③裏切るときは眼鏡を外す、もしくはかける。
「て、敵の本拠地をぶっ潰すぅうううう〜〜〜⁉︎」
赤井がひっくり返った。阿久津は不思議そうに聞き返す。
「何をそんなに驚いているんですか?」
「あんた、人殺しが嫌で軍を辞めたんじゃなかったんですか⁉︎」
「人殺しの覚悟も無しに軍に入る方が愚かでは? まさかあなた、人を殺したことない?」
ジト目で睨まれた赤井はモジモジしながら
「じ、自分は諜報がメインだったので……」
「……なるほど、それは失礼しました。まあとにかく榎本くん。君を春から振り回し続けた元凶とようやくご対面ですよ」
ご対面、かぁ……。
「嬉しくないんですか?」
「あんまり会いたい相手じゃないですからねー。やってきたことを考えたら、生け捕りじゃなくてその場で殺されても文句言えないでしょうし」
「はわわわ……」
赤井がワナワナ震えている。
「どうした?」
「ね、ねえ、本当に行くの? 昨日は嫌がってたじゃん! それに、死ぬかもしれないんだよ⁉︎」
「でも軍に連れて行かれるより、この人と一緒に行く方がまだマシかなぁ」
少なくとも人間扱いしてくれるし。阿久津はニッコリ彼女に笑いかけ
「おや、貴女は来ないんですか? 手伝ってくれると思っていたのですが」
「勘弁してください、私の能力じゃ蜂の巣になるのが関の山ですぅ!」
泣き目で拒絶された。
阿久津の言った『別の収穫』とはそういう意味っだったらしく、泣かれては仕方ないと言いつつ肩をすくめた。
ここでふと疑問が。
「行くのは構いませんが、その本拠地はどこにあるんですか?」
「東ヨーロッパの山間部だそうです」
遠いな。
「と言えたら良かったんですが、国内です。東北の山の中ですね。お嬢さん、これを見て何か気づきませんか?」
阿久津に届いたメールには地図が添付されていた。
「……意地悪しないでくださいよ。一昨年閉鎖になった軍の演習場跡地じゃないですか」
赤井の顔が引きつっていた。
「どういうことです? この組織に軍が関わっているんですか?」
「恐らく。今頃、上はてんやわんやでしょうね。私が聞いた時点ではそんな話、露ほどもありませんでしたから」
知ってて黙っていた可能性もあったが、赤井曰く『阿久津さんに隠し事してたら後でどんな報復に遭うか分かったもんじゃない』。
つまり軍の人間もほとんどが本当に知らなかったのではないかと赤井は推測した。
「残念ながらそういうことになります。まあ人が隠れるには丁度いい立地条件ですしね」
「……どうやって行くんですか? この学校に〈転移系〉の能力者はいませんし、あなたはそういうタイプにも––––」
どこからかピアノが聞こえる。学校のスピーカーからではない。この曲は
「……ラジオ体操?」
赤井も音源を探していた。2人でキョロキョロ首を回していると、阿久津が曲に合わせて体操を始めた。
「何やってんですか」
「見ての通り準備運動です。戦闘は久しぶりなので。そういえば君を外に連れ出すには外出許可がいるそうなんですが、本人の署名が要るとかで君の担任の先生が職員室に来るようにと言ってましたよ」
「それ先に言ってくださいよ!」
俺は職員室に向かって走る。畜生、ここから遠いのに。
◆◆◆
「で、わざわざ二人きりになって何を話すつもりですか、阿久津さん? 外出許可なんて学校が出さなくても、あなたの名前で十分でしょう?」
榎本が階段を降りたのを確認してから、私は阿久津さんに向き直った。
私と彼は面識がない。だが真田くんの部屋で会ったときから値踏みするような視線を感じていた。
今回の事態は既に軍でどうにかできる範疇を越えてしまっている。
彼が呼ばれたのがその最たる証拠だ。
「貴女とお話がしたかったんですよ」
「あたしと?」
「貴女は私の異能力を見ているんですよね? それにしては肝が据わっているような気がしましてね。私の異能力を知っている人は大抵、怖がって近づいてこないので」
「〈黒獅子事件〉のことですか?」
〈黒獅子事件〉。
ある年に生まれの子供たちはとりわけ高威力の異能力に恵まれた。
貴重な戦力をなんとしてでも確保すべく、軍は超がつくほどの高待遇で彼ら彼女らを誘ったらしい。
それが誤算だった。
ただでさえ異能力が強くて手がつけられなかった若い将校たちは、さらに野望を膨らませることになる。
このまま軍を乗っ取ってしまおう、と。
