見えてるだけが、全てじゃない
伊藤光太郎について、いい加減話さなければなるまい。
異能力を《無効化》させる、とんでもない能力者だ。
しかしこいつ、それ以外にも様々な特徴を併せ持っている。
わずか1日で、こいつがどういう人間なのか、嫌と言うほど思い知らされたのだから。
◆◆◆
「……なあ、優哉くんよお」
「どうした宇田川。顔が般若のようだぞ」
「あれ、どう思う?」
教室の入り口で、二人の人間が会話している。
一人は、我らが伊藤光太郎。
そしてその相手は、生徒会役員の、あのナイスバディ先輩だ。
「太一、俺が寝てる間に何かあったのか?」
俺は隣の友人に丸投げした。
彼なら何か知っているかもしれない。
「……この間の生徒会の一件で、会長がいちゃもん着けてきてな」
「いちゃもん?」
「『おまえらの仲間が余計なことしなかったら、こんな恥をかくこともなかったのに』ってさ。いや知らねえよって。大体さ、自分はズルしようとしてたのに、お門違いだと思わねえか?」
「……俺か。で、そこからどうやったら、あの場面に繋がるんだ?」
太一の話によると、その場は通りかかった先生によって、事なきを得たそうなのだが。
「むしゃくしゃした会長が、人気のないところで倉橋先輩に八つ当たりしたところを、伊藤が通りかかって助けた。それだけだ」
わーお。
俺はボリュームを落として宇田川に耳打ちする。
「……あの先輩、伊藤に惚れてないか? なんか雰囲気が前と全然違うんだけど」
宇田川が俺の肩を掴んで別の方向を向かせた。
「ちなみに、あの先輩だけじゃねえぞ」
あああ?
「ほれ、あそこ見てみろ」
宇田川の指差す方を見ると、
「桐山……?」
伊藤とは因縁のある彼女だ。
入学当初から、何度か衝突していることは知っている。
……って。
「……おかしいなあ。俺の目が節穴じゃなければ、桐山の目、どう見ても嫉妬してるだろ。俺が寝てる間に、マジで何が起こったんだ?」
記憶が正しければ、数日前までは犬猿の仲だったはずだ。
それにしても、あの裏がありそうな微笑みを浮かべていたあの先輩が、今はいたいけな少女のような笑い声をあげて喋っている。
人間、こんな短期間で変わるのか?
「伊藤は普通にしているが、先輩の目は恋する乙女の目だ」
と宇田川が断言した。
「で、桐山はどう見ても『あたしというものがありながら』って顔だな。早くも三角関係が出来上がりつつあるぞ?」
おい太一、楽しそうに言うな。
「それだけじゃねえ。今朝方、俺、変な女に声掛けられたんだ」
「詳しく聞かせろ」
宇田川によると、登校する途中で、この学校のものではない制服の少女に、「伊藤光太郎という人物について」尋ねられたそうだ。
「それだけ答えて、もうちょっと話そうかと思ったら、いなくなっててさ」
正体不明の少女。
この学校の生徒ではない。
では、何が目的だ?
「だけど、不思議なんだよ。他の友達に聞いて回っても、誰もそいつを見てないんだ」
見ていない?
ますます怪しい状況だ。
やつの周りで、いったい何が起こっている?
