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《最強》になりえない彼が、《最恐》と呼ばれる理由  作者: 岡部雷
眼鏡キャラにありがちなこと
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④本気を出すときも眼鏡をかける、もしくは外す。

 俺たちを乗せた《虎》は目的地より少し手前で着地した。本来なら敵陣ど真ん中に着地する予定だったらしいのだが、変更が必要になったらしい。しばらく獣道を進むと、目の前に大きな斜面が現れた。


「演習場はこの斜面の上から見ることができます。私が先に行きますので、2人は後ろから来てください」


 ずっと喋らなかった秋山さんが顔をあげた。

 この世の終わりのような顔をしている。


「わ、私も行くんですか……?」

「決まってるでしょう。しでかしたことの埋め合わせなら、本来は前を歩いて欲しいところです」


 何をそんなに怒っているんだろう? 返事を待たずに、阿久津は斜面を素早く駆け上がっていく。

 移動中は風圧で会話はできなかったから、理由を聞き出すことはできなかった。

 一つ言えるのは、彼は秋山さんを人間として見ていない。


 先を行く阿久津に聞こえないよう、声を落として尋ねてみた。


「ねえ、何したの?」

「……」


 返事はない。顔色が悪すぎて唇が紫色になっている。

 俺も以前、彼女を脅しているので信用されていないのは仕方ない。

 でもそのときだって、ここまで怯えてはいなかった。

 顔を前に戻すと、阿久津が足を止めていた。途切れた斜面の向こう側を見て険しい顔をしている。


 俺も彼の後ろからこっそりと覗いてみた。

 ……特に変わったことはない。

 跡地の名に相応しく、コンクリートの割れ目から雑草が生え、建物にはツタが這っていた。

 表から見れば、打ち捨てられた廃墟にしか見えない。

 それにしては彼の表情は落ち着きがなかった。安心したようにも、焦っているようにも見える。


 急ぎましょう、と阿久津は平地の真ん中にある建物に向かって走り出す。



 ◆◆◆



「あの人が笑いながら殺してた……? 優香、それはいくらなんでも間違いじゃないか?」


 俺が調べた限り、阿久津さんという人物はそんなありきたりのサイコパスではない。


「言っとくけど、確かな情報よ。だって教えてくれたのお祖父ちゃんだもん」


 優香の祖父、もとい二瓶元少将。

 俺たち一家にとって大恩人である彼がそう言った。となると信憑性が一気に上がる。


「あの人はなんでそんなこと知ってるんだ?」

「さあ? 詳しくは話してくれなかったから」

「……今電話しても大丈夫かな?」

「多分。ちょっと待って」


 優香が自分のスマホを取りに行く。あの人は俺の血縁から掛かってくる電話には決して出ない。


「もしもし、お祖父ちゃん? うん、ちょっと太一が聞きたいことがあるって……うん、変わるね」


 差し出されたスマホを耳当てた。


 〈めずらしいな、君から私に聞きたいこととは〉


 80を越えたとは思えないほど、どっしりとした声。


「お久しぶりです。実は––––」


 手短に説明すると、しばらくの沈黙の後


 〈……阿久津か。まったくうちの婿は何をやっとるんだ。それにしても、あの暴れ馬がよく承諾したな?〉

「ええ。それとさっき優香から聞いたんですが、その阿久津さんが笑いながら人を殺していたと」

 〈……そうだ。昔のヤツは殺すことだけが生きがいの男だったからな〉

「どういうことです? 何かご存知なんですか?」

 〈一度だけ、ヤツがいた戦場に行ったことがある。あれは地獄だったぞ〉


