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文化祭 戦闘編③

「太一っ! 大丈夫⁉︎」



 遠くの声で目が覚めた。でも体が動かない。目の前は優香の顔しかなかった。

 ……俺は何をしていた?

 確か小宮山先生に呼ばれて––––

 そこから先の記憶がない。ベッドに寝ているところを見ると保健室に運ばれたらしい。



「……、………」



 口も思うように動かない。

 俺に覆い被さるような位置にいる優香が「え⁉︎ 何⁉︎」と耳を口元に近づける。


 そうだ思い出した。

 文化祭実行委員を捕まえないと。起き上がろうとして初めて倦怠感が襲ってきた。びっくりするほど首から下に力が入らず、意識と体がバラついていることに気付いた。

 学校の中には実行委員長たちの分身が最低でも4体いる。恐らくその全部が《生命力吸引》を持っている。倦怠感の正体はそれだ。 

 多分5組同時に感知したときにカウンターを喰らったのだろう。

 読みが甘かった。俺が探すことも《未来予知》で分かっていたのだ。



「優香、おまえ……、なんで、ここに? 仕事……、あるだろ」



 やっと動いた口で辿々しく尋ねると



「え? 実行委員長たちが帰ってきたから。それに太一が倒れたって聞いて」



 あいつらが帰ってきた?



「太一を放り出して仕事するほどあたしだって馬鹿じゃないよ〜、……どうしたの?」



 俺が返事をする前に、小宮山先生が保健室に入ってきた。



「二瓶、一旦教室に戻ってくれ。世話なら今から太一のお姉さん来るから」



 不服そうだったが、俺が促すと優香は大人しく戻って行った。



「……さて、あいつらの捕縛は人に任せるとして、おまえ体に体力を抜かれた以外に異変はないか?」


「今のところは。俺が気付いてないだけで何かされてる可能性はありますが」



 少し体力が回復したのか、さっきよりはうまく喋れた。



「そうか。とりあえず無事なら良かっ」



 口が止まった。

 目が俺を見ていない。



「––––どうした、それ!」



 俺があたふたしていると先生はスマホで俺の写真を撮って見せてきた。


 俺の右耳が異様なほど黒くなっていた。内出血の色じゃない。まるで耳だけ別の素材で作ってくっつけたかのようになっていた。

 まだ腕が上がらないので先生に頼んで耳に触れてもらった。



「触った感じは……普通だな。体温もある」



『色』だけが綺麗さっぱり消えていた。そこだけ下手なCGを被せたかのように。



『はーい、大人しくしてねー』



 いつかどこかで聞いた、気持ち悪い声が脳内に反響した。



 ◆◆◆



「それで榎本、残りの奴らの居場所は分からないの?」


「太一が倒れたから聞けなかった。伊藤のところが不発だとすると、地道に探すしかねーな」



 俺と赤井は人が少ない学生寮付近を捜索していた。

 だが隠れられそうな場所も少ない。

 赤井が大きなため息を吐いた。



「あんまり荒立てると学校がいろんなとこから管理責任問われるからなるべく人に見られないように決着つけないとね」


「めんどくせー」



 もうここまで来たら恥も外聞も捨てて文化祭は中止にしろよ。

 往生際悪いな。



「しっぶい顔してるね」


「あのなあ、文化祭を潰されそうになってるのに渋い顔をするなと言う方が無理あるとは思わんのか」


「まあ全国的に見てもトラブルの重なり具合はピカイチだけどね。何かしらのトラブルはどこの学校も抱えがちだけど、この学校は特段酷い」



 赤井の目が俺をじっと見ている。



「……それは暗に俺のせいだって言いたいのか?」


「否定できないでしょ? 未知数の異能力なんてテロリストからしてみればヨダレが出るほど欲しいだろうから。《拒絶》を超える圧倒的な防御性なんて普通あり得ないし。あんたを餌にすれば結構な数の悪い奴らが群がってくるよ?」


