文化祭 戦闘編 ①
文化祭2日目の朝。目が覚めると時計は5時半を指していた。
普段は絶対に起きないのに、気分の高揚とは恐ろしいものだ。
太一たちを起こすのも気が引けた俺は1人で登校することにした。
昇降口は開いていて、中では先生たちが2人一組になって巡回していた。
教室に入ると、並べた机の上で丸まっている小宮山先生がいた。
足音を立てないように教室に侵入するが、先生が目を見開いた。
ロボットみたいで少し怖かったのは内緒だ。
「黙って教室に入ってくるな。さっきまで監視担当で、あの2人と一緒の部屋にいたんだぞ? やっとこれから仮眠だよ」
よく見ると、先生の目の下にはクマが出来ていた。徹夜で監視してたのか。
椅子を適当に引っ張ってくると、俺は先生の前に腰掛けた。
「……なんだ?」
「太一に俺のこと喋りました? 赤井がベラベラ喋ったせいで隠し通せなくなったんですが」
「ああ……聞かれたからな。それにあいつくらいは知っておかないと後々面倒だろ。これ以上不審に思われるよりはマシじゃないか?」
ぐうの音も出ない。夏休み明けから太一の態度が少し変なのには気付いていた。
やっぱり実家に帰らなかったのはまずかったか。
「まあ、そうですが……。ところで、あの文化祭組2人の親玉の目的が世界征服とか聞いたんですけど、本当ですか? 入学当初からずっとこの学校で起きた襲撃事件は、一つの組織によるものらしいじゃないですか」
「赤井に聞いたのか」
「ええ。奴らは何者なんですか?」
先生はムクリと起き上がった。
「さあな。現時点で確実なのは狙いがおまえってことくらいだ。日本円で10億も懸賞金掛けてんだ。おまえの異能力にそこまでの価値があるんだろ」
体育祭の時のあれか。
「でも生け捕りだけじゃなくて殺しても3億ってのはおかしくないですか?」
「おそらく、最初はコピーだけできればいいと思っていたんだろう。だが尾上の一件でそうもいかなくなった」
あの後、留置場であの先輩は俺の異能力を使おうとして死んだらしい。
その情報がどこから流出したかについて、先生は語らなかった。
「コピーしても使えなきゃ意味がないから、俺から引き剥がそうって算段ですか? それができなきゃ俺は邪魔だと?」
「無論、そのとき相手がどうなるかなんてことは俺も知らん。もちろん《譲渡》の力が正常に作用することも考えられる。そうなったらおまえどうする?」
「どうするもなにも死んでるじゃないですか、俺。せめてそのときくらいは異能力が助けてくれることを期待したいですね」
「なんでおまえの異能力って都合良くは助けてくれんのだろうな?」
「俺が一番聞きたいですよ」
最近になって、俺が気にするべきは「能力を使えない時間」よりも「能力を使える条件」なのではないかと思い始めた。
異能力の使用になぜ5分という制限があるのか、その時間が延長しないのはなぜか。
その辺りにヒントがありそうだ。二親に何かしたときと、尾上や一学期の中間試験のときの違い。
そこさえなんとかなれば。
「制限の理由だけでも分かれば万々歳なんですけどね。あの文化祭組なら多少は何か知ってるかもしれませんね」
「なら直接聞いてみるか?」
予想外の提案が来た。
「……いいんですか? 相手が相手ですから、もう少し厳戒態勢だと思ってましたけど」
「今のところは大人しくしてるし、おまえも狙いの一部ではあるからな。それが来るなら向こうも大歓迎だろ」
先生は「後で何か奢れよ?」と大人にあるまじき台詞を吐きながら案内してくれた。
◆◆◆
先生の話によると2人は校長室の隣にある隠し部屋のような場所にいるらしい。
「どーも、おじゃ––––」
ドアの先には大人が1人、倒れていた。倒れたパイプ椅子のそばに千切れた鎖と切断された鎖が転がっていた。
俺は目を擦る。悪夢でも見ているのだろうか。
冷静になるために、異能力を発動する。俺の異能力を使えば、異能力を使った偽装なら一発で見抜くことができる。
部屋の景色は、変わらない。
「どうした? 何かあっ––––」
続いて部屋に入ってきた先生は中を見た途端、青ざめた顔をして倒れている先生に駆け寄った。
すぐさま壁に掛かっている内線電話に向かって「緊急事態発生、教職員は直ちに校長室に集まってください!」と怒鳴った。
数分後、教師全員で校長室が芋洗場になっていた。
「《転移》は使えないんじゃなかったのか?」
「それは間違いありません。一体どうやって––––」
俺は一旦外に追い出され、することもないので廊下の天井を見上げていた。
幸い、まだ生徒には危害があった様子はない。さすがに逃走直後に騒動は起こさないだろう。
少し考えてみた。
この学校の壁は異能力では決して破壊できないようになっている。また、密室状態であれば《転移》を使うこともできない。
さらに、あの部屋には窓がない。そして唯一の出口は入るときも出るときも電子ロックを解除しなければならない。あれにも異能力による干渉は通用しないらしいから、完全に密室と考えていいだろう。
一体どうやって脱出を
「あの野郎ども、天井裏から逃やがった!」
……そういうことか。意外と古典的な手段だった。
「これまずいですよ……」
誰かが呟く。同時に校長室の雰囲気が重くなったのが扉越しでも分かった。
天井から逃げられたことがそんなにまずいのだろうか?