 一切の攻撃が通らない奴なんて、そうそういないのだから。



 ◆◆◆



 建物に入った瞬間、酷い臭いがして思わず鼻を摘んだ。


「おい」


 阿久津のワンフレーズだけで秋山さんはビクンッとはね上がった。


「能力で中を探索しろ。『あれ』があるはずだ」


 指示が終わる前に、《猫》が俊敏な動作で暗い廊下を駆けた。

 数分後、秋山さんは黙ったまま歩きだした。

 阿久津と一緒に後から追いかける。奥に進むにつれ、臭いはどんどん強くなっていった。


「そろそろ教えてくださいよ、うちの同級生が何をしたっていうんですか?」


 暗い建物の中を灯りも点けずに進む阿久津の背中に問うた。


「……言わなくてももうすぐ分かりますよ」


 その話題に触れるだけで余裕綽々の態度が消え、機嫌が一気に悪くなる。

 文字通り逆鱗に触れたかのようだ。相変わらず秋山さんは黙ったままで何も言わない。


「……この臭い、なんでしょうね」


 何かが腐ったような臭い。

 ここで太一の嗅覚を《強化》したらあいつ死ぬな、なんてことを考える。


「人が腐ればこんな匂いですよ。恐らく一つ二つじゃないでしょうね」

「へー、そうなんですか。……人ぉ⁉︎」


 ここに死体あるの⁉︎

 急に吐き気がしてきた。


「ええ、人です」

「ちょ、ちょっと待ってください。腐ってるってことはそれなりに時間が経たないとダメですよね? 今の時期は暑くもないですから」

「そうですね」

「ここは敵の本拠地なんですよね?」  

「そうですね」

「仲間割れですか⁉︎」

「そこはなんとも言えません。もしかすると、本命はとっくに逃亡しているかもしれませんし」


 ここに来てハズレ?

 足を進めると太陽の光が徐々に消えていく。今更ながら、この建物は入り口以外に窓が極端に少ない。


「ま、それはないでしょうがね」

「え、どうし––––」


 口を手で塞がれた。

 暗くてよく見えないが、俺たちは巨大な扉の前にいるようだ。

 足下にはあの《猫》がちょこんと座っていた。


「ちょっと耳を塞いでください」


 ほぼ反射で両耳を手で覆った。


 ……おかしいなあ。

 蹴り一発で厚さ数十センチはあるであろう金属の扉が部屋の中に吹き飛んだ。

 異能力は見慣れたはずなのに、この異常感はなんなんだろうなー。

 さて部屋の中は––––


「グエえええええっ!」


 鼻が死んだ。

 この人よく平気な顔してるな⁉︎


「当たり、ですね」


 筆舌し難い光景だった。

 部屋の四隅には死体が山のように積まれている。そこに収まりきらなかったものが床一面を覆っている。

 一部は白骨化しているものもあり、その隙間からどす黒い液体が流れている。


「これは……?」

「推測ですが、《譲渡》によって用済みになった人間でしょう。この部屋は屋内の訓練場なのでかなり面積があるんです。遺体安置所にはぴったりだったんでしょう」


 どこから取り出したのかゴム手袋をはめると、手前にあった死体をひっくり返した。

 まだ時間が経っていないせいか見た目は腐っているようには見えない。だが目を開いたまま死んでいる。純粋に怖い。


「特に外傷はなさそう……ですね。やはり《譲渡》の結果出来た遺体の山です。しかし、分からないことが増えましたね」

「何がですか?」


 阿久津は検死する手を止めて、周囲を見回しながら


「敵は君をどうしたいのか、です。異能力が欲しいにしろ、君を殺したいにしろ、生死問わず(デッドオアアライブ)で懸賞金をかけるというのはいささか不自然ではないですか? 気持ち悪い言い方になりますが、君の体目当てに思えてならないんですよ」


