マトリョーシカは、同じ顔。
赤井が会長と繋がっているというのなら、話は一気にシンプルなものになる。
野郎、あの女を使って復讐するつもりだ。
となれば、俺は完了されたと思っていいだろう。
明日になれば、俺は白い目で見られることが確定しているのだから。
次はどう動く? 答えは簡単。次は伊藤を毒牙にかけるつもりだ。
ただ、《無効化》の能力を持つ伊藤は、闇雲に近づいても意味がない。あいつの正体を晒すだけだ。
確実にやれる瞬間を選ぶだろう。
難易度の低い俺をクリアして、今は伊藤をどうやって潰すか、考えているに違いない。
チャンスは今だけだ。
協力をあおぐ必要が出てきた。
◆◆◆
「……どなた?」
「倉橋先輩ですね? 俺、伊藤光太郎の友人なんですが。一度お会いしていますよね」
俺が向かったのは、会長が八つ当たりをしていたという倉橋先輩の元だ。さすがに本人に向かって、ホルスタイン先輩とは呼べない。名前を急いで調べて正解だった。
伊藤の名前を聞いた先輩は、あっさりと俺を自室に引き入れた。
玄関先で話さないのはなぜかと聞くと、「今は立場が良くないでしょ、あなた」という。
夕方の事件は既に耳に入っていたようだ。
……それにしても、あいつの信頼度、高すぎない? 女子が男を自室に入れる方が、問題ありなのでは?
「それで、お話って?」
「あまり思い出したくもないでしょうが、会長のことです。生徒会の先輩なら、今日転校してきたやつについて、多少はご存じですよね? その転校生と、会長の間に繋がりはありませんか?」
あえてストレートに聞いてみた。
「どうして?」
俺は、自分が受けた仕打ちを洗いざらい喋った。
「まあ、勘違いならいいんです。ただ、俺には会長くらいしか、心当たりがないもので。仮にそうだとなると、伊藤は間違いなく狙われる」
「そう……。でも、あの男の周りなんて、学校の内外を問わず、はっきり言って女だらけよ? 権力にすがりたかったり、ただただあの顔に骨抜きにされてたり。私も詳しく把握しているわけではないの。でも、もしあなたの言うとおりなら、あの男は今ごろ腹抱えて笑ってるでしょうね」
なるほど、モテる男は苦労しないのか。
自分に充実な犬には、事欠かないわけだ。
「ごめんね、力になれなくて」
「いえいえ、先輩こそ、俺みたいなやつに親切にしてくださって、ありがとうございます」
先輩の部屋を出た俺は、とりあえず伊藤の無事を確認することにした。
今日の時点で赤井が動くとは思えないが、用心に越したことはない。
◆◆◆
「おう、優哉か。どうした?」
伊藤は呑気なものだった。部屋着に着替えてやがる。
自分が狙われてるかもしれないなんてことは、微塵も考えていない。
まあそうだろう。それが普通だ。
「おまえ、あの後赤井と会ったか?」
「唐突だなオイ」
まあ、こんなリアクションができるのなら、今のところは大丈夫だろう。
さてさて。先手を打たれる前に、対策を考えないと。
俺は、さっきと同じように、自分の推測をこいつに話す。
一通り聞いた伊藤は、なにか引っ掛かる点があるようで。
「でもよお、仮に赤井が会長の手先だとしても、それだけのことで転校までしてくるか?」
そこは俺も疑問には思っていた。
いくら好きな男のためとはいえ、そこまでするだろうか?
