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文化祭 戦闘編④

 赤井が病院に確認を取ると、例の教師は既に病室を抜け出しており病院側もパニックになっていた。

 俺は優哉に電話したが、コール音が鳴るだけで反応はない。頭の中で『うわちゃー、出遅れたかー』なんて呑気な声が聞こえるけどガン無視する。



「榎本に電話してるなら諦めなさい。ここにくる途中で修羅場に巻き込まれてるから」


「修羅場?」


「正確には伊藤くんのだけどね。普通に合流しようと思ったらなんか女がらみで面倒なことになっててさ」



 平和ボケした連中のイザコザに巻き込まれたくなかった赤井は優哉を残してきたらしい。



「メンツがメンツだけに、あいつらが余計なこと知ったらパニックが鼠算式に増えそうだから、榎本には上手く取り成すようにお願いはしてきたけど」


「おまえ……伊藤の無自覚ハーレムは普通の男なら恐れをなして近づくことすらできねえってのに」


「そうなの? 悪いことしちゃったかな?」


「俺が知ってるだけでも同級生、年下の幼馴染み、先輩、教師、他校の生徒がいるはずだ」



 彼女は2、3回瞬きすると



「なんでそんなにバリエーションに富んでるの?」


「知るか。あいつがジゴロなだけだろ」



 個人名を出さないのはせめてもの温情だ。



「とにかく榎本は使えない。頼るなら他にしな。私は先生たちに電話するから」



 赤井は非情な現実を叩きつけてきた。

 死にそうな2人を放置していくことも考えたが、こいつらが死んだら敵は益々遠くに行ってしまう。

 どうしよう。

 赤井が電話に出た先生にまた怒鳴っていた。彼女にとっては年齢でビビることはあまりないらしい。


 すると携帯が鳴った。相手は優哉。



「もしもし?」


『おまえぶっ倒れたのにもう回復したのか? イタ電かと思って取るの躊躇したわ』


「なんとかな。そっちは大丈夫なのか?」



 後ろからやたら不穏な音が聞こえる。悲鳴とか怒号とか奇声とか。

 しかしあいつも、この程度のことでは動じる素振りすら感じさせないくらいには胆が据わっていた。



『やっぱり尻拭いは本人にさせるのが一番だからな。で、どうした?』


「実は––––」



 今度は優哉に経緯を説明した。



『ほう、つまりあの先生がグルだったと?』


「そういうことになる。今俺と赤井で2人の手当てしてるから、離れられないんだ」


『分かった。どうせ逃走経路は決まってるんだ。校門前で待ってたら必ず来るだろ。。とりあえず俺もそっちに行くから、太一の方は任せるよ』


「了解」



 俺が通話を終えるとほぼ同時に赤井もこっちを向いていた。



「それで真田くん、さっきのあれはどうしたの?」


「『あれ』?」


「手に纏ってたヤツ。関わりが薄いなら切った方が身のためだよ。あれは身近にいたら厄介だから」


「赤井は知ってるのか?」



 彼女は見たこともないほど顔を歪め



「……世界最強の能力者よ。異能力は《吸引》。生命だけじゃない、あらゆる〈力〉を吸収して自分の糧にする。他人が死んでも自分が生きていればそれでいい。そういう奴」


「へ、へえ……」



 今、体内にとんでもない奴がいる。冷や汗が出てきた。



「な、なあ。もしかして優哉の異能力なら通用するのか?」


「何で知ってるの⁉︎」



 おまえも何で知ってるんだよ、とは言えなかった。



「いや、ちょっと色々あってな。知ったのは偶然なんだけど」


「……確かに通用する。実際に衝突したことはないけどね」


