食って寝なけりゃ生きられない。
遅れました!
伊藤が一週間ほど学校を休んでいる間のことだ。
と言っても、次期は四月の末期から五月の頭。世に言う大型連休である。だが、週の間に二日だけ登校しなければならない日があった。五月一日と二日である。
事件は、その日の朝に起こった。
◆◆◆
先週末からの連休は、ほとんどを寝て過ごしていた。遊びや自主練習の誘いもあったのだが、とにかく体が重い。丁重にお断りした。
会長は退学、そして赤井もこの学校を去ったことにより俺の名誉はやや回復するにとどまった。クラスメートの態度が元に戻っただけでもよしとしよう。
なにより、太一が腕によりをかけて(本人が言うには「本気」の)料理を届けてくれたのはありがたかった。
食って寝るだけの自堕落な生活だったのは認めるが、そのおかげで気力体力はしっかりと回復したのだ。
喜ぶべきだろう。
連休明けにも関わらず俺は清々しい気分で教室に入った。
しかし、足を止める。
「…………ん?」
一見すると普通の光景だが、一ヶ所から異様な負のオーラが放出している。
俺は目を細めて、そいつの座る席を見た。
彼は宇田川。アメフト選手のような恵まれた体格と、毛筆で書いたようなぶっとい眉が特徴だ。
かなりオブラートに包んだ言い方をするなら、本能に忠実な奴でもある。
その彼が、何を考えているのかは不明だがブツブツと独り言を呟いている。
目線をずらすとクラスメートたちはそれとなく距離を置いていた。まるで壁があるかのように彼の近くに人がいない。
よく見ると、彼はある一点を見つめていた。その先には。
全く気づいていない二瓶さんが、友達と談笑していた。もっとも、相手は宇田川の姿が見えているようで、目を合わせないようにするためか下を向いている。
……何があった?
俺は一番近くにいた男子に声をかけた。
「ねえ、何があったの?」
「わかんない。なんか二瓶さんを見た宇田川が急に驚いた顔になって……。それからずっとあんななんだ。あわわわわ……」
男子にしては小柄な彼が震えている。能力は《重力操作》で結構実力はある方なのに。
女子の方に目をやったが、知らぬ存ぜぬを貫くと言わんばかりに背を向けられた。
あくまで関わらないつもりか。
「わりい優哉、遅れっちまって――――」
後ろから来た太一も俺と同様に固まる。
「何があった?」
「……俺も知りたい」
結局、始業のベルが鳴るまで怪しい光景は続くのだった。
「えー、伊藤だが、ちっと事情があって入院が長引いてる。見舞いに行っても会えないからそのつもりで」
ホームルームの最後に、小宮山先生はそう言った。
事情を知っている身としては、何とも言えない気分になる。それよりも問題は後ろの席でずっと二瓶さんを血眼になって睨んでいる筋肉野郎だ。独り言こそ先生がいるためか押さえているものの、眼球の血管が心なしか太くなったような。
「あと、今日から異能力の訓練は座学から実習に戻る。知識を実践できるように予習をしっかりしておくように」
教室のあちこちから不満の声が上がる。あのシビアな授業に戻るのだから、俺も気持ちは同じだが。
◆◆◆
午前のカリキュラムが終わる頃、珍しく太一が弁当箱を持っていないことに気付いた。
「珍しいな、体調でも悪いのか?」
昨日まで中華のフルコースを作っていたから、そこで精根尽きたか?