「俺はゴキブリホイホイか?」


「あんたの業でしょ? 甘んじて受け入れなさいな」


「俺の異能力は罪なのか?」



 幾らかシビアな人生を送ってきたとはいえ、こんな子供の口から「業」なんて単語が出てきたことに驚きだ。



「私の異能力だって似たようなもんよ。誰かに成り済まさないと今までは生きてこれなかったし」



 淡々と語る少女の過去に興味はない。

 だが異様な重みを感じたのも事実だ。



「……さて、この辺にはいないみたいだし場所を変えようか」



 赤井が立ち上がる。



 ◆◆◆



『久しぶりだね真田太一くん。元気だった?』



 頭の中で声がする。あの夏休みの記憶が蘇った。

 あいつだ。

 遠くの相手と電話を使わずに会話できる《念話》を使っているらしい。

 それなら



『なにかようですか』


『つれないなあ。君たちの文化祭が潰れないように協力してあげようってのに。まあ私の用事もあるんだけどね?』


『……』


『生憎私はそっちに行けない身でね。君の体を借りたいんだ。お互いに悪い話じゃないはずだよ? 少なくとも君の恋人に火の粉がかからないくらいにはできるはずだ』



 この学校で起きている事態を知っている。

 それでいて学校の関係者でも軍人もでないとなると、こいつが文化祭実行委員長たちの黒幕ではないだろうか。

 一瞬そんなことを考えた。



『俺に寄生してたのか?』


『君の異能力も私にとっては必要でね。夏休み以降時々()()()()()。聡明な君ならこれ以上の会話は要らないよね?』



 一択しかない選択問題をやらされている気分だった。

 この感じだと断ったら即殺される。根拠はないが確信していた。



『……意識まで乗っとるのは勘弁してください』


『やっぱり君に寄生して正解だった。まあ指示通り動いてくれれば問題ないから』



 相手の言葉が終わる前に、体力が急激に回復するのを感じた。遠隔操作でここまでやってのける異能力が空恐ろしいが、今は気にしている場合ではない。



「どうした? 大丈夫か?」



 先生が心配そうに覗き込んでいた。



「ええ……大丈夫です」



 想像以上に体が軽い。

 今まで生きてきた中で最高のコンディションに近い。



『具体的に何をさせるつもりだ?』


『もう一度、君の異能力を発動させてほしい。大丈夫、次はさっきみたいにはならないから』



 言われたとおり、異能力を発動する。



「……!」



 さっきよりもスムーズに、相手の所在が判明した。

 しかも探知した直後に分身体と思わしき2組の男女が消えた。



『さあ、残った人のところに行こうか。ただし行くのは君だけだ』



 俺は先生の制止を振り切って保健室を飛び出した。


 ◆◆◆



「はあ? 分身体が急に消えた?」



 捜索場所を変えている途中で、赤井に着信が入った。

 そして彼女の開口一番がこれである。



「『急にいなくなってこっちも困ってる』って、知らねーよ! とにかく、それは本体が弱体化してるか分散した体力の消費を止めたかのどっちかだ! 油断すんなよ!」



 耳から離すなり乱暴に終話ボタンを押した。勝ち誇った顔が眩しい。