「確証もないのに、信用してるのか?」


「あいつは性根は腐ってるけど嘘はつかない。本人がそういうならそうなんでしょ」


『私が彼とぶつかっちゃうと問答無用で抉られるから、あんま顔合わせたくないんだよねー。隠れ蓑が丁度よく見つかって良かったよ』



 いきなり会話に割り込んできた。こういうところが嫌われる要因だろう。ちなみに俺の脳内でのことなので赤井に聞こえているかは分からない。

 言おうか言わまいか悩んでいると、いきなり腹の中まで響く轟音が響いた。



「なに⁉︎」


「ちょっと待て」



 異能力で学校をサーチする。

 原因はすぐに見つかった。


 2人の人間が異能力を使って戦っている。

 片方は電気、もう片方は大量の液体。異能力だけで発端が分かった。


 話し合いは決裂、両者とも実力行使に出たようだ。



「安心しろ。ただの痴情のもつれだ」


「この学校、それでこんなになるの?」



 多少ドン引きされてしまったが仕方ない。

 それにしても先輩の雷はここまで威力を上げたのか。ますます敵に回したくない。



『文化祭って男女の交際率高いよねえ。彼のように複数の相手を返事もせずにキープしておくのは倫理的にもまずいと思うんだけど、君はどう思う?』


『勝手に話しかけないでください。それはあいつの問題であって俺が口を出すべきところではないですから』



 そもそもあいつが女子からの好意に気づいているかどうかすら怪しい。



「とにかく、榎本が戻ってくれてるなら安心だ。今はこいつらを保健室に連れて行こう。病院だと最悪鉢合わせするかもしれないし。真田くん、そっちの女の方お願い」



 赤井はその小柄な体に見合わず、大川の巨体を軽々とおぶるのだった。



 ◆◆◆



 校門には俺以外にも先生たちが数名集まっていた。

 中の警備にあたっていた私服軍人もいる。その中に見知った顔があった。



「彩乃先輩じゃないですか」



 この学校を中退した先輩は、俺を見つけると明るく手を振った。



「やあ後輩、久しぶり」


「軍に戻ったんじゃなかったんですか?」



 先輩はニッと笑って犬歯を覗かせた。



「今日だけ生徒に戻りに来ただけ。それにしてもややこしいことになってるね?」


「いやあマジで大変ですよ。なんかゴチャゴチャして俺も全部は把握してないです。今どうなってるんですか?」


「生徒に危害が及ばないように警護するグループ、生徒のいない箇所を捜索するグループ、で、ここで相手を待ち構えるグループの3つに分かれてる。にしてもあんた、トラブルに首突っ込むの好きだねえ。まあ、前に勝手に巻き込んだあたしが言えることじゃないんだけどさ」


「ホントですよ⁉︎」



 軽口を叩いていると、先生の一人が「おい、こっちに向かってるらしいぞ!」と叫んだ。

 直後に、さっき聞こえたものとは数段違う振動と音が響いてきた。



「つーかこれ、地響きしてない?」


「彩乃先輩、してないなんてどころじゃないですよ––––⁉︎」



 大地震のように地面が揺れ、舗装されているはずの地面にヒビが入って爆発した。たまらず異能力を発動して上に飛んだ。

 下の土もろとも爆発させたようで土煙がひどい。降りたはいいが周りが見えない。



「せんぱーい! 大丈夫ですか⁉︎」


「私だけじゃなくて他の人の心配もしてあげなよー」



 声のした方に、なにやら黒くて楕円形の物体があった。

 彩乃先輩は《糸》を作り出す能力者だ。本数だけで言えば指先から出せる10本が限界だが、それらを縒り合わせるで凄まじい強度のロープを作ったり、編み込むことで防護服を作り出せる便利なものだ。

