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文化祭 戦闘編 終息

「何が起きてるの?」



突然の事態に慌てている生徒の悲鳴と教師たちの怒号が聞こえてくる。しかし赤井は極端なくらい冷静だった。

そして俺の声を借りた〈何か〉も、悠々としていた。



「『相手のお偉いさんはここで痕跡を全部潰す気だよ。だがタダではやらせない。今から私のバックアップでこの子の異能力を限界まで引き上げる』」



赤井は眉をひそめる。



「……真田くんの異能力で? 《知覚強化》で何するつもり?」


「『見えないものを見る。それだけだ。無論快く引き受けてくれると確信しているよ。何せ恋人の未来がかかっているからね』」



赤井が目を見開いた。そのまま俺に飛びかかって首を絞め



「あんたまさか、最初からそれが目的で––––!」


「『もう遅い』」



そう俺の口が動く頃には、頭の中で何かが加速していた。




……………………

………

……

…暗闇の中に様々な色が見える。その中のひとつに俺の注意は引き付けられた。



『ほう、やはりそうか』



◆◆◆



「じゃ、いくよ。準備はいい?」


「いつでもどうぞ」



《壁》を限界サイズまで展開する。ここまで完全な球体になっているのも久しぶりだ。



「おんどりゃああああああああああ‼︎」



俺の《壁》に彩乃先輩の《糸》を巻き付けて、それをハンマー投げの要領で振り回す。

景色が高速で移動するのですぐに目で追えなくなった。

と思ったらいきなり視界の色が変わった。

ぶつかった衝撃は俺には伝わらない。一つ言えるのは《壁》の視界がピンクやら赤で染まったことくらいだ。 

不思議なことに筋肉はあるのに一切血が流れていない。大体、あの巨大肉団子はどこから質量が来るんだ?

もしや血液ごと肉に変えてしまったのか? だとしたら怖い。

ちなみに俺は異能力を展開している間は、移動してもその感覚がない。いわゆる慣性の法則が働かない。自分の周りの景色だけが変わっているようにしか見えないのだ。

《糸》に引っ張られて後退したとき、肉塊は姿を変えていた。

と言っても、俺がぶつかった部分が抉られているだけだ。でもやっぱり血は出てない。喜ぶべきことなのだろうか?



「やっぱ即解決ってわけにもいかないか」


「……いいアイディアだと思ったんですけどねー」



抉った部分はすぐに再生し始めていた。



「でも、今のところダメージが通ったのは私とあんたの攻撃くらいだよ。少なくともあいつにとっては痛いはずだ。見てごらんよ」



確かに、さっきより再生が少し遅い。心なしか、肉の鞭の動きも鈍くなったような。

おかげで異能力の再発動までの時間が余裕で埋まった。



「どうやら攻撃用の異能力を使えるようになった分、再生力が落ちたんだね。で、君とあたしのコンボが相手の予想を上回ったんだ。他の人たちの攻撃も無駄じゃなかったんだよ。あたしが思ってたよりは短期戦で済むかも」


「じゃあ、このまま同じ攻撃を繰り返せば?」


「そーゆーこと。という訳で第二弾、い––––」



『い』、なんだ?

景色が回る。


あれ、なぜ俺は空を見上げているんだろう?

異能力は展開していた。


……()()()()()()



「げええっ……⁉︎」



()()俺は体勢を整える。学校の壁の高さのはるか上まで飛んでいた。

気付かない間に俺は空にぶっ飛ばされていたらしい。ざっと200メートルはあるだろうか。

眼下には、更地どころかクレーターになってしまった地面。その中心にあの肉塊がある。

防御が間に合わなかった人がいないことを祈りながら重力に身を任せる。もちろん「落ちている」感覚はないが。


俺が地面に降りても、肉塊は攻撃を仕掛けてはこなかった。下手に攻撃すると危なそうなので距離を保つ。

しかしあれだけの被害を起こす爆発でも学校の正門は傷すらついていない。耐久力テストは合格だろう。

だが人の気配が皆無だ。クレーターの外はもちろん土と瓦礫まみれ。災害現場なら生存者を諦めそうなレベルだ。



「誰かー、誰か聞こえますかーっ⁉︎」


「こっちこっち!」



先輩の声に安堵した。やはり能力者ともなると、この絶望的な状況をひっくり返してくれる。

声の発生源に向かうと、瓦礫の中から先輩と大人が数名出てきた。また《糸》で防壁を張ったらしい。



「……もともとみんな距離を取ってたからね。たぶんここにいない大人も無事だよ。だけど」



瓦礫から這い出てきた先輩は膝をついた。



「でも次は、無理。あれ、ダメージに応じて攻撃力が上がってる。まったく、ゲームのラスボスかっつーの」



先輩の《糸》が消える。また同じ攻撃が来たら、先輩はもう防げない。

先生の持つトランシーバーから『今の地震はなんだ』と校舎にいる軍人から尋ねる声が聞こえてくるくらい、さっきの衝撃は凄かったようだ。



「ね、ねえ、あれ」



彩乃先輩の声が震えていた。

彼女の指差す先で、肉塊がこっちに移動し始めていた。



◆◆◆



「––––くん、真田くんっ」


「はっ……⁉︎」



意識が戻った瞬間、俺は天井を見上げていた。後頭部にジンジンとした痛みが走る。

赤井が来ていた上着を脱いで丸めて、俺の頭の下に置いた。



「大丈夫?」


「あ、ああ。なんとかな。俺、どうなったんだ?」


「白目剥いてぶっ倒れた。あいつに何されたの?」



思い出そうとすると頭に激痛が走った。

俺が見たのはなんだったんだ?