「榎本、聞いたでしょ。これで惑わされる可能性はゼロになった」


「やっぱ無理してたのかな?」


「知らねえけど、とにかくこれであいつらをとっちめられる!」



 息巻いているところ申し訳ないが、このご時世で「とっちめる」をリアルで聞くとは思ってなかった。


 遠くで文化祭2日目の開催を知らせる号令が鳴った。



 ◆◆◆



「……これはどういうことだ?」



 異能力で探知した場所は、学校の屋上に繋がる扉がある階段の踊り場だった。

 見つけたら一発くらいは殴るつもりで攻め込んだのだが、俺が見たのは死人のような土気色の顔をして寄り添うようにぐったりしている委員長と副委員長だった。

 2人ともこちらに気付いてすらおらず、目は半開きできちんと見えているのかすら分からない。



『あ、不用意に近づかないでね?』



 忠言一歩遅く、俺はそいつらに軽く歩み寄ってしまっていた。

 するとセンサーに反応したかのように2人の首がこっちを向く。

 そしていきなりスイッチが入ったかのように飛びかかってきた。

 どこにそんな体力隠してたんだ⁉︎



『思ったよりはマシなようだね。さて––––』



 脳内で勝手に独り言を呟くと、俺の両腕に黒い何かが流れ出した。恐ろしいことに温度や質感が一切ない。

 不気味すぎて吐きそうになるのを我慢する。

 わずか数秒で俺の両手は真っ黒に染まった。



『これで2人に触ればいい。すぐにカタが着くから。どうした?』


「襲われてんだよ!」



 思わず叫んでしまった。だけど仕方ないと思う。委員長の方が据わった目で睨んだかと思うと、右腕を大きく横薙ぎに払った。

 反射的に避けると背後にあった壁に横一線が入った。



『だからビビらなくていいって。なんならそのまま受け止めても構わないんだよ? 全く、この状態になってから近づけば良かったのに、人の話聞かないから』


「そんなこと言われても……!」



 脳内のヤツは呑気にしている。



『君は人生の都合上喧嘩慣れしてるだろう? その時を思い出せば要領としては一発よ』


「普通のケンカとっ、能力者の殺し合いを、一緒に、すんなっ!」



 副委員長が常人ではあり得ないような速度で拳を突き出してくる。

 恨み言をぶつけながら相手の攻撃を紙一重で避ける。当然ともいうべきか委員長の攻撃で亀裂の入ったコンクリートは副委員長の拳で鉄筋が剥き出しになる程崩れた。

 あれはもう人間サイズの重機だ。建物の解体が始まりかけていた。

 生身の殴り合いでも打ち所が悪ければ死ぬ。だが能力者が相手だと掠っただけでアウトな場合もあるのだ。

 現に、コンクリートを切断できるだけの異能力相手では勝ち目がなさすぎる。



『なら変わって』



 脳内でそう聞こえたときには、俺の体は自由が利かなくなっていた。

 と思ったら2人に向かって突進していた。



「何やってんだ⁉︎」


『サクッと蹴りつけないと面倒なの。やる気がないなら邪魔しないで』



 淡々と、事務処理でもするかのような口調だった。

 見えない刃と、ハンマーと化した拳が目の前に迫ってくる。


 ぶつかる……!


