②素顔は絶対に綺麗。
大変遅れました。
阿久津が根城にしていたのは、校舎の隣にある合宿場の一室だった。
十数畳はあろうかという大部屋だ。そしてその一角に、大量の書類が山積みになっている。
「……あれを午前中だけで?」
「かなり抜粋はしてます。そうでもしないと間に合わなかったんですよ」
部屋に入ってから説明を受けた。
彼に依頼した人物は、学校全体というよりは特定の人物の保護をお願いしたそうだ。
それらの人物たちの詳細をまとめたのが前述の資料だ。
必要な分だけ目を通したらしいが必要な分を見分けられる時点で結構な化け物だ。
「これだけの人材が集中している学校は珍しいですよ。私が呼ばれたのも正直納得です」
彼は書類の山の上から、紙を数枚持ってきて並べた。
誰も彼も、見知った顔だった。
「伊藤光太郎、秋山直子、真田太一、三原健太郎。まさに逸材揃いですねえ。しかも全員同い年。果たしてこれをただ『奇跡』と片付けてよいものか」
「伊藤は分かりますけど、他の3人までそうなんですか?」
阿久津は目を輝かせながら
「そりゃあそうでしょう。《全てを止める力》《暴走する殺戮兵器》《未来予知の片鱗》《探知機能の破壊》。間違いなく軍からスカウトされます。これだけ揃ってるなら、君がいなかったとしてもこの学校は狙われるでしょう。むしろ君がいたからこそ警備が強化され、結果的に手出ししにくくなってるんですよ」
これ、褒められてるのか?
「もっとも、その全てを蹂躙できる君の異能力は破格と言わざるを得ませんが。さすがは〈超能力者〉にカウントされるだけはありますね」
「超能力者? 異能力とは違うんですか」
「えっ、何も聞いてないんですか⁉︎」
初めて阿久津が動揺した。
「仮に重要だったとしても、俺がそのー、〈超能力者〉? に入ってるってのは初耳ですね」
「……っ、そうですか。なるほど、教育機関には一切の情報を流してないようですね」
阿久津はメモ用紙を千切ると、鏡餅のような絵を描いた。
その上段をシャーペンでトントン叩きながら
「いいですか。この世の能力者には強弱、優劣、相性などの関係性があります。ですがその全てを凌駕する存在がいます。それが〈超能力者〉です」
その〈超能力者〉なるものには条件があるらしい。
幾つかあるらしいが、その一つが『《無効化》が通じないこと』らしい。
どこかでこの条件、聞いたような––––
「この学校にもあなたの他にもう1人。伊藤光太郎がそうですね。ちなみに世界ではあなた達を除いて7人しかいません。この学校に同時にいる時点でもはや作為的な何かすら感じます」
「…………はあ?」
7人、いや俺と伊藤を含めて9人。
9人?
「いやいやご冗談を」
「この顔が、嘘をついているように見えますか? ちなみに私の知っている1人が本気出したら人類は1時間と持たずに絶滅します」
「……」
なんか現実感が湧いてこない。
そもそも俺の能力は地味に殺傷能力は高いが、人類相手にしてどうこうできる代物ではない。
「すみませんね。君には自分の能力の危険性を理解してほしかったので」
「まあ、その辺は分かりました。ところで、あなたに会いたがっている人がいるんですが」
阿久津は露骨に表情を変えた。
「ほう。それは君に余計なことを吹き込んだ阿呆ですか?」
「ンカッ……」
いきなりの阿呆呼ばわりに変な声が出た。
「どうせ私の異能力を見たがっているんでしょう?」
「うっ……」
図星を突かれて黙っていると、阿久津はため息をつく。
「厄介な連中がいるものですね。勝手に英雄に仕立て上げられるのは懲り懲りです」
「『勝手に』? あなたが鎮圧したんじゃないんですか、『あの事件』は」
「私がしたのは、彼らの中で最も強い人を最初に叩きのめしたことだけです。あとは他が勝手に戦意喪失しただけですよ」
だけ、か。
