った頃には4時半を過ぎてたな。なんなら、監視カメラで確認すればいい」
これで一応、太一への疑惑は晴れた。だが疑問が残る。
太一は首をかしげなから
「……俺、どこで落としたんだろう?」
◆◆◆
「なるほどね、じゃあもう一個の疑問は聞かなくてもいいかもね。『愚弟がいつ、端末を抜き取られたのか』が気になったんだ」
「ええ。昨日の晩、端末を探して鞄や部屋を探してたんで、恐らくは校舎を出た時点で盗まれたんじゃないかと思ってます」
舞子さんは俺に向けた目を細めた。
「……『落とした』とか『なくした』とは言わないのね。犯人がたまたま拾った可能性は?」
俺は作り笑いを浮かべる。
「舞子さんならご存じでしょう。あいつは物の整理は得意です。何がどこにあるか。把握してない方がおかしいですよ」
「それもそうか。じゃあ盗まれたとしたらいつだろう? 確か君たちは1年生のはずだから、異能力カリキュラムは午後の二時間を使うはずだよね?」
この学校の異能力カリキュラムは通常二時間を単位にする。そして学年ごとに時間が決まっていて、2年生は午前最初の二時間、3年生は昼前の二時間と決まっている。
「ええ。昨日の授業は実技の訓練だったので、教室には誰もいませんでした。盗むとしたら、その時間しかないと思うんです」
その後の言葉に詰まった俺の反応を見て、舞子さんは察したように椅子に身を委ねた。
「……なるほど。映ってないんだ? 監視カメラに」
修正多くてすみません……。
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次回は 10月21日更新予定です!




