ダイエットに停滞期はつきもの。
「おう、元気か?」
「……この格好見て本気で思ってるなら、てめえの秘密を拡声器で校内中にばらすぞ」
病室のベッドの上で、見舞い客に毒づいた。
地獄のような訓練から二日。ずっと眠っていたらしい。
……全身が動かない。
医者の話によると、骨がいくつか折れた。あと、身体中が打撲傷。
意外なことに、この世界、自分を治癒できる能力者は腐るほどいるが、他人となると、その数はなんと、ゼロ。
ただし、『自己再生力を向上させる薬』を投与することによって、とんでもないスピードで治療することができる。
なんでも、異能力開発の副産物らしい。
副作用として、体が鉛のように重く、倦怠感が尋常ではない。
「あの薬使ったの、昔、家の屋根から落ちたとき以来だなあ。病院まで時間かかるから、親にめっちゃ怒られたっけ」
「どういう家庭環境なんだよ……」
「まあ、能力は成長したみたいだし、マイナスよりはプラスが多いってことにしておくよ」
そうは言いつつも、あの攻撃はやはり堪えた。
あの先生、生徒が死んでも普通に授業を続けそうだ。
「なーんで、あんな無茶したんだろうな……」
本気で殺しに来ていた。
そうまでしないと、異能力は成長しないのか?
◆◆◆
「今年も新入生が理不尽に遭遇しているねえ。私が言うのもおかしいけど、もうちょい安全にできないもんかねえ」
「……全国の異能力研究者たちが、血眼になって見つけた法則だぞ? むげに否定するのも可哀想じゃないか」
「う~~ん、でもねえ」
宙に浮いたそれは、辞典ほどの書類の束に目を走らせていた。
「……そこまで重傷を負わせる必要ないんだけどね。せっかく最適解に辿り着いてるのに、もったいない気がするよ」
「……否定はせん」
《社長》は連日のように鶴宮邸を訪れていた。
3日も来るのは、かなり珍しいことである。
警備システムの補償金が効いたのか、おとなしく玄関から入ってくるようにはなっていた。
が、中に入ってしまえば、奇行は相変わらずだ。
「大体、これギャンブル過ぎるでしょう。やり過ぎると、〈異能力定理〉に引っ掛かる」
「……『身体エネルギーの優先度は、〈異能力<自身の保護〉』、だったな。体が極度に傷付いた状態では、本来、能力は使えない。病院送りになるほどのダメージを受けた状態では、能力の成長なんてあったもんじゃないってか?」
社長は、張り付けた笑顔を妙な方向に歪ませた。
「火事場の馬鹿力。まあ、ほとんど正解なんだけど。確かに、ない話ではないんだよ? 死にかけの人間が異能力を強化するってのは。細かく言うなら、『より少ないエネルギーで、普段と同じレベルの能力を発動する』。ただし、これができるのは――――」
社長はその先を言わない。
にまにまと、促すような顔をしていた。
「……『超能力者』、か。言っておくが、まだ軍には喋るなよ?」
「分かってるよ。もしこれがバレると、お宅の息女が面倒なことになるからねえ、いや、それにしても」
社長は、宙に逆さまになって浮いたまま、首を捻った。
「いやまあ、なんつーかな。別にわざわざ大怪我しなくても、強化はできるのにって話。鶴宮さんなら分かってるでしょ?」
「……異能力の強化するのは、本人の状況よりも、周りの環境の方が、要因として大きいってことだろ。でも仕方がないだろう? 能力を成長させたいと思っていても、やはり内心で訓練と分かってたら、体は危機を感じていないからな。まあ、だからこそ、先生たちも本気でやるわけだが」
鶴宮は、急遽取り寄せた資料を手に取る。
社長が持っているのは、その一部。
「〈数分後には死んでいるかもしれない状況〉、これが本来の条件だろう? そのギリギリの状況が、異能力を発動させる力になる。それをどこで曲解したのかは知らないが、いつの間にか〈怪我〉が前提条件に加わっていったな。――――それにしても」
