テストが過ぎればすべて忘れる。
最終的に、書庫にあった本をほとんど片付ける羽目になった。
あの「全てが白に」って、本を全部整理したら書庫の床とか壁とかの白い部分が見えるってことか!? もうこれ絶対テストじゃないって……。
俺の嫌な予感は、最後の整理が終わった後に見えた怪しげな箱が裏付けしていた。だけど。
「鍵、なくね?」
渡辺の呟きに、どっと疲労感が押し寄せてきた。なんだろう、この積み上げてきたものが崩された気分。
ご丁寧に、『鍵以外で開けたら不合格』と注意書きのメモを張り付けているあたりが抜け目ない。
時計を見ると、試験終了まで15分しかない。鍵を探して戻ってくるには時間が足りないような気がする。
頭を悩ませていると、ジャージのポケットに入れていた端末が振動した。
相手は太一。
「どったの?」
〈なあ、箱見つけたか? こっちは鍵見つけたんだけど〉
視界が明るくなった気がした。なるほど、こういう仕掛けか。
「あるよ。鍵が見つからなくて悩んでたトコだ」
〈今行く! 場所は?〉
「学校の地下書庫に――――」
そこから先は何も言えなかった。端末の向こうから何やら大きな音が聞こえた後、通話がプツリと切れてしまったのだ。
待つこと数分。
西山が《速度操作》を駆使して地下書庫まで辿り着いた。手には鍵が握られている。
男子たちを問答無用で押し退け、箱を開けた。
中には紙切れが一枚。『一年一組諸君、とりあえず合格おめでとう』とだけ書かれていた。
◆◆◆
「試験お疲れ。今回は初めての試験だったが、感想はどうだ? って、答える気力もねえか」
疲労困憊の俺たちの頭上から、小宮山先生の呑気な声が降ってくる。
試験終了後のホームルーム。解放感と疲労感でほとんどの生徒がぐったりしていた。どうやら、他のクラスも似たような試験だったらしく、制限時間ギリギリまでかかったそうだ。ただ違うのは、他のクラスはクラス全員の異能力を使って障害を乗り越える、言わばダンジョンのような試験だったらしい。もっとも、うちのクラスも女子と男子二人は同じような試験だったのだが。
「異能力のテストが採点制になるのは、一学期の期末からだ。今回はあくまで、基礎を見たにすぎない。それだけ覚えとけ。はい、じゃあ今日は解散! 明日も学校はあるから忘れるなよ!」
生徒たちがフラフラと教室を出ていく。俺も同じように教室を出ようとしたところで
「おい、榎本」
「はい?」
「大平先生がお呼びだ。今回の件でおまえに話があるそうだ」
「えー……」
体に鉛をぶら下げられたようだ。足と頭が重くなる。
◆◆◆
「おう、来たか小僧。まあ、座れ」
重い足取りで図書館に行くと、司書室に通された。思っていたより、というか大分スッキリしている。ブックエンドに立て掛けてあるファイルも分厚くないし、司書の部屋とは思えないほど紙が少ない。
「今回、おまえには悪いことしたな。ちょっと当たりすぎた」
ごついおっさんに頭を下げられた。
「詫びと言っちゃあなんだが、好きな本があったらやるよ。大丈夫。俺の給金からの天引きだ」
複雑な気分になった。
「……本は嫌いじゃありませんが、このタイミングで言われても。好きな本が見つかったときのために、保留にしときますよ。で、用件はそれだけじゃないでしょう?」
たったそれだけなら、端末で言えば済む話だ。直接話をするのだから、なにか別件があると考えた方がいい。
「他人に聞かれたらまずいんですか?」
「……まあな」
返事の歯切れが悪い。まさか、生徒をこき使ったせいで懲戒免職とか?
「おまえのクラスの伊藤光太郎。あいつが新種の異能力を持っていることを知ってるのは、おまえだけだって聞いてな」
なぜここであいつの名前が?
「俺の古い知り合いに、当時としては新種の異能力を持つ奴がいた。《数値化》といって、まあ、相手を見ただけでデータが分かるっていう代物だ。未完成だったし、そもそも一回の発動で二日寝込むほど体力持っていかれるような、欠陥まみれの異能力だったが」
燃費が俺より悪すぎる。でも相手を見ただけでデータが分かるっていうのは便利だなあ。
でも伊藤と何の関係が?
「あるとき、『そいつの能力を詳しく調べたい』って連中が来て、国の検査機関に連れていった。そいつとは――――それっきりだ」
ん?
「あいつは帰ってこなかった。遺体すら戻ってこなかった。ただ『死んだ』とだけ、俺たちには伝えられた」
ほへ?