それができるだけの戦力があった。なにせ当時の総戦力の半分が、その年に入った能力者だけで構成されていたのだから。
しかも強力な異能相手では並大抵の武器は通用しない。鎮圧不可能の絶対的な戦力差だった。
彼らが決行に選んだのは、首脳会談の護衛などで軍本部の警備が手薄になる日だった。
当然、本部はあっという間に制圧され、クーデターは成功したように思えた。
私も戦うのではなく、異能力でなんとか命からがら逃げていた。
しかしこのクーデターは予想よりはるかに早く終息する。
その立役者こそ、目の前で顔の半分が覆われている男だ。いきなり現れた彼は、総大将室に乗り込んで、そこで踏ん反り返っていた敵のリーダーを潰してしまったらしい。
私が阿久津さんを見たのは、クーデターの制圧が終わって10分ほどしてからだ。
現場を見た人間としては、あれは凄惨と言わざるを得なかった。ついさっきまで暴虐の限りを尽くしていた彼らが体はボロボロ、気力までへし折られて命乞いをしていた。その真っ只中で阿久津は一人一人に一発ずつビンタをして説教をしていた。
それが事件の結末だ。
ここまでは事件の記録として公式に残されている。真田君はこれを見たのだろう。
「そう言えばリーダーで〈黒獅子〉を名乗っていた男、どうなったか知ってますか? 私はあの後すぐに軍を辞めたので」
「……あなたが一番知ってるでしょう?」
本当の恐怖はその後にやってきた。
事態の収束後、反乱分子たちは全員が病院送りになった。名目は怪我の治療。
しかし夜になって事態が一変した。
最初は、軽傷の人間に食事が出されたときだった。
男は部屋にいた看護師に向かって器を突き出し
「なあ、これだけなのか?」
「食べられるだけマシだと思いなさいよ。本当だったら臭い飯だよ?」
食事後、別の看護師が見回りにくると、信じられないものを目撃した。
「ちょっとあんた⁉︎ 何やってるの!」
なんとさっきの男は自分の腕に噛み付いていた。看護師は慌てて止めに入ったが男はそれを振り払って
「腹が、減ってんだよお!」
と腕の肉を食いちぎって飲み込んだ。
看護師は即座に医師を呼んだ。そこで更なる異常事態を知ることになる。
運ばれた反乱分子全員が、狂ったような行動を取り始めたという。
ある者はトイレから出てこない。
ある者は財布から札を取り出しては足りないと喚き散らす。
ある女は、男性看護師の前で服を脱ぎ捨て襲いかかった。
まるで理性がなくなってしまったかのように全員が一斉におかしくなってしまったそうだ。
最終的に、全員が精神病棟送りになった。異能力による攻撃も考えられたが、なにせ《無効化》でどうにもならなかったのだ。
今でも彼らは、分厚い鉄の扉の向こうにいる。
このとき以降、軍の戦力のうち、能力者の割合は少しずつ下がっている。元軍人の小見山先生もここまでは知っているはずだ。
正直、「ざまあみろ」と思わなかったと言えば嘘になる。
あいつらのせいで散々迷惑をかけられたし、そのせいで精神を病んでしまった人も多かった。その中には、軍で唯一の私の友達もいた。
「あなたには感謝しています。なので、別にあなたの能力は怖くないです」
その異能力で救われた人がいる。それは事実だ。
「そうですか」
淡白な返事だったが、彼はホッとしたような顔をしていた。
「ところで、貴女の上司は私の異能力をどう評価していましたか?」
「『世界で最も執念深さと殺意に溢れた能力だ』と。まあ、正気に戻ったら死にたくなりそうですよね。……どうしました?」
「いえ、なんでも」
一瞬、何か考えているような顔になっていた。
もう少し続きを聞きたかったが
「すいません、遅くなりました!」
◆◆◆
「すいません、遅くなりました!」
外出許可はあっさり降りた。それどころか小宮山先生は「確かに言ったが冗談のつもりだったわ。あの人律儀だな」と言った。
半分無駄足を踏まされたけどそれよりも––––
「あれ、なんか話してました?」
2人の間になんとも言えない雰囲気が流れている。
「いえ、構いませんよ。さて、用意も整いましたし行きましょうか」
「で、どうやって行くんですか? そろそろ教えてくださいよ」
交通機関で東北に行くには2、3時間は確実にかかる。
そうなると、異能力での移動以外は考えにくいのだが––––
「君、高速移動の経験は?」
「……ないことはないですが」
