① 反射とかで本来の目が目が見えない
新章、スタートです。
「あぁ〜……これは中々ですね」
目の前の男性はサンドイッチを頬張りながら、俺に関する資料に目を落とす。
第一印象をそのまま言うなら「ちょっと怖い」。
顔に大きなガーゼと絆創膏、左目には医療用の眼帯。そのせいか眼鏡がずれている。両手には絆創膏がいくつも見えた。
自宅にいるはずなのに、手のひらの汗が止まらない。
「これを見る限り、君も稀有な異能力を持っているんですね。大変でしょう?」
「ま、まあ」
食うか喋るかどっちかにしろ、と普段の俺なら言っているところだ。が、この人は俺のせいでこんなところに来る羽目になったのだ。恨まれても文句は言えない。
「……あ」
パンが片方剥がれて、中の具材ごと下に落ちる。
「まったく、お互い不運ですね?」
……笑顔が怖い!
◆◆◆
「誰が来るんですか?」
太一が俺よりも先に口に出していた。
小宮山先生と赤井の表情から、只者ではない雰囲気がビシビシと伝わってくる。でも二人ともちょっと嬉しそうだった。
「ああ。今回の件で軍も後がない。禁じ手でも使ったのかは分からねえけど、退職した軍人を呼び戻したらしい」
よく応じたな、と思ったが原因が自分にあることを思い出してなんだか悪い気分になった。
そうなってくると、自然に興味が湧いた。
「どんな人なんですか?」
先生はすう、と息を吸って
「……〈地獄の番犬〉」
「は?」
なんだそれ?
ところが太一の反応は違った。
「……もしかして、〈要塞〉って呼ばれてた人ですか⁉︎」
興奮してた。
「太一、知ってるのか?」
太一は今まで見たこともないくらいに目を輝かせ
「軍に興味を持ったなら知らない人間はいねえよ! 軍の創設以来、5本の指に入るって言われてる実力者だ。『もう少し早く生まれてきていたら、歴史は変わっていた』って言われてるくらいだし」
そこから太一と小宮山先生の熱の入った解説が始まった。
好きなものを語る人間の情熱に圧倒されながらもなんとか内容を呑み込んでいく。
圧縮すると「軍の暴走を1人で止めた人で、軍嫌いの人から大人気」らしい。
歴史に名を刻む実力者が軍を辞めた理由が気になった。
赤井が「あの人が……へぇ〜」と心の底から意外そうな声を上げて
「よく承諾したね。辞めるときに上層部と大喧嘩したんじゃなかった?」
太一がうんうん、と何度も頷いて
「クーデターの時より軍が崩壊しかけたからな……。二瓶中将も『あいつとまともにやり合ったら死ぬ』って言ってたし」
あのスキンヘッドにそこまで言わせるような人なのか。
ますます申し訳ない思いが膨らんできた。
「あのう、その人は一体どんな能力者なんですか?」
ところが3人とも困ったようにお互いに顔を見合わせる。
「これは……、なあ?」
「ですねえ」
「あたしらの口からはなんとも……」
歯切れが悪い。
だがニヤニヤしている。なんだこいつら?
赤井が俺の肩をポン、と叩く。
「実際に見た方がいいよ。まあ、あの人がいるって分かったら、いくらテロリストでも迂闊に手は出せなくなるだろうねえ」
安心感と信頼がすごい。
隣で太一が目をキラキラさせている。
「マジで会えるのか……できるならあの人の異能力、生で見てみたいなあ…! ありがとう優哉!」
今にも抱きついてきそうな太一の姿に、俺はそっぽを向く。
「……礼なんか言うな。この学校、俺のせいでそれだけ危険に晒されてるわけだろ?」
「でもそのおかげで超大物に会えるんだぞ? やっべ何喋ろう?」
「……良かったな」
憧れの人に会える喜びに全身を震わせていた。
魔境に片足突っ込みかけているこの学校に来なければならないなんて、不運にも程がある。
しかもそれが俺のせいともなると、なんとも気が重い。
◆◆◆
その日の午後。
寮に戻って眠っていた俺は鳴り止まないチャイム音に起こされた。
寝ぼけ眼で玄関を開けると、重傷患者と見間違うような姿の男が立っていた。
「本日から赴任してきました阿久津健太郎です。君が榎本優哉くんですね?」
少し低めの物柔らかな声。
「え、ええ」
「そうですか。君のことも含めて今後の対策を練りたいのですが、上がってもいいですか?」
嫌です、とは言わせない雰囲気を纏っていた。
とりあえずちゃぶ台を挟んで対峙する。
阿久津と名乗った男性は鞄から分厚いファイルと、それに押しつぶされたであろうひしゃげたサンドイッチを取り出す。「朝ごはんまだなんですよね」と、断りを入れてから阿久津はサンドイッチの袋をこじ開けた。
話は冒頭に戻る。
阿久津は「3秒ルールですから」と畳に落ちたサンドイッチも飲み込んで
「君、私の異能力について何か聞いていますか?」
「いいえ。ただ〈要塞〉とか〈地獄の番犬〉とか呼ばれてたっては聞いてます」
ところがこの返答が気にくわなかったのか、ひどく仏頂面になった。
「その単語が出てくるということは、君に私の話をしたのは軍の関係者ですね?」
太一は元々軍人の身内だし、赤井も軍人の家に潜り込んでいたから知っていてもおかしくはない。
……小宮山先生はなんで知ってたんだろ?
