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文化祭 後夜祭

 あれだけの騒ぎになって隠し通せるはずもなく。

 文化祭まで中止になった。


 学校のイベントが立て続けに頓挫したことはマスコミにとっては美味しいネタだったらしく、その日の夕方にはスマホのニュースアプリに〈ずさんな警備体制、学校側の釈明は?〉とトップを飾っていた。



「で、俺たちは事後処理の手伝いか。……もう8時前じゃん」



 今回の事件に関わった生徒として、俺と太一は学校の会議室で待機させられていた。

 初めて入るその場所は、学舎の一部であるにも関わらず重い雰囲気があった。

 それでも太一はポジティブだった。



「まあ、一般人の被害が出なかったことは不幸中の幸いだよ。向こうも水面下で事を進めようとしてたのが良かったらみたい」


「忘れてたけど、盗まれたハードディスクって回収できたのか?」


「うん。ただこれ以上の流出を防ぐって言ってその場で叩き割った」



 最初から学校で保管なんて無理があったんだ、と太一は言う。どれだけ非公開にしたところで、内通者がいれば意味がない。



「そっか。データは録り直し?」


「いずれやるってさ。とにかくこの件が終わらないと先に進めない。優哉のほうこそ、殺人罪の適用はなし? なんか教師の体を貫通したって聞いたけど」


「一応。正当防衛ってことで目を瞑るってさ」



 あの教師の男の遺体を調べた大人が言うには、『何もしなくても死んでいた可能性がある』そうだ。

 夏休み明けもそんな感じだったし、この学校何が起こってるんだ?



「で、他の生徒はみんな自宅待機か。優香も外に出れないってキレてたな」


「俺はできれば家に引き篭もってたいけどな」



 そこで会議室の扉が開く。先生か軍人かと思っていたら相手はなんと赤井だった。



「やあ、お疲れ」



 軽く手を上げる彼女だったが、顔に疲労を滲ませていた。



「……大変そうだな」


「まーね。今回の事件はあまりにも大きすぎた。内通者がかなりの数見つかったとかで学校も軍も大騒ぎしてる」



 太一の眉が動いた。



「かなりの数? 今回の事件関係者の()にってことか?」


「それ以外に何があるの。多分、日本の公務員の人事が刷新されるよ。榎本。敵の狙いの中にアンタいたことが分かった」



 過程を説明すると徹夜になるから、と彼女はそのまま椅子に座り込んだ。



「榎本さあ、何か新たな力とか目覚めてない?」


「生憎そんなご都合主義展開は起きてないな」


「そっかぁ。確かに国の研究機関の最高峰でも分からない能力だからねえ。だからこそヤバいんだけど」



 彼女は服のポケットからボイスレコーダーを取り出した。



「ちょっと聞いてよ」



 再生ボタンを押すと、あの低い声が弱々しく流れてきた。ドスが抜けた元副委員長の声は廃人を匂わせた。



『……私たちの本命は……榎本優哉でした。あまり出回っていない彼の過去を使って脅すことで、彼の意思でこちら側に付くように誘導しろというのが上からの命令です』


『ふーん、でもあんたら《譲渡》の能力者がいるだろ? それを使えば本人の意思なんて関係ないんじゃないの?』



 問うているのは小宮山先生だった。



『それは……最初に提案しました……私たちの上官が。ですが上は「奴の能力に《譲渡》は使えない」と』


『……おまえらは榎本の異能力について何かを知ってるのか?』



 小宮山先生の声が少し上ずっていた。

 そんなに動揺することなのか?



