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文化祭 転換点

また期間が空いてしまいました……すみません。

「––––委員長っ!」


「へ?」


「どうした、さっきからずーっとボーッとしてるぞ?」



 目の前には宇田川の濃い顔がある。時刻は7時半。2日目の開催は9時からだが前日が盛況したのが災いして準備物が増えた。

 おまけに––––



「な、なんだよ」


「2日目のスケジュールが変更になったんだろ? おまけに文化祭の委員長たちは急な資材調達とかでいなくなるしよぉー」



 ◆◆◆



 優哉の告白はいきなりだった。自分を殺そうとした親を返り討ちにしたという情報の真偽を確かめるつもりが、本人があっさりと認めてしまった。



「お、親に殺されかけたってのか?」


「そうだよ。そうとしか言いようがない。もっとも、寝込みを襲われたらしいからどうやって返り討ちにしたのかなんぞ知らん。とりあえず今はここまでだ。赤井、こいつらどうすんの?」



 相当触れられたくなかったのか、優哉は早々に切り上げた。

 赤井もそれを察して



「そうね。とりあえず先生たちに引き渡しましょう。まあ私も調べること残ってるし」



 優哉の目の色が変わった。好奇心に溢れている。



「こいつらに情報提供してる奴らか。ねえ赤井、こっから先って素人が突っ込んでいいとこじゃねえよな?」


「そんなこと言いながらやる気満々じゃない。それにアンタのことは正直素人とは呼びたくない。協力するつもりがあるなら最後まで責任は取ってもらう」


「ひっでえなあ」



 口ではそう言いながら満更でもなさそうなのが不思議だ。



「人のプライバシーにズカズカ踏み込んでくる奴らだ。ロクな奴らじゃねえのは確定だろ?」



 怒ってた理由はそれか。



「まあそうだけど。って言うか、4月からこの学校襲ってるの全部こいつらの仕業よ。まさか生徒にまで化けてるとは思わなかったけど」



 優哉の目の色が変わった。



「まさか俺に懸賞金かけた奴らか⁉︎」


「そうよ」


「殴りてぇ……」



 まるでうっかりやりかねないような台詞だ。



「なー赤井ー、さっきも言ってたけど《キメラ》って何?」



 赤井は気絶している速見を一瞥すると



「《譲渡》の力で複数の異能力を使う人間のこと。あんたたちも見たことあるでしょ?」


「あれか。こいつらはそれの何? 手下?」


「正解と言いたいけど、こいつらは捨て駒の方が正しい。何せ親玉の目的は『世界征服』だもん」



 優哉は数秒固まった。



「……なんか急に現実味がなくなってない? なんだ世界征服って」


「目的はそれくらいしか分かってないし、表舞台にはほとんど出てこない連中よ。唯一の目印が数少ないキメラなの。今の世界で起きてる争いの4割はこいつらのせいよ」


「マジで?」



 優哉が目を丸くしていた。

 赤井の言うことは信じ難いが、彼女の背後にいる組織が言うなら間違いはないのだろう。赤井は速見を引きずると



「さて、こいつらは先生に引き渡す。それにしても榎本、どうして文化祭を続行させたいなんて言い出したの?」



 優哉はニヤッと笑って



「こいつらが文化祭にこだわった理由が知りたくなった。絶対に裏があるだろ? ここで中止にしたら何か大きなものを逃す気がしてな。見事に予感が当たって驚いてる」


「……呆れた。だったら最初からそう言えばいいじゃない。先生たちだって警戒を解いたわけじゃないんだから」


「いやあすまん」


「まずはこいつらに情報を吐かせないことには前に進めないからねえ。軍か教師の中の裏切り者の特定は急がないと。なのに全力で気絶させてどうすんのよ」


「……面目ない」



 2人だけで会話がどんどん進んでいく。

 俺は間に割って入ると



「ちょ、ちょっと待て赤井。こいつらの後ろには誰がいるんだよ?」


「九分九厘確定してるけど、今は言わないでおく。どうせ君なら最後まで付き合ってくれるでしょ?」



 君は恋人のためならなんでもしそうだしねえ、と赤井はクスクス笑う。



「あたしや榎本とは違う修羅場をくぐり抜けてる分、戦力としては期待してるから」



 優哉が素早く反応した。



「待て赤井、俺をおまえと同じ括りにするなよ⁉︎」


「黙れ半人前の殺人鬼。あんたも大概なことやってるじゃない」


「だからって殺人鬼言うんじゃねえよ? せめて親殺しにしといてくれ」



 むしろそちらの方が人聞きは悪いような気もする。



