文化祭 戦闘編②
優哉たちが逃亡犯の捜索をしている頃、同じく逃亡犯の行き先に先回りしている2人がいた。
1時間ほど待機しているが、逃亡犯はまだ姿を見せていなかった。
「あんた以外とツメが甘いのね」
「警備を舐めてた能無しのあんたらよりはマシじゃない? こっちはちゃんと捕まえたんだし。逃したのはそっちの落ち度でしょ?」
元上司と元部下が火花を散らす。
「今のあんたはどう呼べばいいわけ? 今度はどんな偽名使ってるの?」
「ここにいたときと同じ『赤井夏美』でいい。あと、今の私には本名はある。でも教えてやらない」
「別に知りたくない」
何の因果か、もう二度とこいつには会いたくないと願った者同士の組み合わせ。
緊急事態でなければ取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな雰囲気だ。
「で、ここに来るってのは間違いじゃないでしょうね? これ以上に軍の信頼が落ちたら、あんただってタダじゃ済まないでしょうに」
「他に逃亡できそうなところはない。ここで待つしかないのよ」
正門付近でしばらく待つものの、逃亡犯が現れる気配はない。幸い、生徒たちは全員校舎方面にいるため、ここには門の守衛以外、人はいない。
赤井はイライラを隠すこともなく
「……読み、外れてない?」
しかし花田は首を振る。
「だけどここ以外からは絶対に脱出できない。だって『あれ』が噛んでるから」
「『あれ』?」
「……『社長』よ」
赤井はギョッと目を見開いた。
「嘘でしょ⁉︎」
「残念だけど、もう軍ではどうにもできないから。鶴宮さんを通して正式に依頼することになった。文化祭の期間中、この正門以外から人間は出入りできない」
花田の顔には疲労が浮かんでいた。
「白紙に署名捺印するのと同じくらいのリスク負ってるじゃない……。軍ってそこまで弱体化してたの? 私が抜けてから半年くらいしか経ってないじゃない」
「トラブルが立て続けに起こってるのよ? 暇もないのに体勢が整えられるかっつーの」
「確かにトラブルが多くなったとは聞いてたけど……」
「––––ちょっと、あれ!」
花田に手を引っ張られた赤井は見た。
なんと件の2人が堂々と正門に向かって走ってくる。ここまでしていると本当に捕まえるべきなのか悩むほどに。
「とりあえず打ち合わせ通りにいきましょう」
赤井が正門前で異能力を発動する。
大人の花田を差し置いて赤井が出たのは、相手の異能力がやや不透明であるからだ。
本来であれば大川は《接着》、速見は《亜空間》。しかし逃走した際に現場に残っていた鎖を見た小宮山が「ここに鎖を切れるハサミってありましたっけ?」と聞いたことからある事実が発覚した。
あの2人は、他にも異能力を持っているのでは?
そもそも2人とも鎖を切断したり引きちぎったりするような異能力ではない。最初は第三者による協力が疑われたが、そもそもこの学校に鎖を切断できるような人間がいない。
その後、意識を取り戻した監視担当の教師が言うには「突然鎖が切れて、気がついたらやられていた」。
これにより、2人に出会っても決して近づいてはいけないと結論づけられた。
「さて、今の私でどこまで足止めできるのかね」
独りごちながら赤井は2人の前に姿を現した。
◆◆◆
「まずいですね、2人とももう正門です」
太一の分析が出るまで数分。ようやく口を開いたと思ったら状況はかなり厳しいものだった。
「あれ、だけどなんか動きが変ですね……あ、赤井が応戦してます。でもあんまり近づいてないというか、近づかないようにしてるというか……」
「あの2人は複数の異能力を持ってる可能性があるからな。よし優哉、飛べ!」
最初から太一に探させて。それから先生たちで叩けばいいのでは?
なんて気楽なことを考えた矢先。
「……はあ?」
急に太一の様子がおかしくなった。素っ頓狂な声を上げたかと思えば、顔をしかめ頭をコンコン叩き始めた。
「優哉、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「別のところにも……いる」
「「はあ?」」
今度はこっちが驚いた。
「分身が……校内に5組もいる!」
めんどっ!
あいつらどれだけ能力持ってるんだ?
