散った羽毛は戻らない。
章の始めから読んだ方が、話が分かりやすいかもです……。
一度、能力を切る。だが寸前、彼女が懐からナイフを出したのが見えた。そして、俺に向かって階段を降りてきたのも。
相手の姿が見えなくなった。能力で姿を消しているのだ。完全に周囲の景色と同化することも可能なのか。
限界までまだ1分余裕があったにも関わらず切ってしまったことは後悔したが、逆によかったかもしれない。1分後に自動で切れていたら、もっとまずかったかも。
さて、再発動までの1分を稼がねばならない。
気がついたときには、サクッと殺られているかもしれない。
気配を探るも、足音も、臭いも感じない。
とにかく考える暇がない俺は、咄嗟のときによく使う手段を行使した。
多少はリスキーだが仕方ない。
敵の姿見えないとき、最も危険なのは背後を取られること。
なので俺は、前に跳んだ。
正確には、階段の壁にだ。
真正面から突っ込めば、たぶんそれで終わる。
そこで、一度壁を蹴って、階段の上の方に移動する。三角飛びの応用だ。
そのまま踊り場まで駆け登り、壁を背にするように、そのまま踊り場から上の階段まで移動する。
無論ただの気休めだ。
見えない相手に、正面から刺されるのを待つだけ。
確実に急所を狙ってくる。
あとどれくらいで能力が使えるようになるかは不明だが、少なくとも、まだ使えない。
幻覚、幻聴。匂いまで自在と来た。
肌触りすら惑わすのだから、参ったものだ。
下手すると、普通に刺されて終わりだ。
それに、あのナイフに毒でも塗られていたら大変だ。
会長と繋がっている以上、裏ルートによる物品の授受だって可能なはずだ。
彼女の能力を突破する手段は、《無効化》以外、あり得ない。
俺の能力は、看破はできても異能力そのものをどうにかする力はないのだから。
とにかく俺は、じっと下を見ることに徹した。
例え視線は合わなくても、下を警戒していることだけ伝われば、少しは時間を稼げる。
……無論、これは賭けだが。
「にしても赤井さん。結構可愛いツラしてるじゃん」
あえて挑発するようなことを言ってみる。変態コースまっしぐらの台詞だが、少しでもいいから動揺してほしかった。
と。ようやく能力が使えるようになった。毎日の訓練のお陰か、使えるようになったタイミングが分かるようになっていた。なんかこう、充電が完了したような気分になるのだ。
これで蹴りを着けないと、次は確実にやられる。
彼女は、踊り場にいた。
なぜ攻撃してこないのだろう?
「……見切った。あんた、能力が使えない時間があるみたいですね。変な動きをするから警戒したけど、損しちゃったかな。それに、私の問いかけにも答えないですし。さっきのパルクールもどきは、牽制のつもりです?」
う~ん、勝利を確実にするために、泳がされたようだ。
◆◆◆
制限時間、5分。
俺は階段の手すりを乗り越え、踊り場の下の階段に移動する。
逃げるっきゃねえ。
だが彼女は、踊り場から一気に跳躍(!)し、階段を全部すっ飛ばして階を移動した。
構図が一瞬で元通りだ。
「身体能力半端ねえな」
完全に、彼女の異能力とは別物だ。
あのボロボロ少女が、ここまでアクロバティックな動きをするとは、誰も思うまい。
なるほど、異能力の偽装を看破されることも、想定済みか。
あえて化粧をひっぺがしたのは、動きの枷を外すため。
などと悠長に考えていると、ナイフが眼前に迫っていた。
「おい……、本気で殺すつもりだろ!」
「そうですよ?」
否定してよぉ!