会長が伊藤に負けてから、まだ1週間くらいしか経っていない。
むしろ、会長が黒幕、というのは、あくまで俺の独断を基盤にしたもので、妄想と笑われれればそこまでのことだ。
「それによう、もうすぐ門限だろ? 戻らなくていいのか?」
と言っても、門限を過ぎたら、なにか罰則があるわけではない。
単純に、公衆トイレ以外、建物への出入りができなくなるだけの話だ。早い話、野宿を強いられることになる。
建物の施錠が解かれるのは、翌朝5時。それまで外でどうにかするしかないのだ。
翌日。
想定通りと言うべきか、当然というか。
教室に入った瞬間、女子からの凍てつくような視線と、男子からの嫉妬の視線が、榎本優哉という的に集中した。
現時点で俺の味方なのは、太一と、彼から真相を聞かされた二瓶さん、あと伊藤くらいだ。
強いて言うなら、倉橋先輩も俺に対して、悪い感情は持っていないようだが、それはあくまで「伊藤の友人」だからだ。
俺は気にしないふりをしながら、机に突っ伏して、その時を待った。
時計が8時を指す頃、元凶が登校してきた。
彼女が教室にはいると、俺への視線はより一層、悪意を増した気がする。見えないけど。
空気も微妙になるし、あーもーめんどくせえ。
一つ気付いたこととして、こいつの能力は見かけだけではなく、自分の喋った言葉と、相手に聞こえる言葉がまるっきり違うものにすることができる。
赤井が、俺の席の前に立つ気配があった。
俺は気づかれないよう、頭に能力を発動する。
やっぱり酷い顔だった。器量が悪いんじゃない。顔中にある傷跡が生々しいのだ。
「どう? 少しは反省した?」
きっとこの言葉も、俺以外の人間には全く別のフレーズに聞こえているのだろう。
なんて厄介な能力だ。
ここで伊藤に、彼女に触れて能力を解除してもらうのもいいかもしれない。が、それでは黒幕であるあの眼鏡にたどり着く前に、ここで自決しかねない。
「私の正体、あなた以外にもばれちゃったんですね。フフフ」
声帯を極限まで痛めたような声だ。
単語の間に、妙に高い音が入り雑じっている。何をやったらあんなに声になるんだ?
その状態で淀みなく聞こえるのだから、不気味さ倍増だ。
「でも、あなたが悪いんですよ? あなたが罪を犯さなければ、自分に帰ってくることもなかったのに」
満面の笑みで語りかけてくるあたりに、性格の悪さを感じた。
「ですが、私に必要なのは弱味。だから、あなたを許すことにします」
その台詞に、俺は立ち上がって身構える。が、回りを見回して、手遅れであることを悟った。
寄ってきた宇田川に、肩を叩かれる。
そう言えば、こいつにも赤井の正体、教えなかったっけ?
「よく言った! おまえは悪いやつじゃないと思ってたよ! 綺麗な土下座だった!」
待てえええええええええっ!
聞き流せないワードが出たぞ!?
赤井のやつ、一体どんな光景を見せたんだ?
「これで、あなたは懲罰を終えました。もう、会長へのおいたはダメですよ?」
多大な犠牲を払いながら、一つの確証を得た。
今度は、意識を伊藤に集中させる。
俺は伊藤に目配せをすると、あっちもコクン、と頷いた。
◆◆◆
後で聞いたところ、俺は赤井の姿を見るなり、謝罪の言葉と土下座で詫びたそうだ。
そして赤井は、「いいんです、気にしないでください」と答えたという。
冗談じゃねえ。
そして、府に落ちない部分がある。
あれでは、彼女が「許した」と宣言したようなものだ。
あの眼鏡が、こんな灸を据える程度のことで満足するだろうか。
俺は、赤井を尾行することにした。
昼休み。赤井は軽く昼食を済ませると、教室を出ていく。
何かある。直感がそう告げていた。
やがて、人気のない階段の踊り場に着いた。ここなら誰にも見つからなさそうだ。そして俺の予想通り、会長が待っていた。
盗聴を恐れて、彼女の能力で会話を改竄するだろう。
俺は物陰に隠れ、自らの能力を発動する。
「……一人は潰しました。残りは今日やります。だから――」
「いいだろう。おまえの望みは叶えてやる。なるべく早い吉報を待ってるよ」
やっぱり伊藤も標的だった。
なにか赤井は取引を持ちかけたようだ。
会長が鼻唄を歌いながら去っていく。
赤井の溜め息が聞こえてきた。
赤井が降りようとしたところで、俺は彼女の行く手を遮るように飛び出した。
「やあ赤井さん!」
ぎょっとした彼女は、後ずさりをして俺から距離をとった。
こう言っては悪いが、彼女の狼狽した顔は初めて見た気がする。
「……なんですか。ストーカーみたいな気持ち悪いことして」
「ひどいなあ。俺は君のせいでどんでもない目に遭ったんだけど?」
「自業自得でしょ。あなたのせいで会長は無能の烙印を押されたんだから」
とばっちりにも程がある。そもそも、あれは会長こそ自業自得なのだ。
「で、会長となにを取引してたの?」
「……あんたには関係ない」
「あるんだなあ。俺はこう見えて、冤罪は大嫌いなんでね」
赤井は、チッと舌打ちをすると、右手を左耳の下に持っていった。
「あんた相手じゃ、隠しても意味なさそうだしね」
殴られた顔の下から、全く普通の顔が現れた。
荒れた皮膚も、特殊メイクだった。
猫背を直し、掠れた声が普通に戻る。
「さて、あんたを始末しようか」