「コケにしやがって……」
太一のスイッチが入った。目を瞑り神経を集中させる。姿を探すのに映像ではく音を探るようだ。
それにしても青筋浮かべなくてもいいのに。
「くそっ、心音まで真似してやがる……」
よほど集中したのか太一の額から汗が流れ始めた。
だがやがてガックリと膝をついた。
「ダメです……本物の判別がつきません」
滝のような汗のせいでTシャツがビショビショになっていた。
「となると、今赤井たちが応戦してる奴らも本物かどうか分からねえってことか。あいつらも考えてるな」
小宮山先生が腕を組む。
太一は乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返しながら
「……というより……逃げ出してから1時間以上も……学校の敷地から………出ようとしてないのも、おかしく、ないです、か……」
意外と冷静だった。
「つまりあいつらの目的は達成されてないってことか?」
「そう……なら……説明は……つくと思い……ます……」
「それが分かれば苦労はしないんだけどなあ。ま、それをさせないための《未来予知》なんだろうな」
相手は常に一歩先にいる。先手を取られ続けている。
「とりあえず先生たち何組かは正門の応援に行ってる。他の先生たちに連絡して他の分身体を潰してもらうしかないな。太一はソファで休んでろ」
「すみません……」
予想以上にダメージを負っていたのか、1人では立てず先生と俺で両脇から支えて寝かせた。
先生が怪訝な顔になる。
「どうしました?」
「いや、いくら全力で使ったからってこんなに体調が崩れるかなって」
「え」
一瞬、時間が止まったような気がした。次の瞬間、先生の顔が見る見る真っ青になっていった。
「……太一。ちょっとごめんな」
小宮山先生が太一の体をあちこち触り始めた。
首や脈拍、さらには心臓あたりに耳を当てる。
「優哉、すまんが保健教諭を呼んできてくれ。それが終わったらすぐに赤井たちと合流してくれ!」
「は、はい!」
また俺たちは後手に回った。
◆◆◆
結局、俺が呼んだ保健教諭だけでは対処しきれず、病院から医者が来て診断したそうだ。
結論から言えば「体力を持っていかれた」らしい。
「《知覚強化》を広範囲に展開したのを逆手に取られたのでしょうね。かなり上位の《生命力吸引》も持っているのでしょう」
医者は小宮山先生にそう説明したらしい。
それを聞く前に俺は正門まで《壁》で飛んだ。何人か生徒に見られたが気にしてる暇はない。《壁》を通して正門付近を見ると、赤井らしき人物が膝を付いている。
既に数名の先生たちが応戦しているが、かなり苦戦している様子だ。
俺は2人の真上からダイブしたが、衝突した瞬間に2人の姿は消えてしまった。
「榎本……遅いよ……」
俺は彼女に手を伸ばしながら
「キツかったみたいだな」
「まーね。《生命力吸引》持ってやがった。近接戦だったら速攻でやられてたわ」
太一と違って軽い調子だったので安堵した。が。次の瞬間赤井が地面を殴る。
「一体何人殺しやがった……」
「気持ちは分かるが今は落ち着け。本体を見つけて叩けばいい」
「本体?」
俺は経緯を説明した。
1人の先生が悲鳴を上げた。
「5組もいるの⁉︎」
「正確には残り4組です。虱潰しにやっていけば必ずたどり着く」
先生たちが校舎に向かって走り出す。俺と赤井が残された。
赤井はフーッと息を吐き出す。
「《生命力吸引》が相手の時点で先生たちの勝ち目は薄いよ。隠蔽体質のおかげで接近戦以外はできないだろうから。まともに相手できるとすればあんたか伊藤光太郎ぐらいだね」
「伊藤か。まああいつの方が本来は適任だな。触れたら勝ちだし」
「でもいきなりお願いしても聞いてくれるかな?」
「おまえの中で一般人認識かもしれないけど、あいつも十分ヤバい領域にドップリ浸ってるぞ」
俺は伊藤の番号を呼び出した。
『なんだ?』
「学校の中にテロリストがいてその殲滅に協力してほしい」
しばし相手は黙っていた。
『……どんな企画だよ?』
「文化祭の企画でお陀仏が出たら来年から文化祭はボツになるだろうが」
『マジか』
「マジだ。相手の都合上、まともに戦えそうなのは俺とおまえだけだ。無理を承知で頼んでる」
『何がどう転んだらいきなり文化祭が戦場になるんだよ?』
「こっちが聞きたいくらいだ。ちなみにこのままだと一部生徒の個人情報がネットの海に放流される」
『……分かった。どこに行けばいい?』
とりあえず、人が少なそうな場所を指定した。
電話を切ったところで赤井が
「ねえ、あいつらってまだ学校の敷地から出てないんだよね?」
「《知覚強化》の能力者が言ってるんだから間違いはないと思うけど?」
「これだけ騒ぎを起こしておいてまだ物足りないっておかしくない?」
「俺に聞かれてもな……」
「分身体を作ってる時点で直接の戦闘を避けたがってるのは分かる。時間稼ぎだよね」
「それはなんとなく予想つく」
今度は俺のスマホが鳴った。
相手は伊藤。
「もしもし?」
『なあ、そのテロリストって生徒じゃないだろうな?』
「なんで?」
いきなり図星を突かれて焦った。
『今朝からいなかった文化祭の実行委員長が急に帰ってきた。でも先生の説明と違うって二瓶が言うから』
生徒と接触している?
ダミーを正門に向かわせたのは先生たちの注意を逸らすためか?
「伊藤、遠慮しなくていいからそいつら捕まえろ」
『了解』
相手が本物なら万事解決だが、ダミーでも危機を一つ潰したことに変わりはない。
「赤井、朗報だ。一組が伊藤と接触した。これで候補が減るぞ」
「もう? ダミー用意したのに時間稼ぎの意味ないじゃん」
「知らん。とにかく他の連中もさっさと潰そう」
さて、楽しい文化祭をぶっ潰してくれたお礼はどうしようか。
◇◇◇
「若さとは素晴らしいね。何をするにも躊躇がない」
「鶴宮さん、この時はマジで修羅場だったんですから。知っててスルーしたでしょう? 俺の記憶が間違いでなければ、軍の関係者がいたはずなんですけどね」
「私はこのときは別件でね。戻ったときにはもう終わってたんだよ」
「本当ですか……?」
初老の男は苦笑いを浮かべる。
「信用ならないかい?」
「ええ、もちろん」




