彼は《最強》にはなれない
タイトル半分回収です。
俺が小宮山先生のテスト宣言に絶望する少し前。
教室に入ると、クラスの話題は昨日の事件のことで持ちきりだった。
「あのおばさんヤバかったな~。ブラックホール作ったときはさすがに死んだと思った」
「そうそう! 伊藤の機転がなかったら死んでたよね~」
「ムカつくけどあいつの無双がなかったら俺たち勝てなかっただろうな」
……会話の内容についていけない。もしかしてボッチへの道を歩き出している?
気づかれないように席に着こうとすると
「優哉は誰がきつかった?」
「宇田川ぁ、見え透いた気遣いは逆に傷つくぞ?」
宇田川は俺の顔など気にする素振りすら見せず、ぬるぬるとした動きで肩に手を回す。
「でもズルいよなぁ。おまえだけ無事に生き残ったせいで、評定めっちゃ高いんだろ? エリィートは俺ら凡人とは違うなぁ?」
ねちっこい言葉の端には嫉妬が見え隠れしていた。これは事実を伝えた方が良さそうだ。
「安心しろ。能力の評定はDのままだ」
「嘘だろ!?」
宇田川だけではなく、クラスの全員が驚いていた。
残念ながら嘘ではない。
先生は評定をくれると言っていたが、あれは《緊急時への対応能力》に関する評定らしい。俺の能力は少しは使い勝手が向上したものの、能力そのものは判定を変えるほどのものではないのだ。
昨日その電話をもらって少し落ち込んだのは内緒だ。
せめて2分使えなくて良いから持続時間を10分にしてくれと思ったけれど、そう上手くはいかないようだ。
「そぉかぁ! それは残念だなあ!」
笑顔になっているのはどうしてかな?
話を聞いていると、最初は包囲されたことが分かった。500人近い人間をたった数十人で包囲するのは間が抜けているように思えるが、相手が手練れの能力者なら話は違う。
それを相手にして伊藤は突貫を仕掛けたらしい。
確かに能力者にとって、戦うときに武器を使うかどうかは自分の能力に左右される。特に戦闘に特化した能力者の場合は、大体は邪魔になるなどの理由から素手でいる場合が多い。
だが反面、格闘術には優れているはずだ。この間の元会長と争ったときは、動きを読まれて逆に締め上げられたはずなのだが。
「向こうもバカだよな。《無効化》相手に能力だけじゃ勝てねーっつの!」
……なるほど。伊藤の奴、どうやら本領を発揮したようだ。
確かに生き延びるためには躊躇する暇はなかっただろう。彼の本来の能力は、異能力だけではなく相手の体の動きすら止めることができる反則レベルのものだ。
口にはしないが、本人も恐らくは気付いている。
ただでさえ異能力は簡単に人を殺せる力を持つのに、伊藤の場合はその気になれば大量殺戮が可能なのだ。
だがあいつは自分の力をセーブすることで、なんとかそれを隠している。
その伊藤に、能力の片鱗を使わせた相手。
冗談抜きで、あいつがいなかったら今ごろは葬式を開いていただろう。
上級生たちがどういう仕方で戦ったのかを尋ねたが、目先の相手で手一杯だったそうだ。
本当に、間に合って良かった。
◆◆◆
都内某所。
高層ビルが数多く立ち並ぶなか、その中でも異彩を放つ一棟の建物があった。
〈国際能力者人権団体〉、略称〈IPRG〉・本部。
海外にも数多くの拠点を持つが、その本部は異能力発端の地である日本に居を構えていた。
リリー・スミスはその組織のナンバー2に当たる。仕事を終え、根城である本部の自室に戻った彼女を出迎えたのは、数日前に新しく入った人物だ。
「スミスさん、《代表》が『戻ったらすぐに報告を寄越せ』と」
「そう。にしても『椿』、あんたの変装術は凄いねえ。最初は自分の老後を見せられた気分だったよ」
そう言いながら、彼女は口の中から小型の変声機を吐き出す。そして顔の皮を剥がすと、下から若々しい顔が姿を現す。
「さて、化粧も落としたし行ってくるわ。あとこれ。食べていいよ」
スミスは自分の部下にケーキの詰め合わせが入った紙箱を押し付けた。
そのまま鼻歌を歌いながら部屋を出た。
◆◆◆
エレベーターで一階まで移動し、そこからは非常階段を地下に向かって降りていく。目的地に行くにはこの階段から行くしかないのだ。
地下三階まで辿り着くと、鉄の重い扉をこじ開けた。
薄暗い廊下の先に、電球で照らされた木のドアがあった。
「代表~? あたしですぅ、スミスですぅ。居ますかぁ?」
返事を待たずにスミスはドアノブを回す。
これがいつものやり方だった。
彼女はいつも通り、この部屋の主がいるであろう机に目を向け
「やぁ、ユゥリちゃぁん! その様子だとぉ良いぃ報告があrrrるみたいだねぇ!!!」
「……なんでテメェがいんだよ、《社長》?」