 あの一瞬で、繭状のシールドを作り出していた。消そうと思えばすぐ消せるのだから本当に使い勝手がいいと思う。1本だけなら肉眼では見えないほど細いのに、器用な先輩だ。



 吹っ飛ばされた先生たちも全員対処できているのを見て、ようやく「あ、この人たち異能力のエキスパートだった」と初めて思った。



「それにしても、これは手酷くやられたね。文化祭はさすがに中止にしないとまずいんじゃない?」


「もう手遅れですよ。それにしても、今のは目眩しですかね?」


「どっちとも言えないなー、とにかく事務室を確認しないと」


 正門は現在、鋼鉄の扉で封鎖されている。開けるには正門事務室のスイッチを押さなければならない。

 異能力で突破するのは不可能だそうだから、外に出るにはこれしか方法がない。


 案の定、事務室をこじ開けようとして苦戦している件の教師がいた。



「大人なんだからさー、そろそろ腹括ってくんないかなー」



 彩乃先輩が手首を鳴らした。



 ◆◆◆



 再び拘束された2人だが、正直いつまで生きられるか分からない。

 保健室のベッドでそのまま臨終を迎えそうだ。

 小宮山先生に突然抜け出したことについて説明を求められそうになったが、赤井がそれを遮って俺を部屋の外に連れ出した。



「それにしても、あんたが他人に協力するとこなんて初めて見た。一体どういう風の吹き回し?」



 赤井の言葉に反応したのか、俺の口が勝手に動いた。もちろん声も俺で。



「『ブラック企業のホワイト上司を休日に叩き起こして最低限の情報だけ与えた結果がこれだ。私が行けば事態の収束は速いが、根本的解決にはならないから』」



 俺にはさっぱりだが、赤井は何かを察したらしく



「……鶴宮さん? 相変わらずバケモンじみた頭ね……」



 静かに納得していた。



「そうなると、ここまで後手に回ったのはあの人がこの件に参加してなかったから? もうちょっと早く情報が入っていればあの2人も助かったでしょうに……」


「『それについては同意だ』」


「なるほど、最小限の犠牲があの2人ですか。だったら、これ以上は死人は出なさそうですね」



 赤井は安堵の息を漏らした。なぜ敬語に切り替わったのかはあえてつっこまない。



「『あの人が言うには「どうやっても死人は2人」だそうだ。あの2人がどの時点で手遅れだったかについて明言を避けてるあたり、もう随分前の話なんだろうね』」


「とにかく、最後にクソ教師をとっ捕まえて色々とゲロしてもらわないと」


「『上手くいけばいいけどね』」


「は? まだ相手が隠し球を持ってると?」


「『隠し球っていうか––––』」



 続きは、今日最大級の爆音にかき消された。




 ◆◆◆




「……彩乃先輩、何か言うことはありますか」



 俺の目の前で彼女はひっくり返っていた。こんな格闘技の技があったような。



「余裕ぶっこいてフラグ回収するのが仕事ですか?」


「辛辣だなあ。でもああなると捕獲は無理よ」


「まあ、そうですが」


「あんな情けない存在になるよりは、こうやってボコられる方がまだマシよ」



 その「情けない存在」は死にそうな声で助けを乞うている。

 自分の体が勝手に暴走したら無理もないか。


 先輩が拘束しようとした直後、教師の体が膨張したのだ。皮膚が裂けたと思ったら中から得体の知れない肉塊が飛び出し、形を変えたと思えばこちらに攻撃を仕掛けてきた。


 さっきと同じように先輩はガードしたが、今回はまともに吹っ飛ばされてしまった。他の大人たちも応戦するが、なぜかまるで歯が立たない。燃やしても凍らせても効果がない。切断しても数秒で再生する。

 その間にも肉塊はどんどん大きくなっていく。



「で、あのグロい状態はなんなんですかね」


「ありゃぁ、あいつも複数の異能力持ちが確定してるからね……。単純に暴走したとも言える。だけどあの感じだと逆に()()()()()()()()()()()んじゃない?」