「ええ、それがなにか?」
阿久津は不快さを隠そうともせず
「あまりいい気分ではありませんね。できればその話は忘れてもらいたい」
と吐き捨てた。
おずおずと、俺は口を開く。
「……あの、阿久津さんは軍を退職されたんですよね?」
「そうですよ、どうかしましたか?」
「いえ、あなたが軍の要請でここに来たと聞いていたものですから」
「ええ、合ってますよ?」
「……失礼ですが、退職される際に軍と揉めたというのは事実ですか?」
阿久津はしばらく黙っていた。黙ったままで俺をじっと見つめていた。
そしてフッと息を漏らし
「……ええ。私の退職願を上層部が握り潰しましたので。実力行使せざるを得なかったんです」
何か? と言いたげな顔をしているが無視できない矛盾がある。
「じゃあどうして今回は軍の要請に応じてくださったんですか?」
阿久津は右目を細めて
「こちらにもいろいろありましてねえ」
……どうやら野暮なことを聞いてしまったらしい。
焦った俺は話題を変える。
「阿久津さんから見ても、俺の能力は異質でしょうか?」
「異質ですね。異能力の中でも最強の防御力を持つ《拒絶》の壁を容易く突破する君の異能力は、全ての能力者にとって天敵になり得るものですから。時間制限がなかったら人類に勝ち目はないです」
問答無用に切り捨てられた。
「そこまで言います? なんか自分が怖くなってきたんですが⁉︎」
異能力のエキスパートにそこまで言わせる俺の能力ってなんなの?
「で、でも阿久津さんの異能力も相当なものなんでしょう? 1人で大立ち回りできるくらいには」
「私みたいなのと一緒にしないでくださいよ。……非能力者と変われるものなら変わりたいくらいです」
笑っているが、かなり自嘲気味だった。
それからしばらく、食い入るように俺に関する資料を何度も読み返していた。
「……君を狙っている組織についてですが、実はあと少しでアジトが掴めるそうですよ。見つけ次第、軍の精鋭たちが奇襲を仕掛けるそうです」
「そうですか」
昨日の今日でもう見つかりそうなのか。
「でも私としては、今の戦力で挑んだら返り討ちに遭うんじゃないかなあ、と思うんですよ」
「……はあ」
じゃあ結局、あいつらはまたここに攻め込んでくるのだろうか。
「だからね、情報が入り次第、ぶっ潰しに行こうかなと」
「……はい?」
「いやね、私も頭に来てるんですよ。あいつらのせいで私の悠々自適なスローライフが台無しにされて。君もいつまでも狙われ続けるのは嫌でしょう?」
「えっ、いやっ、そのっ」
「それに、いい加減ここで収束させないともっと人が死にますからね。君を狙うために犬死にが増えるのは君としても不本意でしょう?」
「犬死に……」
今まで無視していた罪悪感が、その一言で鎌首をもたげてきた。
「ただ私の異能力は殺傷能力えげつないんですよ。生け捕りの難易度がかなり上がりそうなので君にも来て欲しいんです」
「はあ………は?」
今なんて?
「戦闘慣れしてないとは言わせませんよ。君は異能力の扱い自体には既に熟練している。私が保証します。それに、放っておいても悪運は強そうですしね? ああ、あと『一般人を巻き込むのはどうなんですか』とか言わないでくださいね。異質な能力を持ってる時点で普通の生活とはおさらばなんですから」
逃げ道を封じにかかってきた。
俺は抵抗を試みる。
「……失礼ですが、そのお体でですか?」
めちゃくちゃ重傷じゃないですか。
「私の体は気にしなくていいいですよ。この程度なら相手を蹴散らすのに支障ありません」
「いや、でm––––」
反論はやめた。
右目から放つ眼光がさっきより数段鋭くなっていた。これ断ったらバラさられる。
「……君は他人の反応に敏感なようですね。物分かりがいいのは評価すべき点です」
物言いは何も変わらないのに威圧感がすごい。
なんだ?
この人を見ていると『絶対に勝てない』と思ってしまう。
包帯だらけなのに。
隙だらけに見えるのに。
もしや。
「……もしかして、相手の認識に刷り込みか何かする能力ですか?」
「ま、そういうことにしておきましょう。とりあえず今は情報が入るまでの間、この学校を保護するのが私の仕事です。そして君にはそれを手伝ってもらいたい。軍のモルモットにされるよりはマシでしょう?」
どうやらこの人も裏事情を知っているらしい。
「さあ、行きますよ」