そこから急にボソボソとした会話になってしまったため、俺は壁に耳を当てた。
「……あいつら、校舎内を改造してやがる」
改造?
不穏な言葉の解釈よりも先に、小宮山先生が校長室から飛び出してきた。
「おお、優哉。まずいことになったぞ。あいつら天井に抜け道作ってやがった!」
「聞こえてましたよ。どうします?」
先生は忌々しげに顔を歪めながら
「……文化祭は続行だ。あいつらこんなもん残していった」
先生の手には二つ折りの紙がある。
〈文化祭を最終日まで続行しなければ生徒の安全は保証しない〉。
ご丁寧な脅迫文だ。
「あいつらが文化祭の続行に固執するからには、おまえ以外にも何かしらの理由は必ずある。今この学校から出られるルートは全部潰してあるから、正門以外の場所からは絶対に出られない。最終日までには必ず捕まえる」
時刻は午前6時半。そろそろ生徒たちも今日の準備のために学校に来る。
校長先生が先生たちに向けて
「とりあえず、文化祭実行委員に関しては急遽出かけているということにしておきましょう。任せられる部分は全て生徒にやらせて、先生たちは2人を探してください。戦闘になることも考えられますので、必ず2人以上で行動してください」
そして、奴らの狙いである俺は小宮山先生と一緒に校長室に缶詰になるのだった。
1時間後、頃合いを見計らって太一にメールを送った。
◆◆◆
優哉からのメールを受け取った直後、追伸が来た。件名に「校長室」。
優香に仕事を託して、俺は校長室へ走った。
中にいたのは優哉と小宮山先生だけ。そして先生から大筋を説明された。
「……というわけだ。悪いな太一、早速だがおまえの異能力で2人の居場所を探してくれないか?」
「それは構いませんが、2人を見つけたところで勝算はあるんですか? どうして昨日のうちにハードディスクを回収しなかったんですか?」
俺は正直怒っていた。奴らの狙いはあくまで優哉だ。にもかかわらず優香や他の人間まで巻き込んでいる。優哉は仕方ないにしろ、大人たちの杜撰な対応に嫌気が差していた。
「……今となっては言い訳にしかならんが、今日の午前中には回収できるはずだったんだ。軍から《亜空間》対処専門の人が派遣されてくる手筈になっていた。本来ならもう少し事務処理に時間がかかるところを色々とショートカットして早めておいたんだがな」
「その言い方だと、まるであいつらがそれを『知っていた』かのように聞こえるんですが?」
「そうだ」
先生の返答は無情だった。
「奴らの味方には《未来を知る》能力者がいる。確定したわけじゃないが、ここまで俺たちが後手に回っていることを考えるとそれしか思いつかん」
《未来予知》。数ある異能力の中でも特に希少性の高いものの一つだ。
かつて起きた大戦も、最終的には未来の読み合いが戦局を泥沼化させたとも噂されるほどだ。
だが最近はその手の能力者がいるという話は全くなかった。
「その異能力に対抗するには、おまえら2人が必要だ。太一の知覚で居場所を把握して優哉が叩く。それしか解決策はないと俺は思う」
優哉があんぐりと口を開けた。
「え、先生個人の意見ですか?」
先生は優哉を小面から見据えて
「いいか? よく思い出せ。《未来予知》が成功してるなら、今頃おまえはここにいねえよ」
そうか! 完璧に未来を見通せるなら、失敗することはない。
活路が見えた。
しかし優哉は特に喜ぶでもなく
「《未来予知》は完全じゃないってことですか」
「まあ結局は異能力だからな。それにおまえは異能力の性質上、動きが読みづらい。だから今まで上手くいかなかったんじゃないかと俺は思ってる」
この言葉の本当の意味を俺は後で知る。
だがこの時は、前日先生から聞いた情報と合わせて優哉だけがこの状況を打開できると確信していた。
「つうわけで太一、異能力で2人の居場所を探してくれ」
俺は言われたとおりにする。無生物を探すよりはずっと楽だ。
2人の居場所を見つけるのには数分もかからなかった。




