嵐の結末
昨日は嘘ついてごめんなさい。
本日は、以前のものにはない情報が多目です。
体育館の方から、ドタドタと先生たちが走ってくる。
それを見て、「ああ、今度こそ終わったんだな」と直感した。
はあ……
なんで先生の動きが止まったのかは不明だが、とにかく終わった。
心労によるだるさが半端ではない。
少なくとも、今回のことで分かった。
やっぱり、俺の能力は、ハズレだ。
でも今は、くよくよしていても仕方がない。
生きてこの状況を切り抜けられたことに感謝しなくては。
「お~~~い!!!」
遠くから、誰かの声が聞こえる。
が。
その方向を見て絶句した。
血塗れになりながら、こちらに走ってくる男子生徒がいる。
大丈夫か!?
その人は、俺のすぐそばで倒れている先生を見ると、
「なんだあ、そっちも終わってたのか。ハハ……」
言い終わる前に、相手の体が崩れ落ちる。
「おい!? しっかりしろ!」
これが、俺とこいつとの運命的な出会いだった。
◆◆◆
その日の夜。
事後処理をすませ、鶴宮は帰宅した。
敷地面積600坪の日本家屋。
彼の乗る車は、一人の男が運転していた。
短く刈り込んだ髪に、フレームのない伊達眼鏡。三十代の細身。
彼の屋敷で、唯一の使用人である。
鶴宮がボーッと外を眺めていると、懐の電話が鳴る。
相手は勿論。
〈元気ぃ?〉
「お陰様でな。それより、おまえ、どうして途中で電話を切った?」
日中に電話がかかってきたとき、相手はなぜか〈また後で〉とすぐに切ってしまったのだ。
「普段から好き勝手やるおまえにしては、焦ってるようだったが」
〈私が? まっさかぁ~~~~。死人が出てないかなーって思っただけだよ。お礼を言ったってことは、特に問題はなかたんでしょう? 忙しいのにそれ以上邪魔するのは迷惑だろうし〉
「……そういうときは、相手に言わないと伝わらないぞ? 行きなり切ったから驚いたよ。それにしても珍しいな。おまえが自分から動くなんて」
〈はっはっはー。私の気まぐれに、もっと感謝してくれてもいいよ? ちょっと話したいこともあるし、お宅で待ってるわ。あとでね~〉
再び一方的に電話を切った。
鶴宮は目を閉じると、座席に身を委ねる。
運転手がバックミラーを通して、主人に声をかけた。
「旦那様、屋敷の警備システムを解除しておきましょうか?」
「いや、早馬くん。あれ相手なら問題ない。というか、恐らく意味がない」
使用人である早馬は、家の管理も任されている立場上、あの家がどれだけ強固な警備システムを用いているか知っている。
それが、意味がない?
鶴宮の言葉に若干の恐怖を覚えた。
「おっかえり~、思ってたより遅かったね~」
家の門を開けたとたん、相手が出迎えた。
驚愕のあまり、思わず早馬はクラクションを鳴らしてしまった。
「なんだよぉ、入ってたら悪いかい?」
ハンドルを握る手に汗が吹き出た。
能力者がいる以上、空からの侵入も普通に起こりうる。
鶴宮は職業柄、恨みを買いやすいのでセキュリティに関しては、最高レベルのものを採用していた。
しかし、普通に空から入ってきたら警報が鳴る。
かと言って、システムを無効にしようとすれば、また警報が鳴る。
電気を操る能力者も計算に入れ、監視カメラは24時間体制で動いている。
少しでも異変があれば、すぐにでも警察と軍がここに襲来する。
なのに。
相手は普通に中にいた。
ボサボサの頭に、貼り付けたような薄笑い。
思わず、「開いているの?」と聞きたくなるような糸目。
極めつけは、全身黒の羽織と袴。
なぜか、手には一升瓶。
鶴宮は窓を開けると
「準備するから、ちょっと待っててくれ」
「はいはい、じゃあ中庭の見える縁側で待ってるよ」
相手は瓶を降りながら、迷いなく中庭に歩いていった。
「じゃあ、悪いけど、ここで降ろしてくれる? 家の中だから、多分大丈夫」
その言葉に、我に帰った早馬は素早く車を降りて、まずトランクに向かった。
そこから、あるものを取り出す。
松葉杖と、義足。
鶴宮がぼやく。
「膝下がないって、ほんと不便だよね」
それぞれを取り付けると、鶴宮はその場から中庭に向かう。
◆◆◆
「おまえなあ、なんで家内が好きな銘柄なんだよ。俺はもっと飲みやすいのがいいのに」
縁側に腰を下ろし、義足を外した鶴宮は、相手が持ってきた瓶を見るなり、顔をしかめた。
