いい人であればあるほど、欠点が見つかるとがっかりする。
俺は何を見た?
思わずトイレの個室に駆け込んだ。
手が震えて、鍵がうまく閉められない。
制服こそ新品だったが、それが包んでいたのものは、あまりにも酷い有り様だった。
教室を出る寸前、こっちを見ていた彼女の顔が、脳裏から離れない。
まるで何度も殴られたように、顔中に内出血の跡があったのだ。
今さらになって、自分の能力が「恐ろしい」と思った。
彼女のあの姿は、なんだ?
なぜ俺には、あんなものが見えた?
……花田先生には相談できない。
理由は分からないが、あの先生は、この異様な事態についてなにか知っている。
だから俺を選んだのだ。
「おい、優哉。ここにいるのか?」
太一が俺を追いかけてきたようだ。
そういえば、まだ帰りのホームルームが終わってなかった。
俺は、ドア越しに答える。
「ああ、太一、悪いな……」
「どうしたんだよ? 声震えてるぞ。なんだ、あの赤井って娘に一目惚れか?」
こいつ、人の気も知らないで……!
見てはいけないものを見てしまったこの罪悪感を、どうすればいいのか悩んでいると。
「……でもなあ、悪いことは言わないから、あいつはやめとけ。見てくれを偽るような奴だぞ?」
俺は勢いよくドアを開けた。
「今、なんて……?」
「本当の姿がどんなものかは分からねえけど、あの美形の姿、多分、能力で作り上げたやつだ。確かに、見たり触ったりしても全く違和感はない。でも、なんだろうな。あいつ、本当はあんなに丈は高くないんじゃないか?」
気が動転して忘れていたが、太一は《知覚強化》の能力者だった。
何かしらの違和感を覚えたとしても、何ら不思議はない。
しかし太一は「俺の能力じゃ無理だ」という。
「視覚だけならまだしも、他の感覚器官にまで干渉してくるような能力じゃ、俺の能力は通用しない。この能力だって、万能じゃねえんだよ」
太一が違和感を覚えたのは、赤井の行動だという。
「ほら、異能力訓練のときって、それのためにシューズを履き替えるだろ? で、元々履いてた上履きを、下駄箱にいれるじゃん? あいつ、一番下の段に入れたんだよ。上の方だって、結構がら空きだったのに」
それ以外にも。
「やたらと『上』を避けたがるんだよな~。あそこまで徹底してると、違和感がない方がおかしいって。あ、誤解するなよ? 怪しいと思ったから、観察してただけだ」
普段なら茶化す材料にしているだろうが、今回ばかりは感謝せざるを得ない。
俺は正直に、自分の見た光景を打ち明けた。
「……そんなにひどい格好なのか。まあ、それはとりあえずあとにして、教室戻ろう。みんな待ってるから」
トイレを出た途端、
「どうだった?」
笑顔の花田先生がいた。
「先生、ホームルームは?」
「とっくに終わったよ? で、どうだった?」
純粋な目をしているが、その奥には異様な闇を感じる。
「――――おい、おまえら」
花田先生の後ろから、担任が姿を現した。
「すいませんね花田先生。こっちはまだホームルームが終わってないんで。ほら、早く戻れ」
……助かった。
流れに乗じて、教室に戻ろうとしたとき。
確かに見た。
お互い新人であるはずの先生二人の視線が、空中で火花を散らしたのを。
それはまるで、達人同士の睨みあいのようだった。
放課後になってからも、赤井の人気は衰えを知らず。
何人かが俺のことを心配して声をかけてきたが、「腹を下した」の一点張りで押し通した。
◆◆◆
その日の深夜。
小宮山は、一人残ってパソコンに向かっていた。
職員室には誰もおらず、明かりさえ点いていないので、画面の明るさが余計に目立つ。
やつれた新人サラリーマンのように、栄養ドリンクに手を伸ばすが、
「お疲れさまです、小宮山先生」
ガラリと職員室の戸が開く。
急な来訪者に、小宮山も少し驚くそぶりを見せた。
が、すぐに落ち着きを取り戻すと
「花田先生ですか。忘れ物でもしましたか?」
しかし花田は首を横に降ると、
「いえいえ。ちょっと聞きたいことがありまして。せっかく私が、生徒の個性を伸ばそうとしたのに、――――どうして邪魔をしたんですか?」
最後の一言は、普段、生徒には決して見せないような冷たい空気を含んでいた。
「あなたの本職がばれたら、ここにはいられませんよねえ、〈能力者人権団体〉の、スパイさん?」
唐突に放たれた単語に、小宮山は汗一つ流すことなく
「……一応、身辺調査されても問題ないくらいには、処理してきたつもりなんですがね。どこから漏れました?」
「言うわけないじゃないですかぁ。立場が分かっておられるなら、今後、邪魔をしないでいただけるとありがたいのですがねえ」