『あれは〈人の命〉だ。今までの君は単純に〈強化された五感〉で〈動くもの〉を感知していただけだ』



頭の中のやつが勝手に返事をした。



『命?』


『そうだ。正確には《人体感知》。人間に限って数や生死を判断できる』


『じゃ、じゃあ俺が見たのは何なんだ?』


『今回の事件の実験材料ってところかな? 《譲渡》で異能力を受け渡しするとああいう見え方をするんだよ』



あまりにも躊躇ない返事に、一瞬だけ頭が真っ白になった。

確か優香の話では、《譲渡》で異能力を移動させると元々の持ち主は死んでしまうということだった。

つまりあれは––––



「ねえ、本当に大丈夫?」



赤井が心配そうに俺の顔を覗いている。



「え?」


「さっきから何回も声かけてるのに、聞こえてない感じだから。悪いことは言わないから、榎本のところに行こうよ。あいつの異能力なら君の中にいる『それ』を消せるだろうから」


「『ちょっと? 私はこれでも君たちのために協力してあげたんだよ? そんな殺生なこと言わないでちょうだい』」



俺の中の〈ヤツ〉が俺を使って応える。赤井は憎々しげに睨むと



「どうせあんたの目的は、〈覚醒者候補〉の実験でしょ? ただで協力するわけないと思ったらこういうことだったのね」


「『だあああああっ⁉︎ ちょっと椿ちゃんそっから先はストップ、ストーップ!』」



俺の体が勝手に動いて赤井の口を手で塞ぐ。 

彼女が暴れていると、また外から轟音が響いてきた。



「今度は何⁉︎」


「『なんかあの教師、こっちに戻って来てる。それにしても見た目随分変わったねえ』」



赤井に胸ぐらを掴まれる。



「悠長なこと言ってる場合か! で、何を見たぁ⁉︎」


「『そ、それは真田くんからせ、説明を……』」



都合が悪くなった途端〈ヤツ〉は引っ込んでしまった。

仕方なく、見たものを説明する。



「……カラフルな大人のシルエット」


「……は?」



◆◆◆



少し観察して分かったことは、あの肉塊は一定の距離にさえ入らなければ攻撃はしてこない。

逆に小石を投げつけてみたら、射程距離に入った途端に落雷と火炎放射、その他も含め詳細不明の異能力で粉々になった。


問題なのはその本体がこっちに来ていることだ。

スピードは歩くよりも遅い。

が、射程距離に入ったら一発退場じゃ糞ゲーにも程がある。

しかも進行方向には校舎がある。


なにやら分析をしていたらしい軍人が叫んだ。



「あの分厚い肉を異能力でさらに防御を上乗せしてる。これじゃあもう遠隔攻撃は通用しないぞ⁉︎」



こっちの心をへし折る気か。

このままでは文化祭が血祭りになる。



「とにかく逃げろ! 体勢を建て直す!」



別の軍人らしき人はそれを最後にどこかに行ってしまう。

サジ投げてんじゃねーか。



「……、ぐっ」


「先輩?」


「すまん。ちょっと体力使い過ぎたみたい。足腰立たなくなっちゃった」



見ると先輩の足がガクガクと痙攣していた。

それを見た大人2人が、先輩を両脇から抱えた。



「こいつは俺たちが連れて行く。君も早く逃げるんだ」


「あー、はい。了解です。でも殿(しんがり)は俺がした方がいいですよね?」


「……ああ。そうしてもらえると助かる」



ここは民間人の命を優先するのが軍人の務めなのだろうが、未知の相手ではそうも言ってられない。

なにせ俺の異能力でしかダメージが通らなかったのだから。

振り返ると、肉塊の通った道にヌメヌメした跡が残っていた。ナメクジか。


先輩を抱える軍人の片方が、もう片方に向かって



「それにしても、あれはなんだ? 異能力がああいう形で暴走するなんて前例がないぞ? 木下(きのした)、何か知らないか?」


「わからねえよ。とにかく、早く校舎に行って増援を頼るしかない。伊藤は何をしてるんだ⁉︎」



確かにあいつなら、この状況に一瞬でケリをつけられる。

マジで何やってんだ。さすがに校舎まで揺れが伝わったなら何かしらの異常事態が起きていることに気づきそうなものだ。

俺とあまり接点がないが、あいつはあいつで修羅場をくぐり抜けているらしい。



「とにかく、校舎まで松村を連れて行くぞ。伊藤はそれから探せばいい」



2人は歩調を早める。


しばらく歩いて校舎が見えてきた頃、何度か後ろを見ていた木下さんがまた振り返る。



「おい、何度も止まるな!」


「そ、そうじゃなくてよ。あ、あれなんか、さっきより近くないか?」



俺も思わず後ろを見る。

さっきまで遠くにいたはずなのに、確かに距離が縮まっている。

俺たちだってかなり速く歩いたはずなのに。



「まさか、スピードが上がってるのか?」



あの巨体で?