「いや……ちょっとな」
含みのある言い方だが追求はしなかった。こいつの弁当が食えないとなると、学食に行くしかあるまい。
お昼時なだけあって、大勢の生徒が行列を作っていた。
最近、学食のグレードが格段に変わったという噂が口コミとSNSで拡散されており、リピーターが増えているのだのそうだ。
……まあそうだろうな。納得はしている。なにせ調理担当にあの人がいるのだから。
「お、君、久しぶりだねぇ! あれ以来ちっとも来ないからお姉さんの料理、不味かったのかと思って心配してたんだよ~」
厨房の奥から、一人の若い女性がこちらに歩いてきた。
彼女の名前は真田舞子。太一の姉である。先月からここの学食で腕を振るっており、料理の味と性格の良さから学食を利用する生徒が倍になったとまで言われている。
なんでも、先月の途中まで勤めていたおばさんが急に退職せざるを得なくなったのだとか。それで急募したところ、彼女が志願したのだそうだ。
つーか。学年につき160人で、それが三つで480人。そのうち4割がこの学食で食べると言われているのに、それを一人にやらせるってどうよ。
確かに自動化の機械が多く導入されてはいるが、それでも負担は大きいだろう。それでこのクオリティなのだから恐ろしい。
しかもこの学食、ご飯と味噌汁はバイキング形式である。確かにこの学校のものは大体が無料で利用できるのだが、それでも「おかわり自由!」と書いてあるとつい釣られてしまう。
食べ盛りには嬉しい。
「で、札は?」
学食は食券制で、食堂の入り口に設置されたモニターには、今日のメニューが並んでいる。品切になったものには、〈完売御礼〉と書かれている。
自分が食べたい品を選んでパネルを操作する。すると並んでいる間に向こうでは品が作られ始める、といった具合だ。アレルギーがある場合も、パネルを操作すれば対応したメニュー一覧に変わるようになっている。
慌てて食券を出した。
「えーと、あんたが餃子で、そっちの子は唐揚げね。ほら、持ってきな」
トレーの上に、ひじきの和え物と唐揚げの乗った皿が置かれた。
腹の虫がなる。
さあ食べようと思ってその場を離れようとしたとき。
「君さあ、今日の放課後、暇?」
謎のお誘いが来た。
◆◆◆
思い返せば、異能力カリキュラムは最初に〈テスト〉と称した一方的な蹂躙イベントの後はずっと教室での授業だった。
つまり、俺が体験したあの恐怖体験をこいつらはしていないことになる。
「は~い、それではぁ、これから移動しま~す」
花田先生の後ろから、嫌そうな顔の俺たち生徒が続く。
花田先生は、あくまで俺をみんなと同じ土台に立たせるだけだと言っていたから、あんな暴挙はもうしないと思うが。
妙な言い方かもしれないが、今日の先生は笑顔なのだがどうにも機嫌が悪そうだった。
……
…………
「せ、先生なんだよこれ!」
〈壊すもよし、解体するもよし。とにかく、30分で脱出しないと、あんたら全員死ぬよ~〉
結果から言おう。巨大な冷凍庫に閉じ込められた。
先生からの課題は、「気化したドライアイスが大量に噴出する部屋からの脱出」。壁から濁流のように白い煙が溢れてくるせいで視界は悪くなるし、二酸化炭素って確か中毒を起こす物質だったような。
回りのみんなは咳き込んでいる。そりゃそうだ。呼吸がまともにできない上に、気温がマイナスいくつとかの世界だ。来ている服はジャージだけと装甲が薄すぎる。そのせいか、悲鳴がスッゴく聞こえてくる。
俺は《壁》を張ったので全くもって影響を受けていない。能力が切れる前にここから脱出してしまえばそれで完了なのだが。
ふと天井を見上げると、これ見よがしに大きなボタンがある。
あれを押せば解放されるのだろうか。
《壁》に弾性を付加して、天井まで飛ぶ。頭上部分を硬くしてそのまま《壁》でボタンを押した。
予想通り、ドライアイスの濁流は止まった。ガスが止まったことでやる気を希望が見えた彼らは、各自異能力で脱出に成功した。
◆◆◆
放課後。
言われた通りに食堂に向かったが、〈閉鎖中〉の札がかかっていた。
ここに来なさいと言われたのだが――――
「お、待たせたかな?」
後ろに、大量のノートを抱えた状態で立っていた。
おお、眼鏡姿も美しい。
話し合いの場となったのは、彼女の事務室。思った以上にごちゃごちゃしていた。食材やら栄養学に関する本が乱雑に重ねられていて、大量のメモが壁に貼り付けられている。
「あの、それでご用件は」
ノートの山を部屋の隅に放り投げると、向き直って一言。
「君、うちの愚弟と優香ちゃんの関係知ってるんでしょ? ぶっちゃけあの子たち、どこまで行ったの?」
下手に答えづらい質問が来た…………!
どうしよう。特に知ってるわけじゃないんだけど。
「あ、あの。俺も詳しくは……」
「えー? どうせ口止めでもされてるんでしょ~? 大丈夫、お姉さんそこまで口軽くないから」
本当に知らないんですが!?
そんなにずいずい近寄ってこないで……! 近い……!
「……その感じだと、本当に知らないのかな? まあいいや。それにしてもあいつもアホだねー。そこまで仲がよくないって設定で通せって言われてるのに」
「そ、そうなんですか……。でもなんでこのタイミングで? 親元を離れてから1ヶ月くらいですよ? そこまで進展があるようには」
「だよねぇ、普通はそう思うよねぇ」
なぜか舞子さんの台詞には苦労が滲んでいた。
「……事情を知ってる君だから話すけど、ぶっちゃけ弟はどうでもいい。問題は優香ちゃんのほうよ」
「と、仰いますと?」
俺は二人の過去を知ることになった。
今日中にもう一本上げる予定なので暫しお待ちください!
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