苦手なものからは、人は全力で逃げる。
「あの、花田先生?」
「なあに?」
「本当にやるんですか? 俺一人ですよ?」
初回の授業で、生徒全員をぼこぼこにした恐ろしい教師は、何食わぬ顔で二回目を行おうとしていた。
と言うか、授業開始の鐘が鳴って早々、またいきなり殴りかかってきた。
おかげで、今日はもう異能力が使えない。
そんな状況で、この人と1体1とか怖すぎる。
美人な教師と二人きり。
シチュエーションは完璧だが、相手が最悪だ。
「なにびびってるの? 言っておくけど、私が本気を出したのはあなただけだよ? 他の子は、大して強くもなかったし。あーあ、つまんないの」
心底がっかりしてるよこの人!
そんなに金が欲しいか!
……とは言えない俺は、黙って俯くことしかできない。
「でも、あなたすごいね。私の本気のパンチを何発食らっても壊れない《壁》なんて、初めてよ?」
今は誉められても、全く嬉しくない。
とりあえず、この気まずい状況を何とかしなければ。
「あの、なんの授業するんですか? 俺以外全員が欠席じゃあ、なにもできないんじゃありません?」
純粋な疑問だ。
俺一人だけ授業を進めるようでは、他の能力者に悪い。
これに対し、花田先生は可憐な笑顔で
「あなたの評定をあげるお手伝いをしてあげる。ついておいで」
……嫌な予感しかしねぇ!
◆◆◆
だが、俺の予想に反して、連れていかれたのは、誰もいない、俺のクラスの隣の教室。
彼女が担任を勤めている、その場所だった。
一番前の机に俺を座らせると、自らは教壇に立つ。
「ところであなた、〈範囲型〉について、どこまで知ってるの? まあ、あなたの周りには能力者っていなかったみたいだし、ほとんど知らなくてもおかしくはないんだけど」
身辺調査もきっちりと行われているようだ。
「正直、入学した後に教えられるまでは。結局、なんなんですか?」
「まあ、なんというか、『性質の違い』っと言ったところかな。細かいところは、みんなが復帰してからやるとして、今は必要なことだけ教えましょう」
花田先生は、黒板にでかでかと〈直結型〉、〈範囲型〉と書いた。
「〈直結型〉は、最初は微調整のコントロールが難しい。その代わり、ある程度の時間は使える。〈範囲型〉は、能力こそ完成されてるけど、逆に使える時間が極端に短いのが特徴ね。あなたもそうだけど、他の子も、長くて10分が限界だった」
ほうほう。
「でも、成長が進むと、能力が使える時間は次第に逆転していく。なぜなら、〈直結型〉は最大威力も上がるのに対して、もう片方は、能力そのものの成長がないから。例えば、あなたのクラスの女の子。能力は《速度操作》、最大速度はマッハ6。その速度で動ける時間は1分。あなたよりも短い。でも成長すれば、その時間を伸ばすことはできる。その代わり、彼女の速度そのものは、マッハ6を越えることはない」
ふむふむ。「能力は完成されている」というのはそういう意味か。
確かに、俺の能力と、条件は合致する。
だが。
「でも、俺、能力が使えるようになってから、色々と試してみたんですけど、時間がちっとも延びないんですが」
しまった、と思ったが遅かった。
俺が質問した瞬間、底意地の悪そうな笑みを浮かべたのだ。
ニイィと上がった口角から、歯が覗いている。
「異能力の成長は、ただ体を鍛えるとか、そういう問題ではないの。全くゼロとまでは言わないけど、飛躍的な成長を望むなら、その方法はふさわしいとは言えないわね」
「じゃあ、異能力を成長させる要素ってなんなんですか?」
……俺は墓穴を掘るのが特技なようだ。
さっきの笑顔が数割方、増している。
「あんた、漫画とか小説とか、読まないタイプ?」
◆◆◆
『言うよりやった方が早い』と、先生は俺をある場所に連れていった。
学校の広大な敷地を歩くこと数分。
見えてきたのは倉庫のような建物だった。
「先生、ここは?」
「ん、トレーニング場よ? この中で訓練をすると、割りと短期間で能力をものにできる。『そんな上手い話があるか』って思うかもしれないけど、騙されたつもりでやってごらん?」
しかし、体を鍛えるわけでもないなら、一体異能力を成長させる方法ってなんだろう。
目の前には、大きな鉄の扉がある。
厚さ数センチはありそうだ。
ゴゴゴゴ、と重量のある金属音と共に、中の様子が明らかにになる。
まず、数メートルはありそうな、高い天井。
中は、特に機材があるようには見受けられない。打ちっぱなしのコンクリート。
そして中央には、なぜか椅子が一つ。
重い扉が後ろで閉まる。
どうやら閉まるときは自動のようだ。
「じゃあ、あれに座って?」
椅子まで行く途中で、ふと床に目が行った。
所々亀裂が入っている。なにかがあったかのような、えぐれた痕跡。
……何があったんだ?
「じゃあ、これで目隠ししてね」
と先生はどこからともなくアイマスクを渡してきた。
指示通り、アイマスクをして椅子に座る。
こんなんで、どうやって成長させるのだろうか。
先生の足音が離れていく。
しばらくすると、天井からスピーカーを通して、先生の声が聞こえた。
〈じゃあ、今から訓練を始めます〉
シュッ!!!
顔の近くをなにかが過ぎていった。
…………シュッ?
「……先生、今のはなんの音ですか!?」
〈だーいじょーぶ、当たらないから〉
『当たらないから』!?
え、何が起こってんの?