「はい?」



 先輩は立ち上がると埃を叩く。



「あいつも結局は捨て駒。使い終わった紙コップはゴミ箱ぐらきしか行き先がないのよ」


「ああ……」



 敵の相手がどこからどこまで捨て駒なのか分からなくなった。

 肝心の親玉は姿の片鱗すら見せていない。



「にしても、あれは本人の意思とは無関係に動いているようにしか見えないんですが」


「自律防御できる異能力も少なくないからね。多分その応用だ」


「へー、異能力ってそんな便利な機能あるんですね」


「その異能を持つ君が言うか? おっと世間話はこれまでだ、ほら」



 ベチャッ。

 いつの間にか展開していた《壁》に肉塊が付着していた。

 あー、ピンク色が生々しい。触手みたいなのがウネウネしている。



「オラァ!」



 彩乃先輩が《糸》で肉塊を細切れに刻む。

 しかしすぐに元通りに再生してしまう。何というか、攻撃する度に膨張と再生の速度が増しているような……



「これ相手にダメージは通ってるんですか?」


「《衝撃吸収》とか、《吸引》とかが絡んでたら間違いなく通ってない。だけどあいつの感じはどっちかっつーと《再生》だ。しかも状況に応じて再生速度が変わるタイプだな。こりゃ相手が死ぬまで相手しないといけないかもね」


「どのくらい?」


「あたしの経験則から言わせてもらうと20時間くらいかなー」



 耳を疑った。



「『時間』? 『分』じゃなくて?」


「ただ再生するだけならまだしも、再生した部分の攻撃力が高まってる。再生の速度と規模も合わせて計算すると最低でもそんな感じ」



 疑問が浮かんだ。



「攻撃力や規模や再生速度が速くなるなら、体力の消耗も比例して高くなるんじゃないですか?」


「逆だよ逆。異能力ってのは使ってる間、本人の体内で常に効率化が進んでる。少ないエネルギーで同じ結果が得られるようになったら楽でしょ?」


「それは、そうですけど」



 しかし俺の異能力はそんな成長を見せたことはない。どんなに使っても使える時間が延びたことはない。



「気になるのは分かる。でも今はあいつを潰さないとねっ!」



  十数本に分かれた肉の鞭が振り下ろされる。別に金属が付いているわけでもないのに、なんでここまで破壊力があるのだろう? もう校門前は滅茶苦茶だ。

 避けようがないので《壁》を〈硬化・摩擦はなし〉に指定する。

 彩乃先輩はさっきのようにシールドを張るのではなく、触手に糸を絡めて動きを鈍くさせていた。

 罠に掛かった動物のように肉が暴れる。



「よくやった松村中佐! そのままそいつを拘束して––––」



 なんて声が聞こえたが、上手くいくわけもなく。囚われた部分を自ら引き千切って無理やり拘束を逃れた。

 グロいトコロテンといったところか。

 それでも再生は止まらない。

 これじゃ堂々巡りだ。



「聞いた話だと、あいつらはなんかのデータ回収が目的なんでしょう? このままじゃ目的は達成されないんじゃないですか?」


「そうなってくれればありがたいけど、今は異能力だけ注意すればいいってもんでもないからねっ!」



 先輩の言葉の真意を考える暇もなく、5メートルほどに肥大化した肉塊が今度は火炎放射やら電撃やらを更に強引に撃ちまくってきた。

 なんかもう何でもありだ。「こりゃあ打つ手ねえなあ」なんて諦めムードな人までいる。

 大人が諦めんなよ。

 俺もいつまでも傍観しているわけにもいかない。異能力を発動し、肉塊に狙いを定め––––



「ちょっと後輩⁉︎ 何してんの⁉︎」



 俺の《壁》を先輩の《糸》が縛っていた。



「一応協力しようかと……」


「あれに接近戦はまずいって! 下手すると取り込まれるよ⁉︎」



 確かにアレに挟まれたら生身の体はひとたまりもないだろう。

 ふとこの状態の自身を見て、あの日の景色を思い出した。



「先輩、覚えてます? 初めて共闘したとき」


「え? なんのこと?」



 コイツ、素で忘れてやがる……。



「ヨーヨーの要領でぶん投げてくれれば、先輩の《糸》で俺の体回収できるでしょ?」



 やっと思い出したのか、先輩が笑みを浮かべた。



「……ああ、なるほど?」

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