⑤結局裸眼でも支障ない。
天井が崩落したにも関わらず、阿久津とフードの人物は傷一つない。
ただ2人は、空を見上げていた。俺も2人の視線を追うが、声の主を見つけることはできなかった。
「邪魔しないでよ、おねがいだから」
まただ。
ナメクジが脳内を這いずり回ってるような嫌な感触。
耳元というより、耳の中で喋っているかのようだ。
どこから喋ってるんだ?
「………ッ⁉︎」
軽い悲鳴のような声。
目を下ろすと、今までフードの人物がいた場所に、全く違う様相の女がいた。
まず目につくのは、長期間外に出ていないのが一目で分かる青白い肌。さらに猫のように吊り上がった目。
だが一番は、明らかに場違いなファッションだろう。休日のショッピングにでも行けそうなくらいオシャレなのだ。
そしてその傍には、サッカーボールサイズの炎の球が浮いていた。
「……へえ、やっぱり私レベルでも一筋縄じゃいかないって話、本当だったんだぁ……」
間違いない。あの声の主だった。
決して大きな声ではない。俺からも相当離れているのに、なぜか耳元で囁かれているような。
四隅のうち一つの死体の山が爆発し、中からフードの人物が出てきた。一瞬の間にそこまで移動したらしい。
怒っているのか、息が荒い。
「まあいいや、とにかく死ね」
女が無感情に呟くと、炎の球が一直線にフードの人物に向かって飛んだ。
ところが、火の球は当たった瞬間に消失した。
続け様に今度は何処からともなく氷の塊が女の周りに出現し、再びフードの人物に襲いかかる。しかしそれもまた、当たると同時に砕け散った。
「あっれぇ……? 異能で冷やし続けたわけじゃないんだけどなぁ……」
わざとらしい反応。
まるでこうなることが分かっていたかのような。
「瞬間移動もダメ、直接攻撃もダメ。さてあなたはどんな攻撃なら通じるのかな?」
何の確証もないのに、なぜか彼女は対抗策を知っているような気がした。
それくらい余裕を感じる。
状況はグチャグチャだが、一つ言えるのはフードの人物は俺たちの敵で、女の方はその敵だ。
敵の敵は味方、でいいのか?
「じゃあ次は––––」
女が何かしようとした瞬間、阿久津がその手首を掴んだ。
「……どういうつもり?」
女が俺の気持ちを代弁していた。
「あんたに人殺しをさせるわけにはいかないんですよ。榎本くん! そいつの標的は君です! すみませんがそっちでなんとかしてください!」
はあ⁉︎
「なんとかって急に無茶なこと言わないでくださいよ! こっちは動けない人間がいるんですから!」
「それはその辺にでも放っておいて大丈夫です! そうでしょう、スバルさん⁉︎」
怒鳴り返された。
すると女がニヤリと笑う。
「あら、バレた?」
言い知れぬ不安が増した。
あの女性の乱入は、阿久津にとって想定外とまではいかないものの、かなり面倒なのは察した。
どうやらフードの人物にとっても彼女の存在は厄介だったのか、これ幸いと発砲する。
だが銃弾は2人に届く前に下に落ちた。女が指を動かしていたので、能力で無理やり落としたのはすぐに分かった。
さっきは火炎と氷塊で、今度は物体操作? なんでもありだな。
そして彼女が軽く手を振ると、瓦礫や死体が浮き上がってフードの人物目掛けて飛んでいった。あっという間に生き埋めの完成だ。
そして彼女は首だけヌルッとこっちに向けると半ば面倒臭そうに
「この人の言うとおりよ。その女の子、その辺にでも寝かせておきなさい。その子の安全は保証するわ」
保証するとは言っても、彼女が信頼できる相手なのかどうか、踏ん切りがつかない。
なんとか冷静になろうと努めていると、呑気な声で
「5分だけ待ってあげる、それ以上は私も待てないわよ」
マジで何しにきたんだあの女。
阿久津さんと面識はあるらしいが、今それは関係ない。
だけど『待ってあげる』ってなんだ?