「もし、おまえのダチがそうなったら、耐えられるか?」
話が飛びすぎだ。
「……いや、急に言われても。先生は、その友人の能力が新種だって知ってたんですか?」
「ああ、知ってたよ。だってあいつが連れていかれたのは俺のせいだからな」
「……はい?」
「俺が口を滑らせたせいで、学校が隠してたあいつの能力の詳細が漏れた。それであいつは連れていかれた。俺も同じだよ。『新種の能力に対抗しうるかもしれないから』って理由で、あいつの事情を聞かされてた」
…………重い。試験後に聞かせなくても……。
「俺は失敗した。だから、同じような立場のおまえには俺の二の舞にはなってほしくなくてな」
「…………はあ」
先生、辛い思い出に浸っているとこ申し訳ないんですが、今非常に眠いのです。
ああ、早く布団に入りたい。
「何かあったらいつでも来い。力になってやる」
「……ありがとうございます」
なんとか口からその言葉だけ絞り出して、俺は司書室を後にした。
後々、その言葉の意味を嫌というほど思い知らされることを、このときの俺は知らない。
「……あ、最後に一つ」
「どうした?」
俺はこの試験が終わったら聞いてみようと思っていたことがあった。
「あの暗号、書いてて自分でどう思ってました?」
「うん?」
「不可視のインクで書いた文章は大分まともだったじゃないですか。なぜ普通に見える文章と、見えない文章に差があったんですか? それも、うちのクラスだけだったみたいですし」
大平先生は、それまでの頑固親父のような表情を少しだけ崩すと、
「おめえらガキ共が、訳のわからねえ文章に知恵絞ってる面を拝みたかっただけよ。異能力のテストなんだから、その可能性にはいずれは気付くとは思っていた。だから言っただろう。『思ったより早かった』って」
やっぱこの人、テストに私情挟みまくってんじゃん。
◆◆◆
月が変わった。
見事なまでに順当に、すぐに梅雨入りした。
今までの晴天続きとは打って変わって、じめじめとした空気と、分厚い雲が空を覆っている。天気予報だと、今年の露は長引くそうだ。
俺は雨はあまり好きじゃない。どうにも雨音は眠りの妨げになるのだ。
睡眠不足のまま、思い瞼をこじ開けて学校に向かう。
教室に入ろうとすると、目の前に黒い影が飛んできた。
椅子だった。
「…………」
椅子は本来座るためのものであって、決してぶん投げるものじゃないと思うんですがね。
「いい加減にしろよ? てめえら」
なぜか、怒っているのは男子一同。その先頭に宇田川がいる。
いや間違えた。
「ああ? それはこっちの台詞だよ!」
恵令奈パイセンの怒号が響く。女子も女子で怒っていた。なんだ?
「お! 榎本丁度いいところに来た!」
宇田川の笑顔を見る限り、絶対俺にとってはバッドタイミングだ。
「端末、持ってるか?」
俺は端末を取り出して見せた。直後、宇田川がニヤリと笑った。
「ほぅら、違うだろう? なんでうちのクラスだって決めつけんだよ!」
「ジャージにうちのクラスの名前が書いてあるんだから、疑うの当然だろっ!」
「何の話?」
衝突する両者に割って入った。
興奮冷め止まぬ彼女は、口角泡を飛ばしながら
「昨日、女子更衣室に男がいたんだよ! で、そいつの落とし物がこれだ!」
某有名時代劇に登場する必勝アイテムのように、彼女が突きだしたもの。
それは、生徒一人一人に配られた端末だった。
電源は入るそうなのだが、ロックがかかっていて開けないらしい。
そして、犯人に至るもう一つの手がかりが、犯人が着ていた背中に大きく「1の1」と書かれたジャージ。
「犯人はこのクラスの男子! そうに決まってる!」
「アア!? じゃあ誰が残ってんだよ!」
ギリギリと、両者が近距離で睨み合う。ラブコメだったらドキドキする一コマなのだろうけど、今は全くそんな雰囲気じゃない。
「おはよう……、うわ、どうしたの?」
遅れて入った太一が入り口で固まる。
そこまでは俺と一緒だったが、彼は少し違っていた。
「あれ、その端末どこで拾ったの?」
「え? いや、これは」
「ちょっと借りてもいいかな?」
「あ、うん」
太一は恵令奈パイセンから端末を受け取ると、手早くパスワードを入力した。
「あ、開いた! いや~無くしたと思って焦ってたんだよ! 良かった~」
彼は気づいていない。クラス中から冷酷な視線を浴びせられていることを。
「あれ、どうしたの? これ誰が拾ってくれたの?」
「「こンの裏切り者があああああああっ!!!」」
二人の容赦ない鉄拳が炸裂した。
前回投稿したものはいずれ修正が入りますのでお待ちください。
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次回より新章です。10月20日、更新予定です!