『……いいえ。私たちは何も知りません。ただ上がその異能力を欲しがっていることは事実です』



 録音はそこで終わった。



「聞いてみてどう?」


「俺に意見を求められてもな。そもそも俺自身がこの異能力については知らないことが多い。親を昏睡状態にしたのは間違いなく俺だが、自分がどうやってやったのかは分からない」



 ただでさえ、最初の頃は1日に1度の発動が限界だったのだ。24時間経過しけなければならなかった異能力がたった1度の訓練で1分まで縮まったのも解せない。

 なにより発動時間の短さは相変わらず致命的だ。


ふと太一を見ると、信じられないものを見たような顔をしていた。



「赤井、この先輩なんで生きてるんだ?」



俺には変な質問に聞こえたが、赤井は苦笑いを浮かべ



「ちょっとあたしからは言えない。でもこの先輩はじきに回復するって。もちろん復学はしないからそこは安心して」


「そうか……」



俺の知らないところで色々あったようだ。赤井は再び俺に顔を向け



「これは私が聞いた盗み聞きしたことなんだけど」


「うん?」


「この子が喋った情報から、もしかしたら敵の本拠地が割り出せるかもしれないってさ。もしそうなったら榎本に討伐隊に加わってもらおうって話が出てる」


「why?」


「榎本が狙いなら、あんたが学校を離れれば他の生徒に危害は及ばない。かつアンタの異能力が実戦でどこまで通用するのかテストできて一石二鳥。そしてアンタが死んだとしても実験材料としてデータが採取できる」


