最初の戦闘 前編
やっと主人公が能力を使います。
この日の俺たちは、荷物の整理は後回しにして学校を散策することにした。
太一持っていた学校の案内パンフレットを開くと、敷地内の建物の位置、内部構造が図解付きで説明されていた。
道は東西南北に沿って、まっすぐ整備されている。
大まかな配置は、中心に校舎、その北側はグラウンドや山。南側には、生徒のための寮や学校施設の建物が並ぶ。校舎から真正面に大きな道が通っていて、校門に繋がる。
航空写真を見ると校舎に一番近い寮は、なんと隣に建っている。これなら遅刻の心配もあるまい。
生徒がほとんどいない学校は、日が昇っているのに静かだった。
とりあえず校舎を見ておくことにした。
俺たちの寮から徒歩で五分。十分近いが、それでも校舎からは一番遠い。
「なんだよ。校門からまっすぐ行ったら、教師玄関と、職員室の真ん前じゃん。教室じゃねえのかよ。……それにしても先生たちはいるんだよな?」
あまりにも大人の姿が見えないので、俺は少し不気味に思っていた。
「そりゃそうだろ。でも、ほとんどが校舎の職員室じゃないかな」
さすが、能力者が家族に多いだけあって、太一の答えは淀みない。
ところが、だ。
「あ、優哉。一旦曲がるぞ」
「了解」
後ろから、昨日の先輩たちの笑い声が聞こえる。
遭遇したら面倒だ。
俺たちは迂回のため、一旦体の向きを変えた。
「「「………………あ」」」
曲がった方には、今日は起きていないはずの人物がいた。
いい加減にしろ。
隠すつもりあるのか?
それとも見せつけてるのか?
嫌味か?
「え、榎本くん。おはよう」
二瓶さん、挨拶がぎこちないよ。
しかし、事情を知っている身だ。フォローせねばなるまい。
「おはよう二瓶さん。昨日はよく眠れた?」
「へ? ああ、うん、まあ……」
……
…………
会話が続かない。
やっぱりこの二人、隠し事をするには向いてない気がする。
「あ! おい! そこの女!」
最悪のタイミングで見つかった。
畜生ルートダブった!
が、ここで二瓶さん。
「……誰?」
とボケなのか天然なのかわからない発言。
これに先輩たちが激怒した。
「おいそこのガキ。女を残してどっか行け。邪魔だ」
二瓶さんは、そこまで聞いてようやく思い出したらしく、
「ああ、昨日の」
とまたしれっとしたリアクション。
これが余計に火に油を注いだのか
「ただで帰れると思うなよ……?」
昨日と同じように、手に炎を纏う。
彼女も同じように《門》を作ったのだがーーーー
炎男は、それに手を突っ込むことはなかった。
手を入れる直前に、腕を引いたのである。
「避けちまえば、なんてことはねえよな?」
二瓶さんは次々に《門》を作ったが、相手はそれを避けて迫ってくる。
「逃げるぞ走れ!」
太一が二瓶さんの手を引っ張って逃げ出した。
俺も一瞬戸惑ったが、すぐ後に続いた。
「待てやコラァァァアッ!」
先輩たちも追いかけてくる。
なぜ太一がこのような判断をしたのか。
《転移門》で逃げれば良くね? と突っ込みが飛んできそうなので。
その理由を、このときは聞くことができなかったので、ここから先の説明は後日談になる。
◇◇◇
「へえ、《転移門》にはそんな弱点が……」
「私の技術が追い付いてないだけの話だけどね」
《転移門》は、移動する距離と、《門》の大きさが反比例になる。
そして、それを維持する時間は、能力の最大値に近いほど、短くなる。
このときの彼女の実力は、人が通れるほどの大きさの《門》を作ると、実質の移動距離は5メートルが限界だった。しかも、それだと数秒しか《門》が持たない。
つまり、逃げるのに適したものではない。
隣の部屋への移動は、そこまで苦になるものではなかったそうだけど。
◇◇◇
そんな事情があるのだが、そのときの俺は知らない。
とにかく走るしかない。
分岐したところは必ず曲がる。
逃走のセオリーだ。そこをきっちり押さえている辺り、こんな風に逃げるのは、初めてではないのだろう。
ここで俺は考える。先輩たちの狙いは二瓶さん一人。
しかし、太一が逃亡に手を貸したことを考えると、俺たちも標的に入った可能性が高い。
しかも、3人組のうち、能力がはっきりしているのは炎を纏う先輩一人。
残り二人は、どんな能力かは不明だ。
唯一の救いは、俺と太一を警戒しているのか、少し距離をとって追いかけてきていることだ。
だが、良くない状況に代わりはない。
さらに悪いことに、太一は戦闘向きの能力ではない。
二瓶さんの能力は攻略されてしまった。
残るのは俺の能力だけ。となれば。
俺がどうにかするしかない。
◆◆◆
はっきり言えば、俺の能力を使えばこの先輩たちをぶっとばすことはできる。
俺は能力が目覚めて以来、能力そのものが負けたことはない。
それが俺の《障壁》だ。
目に見えない壁。どんなに熱い炎も、冷たい風も、有害な光線も通さない、まさに無敵。
……何て書き方をしたら、「やっぱ便利じゃん」と言われそうなのだが。
問題は、闘いが終わった後だ。
仮に、俺が能力で先輩たちに怪我を負わせたとしよう。
その先輩たちの親が、俺の実家に行けば、うちの家族なんて一瞬でいなかったことになるだろう。
それに、もし、長期戦にでもなったら、俺は絶対に負ける。
こちらは、なんとしてでも避けなければならない。
今俺が満たさなければならない条件は、
①先輩たちに怪我をさせないように無力化。
②太一たちを無事に逃がす。
③俺の安全を確保。
という、無理ゲーに近いものだった。
考えろ。
考えろ……!