「よし榎本。悪いけどこいつら連れて行くの手伝って。あんたの異能力使えば人間2人担ぐくらいはできるでしょ?」


「……ったく、細けえとこまで調べてんなあ」



 そう言うと優哉は異能力を発動させる。

 目には見えない《壁》越しに2人を掴むと、軽々と引きずって行く。途中振り返って



「どこ連れてくんだー?」


「職員室にお願いー!」



 赤井はそう言うと、呆然としていた俺の耳元で



「……どうしても榎本のことを知りたければ担任に聞くといい。話は通しておくから。そこから先は君の判断に任せるよ」



 ◆◆◆



「おまえが俺に相談するなんて珍しいじゃないか、太一」



 生徒全員が帰宅した後、俺は進路指導室に呼ばれた。



「忙しいのにすみません小宮山先生。捕まえた2人はどうしていますか?」


「今のところは大人しくしてる。だが俺たちは警察や軍じゃない。ひとまず拘束にとどめてる。だけど本題は優哉のことだろ。さっき『元』赤井に聞いた。で、俺に何を聞きたい?」


「あいつは……一体何者なんですか? 先生は、答えをご存知なんですか?」



 先生はふーっ、とため息をつくと



「そうだな。俺は知っている。ただし他の先生は知らないこともある。ここから先は他言無用になるが、構わないか?」



 俺は頷いた。

 先生はおまえの意見も聞きたいから、という理由で結論は言わずに



「おまえ、今この学校で『一番汎用性の高い能力者は誰だ』と聞かれたら、誰の名前を挙げる?」



 と始めた。

 いきなりの質問に、俺は少し考えてから



「……伊藤、ですかね。『触れたものの動きを止める』だけならまだしも、その中に『異能力の無効化』を含まれるなら話は大きく変わりますから」


「そうだ。そしてあいつはそれを完全に制御している。まあ言っちゃセーブしてる。使いたい時に使いたい様に異能力を扱うことができる。能力者として既に完成していると言ってもいい」



 だから軍はあいつを欲しがるんだ。

 単純に物理攻撃も異能力も効かないとなれば、戦局を左右できるだけの実力だろう。



「その伊藤に唯一対抗できるのが優哉だ。あの《壁》はあらゆる無効化が通用しない。その強度は世界最高峰レベルで、瞬間的な衝撃なら地球より大きな天体と衝突しても問題ないという試算が出てる。だが問題もある」


「一度の使用時間に制限があることですか?」



 すると先生は首を振った。



「違う。優哉は根本的に異能力を制御できていないことだ」


「『根本的』? でもあいつは『《壁》の性質は変えられる』って言ってましたよ?」


「そこなんだよ。異能力において『性質を変化させる』というのは〈応用〉に分類される。だがあいつは〈基礎〉である『射程・持続時間の拡大』が全くできていない。再発動までの時間を短縮できたと喜んでいるが、異能力そのものの時間が伸びなければ能力者としては落第だ。これまで生存した全ての能力者の条件から外れてるんだよ、あいつは」


「……優哉の異能力が特殊なものなのは分かりました。でも俺が聞きたいのは、あいつが『親に殺されかけて返り討ちにした』っていうところなんですが」


「あいつの特殊性を理解してないと、これから話すことはもっと難しいぞ?」


「……」



 先生は咳払いをすると「優哉は『親殺しをしようとしたのは自分の意思じゃない』って言わなかったか?」と尋ねてきた。

 俺は黙って頷く。



「これからするのは優哉の親殺し未遂と関連のある話だ。おまえ、自分の端末が盗まれた事件、覚えてるか?」



 俺は記憶を辿る。



「確か、最終的に3年生の生徒が捕まった事件ですよね? 優哉が関わってるのは知ってますけど、逮捕されたところまでしか……それが何か?」


「優哉が戦った尾上という元生徒。こいつの異能力は《模写》なんだが、最後に優哉の能力を《模写》した。それで脱獄をしようとして一度使っただけであいつは死んだ」


「はい?」



 死んだ?



「もがき苦しんで喉を引っ掻きまくってたそうだ。だが体内からは毒や薬物は一切検出されていない。検死の結果は『心不全』だ」


「…… え?」



 普通なら《模写》は当たり能力だ。

 《無効化》のような一部の能力以外なら全ての能力をコピーできる。しかもそれを使うのにリスクなど存在しない。


 それが優哉の異能力の場合は通用しなかった。

 先生は続ける。



「実はこの一件のせいで《拒絶》であるという仮説は崩れてしまったんだ。本物の《拒絶》なら、《模写》そのものができないからな。確かにその前から、怪しい部分は多かったんだが」



 俺は思考を巡らせる。

 《コピーはできるが、使うと死ぬ能力》?