それよりも秋山さんを早く安全な場所に––––
「……げっ」
目の前にいつかの《虎》が現れた。
銀色であることと、異常なデカさを除けば普通の虎にしか見えないが、ここまで近いと普通に怖い。
……いや待て。秋山さん気絶してるのにどうしてこれがいる? 寝てる最中でも使えるの?
「それの背中に女の子乗せて〜。そしたら勝手にこっちに来るから」
ほぼ同時に《虎》が屈んだ。その背中に秋山さんを乗せると、なんとあの女の隣に移動した。
どうやって動かしてるんだ?
「榎本くん、後ろ、後ろ!」
「えっ……」
阿久津の声で現実に引き戻された。
振り返るといつの間にかフードの人物が俺の目の前に迫っていた。
手を伸ばせば触れられる。
この距離なら拳銃は外れないだろう。
銃口は2つとも、既に俺の頭に照準を定めていた。
「––––ってここで死ねるかボケェ!」
ほぼ反射で《壁》を展開した。《壁》が銃口に密着し、パコォンッ‼︎ という渇いた音と共に、拳銃が2つとも暴発した。
使い物にならなくなった拳銃を投げ捨てると、相手は一旦距離を取る。
「逃すかっ!」
追い掛けたが、次の瞬間には目の前から消えていた。どうやらこいつは《転移》の能力者のようだ。
どこだ?
「上です!」
阿久津さん、指示を出してくれるのはありがたいんだけどせめて協力してくれないだろうか。
ここからだとイチャイチャしてるようにしか見えないんですよ。
そんな俺の静かな怒りが伝わるわけもなく、フードの人物がまた拳銃を取り出した。
さっきのはマガジンで装填するタイプだったが、今度はリボルバー式だ。だがさっきの物よりサイズは小さい。
まだ《壁》の発動時間はある。今度こそ仕留めて聞き出してやる––––!
俺が突進するのと、相手が引き金を引いたのは同時だった。
「『弾丸は通じないから勝てる』って思ってるでしょ?」
え?
今、なんで俺の考えてることが
–––––––
「……っ⁉︎ なんだ、今の?」
一瞬、何かが捻れたような感覚があった。
あらゆる攻撃を通さないと思っていた俺の能力が、突破されたような感覚があった。
弾は逸れたのか当たっていない。だが異常な疲労感が襲ってきた。
相手は再び転移したのか、今度は俺の後ろにいた。
「これなら、あんたに通用するか」
女?
声からして年は20後半か30前半か。
相手は撃鉄を起こして再び銃を構える。
「榎本くん、気を付けてください! 弾自体が《転移》します!」
阿久津の声と同時に、《壁》が消えた。
「やべっ……⁉︎」
相手がその好機を見逃すはずはなく。口元がニヤリと笑うのが見えた。
迷いなく、引き金を引いた。
次に聞こえたのは
「おまえ、何を――――」
相手の悲鳴が半分だけ脳内に響いた。
◆◆◆
「へぇ……」
女は、目の前の光景に目を奪われていた。
「ねえ健ちゃん、こうなるってパパから聞いてたの?」
「いいえ。ただ『何が起きてもおかしくはない』とは仰ってましたが」
「……そう」
拳銃を構えていた相手と榎本優哉は同時に吹っ飛んだ。
彼女は素直な感想として
「見てて気持ち悪いわね––––」
弾丸は間違いなく優哉の後方の壁にめり込んでいた。だが気絶こそしたものの撃たれた本人には傷一つない。
対照的に、撃った方の頭から血が流れていた。
「ノーダメってわけではなさそうね。あれじゃあ他の人間に殺されるわよ? ところでいつまでこうするの?」
「ああ、失礼。そっちも心配でしょうが、安心はできませんよ、スバルさん」
阿久津は女を解放すると、正体不明の人間を観察する。
ふらつきはしたものの、出血はわずか。撃沈には至っていない。
「で、なんであなたは生きてるんですか? そろそろ顔を見せてほしいですね」
阿久津の問いに、相手は拳銃を向けて応える。
「私たちのことはもう知ってるんでしょう? 超能力者2人を相手に逃げるのは難しいですよ?」
スバルと呼ばれた女も