「俺にメリットがひとっっっっつもないですね。丁重にお断りだよチクショー!」



 無茶苦茶じゃねえか。異能力について分かるかもしれないと言われてもデメリットが大きすぎる。最悪死んでるし。



「別にそこまでして知りたくもねーよ。使い勝手は悪いけど、俺はこの異能力を気にいってんだ」


「異能力のおかげで、榎本は何度も窮地を切り抜けてきたしね?」


「異能力ありきだからな! この力がなけりゃ厄介ごとにわざわざ首突っ込まねえよ」



 赤井は口角を上げる。



「でもそのおかげでフラストレーションは溜まらなくて済むんじゃない?」


「まるで俺が理性のない獣みたいな言い草だな……」



 しかし実際そうだ。

 思い立ったが吉日をそのまま体現している。

 そう考えると、俺の性格は異能力によって形作られていると言っても過言ではないのかもしれない。



「根が悪くないってのはなんとなく分かるかからさ。そうでなきゃ素性を隠してるあたしみたいな人間を助けようとは思わない」


「おまえなあ、あのボロボロの姿を見せておいてそりゃねえぜ。あれ見て動揺しない方が無理だろう」



 あんたって変なところで甘いわね。

 赤井はそこまで言ってから口調を厳しくして



「とにかく、軍人たちがアンタに接触しようとしてるから気を付けな」


「おう、ありがとうな。で、俺たちに話を聞きに来たんだろ?」



 しかし彼女は首を横に振る。



「いや、今日一日で疲れたから仮眠しに。ここなら見つかっても怒られなさそうだし」



 それを最後に、赤井は突っ伏して動かなくなった。

 今まで会話を聞いていた太一の静かな声が会議室に反響した。



「仮眠もそうだけど、情報伝えに来てくれたのも事実だろう。優哉、これからどうするんだ? 多分、『自分の身は自分で守れ』ってことだと思うけど」


「はぁー……だりぃ。せめて平和な世界が欲しい」



 夜は更けていく。

 強面の大人たちが入ってきたところで、俺は色々諦めた。



 ◆◆◆



 松村彩乃は学校の敷地内にある病院のベッドにいた。

 戦闘後の事後処理に追われ、一息ついたところで上司からのメールに気付く。

 開いた彼女は思わずゲッ、と口に出していた。件名と文面が英数字を組み合わせた暗号になっていたからだ。

 これを送ってきたということは、解析されるとまずい話をしようとしている。そして返信するときも同じ法則で暗号化して送らなければならない。


 彩乃は日付を確認する。鶴宮が暗号を送る場合、解読方法は常に切り替わる。


 〈11月だから今月はまず全文を4文字ズラさないと。3日の日曜日だから文字変換と並べ替えか……〉


 頭の中でなんとか解読し、返信を再び暗号化してメールを送り返す。

 たったこれだけで30分を要した。


 だが上司は無慈悲にもすぐ返事をよこした。

 再び頭を回転させながら、なんとか返事を打つ。


 〈鶴宮さん、こうなることを予想して私に行かせたんですか?〉


 〈半分はね。でも何事も起こらなければ君に文化祭を楽しんでもらおうと思っていたのも事実だ〉


 〈あんなバケモンが出た時点で楽しむも何もないですよ。それより伺いたいことがあります。榎本優哉の異能力について何かご存知でしょうか? 今回、また前回この学校が襲撃されたのは彼が狙いだったと犯人から自供したそうです〉



 返信に少し時間が空いた。



 〈君が夏に独断で行動したとき、なぜ彼に協力を煽った? 仮にも一般人だ。協力な能力の持ち主だとしても、賛同を得られる確証はなかったんじゃないのかい? なぜ同じ部署の人間に頼らなかった?〉



 彩乃は少し考える。

 最初は、調べていた〈覚醒者候補〉の中に自分と同じ学校に通う人間がいたから、その身辺を探っていたときに友人と1人として覚えたに過ぎなかった。

 ところがあるとき、事件が起きた。当時の自分も含め多くの人間が騙された状況で、彼は敵の嘘を見破った。

 後で聞いた話によると、戦闘では負けたらしい。使い勝手の悪い能力を持っているという話はそこで初めて知った。

 だが、その異能力は絶対にバレなかったであろう真実を白日の下に晒したのだ。

 そこで彼女は仮説を立てた。


 彼なら、軍の隠蔽システムも突破できるのではないか?


 〈なので彼と接触しました。その後の調査でいろいろな事件に関わっていることが分かったので、ダメ元で依頼を出しました。向こうがあっさり乗ってきたのは若干想定外でした〉



 そう書いて上司に送る。ところが今度は異様に速い返信が来た。



 〈君、それは答えになってないよ。どのような理由であれ軍人が一般人を巻き込むことはあってはならない〉



 その文章を読んで初めて彩乃は気付く。

 なぜ自分は後輩にあんな危険なことを協力させたのか? 


 頭を抱えていると、鶴宮から再びメールが届く。



 〈今の君に私の知っていることを教えることはできない〉



 ◆◆◆



「この子思いっきり《暗示》食らってるじゃない。案外、敵の手は近くまで来てるんじゃないの? ……ブフッ」



 軍本部にて、鶴宮のパソコンを傍から覗き込んだ《社長》は笑い転げる。



「軍内部に内通者がいる時点で俺の部下だって標的だ。一度、軍の人間は全員おまえの能力を食らっておくべきだな」


「……それはまだじゃない? 私の異能力は加減の利くものじゃないんだから。それにしても、向こうは躍起だろうね。『私に効く異能力がある』なんて情報が流れてきたんだから」


「おかげで忙しさは普段の何千倍にも膨れ上がるがな。でも収穫もあった。《未来予知》にブレが起きたのは間違いない。やはり敵はおまえの行動は先読み()()()()んだ」


「これは私の異能力というより、存在が異質だからでしょうねえ。本来あってはならないんだから。ところで、どうして私の予想に反して生き残りが出たのかしら」



 《社長》はソファに身を沈める。



()がな。どこから聞き付けたのか知らんが今回の件を聞いて動いたらしい」


「あー、なるほど? パパ大好きだからね。その両足もいだ連中に近付くためなら手段は問わないと」


「そういうことだ。ところでおまえ、今日の用事はそれだけじゃないだろう?」


「うん、榎本優哉に関するあなたの推察を聞きたくてね。寝る暇もほぼ無い中で捻り出したあなたの結論を聞かせてよ。かなり速い段階で答え自体には辿り着いてたはずだよね?」