「では問題ないですね。あ、端末は一旦私が預かります。落としたら大変なので」
俺は自分のスマホを阿久津に渡す。それを紐付きの巾着に入れ、自らの体に縛り付けた。そして自分のスマホで誰かに電話をかけた。
「––––もしもし、私です。今すぐ来てください」
一方的に告げるとすぐに切った。
「へえ、もう準備してたんですね」
「はい?」
「誰かその手の能力者を連れてきてたんでしょう?」
「いえ、使えそうな生徒がいたので声をかけておいただけですよ」
ふーん、抜け目ないなあ。
……
………
…………
「生徒?」
「ええ。君も知ってる人ですから、むしろ気を遣わなくていいんじゃないですか? ねえ、そうでしょう、秋山直子さん?」
引き戸の向こうから現れた少女は、脚をガタガタ震わせていた。
彼女とは2学期最初の事件からまともに話していない。
元々そこまで接点があるわけでもないので、周りも不審がることはなかった。
「彼女の異能力を使えば、結構な速度で移動できるんですよ。馬鹿とハサミもなんとやらです」
彼女は自らの異能力エネルギーをネコの形にして、それを使役する能力を持っている。
「じゃ、頼みますよ」
「あ、あの……」
「大丈夫ですよ、言うこと聞いてくれたら約束は守りますから」
やり取りが不穏すぎる。これ約束破るパターンじゃん。
妙に冷淡な態度も気になる。少なくとも、俺を含めて割と丁寧に接していたと思っていたが、彼女に対しては顔すら見ようとしない。
「一旦、校庭に移動しましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください」
赤井が立ち塞がった。
「榎本はともかく、彼女は一般の生徒ですよ?」
阿久津はせせら笑う。
「一般? 貴女ともあろう人がこれを見て『一般』だと? 彼女に比べれば榎本くんの方がよほど一般人ですよ」
奇妙なほどに断定的な言い方だった。なんでこんなに冷たいんだ?
しかも『これ』呼ばわり。人間の扱いではない。
「榎本の方が……?」
おい赤井、そんな目で俺を見るな。
そりゃあんたらからすればバケモンだろうけどさ。
「とにかく時間がありません。退いてはいただけませんか」
「せめて納得する理由を––––」
「邪魔です」
直後、赤井はグラリと崩れ落ちて動かなくなった。
阿久津が動いた様子はない。
「……へ?」
「これでしばらくは起きないでしょう。ほら、この隙に」
「放っておいていいんですか?」
「何もしないでこうなるなら、病院に連れて行かないとまずいでしょうね」
倒れた赤井を放置して阿久津は部屋を出ていった。
◆◆◆
「さあ、行きましょう。ほらさっさと出して」
校庭の中央に立つと、阿久津が指示を出す。秋山さんはすんなり《虎》を出す。
サイズは以前よりも大きく、4、5メートル程はあるだろうか。
《虎》は前両脚を折り曲げ前半身を低くし、その首の部分から秋山さんはその背に跨った。
阿久津も続いて彼女の後ろに乗り、両腕を彼女の腹に回した。
……犯罪者の臭いがすごいな。
「榎本くんは私の後ろに。腹を掴めば振り落とされることはありません。あと耳栓です。気圧差を考えたら気休め程度ですが」
「は、はい……」
目が『早く乗れ』と言っている。
付き合うしかあるまい。俺は半分ヤケクソ気味に耳栓をねじ込んだ。
俺が乗ったのを確認すると、《虎》は空に向かって跳躍した。
感覚としては飛行機に乗っているのと変わらない。たった一度のジャンプで数百メートル上空に飛んでしまった。
眼下には街全域が広がっていた。それもまたどんどん小さくなっていく。
違う点があるとすれば、上昇が終わると直ぐに下降することだろうか。あの内臓がフワッとする感触はあまり好きではない。
やがて《虎》は別の町ビルの屋上の端に着地し、そのまま助走をつけて反対側の端からまた飛んだ。
それを繰り返し、目的地に着いたのは30分後のことだった。
◆◆◆
「……ふーん、じゃあ別にあの娘とは何もないのね?」
「だからそう言ってるだろ」
「じゃあ、今回は見逃してあげる」
「ありがとう。ところで、なんでさっきあの人に向かって『人殺し』なんて言ったんだよ。あの人は軍の英雄だろ?」
「……本気でそう思ってるの?」
「違うのか」
「だって戦場で笑いながら敵を殺してたような奴よ?」
「……え?」