だが距離が近くなっていることは、そうでなければ説明できない。

しかも目に見えて速度が上がっている。



「……俺が時間を稼ぎます。2人は先輩を早く安全な所へ」



2人とも一瞬だけ躊躇する素振りを見せたが、背に腹は変えられないと悟ったか「すまない」と言い残してそのまま進んで行った。


《壁》を展開する。

柔化、硬化。摩擦の強弱。そして切断。

この異能力の全力で挑むしかあるまい。



◆◆◆



「この状況で何言ってんの?」


「いや、ふざけてるわけじゃないんだ。なんか色の違う粘土をくっつけて人型にしたみたいなのが見えたんだ」



この学校の全ての人間の形はそれぞれだし、個人で〈色〉はバラバラだったが、1人につき一色だった。

だが俺が見た人間は、覚えているだけでも5つ以上の色があった。

それを説明したら、赤井は合点がいったのか



「つまり《譲渡》の異能力ってこと? わざわざ真田くんを使う必要はあったのかしら?」


「『なにせ並大抵の人間じゃここまで強化させると死んじゃうからね。その先の可能性がある彼を使うのが手っ取り早かったんだよ』」


「あっそ。で、あんたは満足のいく結果だったわけ?」


「『そこそこね。さて、この体で動くのもそろそろ限界が近い。あとは任せたよ』」



それを最後に、もう彼が俺の頭の中に出てくることはなかった。



「さて、問題は何も終わってない。私は榎本と合流するけど、その前に保健室に連れてってあげる」


「いや、でも」


「これ以上あたしが君を独占していると、さっきからあそこで見てる彼女に怒られそうだからさ」



彼女の目線を追うと、何故かこっちをじっと見ている優香がいた。



「一応、異能力で偽装はしてるんだけどね。恋する乙女の嗅覚はごまかせないや」



小柄な体躯のどこにそんな力があるのか、赤井は俺をお姫様抱っこで保健室に向かって歩き出した。



◆◆◆



正面から突っ込む。

馬鹿みたいな方法だが、いつも通りだ。

さっきみたいな攻撃をくらうことも想定し、とにかく《壁》で出せる最大速度で体当たりを仕掛ける。


電撃と火炎は見飽きた。

肉の鞭に絡めとられるが、一瞬だけ《壁》を消して再発動することで肉を断つ。

明らかに俺を警戒対象に選んだのか、塊が急速に近づいてきた。

あとどのくらい《壁》は持つだろうか。


俺が最終的に選んだ《壁》の性質は硬化。あれを遠くに弾いたら問題が増えそうな気がした。

ただし俺の《壁》は基本的に球体状でしか展開できないため、他人のように形を変えて尖らせたりすることは無理だ。

あくまで打撃としてのみ。

この速度でさっきと同じように本体を削れたら儲けということにしておこう。


バチンッ‼︎ という鈍い音の次に、俺の視界から肉塊が消える。



「あれ?」



あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまう。

俺の体は《壁》ごと肉を貫通していた。


しかも今度は再生もしない。それどころかどんどん塊が萎んで元の人間の形に戻っていく。同時に体のあちこちから血が噴き出した。

最終的に、血溜まりの中に全裸で仰向けで大の字で横たわる男が残った。

すげー絵面。


《壁》を解除した途端、肉が腐った刺激臭で鼻がもげそうになった。

これ死んだ?

明らかに致死量を越えてる失血に見えるんですが。



「……」



おっとまだ生きている。

口を酸欠になった金魚のようにパクパクさせ、俺を見て何かを訴えている。



「おい、大丈夫か!」



さっきの軍人さんが戻ってきた。でも臭いが相当キツかったのか顔をしかめた。



「こ、これは一体……? 勝ったのか、君は?」


「えーとですね、そうだったら、いいな、としか……」



最初からこうすれば良かったのか? 

でもそれなら最初の攻撃の時点で終わっていたはずだ。

まるで俺が自分で攻撃するのを待っていたかのようにも––––


いや、それはないか。



「––––さすが、人殺しは躊躇ねえなあ!」



あれ、マジで狙ってた。

死にかけてるのに、よくそれだけの声量が出たな。



「だがおまえもここまでだ! 俺の死は––––」



ブツッ。

そんな命が切れる音が聞こえた気がした。

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