「でも結末を聞いている者としては、やっぱりあなたがトドメを刺したんじゃないかと思いますけどね」
「……余計なことを……」
かなり癪に触ったのか、キリキリと歯軋りの音が聞こえてきた。
「まあいいでしょう。で、どこにいるんですか?」
「……会ってもらえるんですか?」
「どうせ敵が来るまでは暇潰しです。さっさと会って勝手なイメージは払拭してもらわないと。どこの誰ですか?」
俺は黙って太一のプロフィールを指差した。
「……ほう?」
眉根を寄せ、何か考えているようだったが、結論を出さないまま阿久津は俺に案内を求めた。
◆◆◆
「君の部屋の隣ならもっと早くに言ってくれれば良かったのに」
「すみませんね」
呼び鈴を押そうとしたとき、部屋の中から重いものが倒れたような鈍い音がした。
ドアに耳を当てると、何やらただならぬ様子だ。
「……喧嘩ですか。この非常時に」
呆れる阿久津に愛想笑いを浮かべ、ドアノブに手を掛ける。
鍵は掛かっておらず、すんなり扉が開いた。
「ふざけんなっ……! ぶっ殺してやる……!」
喧嘩なのは間違いない。でも正確には––––
「……赤井? 何やってんの」
「た、助けて……榎本……!」
修羅場だ。
二瓶さんが、華奢な腕で太一と赤井を壁に押さえつけていた。しかも二人の首絞めてる。
彼女の顔がこっちを向いた。一度も見たことのないギラギラした敵意が心臓を締め付ける。
「ああ、そういえばおまえも昨日一緒だったんだって?」
「へ?」
「ねえ、この2人浮気してたんだけどどう思う?」
よくよく考えてみれば、文化祭は中断されるまでは普通に続いていたのだ。
なのに太一は文化祭をほぼ楽しむことなく終わっている。
「私を放って太一はこいつに会ってたんでしょう? ねえ?」
「……それ……じじょ……ッ」
恋人の釈明は彼女の耳に届いてはいないようだ。
このままだと二瓶さんが殺人犯になる。物理的には介入できない(したら殴られる)ので玄関から釈明する。
「確かに会ってはいたけど、二瓶さんが心配するようなことは起きてないって。俺が保証する!」
「ホントォ……?」
ダメだ。この睨め付けるような視線は絶対に信用してない。
どうしたら––––
「短気なのは良くないですよ?」
玄関からの呑気な声。
「……誰」
「どうだっていいでしょう。それよりもお嬢さん、そんな物騒なことはしないで、話し合いで解決するのが一番ですよ?」
「……チッ」
渋々、二瓶さんは二人の首から手を放す。
赤井の咳き込み方からして、彼女の方はかなりの力で締め上げられていたようだ。
「で、あんた誰」
「せめて初対面の大人には敬語を使いましょうよ。犬畜生じゃあるまいし」
「い゛っ……⁉︎」
すげえ罵倒用語。この年で聴くとは思わなかった。
「でも私は大人ですから答えてあげましょう。軍から派遣された阿久津です。以後お見知り置きを」
大人と言いつつ子どもっぽい返しだ。
二瓶さんは怪訝そうな顔を浮かべ
「阿久津って……〈黒獅子事件〉の? なんで? 今は退役したはずでしょ?」
「今回の事件のせいですよ。ん、その話を知ってるとなるとあなた軍の近親者ですか?」
「一応その家系よ。にしても、あなたが来るってことは並大抵の軍人じゃ太刀打ちできない事態になってるってことでいいのかしら?」
「そう思っていただいて結構」
阿久津の視線が太一に流れる。
「君が真田太一くんですね? 私の異能力について知っているようですが」
「へっ⁉︎ あ、ああ……」
いきなり憧れの人に会えた上に名前を覚えられてたら、こんな反応になるのが自然だろう。
「君が知っている私の能力は?」
「『どんな相手でも一撃で沈める身体強化』……ですよね?」
すぐさま赤井が反応した。
「違うでしょ、『相手を発狂させる能力』でしょ?」
あれ?
「何言ってるの2人とも。『子供みたいなふざけた能力』でしょ?」
また違う情報が出てきた?
