無駄な前降り
主人公たちの裏で起こったことです。
その日の夜。
日本軍本部は、かつてないほどの緊張に包まれていた。
今そこには、国の戦力の80パーセントが緊急召集されている。
表に出ている人間から、諜報部などの裏部隊まで。
狙いは、とある犯罪人の捕縛。
彼らは作戦を練り、静かに行動を始める。
しかし、それに参加していない人物が一名。
本部のとある小部屋に、彼はいた。
「あの、お手洗い行ってもいいかな?」
鶴宮は複数名の兵士に囲まれ、その動きは厳重に監視されていた。兵士は黙って首を降る。
しばらくすると、国の重役3人が、部屋に入って彼の正面の椅子に腰かける。
日本軍総帥・岡部冬彦。
日本軍監察室長・真鍋大二郎。
総理大臣・村上源三。
これだけの大物が集まって、鶴宮に問いただしていたこと。
「貴様、あの戦犯を匿っていたのか?」
最初に口を開いたのは真鍋だ。
顔があまりにも恐いため、〈鬼面の真鍋〉の異名を持つ。
「別に匿っていたわけではありませんよ。口止めはされていましたが。そもそも、軍はあれの所在を確認していると思っていたのですが?」
「あらゆる探知をくぐり抜けたヤツをか?」
真鍋の口調には、かなりの皮肉が込められていた。
「あの戦争の時、『子供の姿をしている』ことは聞いていたが、まさか貴様と知り合いだったとは思わなかったぞ! それを知ってて〈提携先〉に選んだのか? 公的機関以外との提携は、立派な法律違反だぞ!」
興奮したのか、真鍋は拳を机に叩きつけた。
「その提携が、『向こう』からの申し出でもですか?」
「何!?」
「『逆らったらどうなるか分かっているのか?』と聞かれて、それがわからないほど私だって馬鹿ではありません。もちろん、〈提携先〉に関することに、上司との相談は必須であるのは重々承知しておりますが、あれにこちらの要求を通す方が難しいかと」
真鍋はギリギリと歯を食いしばりながらも、それ以上鶴宮に質問をすることはなかった。
「それに、その時点で相手の素性が知れたら今日のようになっていたでしょうから。処分はいかようにも。全ては私の独断です。全責任はこちらにあります」
開き直りともとれる鶴宮の態度に、重役3人もしばらく二の句が継げずにいた。
「一つ、いいかね?」
数分の沈黙の後、それを破ったのは村上だった。
「過去の君の仕事ぶりを見る限り、何度か〈提携先〉と一緒にこなしているね。君なら、あの化け物を従えることはできるのかね?」
「無理ですね。申し訳ありませんが」
即答だった。
「今回の出撃は恐らく無駄に終わるでしょう。言いづらいことですが、病院に空き部屋の確保を、お願いしておいた方がよろしいかと」
鶴宮の言葉は、決して冗談ではない。
「とは言っても、血気盛んな連中の勢いが止められんでな。君がもっと早く喋っていれば、この事態は避けられたかもしれん。どうして今まで黙ってた?」
三者の最後、岡部が低い声で聞いてくる。地の底から響いてくるような、重低音だ。
「あの戦争で悔しい思いをしたのは、何も我が国だけではない。有利だった国も、不利だった国も。誰も認めたくはあるまいよ」
岡部は、感情を押さえながら
「世界が、たった一人に敗北したなんて」
真鍋ほど表には出さないものの、握りしめた拳は震えていた。
「どうして、ヤツの存在を知ってて黙っていた? 隠すつもりなら、なぜ質問されたとき、馬鹿正直に答えたんだ?」
「被害は少ない方がいいですから」
鶴宮は臆することなく答えた。
彼もまた、沸き上がる何かを押さえ込んでいた。
「あれが表に顔を出した時点で早かれ遅かれ、この状況は訪れていたでしょう。それがたまたま今日になっただけの話です。私が答えなかったところで、あれだけ異質な能力を見せられたら、ヤツの素性は誰かが調べる。そうなれば、犠牲と時間はかかるとしても、必ず真実にたどり着く。ならば、被害を最小限に押さえるのは先決でしょう?」
鶴宮は常に数手先を見据えている。
この戦いは、絶対に勝てない。
だが、負けると分かっていても、動き出した流れは止めることができなかった。
◆◆◆
「社長~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
秘書が怒鳴り声をあげながら社長室に突入してきた。
「なーに怒ってんの? せっかく可愛い声してるのに」
社長は、秘書には目もくれず、ルービックキューブを回していた。柄は全く揃っていない。
「あんたの素性、軍にばれたそうじゃないですか! おかげで今、こっちに軍が来てるんですけど!?」
「あっそう。ところで、今夜の打ち上げだけど、ビールとサイダーでいいんだよね? 2ダースくらい注文したから、多分そろそろ着く頃だと思うんだけど」
「聞いてました?」