ある!
よく考えれば分かる、小さな違和感。
あまり考えて気持ちのいいものではないが、先輩たちの行動は、ある意味筋が通っている。
チラッと後ろを見ると、残り二人も能力を発動していた。
彼らの失敗は、俺と太一がいたことだ。
一気に作戦が固まる。
さあ、先輩方。
無傷のまま負けてもらいましょう。
◆◆◆
〈太一視点〉
「優香、足止めるなよ!」
逃げる途中から、お互いの手は離れていた。
優香は、あまり走るのは得意ではない。
それでも、必死になって逃げていた。
こういうとき、俺は自分の能力が戦闘向きだったらと思う。
優香のお父さんは、俺と同じサポートタイプの能力者とされているが、実際には超がつくほどの戦闘向きだ。
だからこそ、自分の娘と俺が付き合うことに、最後まで反対していた。
多分今でも、心のなかでは納得していないと思う。
頭の中に、あの人の言葉が反響する。
「おまえみたいな能力で、俺の娘守れんのか? モヤシみたいな体の癖に。おまけに能力も雑魚と来た。いいか? 実戦になったら、おまえみたいな奴が最初に死ぬか怪我する。それで周りの足手まといになる。悪いがよ、俺は娘に若いうちから苦労かけるような奴を認めねえ」
悔しいが、全くもって正論だ。
俺の能力は、弱すぎる。
やっぱり、別れた方があいつのためにーーーーー
「太一ぃ! 次左!」
◆◆◆
3人とも、能力を使いながら走ってくる。
一人は説明しなくてもいいだろう。
一人は、自分の体の一部を巨大にする《肥大化》。今は先頭を走っていて、拳だけ巨大にしている。見た目が非常にアンバランス。重いのか、走っているのに腕が下を向いたままだ。
もう一人は、太一と同じ《知覚強化》なのか、俺たちの逃げる方向を他の二人に教えている。
前を走る二人の先に、最初の目的地が見えた。
タイミングはいい。
ここで、最低でも一人は無力化しておきたい、と思ったところで、あるものが目にはいる。
よし、これなら行ける!
「太一ぃ! 次左!」
「え!?」
「俺が食い止めるから!」
「な、何を馬鹿なことを!」
そして、左に曲がった。俺はその時点で足を止める。
後ろから、下品な声が聞こえてくる。
「おいクソガキィ! 勝てるとでも思ってんのかあ!?」
振り返ると、大きな拳が下からせり上がってくる。
こっからが正念場だ。
「「なにッ!? こいつっ!」」
先輩たちの驚いた声が聞こえる。
後ろで、二人の足音が止まるのが聞こえる。
そう。
俺は、能力を発動した。
目には見えないが、感触のある壁。
衝撃を吸収され、鼻先まで迫った拳が、止まる。
拳の先輩は一旦距離をとると、
「《障壁》か! だけどよお、それは確か、吸収できるダメージに限界があったよなあ!」
巨大拳が再び俺に襲いかかろうとする。
だが、抜かりはない。
今俺が立っている場所から、斜め右前。さっき走っていたときは左だったが、これなら。
「二瓶さん! そこに噴水があるよ!」
俺の言葉の真意を読み取った彼女は、即座に《門》を作った。
俺は、でっかい拳の方を無力化するなんて言ってない。
「野郎っ!」
拳先輩の悪態なんて気にしない。
炎男の真上から、水が降り注ぐ。常時水が出てるタイプでよかった。
いくら能力でも、火は火だ。
水を大量にかければ、すぐに消えてしまう。
炎男の怒りのこもった声が聞こえる。
「ちっくしょぉ!」
まず一人!
主人公が全てをどうにかすると思った人、ごめんなさい。
セコいと言わないであげて。
主人公の実力は、次回発揮されます。
次回更新ですが、明日の更新はお休みです。
次回は、7月21日になります。