『体目当て』……なんかエロい。

 俺が女だったらの話だが。

 阿久津はあくまで個人的な意見ですが、と前置きをして


「何かの実験材料にするというのが一番分かりやすい手ですね。もしかしたら細胞を研究したいとか」

「生まれも育ちもごく一般ですよ。異能力以外はマジで普通ですよ? 何を調べるんですか?」

「そこなんですよねえ。死体じゃ調べても異能力に関してはなーんにも出てきませんから。まあ敵がそういう技術を持っているなら話は別ですが。それに――――」


 後ろから嗚咽と、液体をぶちまけたような音がして阿久津が何を言ったか聞こえなかった。

 案の定、秋山さんが耐えきれずに吐いていた。


「……あのぉ、本当に連れてきて良かったんですか? 一般人には刺激が強すぎるんじゃ」

「あれは大丈夫です」


 やっぱりダメだ。


「話の続きですが、君もただ私の口車に乗ったわけではないでしょう?」

「……何をおっしゃりたいんです?」

「敵はこちら以上に君の異能力を知ったような動きをしていますから。君がここに来たのは『自分の異能力の正体に近づくため』。違いますか?」

「……なんかやらしい言い方ですね」


 そうは言ったものの、阿久津の言ったことは事実だ。

 夏休み明けの事件は、俺ですら知らなかった自分の異能力の弱点を利用されたのだ。

 聞きたいことは山ほどある。


「まあ敵としてもそれがありがたいんでしょうけどね」

「え?」


 阿久津は足元の死体を掴むと、部屋の隅に向かって投げた。

 さっきの蹴りといい、モノの扱いがすごい雑だ。


 だが、投げられた死体が部屋の隅にある死体の山にぶつかる直前、中から何かが飛び出した。


「––––やっぱり死体の中に隠れてましたね」


 阿久津さん相変わらず冷静ですね。

 現れたのは、性別不明の人間。深くフードを被っているので顔も見えない。

 両手の銃口がこっち向いてなければ、話し合いがしたかった。


 で、普通に撃ってくる。そして阿久津さんは平然とした顔で弾丸を避ける。

 この人の能力が分からなくなった。

 さっき赤井を眠らせて、この部屋の扉を蹴りで破壊している。太一たちの情報が一致しないのも納得できた。


 接近戦は不利と判断したのか、相手が距離を取る。

 阿久津はそれを追おうとして急に足を止めた。次の瞬間、明津の目の前が爆発した。死体の下に爆弾が仕掛けられていたようだ。


 その隙に相手は弾を装填し、再び銃口を彼に向けて構える。

 部屋の外には秋山さんがいる。あいつを出したらアウトだ。ところが阿久津は信じられない指示を出した。


「榎本くん、外にいるやつを連れてきてください」

「はい⁉︎」

「時間がありません、急いで!」


 今日一番で焦っている。

 俺は廊下に出て、さらに信じられないものを見た。


 秋山さんは吐瀉物の脇で気絶していた。

 刺激が強すぎたのか、汗がひどい。彼女が小柄で良かったと思いながら背負う。

 呼吸が浅く、速い。体のどこにも力が入っている様子がない。彼女の体に何があったんだ?


 部屋に戻ると、阿久津と敵の睨み合いは続いていた。

 間には決して入れない。




 カランッ



 小石か何かが落ちる音がした。


 阿久津も敵も音に気を取られた。


 俺もそうだった。


 視界の端に、何かが見えた。

 天井をぶち壊しながら落ちてくる、太陽のような火の球が。



 ◆◆◆



 俺は手汗がひどくなるのを感じていた。

 それを察したのか、二瓶元少将は落ち着かせるような口調で


 〈奴の能力はな、昔は《巨人の反撃》ちゅう名前で通っておった〉

「《巨人の反撃》?」

 〈太一、おまえだから言うが、能力の内容は《食らった攻撃を()()()の威力にして跳ね返す》。子供が考えるようなふざけた能力だろう? だから直に攻撃しようものなら反撃で消し飛ぶんだよ。ただそれでも、全盛期に比べれば見劣りするらしいがな〉


 見劣り?

 そんなおぞましい能力で見劣りするというのか?


 〈俺も全力のやつは知らん。一つ言えるのは、そんな奴ですら手懐けるバケモノが軍にはいるということだけだ〉



 ◆◆◆



「………っ」



 言葉が出なかった。

 いきなり巨大な火の球が天井を突き破って落ちてきた。ところが、阿久津はそれをグーで殴って跳ね返したのだ。

 直後、火の球はさらに巨大化し、空高く飛んで爆発した。


「もう来たんですか‼︎」


 阿久津が空に向かって叫ぶ。天井部分は跡形もなく焼失し、青空だけが見える。

 フードの人物も上を見上げている。顎から口元がチラッと見えた。


 あれ……?


「出てきてください!」


 阿久津の叫びに答える声なはい。











「邪魔するつもりなら、まずあんたから殺さないといけないんだけど?」














 ……気持ち悪い!

 至って普通の女性の声なのだが、背筋がゾッとした。


 脳味噌のシワを舌先で舐めまわされているような、そんな感触。


「どうして邪魔するの? 私は私のしたいことをしてるだけなのに」


 声の主は見えない。

 だが限りなく悪い状況になっているという確信だけが、俺の思いを蝕んでいった。


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