◆◆◆
「え~、時期外れではありますが、転入生を紹介します」
午後の授業が始まる前、小宮山先生から衝撃の発表があった。
教室中がざわめく。
無理もない。もう来週から5月。転校にしては、あまりにも中途半端すぎる。
「じゃあ、入ってきてどうぞ」
ドアに注目が集まる。
「うわあ、背ぇ、たっか……!」
「超美人……おまけに肌きれい……」
「髪ツヤッツヤじゃん、羨ましい」
生徒が口々に感想を述べるなか、
彼女は黒板に名前を書く。
「赤井夏美です。急な転入ですが、よろしくお願いします」
きれいなお辞儀。
どこぞの良家のお嬢さんだろうか。
「悪いけど、机持ってくるから。君たち、相手してあげて。今日は自習」
先生が教室からいなくなると、女子のほとんどが彼女に近づいた。
「なあ、宇田川よ。おまえに伊藤のこと聞いてきたのって、あの人か?」
彼は大きく首を降った。
「いや、あんなに高い背じゃない。それに顔も全然違う」
「そうか……」
こういう場合、十中八九、彼女が伊藤について尋ねた人間なのだろうが。
心にしこりを感じながらも、あの女子の塊に突っ込んでいく勇気は、残念ながら持ち合わせていなかった。
◆◆◆
今日もジャージに着替えて校庭に集合。
ちなみにこれ、3着目だ。タダだからいいけど。
「はい。じゃあ今日から、実習訓練を行っていきま~す」
相変わらず呑気な先生だと思う。
ちなみに、前回ボイコットした彼らは、花田先生の「愛の鉄拳」を食らったとかで、おとなしく授業を受けるようになっていた。
「さて、皆さん知ってるとは思うけど、私たち《範囲型》は、《直結型》と比べると、〈スタミナ〉、〈安定性〉では勝りますが、〈応用性〉、〈有効範囲〉では劣ります」
先生は、俺たちにトラウマを植え付けた異能力を発動した。
先生の能力は、性格には《流体操作》と呼ばれるもので、文字通り、気体と液体の両方を、自在に操るというものだ。
先生の回りに、とんでもない風速によって竜巻が発生する。
「●●●●●●●●●●●●●」
風が邪魔で、なに言ってるのか聞き取れない。
しかし、その姿を見るだけで能力の恐ろしさが見てとれる。
砂ぼこりは、脛、胴体、手首から肘の部分に集中している。
まさに鎧である。
風だけじゃない。巻き上げた砂に触れようものなら、手は間違いなく犠牲になる。
「先生! 風速の上限はいくつですか!」
隣のクラスの女子が手でメガホンを作って質問した。
「私の風速は大体、最大値は音速の倍ね~」
恐ろしい数字が出た。
しかも先生は、その状態で数時間活動できるそうだ。
「さあ、皆さんも頑張ってみましょ~」
先生の掛け声と共に、あちらこちらで能力が展開される。
皆が練習に励むなか、俺は花田先生に呼ばれて、少し離れた場所に来ていた。
「なんでしょう?」
「あんたの能力、《障壁》じゃないかもしれないね」
今なんて?
「一つ試してほしいことがあるの。今日、あんたのクラスに転校生が来たでしょう?」
「ええ」
「もし私の予想通りなら――――」
先生は、驚きの一言を放つのだった。
◆◆◆
授業が終わり、教室に戻ったあと。
「いやー、夏美ってすごいねえ!」
「ほんと。小宮山先生のあの驚いた顔!」
ぞろぞろと、直結型メンバーが帰ってきた。
俺は、先生の提案通り、いつもとは少し違う形で能力を展開した。
「…………!? 」
一瞬、声が出そうになって、慌てて口を押さえる。
「どうした優哉。ゲロでも吐きそうなのか?」
太一が冷やかしてくる。
だが、まともな返しも叶わないほど、俺の受けた衝撃は凄まじかった。
あのとき、先生が俺に言った言葉。
〈中心点を片目に移して、展開してみなさい? たぶん、そっちの目からは、違う景色が見えてくるから〉
《壁》を通して、俺の左目が見たもの。
ガサガサに荒れた肌。
まるで手入れの行き届いていない、パサパサの髪の毛。
そして何より、彼女は、とても小さかった。
「…………優哉、優哉!」
太一に頭をはたかれて、ようやく意識が戻った。
気絶してたのか? 俺は。
「なあ、太一。変なこと聞くけど、おまえ、あの転校生とぶつかったりとかしたか?」
「……ラッキースケベでも期待してるのか? 悪いが俺は一筋なんでね」
哀れむような視線を向けられたが、ならまだましかもしれない。
一度、能力を消して普通に見てみる。
やはり、長身の美少女しか見えない。
幻覚?
「ほんっとに肌すべすべしてる~! ねえ、どんな手入れしてるの?」
違う。そんな生ぬるいレベルじゃない。
視覚だけじゃない。
他の感覚器官でも、通用している?
その細くて荒れた腕を、羨ましそうに女子が眺めている。
俺はいったい、何を見た?
今度は試しに、片耳に、と思ったところで気づく。
頭を覆うような形で展開したら、どうなるのか?
「…………嘘だろ」
もう、覆い隠すことなどできなかった。
その小さな体からは、鼻をつまみたくなるような異臭。
上品だと思っていた声は、痛めたようなかすれ声。
俺は思わず、教室を飛び出した。
夏休み、終わりますね。
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次回は9月4日、更新予定です。