「あなたの異能力はもう《調査》がすんでるわよー。瞬間的に移動できるのは利点だけど、移動距離は長くないみたいね。あと、《未来予知》も数分が限界ってところかな? まあ、分かってても逃さないけど」
彼女が左手を振ると、瓦礫や死体が宙に浮いた。
「大人しく投降するなら命だけは助けてあげるけど、どうする?」
相手の返事は
「––––糞食らえ」
「そう、––––それは残念ね」
相手が引き金を引く寸前、スバルは肉薄し腕を捻って拳銃を取り上げた。
骨と皮のような腕の感触に
「なるほど、《全強化》と《電気操作》の重ね掛けね。片手で、しかもこんなオモチャみたいな銃で高威力になるわけだ。ちょっとお仕置きが必要ね?」
瓦礫を宙に浮かせたまま《重力操作》を使う彼女に、テロリストはたまらず《転移》する。が、
「こっちを忘れてもらっては困りますよっ!」
阿久津が移動先で待ち構えていた。
彼の能力を喰らえば、ただでは済まない。テロリストは再び《転移》した。
「やっぱり、ここに来るよね」
移動先で今度はスバルが先回りしていた。
テロリストが移動した先は、瓦礫も死体もない空間。
「––––おやすみ」
テロリストの視界が暗転した。
◆◆◆
「––––はっ⁉︎」
意識が戻った瞬間、明津に抱えられていた。俺が目にしたのは空中を漂う瓦礫と死体、あとそれらがない空間にさっきのナメクジボイスの女と彼女が握っている人の形をした黒い物体だった。
なんだろう、気持ち良く眠っていたところを叩き起こされたように頭が重い。
うえー気持ち悪い。
「榎本くん、体は大丈夫ですか?」
「体?」
そう言えば俺、撃たれたような……
でも体に傷はない。痛みもないし違和感もない。
「ええ、大丈夫っぽいです」
「なら良かった。これから学校まで君たちを護送します」
「あの、さっきのフードの奴は?」
「ああ、あれですよ」
彼は黒い物体を指差した。
「女の人が片手で持ってますけど……っていうかあの人誰ですか、知り合いですか?」
「……彼女ですか? ここに来る前に話した超能力者ですよ」
「あの人が? 一体どんな能力なんですか?」
「正直気持ち悪いくらいに多彩な能力です。どうしても知りたければご本人から聞いてください。言っておきますが、仲介役はしませんよ?」
なるほど、応用が利く能力なんだな。
「それにしても、随分あっさりと終わったんですね。もうちょっと長引くかと思ってたんですが」
半分冗談のつもりだったが、阿久津はブルッと身を震わせた。
「彼女はあまり能力を使わないほうがいいんです。破壊力が強すぎて国土地理院のブラックリスト入りしてますから」
「えーと、それは?」
「地図の大幅な書き換えが必要になるんですよ。普通地図の改訂なんて数年に一回くらいでしょう?」
そんなレベルなのか。
「2人ともー、早くここ出ないと崩れるよー、もうここは私の力で建物の形保たせてるだけだからー」
全速力で逃げた。
◆◆◆
捕まえたテロリストは、外で慌てふためいていた軍に引き渡した。
阿久津曰く、後で俺が面会できるよう話を通しておくとのことだった。
その後、学校へ戻る道中は、あの女性の能力の世話になった。
右手に俺、左手に目を覚さない秋山さんを背負った阿久津の手を握り、瞬間移動を繰り返すこと数回。僅か数分で学校の正門前に着いた。
学校を見て「懐かしいなあ」と呟いた直後、彼女は俺に
「ところで君、あれをどう思う?」
「は?」
「あのテロリストよ。今の今まで順調に姿を隠してきたのに、どうして姿を現した途端にドジ踏んだんだろうって」
「俺に聞かれましても……」
ネコを彷彿とさせる両眼の抉るような視線が痛い。
「あいつ、《未来予知》の能力を持ってはいるんだけど、それだけじゃあ今までの先読みの的中率は説明がつかないし……」
ブツブツと、何やら推理を始めた。
が、
「まあいいや。すぐ会えるし」
ポン、と。
彼女の姿が消えた。
『会える』? じゃあ今まで一緒にいたのは––––
「––––おや。どうやら、少し遅かったようですね」
阿久津の言葉が終わる前に、門の向こうから爆音がした。