 情けないが、目を瞑ってしまった。



『ま、一度しか会ってない相手だ。信用しないのが当然だね。君の判断は賢明だよ』



 恐る恐る目を開けると、左掌で相手の拳を受け止めていた。右手は、掴んだ感触は無かったものの何かを握り潰したような動きをしていた。


 一瞬、全ての動きがスローになった。


 そして2人とも、バタリとその場で倒れて動かなくなった。



「おい……死んでないよな?」


『恋人のためなら平然と人を殺しそうな君が言うのもの説得力に欠けるけどねえ。安心しなよ、気絶してるだけだ。まあ彼らを責めてやらんでくれ。彼らも利用された身だ』


「は?」



 この期に及んで何を言うのかと思っていたら



『さっきの彼らの時点でもう半分くらい死にかけていた。これ以上の複数の異能力の使用は命に関わるよ』



 物言いに違和感を覚えた。



「こいつら《譲渡》で異能力を持ってるんだろ? だったら別にリスクなんて」


『《譲渡》なら、ね』


「え」


『今の世界でオリジナルの《譲渡》はもう使えない。彼らは劣化版の実験台にされたのさ。はっきり言おう。もう助からん』



 いきなり投げ出した。



「助からないって……どうするんだよ⁉︎」


『どうするも何も、今の戦闘で彼らの命は尽きた。それにそっちの雌が死ねば、彼女の《亜空間》に隠された君のお目当てのお宝もゲットできるよ?』


「ちょっと待て、この状況を他の人に見られたら……」



 俺が殺したと思われる。



『それについては安心したまえ。助からんとは言ったがすぐには死なせない。まだこいつらには残された仕事があるからね。ちょっと彼らに触ってくれないか』



 いつの間にか、体が思うように動かせるようになっていた。

 息をしているかすら分からない彼らに、恐る恐る触れた。



『バカだねぇ?』



 心臓を握り潰されたかと本気で勘違いした。

 ここには3人しかいないし、どうせ俺の頭の中にしか聞こえない声だ。

 でもここまで侮蔑が篭った言葉は初めてだった。

 哀れみも、同情もなにもない。


 あるのはただ、目の前の不幸に対する歓喜。


 俺も大人の意地汚い世界は散々見てきた。そのつもりだった。

 一体こいつは何を考えていきているんだろう。助けてもらったけれど、こいつはこの結末を望んでいたような気がした。


 まだ呼吸はしている。だけどかなり浅い。

 長くは持たないというヤツの言葉に嘘はなさそうだった。



「おーし見つけ……た……ぞ?」



 意気揚々と階段を上がってきたのは赤井だった。そして俺の姿を見て固まった。


 逃げ回ってた犯人がこうも呆気なく地に伏しているのを見たら、俺も同じ反応をしただろうけど。

 だが彼女の目は倒れている2人ではなく、俺に向いていた。



「あんた、その手……」


「あ、これは––––」



 赤井は躊躇なく俺の手を踏んだ。

 迷いなく踏んづけた。



「ちょ……あの……」


「何してんだテメェ。カタギに手ェ出してどうするつもりだ? あ?」



 いきなりの暴言にビビった。

 まさか赤井はこいつらの味方なのか?



「協力? どうせおまえのことだからいつもみたいに旨い汁だけ吸っていくんだろう⁉︎」



 こっちは何も喋っていない。あれ、この流れは



「うるせえんだよ偽善者が! さっさとこの人から離れろ!」



 すると両手の色が元通りになっていった。



『やれやれ、うるさいのが来たから私は少し引っ込むよ。頃合いを見てまた出てくるから』



 それっきり、脳内で呼び掛けても一切答えなくなった。



「真田くん、あんた大丈夫? どこで〈あれ〉にやられたの? 踏んじゃってごめん。ちょっと気が動転して」



 軽く土下座しかけた赤井をなだめて、とりあえず倒れている2人を捕まえた。

 そして今までの経緯を話した。



「……なるほどね。なら盗まれたモノが返ってくるのは時間の問題として、あいつがこの2人を生かした理由は? これ以上にこいつらに何を望むの? 新種の能力の実験台ってことはどうせ死んでも変わりはいるだろうし」



 俺も知らないので頭の中で問いかけてみるが、反応は一切ない。拗ねた子供か。

 しばらく考え込んだ赤井が、何かに気付いたのか目を見開いた。



「データ回収……」


『なんだ分かってるじゃないか』



 赤井がギロッと俺を睨む。どうやら彼女の脳内にも聞こえたらしい。



『まあこの学校は私が細工してるから異能力で情報を抜き出すのは無理だ。だからこの2人の体にはデータ採取用の機材が埋め込まれてる。そして現在進行形でそのデータを受け取っている奴がいる。ついでにそいつが彼らに機密情報を流した協力者でもある。最後に彼らを監視してた教師がそれだ』



 いきなり全ての謎を解説してしまった。



「……その教師、確か捜索には参加してないわね。怪我はないけど、何か異能力を食らった可能性があるってことで」



 赤井の言葉に戦慄が走った。このままだと逃げられる。



「じゃあ、そいつが今回の黒幕ってことでいいのかしら?」


『正確には手駒の一部だ。こいつらが死んだのを確認した時点で逃げるだろうから、こいつらは強引にでも生かさなきゃならんのだよ』



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