「まあ3人とも合ってますよ。ところで、生徒は今自宅待機しているはずですが? なぜ部屋に3人もいるんですか?」
「あ、そうだった!」
せっかくいい感じに忘れてたのに。
二瓶さんが再び太一の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「ねえ、なんで私を誘ってくれなかったの?」
「いや優香、あれは誘うとかそういうレベルの話じゃなくてさ」
「勝手に死なれたら困るんだけど?」
一方的な尋問が続くのを眺めていると、阿久津が耳打ちしてくる。
〈……彼女、真田くんの彼女ですか?〉
〈……彼女どころかほぼ婚約者ですよ。文化祭の間、太一がそっちのちっちゃいのとずっと行動を一緒にしてたのが気に食わないみたいです〉
〈なるほど。君の言う『ちっちゃいの』は誰ですか? 本当に浮気?〉
〈軍から派遣された知り合いです。仕事をするのに太一の能力が必要とかで連れ出したらしいんですが、結果この様です〉
〈なるほど、つまり浮気ではないと?〉
〈あいつはそういう男じゃないです。ちっちゃい方もそこは理解してますし〉
〈つまり真田くんの彼女は『こっちの苦労も知らずに、なじってくるうざい女』ってことでいいですか?〉
否定したいが材料がない。
二瓶さんに黙って行動していたのは事実だし、赤井は最初、太一をナイフで脅したらしいし。
〈だけど下手に刺激しないほうがいいですよ。ご存知でしょうけど彼女、軍の中将の娘らしいですから〉
〈中将? 彼女の名字は?〉
〈二瓶、です〉
なぜか彼はギョッと目を見開いた。
〈……ペド………〉
ペド?
「そこの二瓶さん、もしかしたあなたは二瓶茂雄の孫ですか?」
「は? だったら何?」
「うげー………」
阿久津がドン引きしてる。何事だ?
「付き合ってるって本当ですか? あなた方」
「どういう意味」
「まあ色々と。それより旦那様貸してくれませんかね。私たちも彼に用があるので」
「今はそんなことに構ってる暇ないの。とっとと出てって」
「痴話喧嘩はいつでもできるんですから。ちょっとだけでいいんですよ」
「うるさい、人殺し! あんたなんかに預けられるか!」
ようやく、沈黙が訪れた。
だが妙だ。軍人なら戦地で敵と戦うわけだし、わざわざ『人殺し』?
彼女の後ろから太一がアイコンタクトで
〈フタリデハナシヲサセテクレ〉
ふむふむ。
「阿久津さん、用もすみましたし撤退しましょう。ほら赤井もっ」
無理やり2人を連れて部屋を出た。
◆◆◆
場所は再び彼の根城。
無理やり逃げてきたことを責められるかと思ったが、
「よくアイコンタクトだけで彼の意図が分かりますね。彼女に嫉妬されませんか?」
「あいつらは2人きりならまだ冷静に会話できるんですよ。申し訳ありませんが、彼女の方は少し短期なので」
「……本当は別の用事もあったんですが、今は仕方ないですね。別の収穫で満足しますか」
その『別の収穫』はと言うと。
「いやぁ、助かった! 榎本マジ感謝!」
赤井は深々と頭を下げた。
「阿久津さんもご健在でなによりです」
これで健在に見えるのか?
「はて? 面識がありましたかね?」
「ご存じないかもしれませんが私も元軍人で、あの事件の現場にいたんですよ。異能力に関しては、一応自分の目を信じた上での結論だったんですが……違うんですか?」
「なるほど、伝聞をそのまま言ったわけではないと。間違ってはいませんよ、ただし、『一部正解』ですね」
「知り合いが言うには『悪意が高すぎる異能力』らしいですが。その人、知ってるって言う割に教えてくれないんですよ」
「ほう。その方のお名前を伺っても?」
「実は今、こういう職場におりまして」
赤井は名刺を取り出した。阿久津は名刺を眺めると
「……なるほど。ではその方に言っておいてください、『おまえにだけは言われる筋はない』と」
「あはは、同感です」
悪意が高すぎる能力について説明してほしいところだったが、今はそれどころではない。
「で、これからどうするんですか。結局何もしないで帰ってきちゃったじゃないですか」
「いいんです。どうせ暇潰しですから。それに––––」
彼のスマホが鳴る。
「……思ったより早かったですね。さて、出陣しましょうか」
◇◇◇
「鶴宮さん、一つ聞いていいすか」
「ん、どうした?」
「鶴宮さんにとって、この事件は大したことないんですか。俺だったら軍の襲撃や誘拐よりこっちの方がネタとしてはデカく感じるんですが」
青年の問いに、男はうーん、と目を細める。
「この事件には僕も関わっているからね。それに、この時点で全てが解決していたら、恐らく君はここにいないだろう?」
否定のできない青年は、黙って紅茶をすする。