彼は、手に取った資料を数ページめくった。
「この資料、もう書かれてから30年以上経つのか。時間の流れは早いな」
「と、言いつつ、本当に驚いてるのはそこじゃないでしょ?」
資料の著者は、一人の天才。
鶴宮は、ジロリと社長を見上げると
「……おまえ、どこで見つけてきた?」
◆◆◆
さらに二日。
まだ倦怠感は抜けないが、骨折と打撲は完治した。
幸い退院したのは土曜日だったので、家でゆっくりすることができた。
そして。
「おお…………!」
試しに、朝に一回、能力を発動してみた。
今までなら、最小限に発動させても、一度使えば次の日まで全く使えなかったが。
昼頃にもう一度チャレンジすると、なんと使えるようになっていた。
その後、何度か調査を重ねた結果。
ほとんどのポイントには全く変化がなかったが、次の発動までにかかる時間が、1分にまで短縮されていた。
そして、
発動→能力が切れる→1分待つ→発動
を繰り返した結果、15回ほどならほぼ連続で使用できることが判明した。
それ以上やるとさすがに疲れが来た。
しかし、1時間ほど休めば、再び能力が使えるようになっていた。
……訓練の結果、半端ねー。
週明け、最初の異能力訓練の授業は、座学だった。
俺よりも先に入院していた人たちは、なんと途中からボイコットを起こした。
理由は、「そんな基礎的なこと聞いても意味ないから」。
プライドをへし折られたことに、相当な怒りを覚えているようだ。
「それで? あなたどうするの? 〈再発動時間〉以外は、特に成長しなかったみたいだけど」
「俺は、この知識がほとんどないんで、教えてください。お願いします」
先生も先生で、生意気な生徒に腹をたてていたらしく、不機嫌だった顔がみるみる上機嫌になる。
「その感じだとあんた、〈中心点〉も把握してないみたいね」
〈中心点〉?
「あんたの《障壁》、球体の形で展開されるでしょ? 〈範囲型〉ってのは、能力の有効範囲がそんな形なのよ。で、円には中心があるでしょ? 今、あんたの中心点は、体のちょうど真ん中辺りにある。だから、イメージしなさい? その〈点〉は体の中なら移動できる。足でも手でも、部分展開ができるようになれば、今までとは全く違う使い方も見えてくるから。とりあえず右の手で試してみたら?」
言われた通り、右の掌を中心にして、《壁》を作るようイメージしてみる。
すると。
目には見えないが、確かに展開した感触があった。
「すげえ…………」
「ただ、あんたの能力の場合、今は右の掌以外は一切ガードできない状況だからね。全身を防御するときは、いつも通りに戻す必要がある。そのリスクも踏まえた上で、これから鍛えていきなさい」
「はい!」
◆◆◆
「たった一度の成長劇。それはそれで物悲しいよね」
青年から訓練の内容を聞き出した鶴宮は、天井を見上げてそう言った。
「君はそこから、ずっと能力は成長しなかったわけだから。〈中心点〉の移動だって、あれはその時までしなかったから、できなかっただけだもんね」
「ええ」
「君は確かに〈超能力者〉だ。でも、そのなかでも、とりわけ異質。僕も〈超能力者〉は何人か見てきたが、君のケースは見たことがない。なにせ、他の〈超能力者〉は、冗談抜きでレベルが違うからね。そのなかでも君は、まるで普通の異能力者にしか見えないから」
彼は、気分を切り替えるように煎餅に手を伸ばす。
「さて、重い話は後で聞くとして、君のアホさ加減について話してもらうか」
「鶴宮さん、相変わらずストレートですね……」
「君の戦法、そう呼ばずになんと呼ぶんだい?」
バリバリと、噛み砕く音が鳴り響く。
訓練パート、以上で閉幕です。
次回より新章に入ります。
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次回は9月2日更新予定です。