しかし、長期戦に持ち込むのは難しい。
そもそも、俺は格闘術は全く未経験だ。というか、能力者相手に格闘術というのは、赤ん坊が武道の達人に挑むのと同じレベルだ。
だが間違いない。こいつ相当、磨いてやがる。
動きだけ見れば、並みの軍人より強そうだ。
こっちの唯一のアドバンテージは、この《壁》が相手には見えていないこと。
もちろん、煙幕やペンキでもぶちかませば、話は別だが。
ナイフ以外にも武器を所有しているかもしれない。
悪い予想は、立てるだけ立てておかないと、後に想定外が起きたときに大変なことになる。
新しい戦法の実験よりも、今は慣れた使い方の方が良さそうだ。
ナイフが再び迫ってくる。
俺を覆うサイズで展開したボール状の《壁》。
そこにナイフが当たる。
もし、本気で刺していれば、ナイフを折れたかもしれない。しかし彼女はそこを警戒したのか、切る動作で当ててきた。
これだと、せいぜい受け流すくらいしか、防御の方法がない。
一切無駄のない動きで、俺はどんどん踊り場に追い詰められる。
能力だって、そう長くは持たない。
仕方ない。最も得意な、俺の必勝法を使うとしよう。
逃走劇の開始だ。
俺は元々、殴ったり蹴ったりは性分ではない。
俺の攻撃の主流は、あくまで接近戦で、相手が俺の《壁》で手首や足を痛める程度のものだ。
突っ込んできた相手を弾き飛ばす、もある。
それしか使ったことがない。
赤井もそれは会長から教えられているのか、闘牛のようには突っ込んでこない。
ならば、《壁》が使える残り時間を、全力で逃走に使おう。
赤井のことだ。
もし逃げ切ったとしても、何かしらの手段を講じるはずだ。
それでも、命をとられるよりは、幾分マシに思えた。
◆◆◆
「榎本優哉は、女を人間と思わないクズである」
昨日のショックのおかげか。こんなレッテルを張られても、なにも思わなくなっていた。いや、感覚が麻痺しているのか?
命からがら教室に戻ると、能力で変装した赤井が、泣きながら追いかけてきた。
「優哉さんっ! あの言葉は嘘だったんですか!? 私だって、はじめてだったのにっ!」
初めてもなにも、ワタクシなにもしていませんが?
そもそもあんたとは、知り合ってまだ二日ですが?
朝以上にきつい事態になった。
いけしゃあしゃあと嘘が言えるこの女には、詐欺師の才能があるに違いない。
だが、そのおかげであいつの能力について、一つ確証を得た。
やつは虚像の自分と本体が分離して行動できる。
どういうことなのかは、見れば分かった。
今、みんなが知っている長身美女は、目を真っ赤にしながら、慰められている。
他方、本体のちっこい少女は、その輪から抜けて鬼ような形相でこちらを睨んでいる。
輪から抜けるとき、普通に触れていたのだが、誰も気付いていないようだ。
しかし、赤井は俺に歩み寄ってこようとはしない。
偽物の自分を囲んでいる女子たちの輪から、離れていないのだ。
そこで、俺は予想をたてた。
〈虚像が矛盾のない会話を成立させるには、本体が会話を聞ける距離にいる必要がある。〉
当然ながら、女子だってわざとらしく大声で慰めるほど、デリカシーがないわけではない。
なので、俺と女子の輪との距離では、なにをしゃべっているのか全く聞き取れないのだ。
だが、そこはゴシップ好きと言うべきか、「何があったの?」という声がチラチラ聞こえる。
……《壁》を通して見ると、なにもない空白に向かって「大丈夫?」と言っているので、「いやおまえが大丈夫?」と聞きたいところだ。普段なら。
どうやら赤井は、「ショックで喋れない」よりも、「このクズ野郎を徹底的に潰すために、真実を全部話す」スタンスを選んだようだ。※この「真実」はフィクションです。
この場には伊藤もいる。
あいつに頼んで能力を強制解除させるのが一番手っ取り早いのだが、それ以上にさっきの会話が気になる。
赤井は会長になにを望んだ?
こんな博打打ちのようなことをしてまで、あいつはなにを叶えようとしている?
そのためなら、殺人すら厭わないほどの執念だ。
赤井を味方にできれば、このお先真っ暗の俺の将来にも一筋の光が差す。
……そうじゃないと、困る。
主人公、底突き抜けた、好感度。
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次回は9月11日更新予定です!
20000PVまで、あとちょいです!
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