「え? 焼き肉はカルビが好きって話だっけ? タレ付きの」
「軍ですよ! あんたの過去がばれたせいで、頭に血が上った人たちが押し寄せてるんです! あと1時間もすれば、包囲されちゃいますよ!」
「なんで? 今日はセールスに行っただけだよ?」
あまりに能天気な返事に、秘書の怒りは頂点を越えた。
「大勢の目の前で、大々的に能力使ったそうじゃないですか! 1秒足らずで全国に有効範囲が広がったら、そりゃ疑われますって! 社長だって、それが分かってるから今まで大人しくしてたんでしょう!?」
「あー、そうかー。じゃー仕方ないねー。ところで、打ち上げは20時からだよね? あと1時間くらいか~」
「中止だよっ!!!!!!」
「なんで!?」
上司の頭のなかに「危機」の単語が入っていないの見てとった彼女は、全力で叫んだ。
「軍が来んだよ、あんた捕まえに! 呑気に打ち上げなんざできるか!」
「じゃあ、私行ってくるから、私抜きで打ち上げやっといて」
その言葉に、罵倒を用意していた彼女は虚を突かれた。
「へ?」
「なに不思議そうな顔してるの。せっかく全員の仕事が無事に終わって、みんな楽しみにしてるんだから。社員の幸せな一時をそんなチンケなことで邪魔するのは、良くないんでしょう? サクッと片付けたら戻るから、先にやっといて」
足取りは軽く、踊るようにステップを踏みながら、社長は部屋を出ていった。
◆◆◆
軍は、《社長》のいる建物を中心に、包囲網を既に形成していた。
既に迎撃の姿勢は整っている
秘書は誤情報を掴まされたのだ。
その包囲網の一つに、屋外テントが設置されている。
作戦支部Dだ。
〈こちらB班。目標、建物から出てきました。どこかへ向かうようです!〉
無線から、偵察班の連絡が入る。
〈こちらA班。目標が浮上。そのまま東に向かって飛んでいます。速度、時速70!〉
別のところからは、《連絡用テレパシー》で報告が上がる。
〈作戦を繰り上げる。少し早いが、1800、作戦開始!〉
作戦本部からの無線によって、全体が動き始めた。
「予想どおりですね」
「よし」
部下の報告を聞いた二瓶中将は、テントの外に出て、空を見上げる。
雲はあるものの、星空を見るにはあまり支障は無さそうだ。
もっとも、月が出ているので星の観察には向かない夜だ。
彼は、空を睨みながら、意識を集中させる。
山の上に風が吹く。
雲が流れ、星は見えなくなる。
「ヤツはいまどこだ?」
「中将があと3度右に体を向けていただければ、直線上になります。対象の移動の向きに変化はありません! 距離、2キロ!」
「よし」
二瓶はさらに意識を集中させる。
風は徐々に強くなり、暴風が吹き荒れる。
雨を降らせないのは、味方がいるからである。
彼以外にも、風や気圧を操作する能力者が対象を囲むように風の壁を作り上げいるはずだ。
そして、ついに。
〈対象の動きが遅くなります! ……静止しました!〉
その言葉をきっかけに、風が一気に止まる。
「撃てぇ!」
号令が鳴り響く。
ミサイル、大砲。その他異能力。
あらゆる火器との集中砲火が、空と地上から、対象を一気に襲う。
その輝きは、太陽のように辺りを照らす。
だが。
「甘いね」
その瞬間、全員の背筋が凍った。
相手の声が、まるで耳元で囁かれたかのようだった。
光が一気に消える。
「嘘だろ……」
テントから様子を見ていた部下が、言葉を失っていた。
この作戦は本来、個人に向けて行うものではない。
だが、相手の性質上、これくらい大規模の火力が必要だと判断されたのだ。
だが。
「君たちぃ、上司の言うことは聞くものだよ? その上司が『勝てない』って言ってるのに、わざわざこんな山奥まで来ちゃってさあ?」
耳元で囁くような声は止まらない。
何人かは手を振り払って声を消そうとするが、意味を成さないでいた。
少し冷静だった二瓶は、テントに戻り、相手の映像を確認する。いつの間にか、二瓶が集めた雲もなくなり、月夜が復活していた。
相手は無傷。それどころか、対象の体から溢れ出る、あの謎の黒い物体に砲弾やミサイルがくっついていた。
まるで、鳥もちに引っ掛かった鳥のようだった。
「さて、せっかくの打ち上げを邪魔されたんだ。どう落とし前つけてくれるんだい?」
明らかに、気分を害されて怒っている声だった。
弱腰になった部下が逃げ出そうとする。
だが、二瓶は見た。
まるで意思があるかのように、黒い物体は形を変える。
テントの外に出て、対象がいるであろう方角に目をやる。
そこで見たのは。
「あ……ああ…………!!!」
ただの、「黒」だった。
なんでこんな話を挟んだのかは、明日のお話でわかるようにしてあります。
続きが気になったら、評価やらブクマやら感想やら。お待ちしてます。