まるで世間話でもしてるかのようなトーンで、花田は話を進めようとする。
しかし。
「一応警告しときましょう。そっちの身の上だって、ばれたら面倒でしょう? 日本軍人事部、特殊審議官のエリート将校さん」
花田の方は、小宮山ほどポーカーフェイスに優れていなかった。
「『〈軍〉の教育への干渉は、これを固く禁ず』。先代を生きた方々が、失敗から学んだ教訓を、律する側が破ってどうするんですか?」
ヘラヘラしているようにも聞こえる言い方に、花田は噛みついた。
「……立場わかってんのか? その気になればいつでも殺せるぞ?」
「どうぞ。その代わり、うちの本部と全面戦争になりますが。過去最大級の戦力不足である今の軍に、うちと正面からやりあって勝算はありますかね?」
痛いところを突かれた花田は、舌打ちしながらも引き下がる。
「お互い身分を隠してここにいるんですから、もうちょっとフレンドリーにいきましょうや。俺はあんたの秘密をしゃべらないし、あんたも今日は、ここには来なかった。そういうことにしておきましょう。お互いのために。でも、一つ聞いてもいいですかね」
小宮山は表情を変える。
やる気のないだらけた顔から、眼光が鋭い顔へと変貌する。
「うちの榎本、あいつの能力はもうご存じなんでしょう?」
「なんだ、あんたも知ってたんですか」
両者の間に沈黙が訪れる。
相手の出方を探るため、二人は思考を巡らせる。
「『ただの《障壁》ではあり得ない条件』、『異能力による擬態を見抜く力』。この条件を満たす能力なんて、早々ないでしょ? あの子を軍に入れられたら、相当な戦力になる」
「確かに。でも、それを決めるかどうかは、あくまで榎本本人に任せたい。できれば、横槍は入れてほしくないんですよ」
「人の役に立つんですよ? それを進めて何が悪いんです?」
小宮山は黙っていた。論破されて言い返せないようにも――――
「……そうまでして、《拒絶》の異能力がほしいか?」
花田は、普段からは想像もつかないような凶悪な笑みを浮かべると
「表向きは、『《障壁》の〈亜種〉』ってことになってるけど、実際には『上位互換』。この能力者は、世界でも片手があれば足りるほどよ。確かに、まだ成長途中だけど、彼は最強の戦力になりうる人材よ」
しかし小宮山は
「だったらなおさらでしょう。彼には選択の自由がある。決めるのはあんたらじゃない」
一歩も引くことはなかった。
「……まあ、いいでしょう。ですが、この能力に関する情報は、我々の方が多く握っているということを、お忘れなく」
そのまま花田は職員室から出ていく。
小宮山は、背中に垂れた汗を悟られなくて良かったと、心底思うのだった。
◆◆◆
「……こればっかりは仕方ないよねぇ~え? 異能力が表舞台に出てきて半世紀以上。条件がほとんど合致してるんだから、今さら『新種』だとは、思わないよねぇ~」
「いきなりなんの話だ? ……あれか。おまえのいう『勇者』のことか?」
「ま~ねぇ。確かに、その子の異能力は《障壁》の亜種であることは間違いないし、上位互換ってのも正解だ。でも、違うんだよねえ。そこでっ!!! はいこれっ!!! 私が作ったレポゥトゥ!!!」
「レポートな。どれどれ……。ああ、なるほど、そういうことか」
「分かっちゃった?」
「おまえの言うとおり、ほぼ《拒絶》の能力者と条件は合致する。いや、正直俺も、おまえから聞かされてなかったら、《拒絶》だと判断するだろうな。でも、比べてみると確かに違うな……。この子は」
「うんうん!?」
「《拒絶》とは根本的に違う。一度の発動時間が短いのは、そういう側面もあるだろうな。もし《拒絶》の異能力なら、あのしごきを受けた後で、発動時間も延びていないとおかしい。でもこの子は、その様子がない。しかし、だとすると、なんの能力なんだ? 亜種にしては防御の性能が高すぎるが」
「だからこそだよ、鶴宮さん! 彼もまた、〈超能力者〉の端くれなのさ! あなたの息女のように!」
「……なるほど。それなら、この時間の短さも、納得はいくな。でも本当か? おまえが〈超能力者〉と断定した人たちは、それこそおまえさえいなければ、世界征服が朝飯前の人ばかりだぞ? この子の異能力は、そこまでの力を秘めているようには思えないが」
「そう。だから彼は決して、異能力の世界では最強にはなれない! しかぁし! 私に届く可能性を秘めているのさっ!!!」
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次回は9月6日、更新予定です!