 そんなものは初めて聞いた。なるほど、だから「特殊」なのか。



「……それが、あいつの親殺しとどう関係あるんですか? まさか、両親も《模写》の能力者?」


「いや。重要なのはここからだ。あいつの両親は()()()()()()。そしてそいつらは《模写》ではない。ただ()()()()()()()()()()()()だ」



 先生は「一番自分の異能力を怖がっているのはあいつ自身だ」と前置きしてから、優哉の過去を教えてくれた。



 ◆◆◆



 優哉の出身は山奥の田舎の村だ。

 そこは人口が少ないのもあって異能力を持った人間は1人もいない。

 あいつの家はごくごく普通の家族だった。血筋に優れた能力者がいるわけでも、軍人がいたわけでもない。

 両親は近所とも上手に付き合っていて、評判は良い方だった。

 事件はあいつが中学2年生の冬だ。


 早朝の消防署に「両親が倒れてて動かない」と通報が入った。そして駆けつけた隊員は見たのは不自然な光景だった。


 まず、その2人は自分たちの寝室ではなく通報した子供の部屋にいた。

 次に服装がおかしかった。まるで山登りでもするかのような重装備だったらしい。

 そして脈拍や体温は安定しているのに、いくら呼びかけても返事がない。その後に病院で検査したものの、どこにも異常が見つからない。


 それを不審に思った隊員が、そのまま警察に連絡を入れて捜査が始まった。

 結果として、優哉を事故に見せかけて殺すための計画を立てていたことが判明した。

 そして警察は、殺されかけた優哉が両親に抵抗した結果、異能力で両親に危害を加えたと結論づけた。



「––––ここまでで何か聞きたいことは?」


「……両親はどうして優哉を殺そうとしたんですか? 動機は?」


「分からん。生命保険でも掛けられてるなら話は早いが、そう言った類の話はないそうだ。ただ、両親の部屋から『事故死に見せかけて殺す方法』がみっちり書いてあるノートが見つかった。筆跡は2人のものと一致、でもそこにも動機に繋がるような記述はなかったそうだ」


「それじゃあもう一つ。警察が『結論づけた』って仰いましたけど、両親から話は聞けてないんですか?」


「ああ。今年の夏まで意識不明だった。これが優哉の異能力の中で一番不可解な部分なんだ。外傷を一切つけることなく、両親を2人とも意識不明に追い込んでいる。おかしいよな、いつもみたいに弾き飛ばして気絶させるだけなら、長くても2、3日の間には目が覚めるってのに」



 だから最初は《体力吸引》、いわゆるエナジードレインが推測されたそうだ。

 しかし、と先生は続ける。



「直後に国の検査機関で調べた結果、あいつは《壁》()出せるということが判明した。それ以降は一度も《体力吸引》を使ってない。というか使()()()()()。同じように寝込みを襲ってみたが、《壁》で弾き返されて終わったそうだ。な、わけわからんだろ? 『本人の使う異能力と、実際に起こった現象が一致しない』。まずこれを覚えてくれ」



 一度だけ現れた謎現象。そしてそこから突如として発現した《壁》。そしてその《壁》をコピーして使おうとしたら死んだ?


 怒涛の情報量に、脳がパンクしそうになった。



「あいつ自身も自分の異能力が何なのか分かっていない。自分では調べようがないから、大人の出す検証結果を信じるしかない。それが現状だ。挙げ句の果てに、意識が回復した両親は廃人になってて話なんぞ聞けやしない」


「あの、先生」


「なんだ?」


「先生しか知らない情報ってなんですか? 今までの話を聞く限り、他の先生もご存知だと思うんですが」



 今までの話はただの情報整理に過ぎない。

 先生はもっと何かを隠している。



「ああ。おまえ、ここまで聞いて優哉の異能力についてどう思う?」


「どう、ですか? いや、釈然としないなとは思いますけど。人を意識不明にさせたうえに廃人にさせるなんて」



 先生は天井を仰ぐと



「その釈然としない異能力が『世界で一番ヤバい』って言われたら信じるか?」



 ◆◆◆



「……ちょっと太一! 聞いてるの⁉︎」


「へっ?」


「今日はどうしたの? 朝から変だよ?」



 今度は優香だ。ふと目線を下すと、机の上には大量の書類が積まれていた。



「実行委員長たちがいないせいで、各クラスの学級委員も仕事が増えたんだよ! ほら、さっさと片付けよう?」


「あ……うん」



 だが現実はそう上手くいくはずもなく。

 ポケットが震えた。

 端末を開くと優哉からメールが一件。本文はなく、件名にただ一言。




『逃げた』

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