「だって、あなたのために持ってきたら、絶対に受け取らないじゃない。賄賂じゃないって言っても聞かないし」
「事件が終わった後はいいんだよ。あと、俺は酒は好きじゃない」
「そう。じゃあ娘さんにでもあげれば? 好きでしょ?」
「……なんでそういうことだけ覚えるかなあ」
二人が腰かけている縁側に、月光が差し込む。
風が吹いて、雲が晴れたのだ。
「それで、話したいことって?」
「今日の学校襲撃事件。ほとんどは未遂のうちに軍と警察が介入できたからよかったものの、間に合わなかったところもあったよね?」
「まあな。でも、都道府県に2校ずつの設置で、間に合わなかったのは少しだけだぞ? 最終的に、全部きちんと制圧したし。なにか気になるのか?」
相手は、底の見えないニヤニヤとした表情を変えることなく
「こうやって喋ってると、あのときのこと思い出すよね。17年前は、まだ奥方も健在だったなあ」
「……昔の話を掘り起こすのも悪くないが、本題は?」
「あのとき言ったこと、覚えてる?」
鶴宮は中庭にそびえ立つ、大きな桜の木を見る。
次に口からでたのは、低い、低い積年の思い。
「忘れるわけないだろう。『人類は、絶対おまえに勝てない』。俺がそれを認めたときだろうが。どうあがいても、科学も異能力も、おまえにとってはバクテリアみたいなもんだろ」
鶴宮のとなりでヘラヘラと笑う、その存在こそ。
最強の異能力者。
その実績は。
「あの〈第三次世界大戦〉を、たった1日で強制終了に追い込ませたくらいだからな。科学と異能力が、主戦力になったあれを。まったく、おまえがもし敵だったらと思うと」
「怖くて夜も眠れない?」
「俺はともかく、ビビりな人は神経衰弱を起こすだろうな……」
鶴宮は知っている。
目の前の存在には、力はまず通らない。
しかし、策まで通らないのは、さすがに理不尽に思えた。
それほどまでに、圧倒的な異能力。
「で、その話とどう関係するんだ?」
「もし、私に届く牙があったら、どうする?」
数秒、鶴宮は黙っていた。
普通なら悲鳴が上がりそうな場面だ。
だが彼は極めて慎重に
「……どういう意味だ? おまえの能力の性質上、他のあらゆる異能力が無意味なはずだろう?」
「言ったままさ。世界の敵を打ち倒せるかもしれない、勇者の候補が二人いるんだよ」
「テロリストに立ち向かったって言う、二人のことか?」
「そうそう。元気な子もいるなあと思って、ちょっと『覗いて』みたんだけど。そしたらなんとなくね、その二人から嫌~~な雰囲気を感じたから」
鶴宮は今度こそ表情を変える。
彼は目を見開き
「おまえが、嫌?」
《社長》は、立ち上がるとふわりと宙に浮かぶ。
空中で縦横無尽にくるくると回りながら
「だから保証しよう。きっとあの二人は、異能力の歴史を変える。かつての私とあなたがそうだったように」
ここで使用人が、アイスティーを持ってきた。
紅茶は鶴宮のお気に入りであり、客に出すのも大体が紅茶だ。
鶴宮は、二つあるグラスの一つを一気に飲み干すと、もう一つにも口をつけた。
使用人が怪訝な顔をしているが、彼はそれには目もくれず、
「おい、そういえばうちの警備システム突破したんだよな? どうやって入った?」
「え? 全部無力化したけど?」
その言葉が終わる前。
空中、地中、床下、果てには中庭の池からまで。
黒装束の人間が、大量に飛び出してきた。
数十人、いや、百人近い。
土地が無駄に広いだけに、大量の人間が一気に、鶴宮に襲いかかる。
それぞれが、異能力を発動している。
「システムの修理費、おまえの会社に請求しておくからな?」
早馬は、目の前で起こった出来事が信じられずにいた。
襲撃者たちが鶴宮に襲いかかる寸前、その全員の動きが止まったかと思うと、まるで電池が切れたかのようにバタバタと倒れていったのだ。
彼は使用人であるため、鶴宮の職場で、日中全く同じ現象を、他の人間も見ていることを知らない。
「いつも言ってるが――」
「だいじょーぶ。みんな生きてるから」
早馬は、自分が持っている盆がガタガタと震えていることに、今更ながら驚いた。
ふわりと地面に降り立ったそれは。
「おこがましぃなぁ。本当に」
どこまでもどす黒い、化け物だった。
次回から新章がスタートです。
しばらくは日常メインの予定です。