 鶴宮はペットボトルのお茶を一気に飲み干した。



「……最初、彼の異能力は本質が強大すぎて、人間のスタミナでは長時間の運用が難しいんじゃないか、と考えた。だがそれだと発動までの時間が変化したことの説明がつかん。体力はあるということだからな」


「ほうほう」


「だから次に『何があっても5分以上は発動しない』部分に注目してみた。《拒絶》を上回る絶対に近い防御。実戦に投入すれば負けなしは間違いない。それに歯止めを掛けているのが〈制限時間〉だ。異能力が一切使えない時間があるのは能力者にとって命取り。つまり彼はどうしても『戦うこと』よりも『逃げること』を計算に入れざるをえなくなる」


「ほうほう? でも海外では異能力に条件付けすることで強化する技術もあるはずだけど?」


「日本ではあり得ん。使ってる薬の種類が違うからな。そもそも本人がそんなことしてないだろ。まるで『調子に乗らないように』と()()()()()()()が枷を掛けているようにも見える」


「あら、そこまで勘付いた?」


「だが異能力はあくまで本人の一部だ。本人の意思に反することはありえない。

 なら結論は一つだけ」



 鶴宮が《社長》の方を見ると、普段の薄笑いが更に笑顔になっていた。

 胃に冷気が流れるようなゾッとした感触を押さえ込み、最後の言葉を吐き出す。



「あの異能力は《理性》を具現化したものか?」


「合格!」



 一つだけの拍手が虚しく響く。



「さすが鶴宮さんだ。ノーヒントに近い状態でよくぞ、その結論に辿り着いた! 異能力とは元来《欲求》や《本能》の強いイメージが形になったものだ。だが《理性》を形にしたのは私の知る限り彼だけだ。人間は、欲求をいつでも行動に移すわけじゃないだろう? それを抑えるのは何だ? それが《理性》だよ。どんなに強大な異能力であっても、由来が《欲求》や《本能》ならそれを抑える役割である《理性》に勝てっこないんだ。無論、本人もその弊害を被ってはいるけれど」


「強すぎる力は必ず人を腐らせるからな。だから本人が慢心しないために無防備にされる時間がある。そういうカラクリか」


「あっるぇー? だけど浮かない顔じゃなーい?」


「だが異能力である以上は、本人の望みも叶わなければ意味がない。ヒントになるのが、夏に俺の部下が軍の異能力開発部門を襲撃したときだ。彼は赤林と対峙してあいつの右手を斬り落としている。その結果がこれだ」



 鶴宮はファイルをめくる。

 そこには腕の写真と、解析結果が記されていた。



「『異能力反応・なし』。能力者だったあいつの腕が()()()()()のものになっていた。だから俺は言ったんだ。『おまえと彼の望みは同じ』だと」



 鶴宮は一拍おいて。



「だが皮肉だな。同じものを望みながらこうも違う結果になるとは。あとは––––」



 鶴宮は受話器を取る。



「おまえには仕事をしてもらう」


「ほげ?」



 ◆◆◆



 翌日の朝。

 長時間の事情聴取からやっと解放された俺と太一は、重い足取りで教室に戻る。

 俺はさっき見た光景が思わず口からこぼれた。



「あいつ結局最後まで爆睡してたな」



 赤井は仮眠と称してイビキをかいていた。

 あまりの大きさに軍人たちが睨むほどだった。しかし敵に回すのは面倒だったのか彼女を追い出すことはしなかった。

 聴取が終わる数分前に目を覚まして、自分に向けられた憎悪の目を無視して会議室を後にした。



「あいつも図太い神経持ってるよな」


「きっと潜った修羅場がすごかったんだよ」



 などと軽口を叩きながら教室に着くと



「嘘でしょ⁉︎」

「マジだ。今回ばかりは軍も本気だぞ」



 なぜか小宮山先生と赤井が白熱していた。



「どうしたんですか?」


「おお、優哉と太一。まずいぞ、この学校にヤバい奴が教師として着任することになった」 






「……はい?」




次回より新章です。

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