「今のあんたに必要なのは、『見えない恐怖に対する強い精神力』! 今までずっと危険からは逃げてきたんでしょう? そんなんで異能力が成長すると思ったら大間違いよ!」
「そんな精神論の話をされても!」
そう言っている間にも、俺の周りをなにかが高速で通りすぎていく。結構スレスレだ。
動きたくても、動いた瞬間に、怪我する未来しか見えない。
何が通りすぎてるんだ……?
コンクリートの床に当たった途端に、かなり硬い物があったような音。
硬いだけじゃない。重い。
鉄球でも飛ばしてるのか?
その証拠というべきか、足になにか破片のようなものが飛んでくる。
確かに怖いが、実際に当たらないならまだいいか。
そう思うと、心の余裕が出てきた。
……しっかし、えらい冷えるなあ。
コンクリートだから冷たいのは分かるけど、なんかそれ以外の原因がありそうな。
足元……足元?
ズボンの裾から冷気が入ってくる。
「ちょっと先生、これ絶対冷房かなにか入れてるでしょう!?」
……返事がない。
「先生? 先生? せぇんせぇえええええええええっ!?」
ものが飛んでくるのは止まらないし、気温がガンガンに下がっていく。冷房というより、冷凍庫のなかにいるようだ。
ダメだ、寒さで手が悴んできた。
せめてアイマスクだけでも取れたら、状況判断ができそうなものなのに。
やがて、俺の周りを飛んでいた音が鳴りやむ。
その瞬間、俺はアイマスクを引きちぎった。
俺の周りにあったのは、予想通り鉄球。かなり小さいが、当たったらまずい。
急に、呼吸がきつくなった。
数回咳き込んで、気付いた。
床と天井の間くらいのダクトから、白い煙がもうもうと溢れている。
あれは――――
〈気付いた~? 気化したドライアイスで~す〉
「……!」
冷気だけじゃない。呼吸まで封じかかかるとは。
これ、本当に訓練か?
なるべく呼吸をしないように、息を止めながら、入り口に向かう。
が。
開かない。
なんとなく予想はしてたけどさ!
叩いてはみるが、外から開けてくれそうな雰囲気もない。
酸素が減ったせいか、一瞬、目眩がした。
なんとか踏ん張るも、目がチカチカする。
手足もしびれてきた。
そこへ、後ろから先生が歩いてきた。
まるでワイヤーアクションのよう動きで、上から降りてきたが、先生の場合、自身の能力だろう。
ドライアイスの煙を巻き込んでいたところを見ると、やはり気体を操作する能力者か?
ご丁寧に、自分は酸素マスクをつけている。
「さあ、仕上げよ?」
先生の両手は、白い煙がドリルのように渦巻いていた。
「オラァ!!!」
◆◆◆
「グッ…………!」
先生の攻撃を紙一重で避ける。
そして、先生が殴った箇所を見て、絶句した。
俺があれだけ叩いても動かなかった鉄の扉が、大きく凹んでしまっている。
どれだけのパワーがあるんだ!?
俺はがむしゃらに逃げ出した。
ドライアイスの煙のせいで、方向は分からない。ただ、とにかく距離を取りたかった。
しかし。
「鬼ごっこは始まったばかりよ?」
至近距離から先生の声がする。
反射的に横に飛んだ。
直後、俺がいた場所を、暴風が通りすぎる。
危ねえ……! 巻き込まれたら死ぬどころじゃない。
「あれぇ、ここにいたと思ったんだけどなぁ~」
能天気なテンションで恐ろしいことしやがる。
よし、今のうちに
「み~っけ」
俺が進もうとした方向から、竜巻が襲いかかってきた。
逃げることも、抗うことも叶わず。
俺は、風の動きに自由を奪われた。
なんとか受け身をとるものの、コンクリートにぶつかったダメージは大きい。
痛みで体が動かない。
「あら、もう終わり? 残念。どうせ使い物にならない能力みたいだし、ここで死んでもらうかな」
物騒な台詞に、返事をすることもできない。
立ち上がらなければと頭では思っているのに、もう指一本すら動く気配がなかった。
止めていた息を吐き出すと、今度こそ視界が暗くなっていく。
微かに見えたのは、先生が自身の暴風で巻き上げた、巨大な鉄球。
さっきまでなら色々と突っ込めただろうが、もうダメだ。
頭が、意識が、遠退いていく。
先生が、思いっきり鉄球を投げてきた。
ああ、死にたくないなあ
◆◆◆
「……やっぱり、私の見立ては正しかったね」
数百キロにもなる鉄球は、見事に優哉に命中した。
が。
「ありゃ、気絶してる。それでも能力が消えないなんて、なんて執念」
鉄球をどけた花田は、満足げな表情を浮かべる。
呼吸を奪われ、全身に怪我を負い。意識すらほぼ保てず。
けれども、彼はその状態で、彼は自分の能力を発動していた。
このタイプの異能力を成長させる、一番手っ取り早い方法。
それは、『生命の危機』。
「あんたたち《範囲型》はね、《直結型》みたいに頭で能力を使うんじゃない。脊髄反射のように、脳以外の細胞が、生きようとする力を使って能力を発現させてるの。本能に近いぶん、応用は利きにくいけど、パワーだけならリミッターを外した状態ね。火事場の馬鹿力って言葉、知ってるでしょ――――――て言っても意味ないか」
花田はそのまま、虚ろな目で天井を見上げている生徒に近寄るが、
「こりゃ、しばらくは無理かもね」
目に見えない《壁》は、まるで怒っているかのように、彼女の手を阻むのだった。
危機を乗り越えてのパワーアップ。
王道です。(ベタとも言います)
ブクマや評価いただけると、今後の力になりますので、面白い、続きが見たいと思った方は是非是非。
次回は9月1日更新予定です。