上下黒の和装に、張り付けたような薄笑い。異様に高いテンション。目の前の存在のトレードマークと言っても過言ではない。
常に薄笑いを浮かべているあの顔が、スミスはどうも苦手だった。
そしてなぜか、彼女のことを本来の「リリー」ではなく、彼女の名前の由来となった花の和名である「ユリ」と呼ぶのだった。
「ごめんね、リリー。あなたより先にこっちが来ちゃったから」
本来の主は、応接用の椅子に腰かけていた。
上下黒のパンツスーツに、大きいわりに白の割合が少ない目。長い黒髪を髪留めでまとめている。艶やかな声は落ち着いていて顔の整ったパーツと相まって、どこか品を感じさせる。実年齢はスミスとほとんど変わらないのにだ。スミスにとってパッと思い付く特徴はこれくらいだ。
〈国際能力者人権件団体〉、代表・谷地深幸その人だ。
「……《代表》、こいつを易々と入れちゃダメですって」
「悪いとは思ってる。でもこうしないとこいつはセキュリティ片っ端から壊すから」
スミスは汚物を見るような目を《社長》に向けた。社長は表情を一ミリも動かすことなく、
「そう怒らないでよぉ。今回のお願いは、そっちにとっても利があったんだからさぁ? さて、報告を聞こうじゃないの?」
ソファから投げ出した足を、子供のようにバタバタ振っている。
スミスは苛立ちが少し限界に達した。わざとらしい大きな舌打ちが部屋に反響する。
「仕切ってんじゃねえよタコが。……まず一件目の内容から。東アジア支部を狙ったのはあいつらで間違いないです。無人島に来た幹部らしき男と、支部襲撃の際にの犯人が残した血液と遺伝子が一致したらしいので」
報告を聞いた谷地は深い溜め息と共にソファに身を委ねる。
「……そう。なら支部の損害は、その組織の仕業と見て間違いないようね。特定できただけまだマシね」
「請求はどうしましょう?」
谷地は目線だけを動かして
「犯罪者組織のお金なんて汚くて使いたくないわ。だから社長を呼んだのよ」
「はぁ~い、呼ばれちゃいましたぁ~」
スミスとて、社長の存在がどれ程のものかは承知していた。
非営利団体であるこの組織も、資金はどうしても必要になる。ただ組織の方針上、スポンサーになってくれる相手はほとんどいない。
彼らの目指す先にあるのは、《能力者と非能力者が対等な立場になること》。故に、能力者による圧政も、非能力者が作る能力者への理不尽な法にも牙を剥く。
対等を目指すがゆえに、どちらかに傾くことはない。傾く方向があるとすれば、彼女たちは「弱者」の味方である。弱肉強食の世界において、彼女たちの理想に賛同する相手はゼロに近かった。
そんな彼女たちの唯一にして最大のスポンサーが、この社長である。
どこで稼いでくるのか、年に数百億にも及ぶ寄付をするのだ。
「だってあんまり持ってると税金で持ってかれるんだもん」
社長の口上はいつもそれだった。
そのお陰と言うべきか、この組織はわずか10年ほどでここまで大きくなったのだ。
「だからぁ、修理のお金は心配しなくて良いよぉ。今はそれよりも『例の子供』について、ユリちゃんの意見が聴きたいなぁ?」
ズイ、と社長の顔が迫ってくる。スミスは顔を背けると「……なんとなくだけど、《譲渡》された能力者を見てるみたいだった」
「ほおぉ? して理由は?」
「なんつーのかな。『能力を本人が使いこなせてない』感じ? 確か《拒絶》だったよね? だったらうちに適任が――――」
「いや必要ない」
スミスの言葉を、平坦な言葉が遮った。あの昂っていたテンションが、急降下していた。
「あの能力はね、良くても中の上か、上の下が関の山だ。いくら能力に成長の余地があったとしても、彼の体は既に上限が来てしまっている。彼が『成長した』と感じるものは、あくまで能力の隠された一面でしかない。持続時間、次の発動までの時間、有効範囲。自分の意思による形状の変化。これはもうどうしようもない」
今まで黙って聞いていた谷地が口を開く。
「……その口ぶりだと、その子供は鶴宮さんが言ってたように『《拒絶》ですらない』ってことね? やっと意味が分かった。それにしても、一体どんな能力なの? あんたに通用する世界で唯一の力でしょう? あんまり喋りすぎると、その子どうなるか分からないわよ? そんな危険な力を持っている以上、うち|だけじゃなくて軍にだって狙われるかもよ? それに、その子が力に溺れたらどうするの?」
谷地の警告に社長は笑顔をさらに歪ませた。
「それは大丈夫だよ。だってあの子の異能力は」
雑魚だから。
しばらくシリアスにはならない(予定)です。
外部の大人たちはしばらく出てこない(はず)です。
次回より中間テスト編です!




