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6.天秤の上

 少しだけ昔を思い出して、自分でもはっきりとは言い表せない気持ちになりながらしばらく。

 いくつかの小さな街が眼下を通り過ぎ、先程サクラやテルタカに説明したよりずっと早く、馬は几帳面な正方形の石畳の敷かれた、広場のようなところに降り立った。


「お疲れ様。気分が悪くなったりしていないかい?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 アベルさんの手を借りて地に足をついてすぐ、レイたちも到着する。


「うわー!やべぇ!めっちゃ怖かったー!」


 未だ興奮冷めやらぬといった感じのテルタカに対して、サクラはもう辺りを見ている。


「ここは……」

「王宮の中央に位置する広場だよ。さ、こっち」


 待っていたのかすぐに駆け寄って来た兵士と思われる人達に馬を預けたアベルさんは、広場から伸びる石の階段を上りはじめる。続いて登ったその先には、圧倒されるほどの大きな扉があった。

 アベルさんが横にあった装飾に手を当てて短い呪文を唱えると、引きずったような重たい音を立てて扉が開き、中は扉の大きさ以上に圧倒される豪華な装飾が施された、広く天井が高い広間になっていた。


「謁見とか、夜会とか……まぁそんなのを行う場所だよ」


 あたし達が入ってきたドアから伸びる磨かれた白い石敷きの床のずっと先は、三段ほどひな壇のようになっており、椅子が置かれている。  一番上の段には、ひときわ立派な椅子が真ん中に置かれ、一つ下の段にはその大きな椅子を避けるように左右に少しだけ控えめな椅子が二つ置かれていた。

 ここで王子を待つのだろうかと緊張に身構えたあたし達三人に対して、アベルさんは足を止めることなく奥に歩いて行く。気にする様子もなくそれについて行くレイを見て、あたし達は少しだけ走るようにして追いかけた。

 前を行く二人は、どう見ても上がっては行けなさそうな段を何食わぬ顔で、着座がある二段目まで上り、その横の壁にあった扉を開ける。


「あの!ここって勝手に登ってもいいとこなんですか?」


 サクラが段を上がる前に少し慌てたように言うと、アベルさんはその質問が面白かったのか、振り返って笑った。


「そうだね。本当は駄目。俺だって、一番上の段には恐れ多くて上れないもの」

「一つ下ならいいんすか?」

「二段目は若さんの椅子だからね。俺たちは上がっても大丈夫なんだ。本当は執務室までちゃんとした道を案内すべきなんだけど、今日は若さんのご指定だからむしろこちらを通らないと機嫌が悪くなると思うよ」


 俺たち、という言い方に違和感を感じて、あたしが口を開こうとしたところで、「さぁ」とアベルさんが扉の向こうに消えてしまう。レイもなんてことないように扉を抑えて促すものだから、テルタカ、サクラに続いてあたしも慌てて後を追う。扉の先はホールよりかは幾分か控えめな、それでも美しい廊下が続いており、いくつかの絵や像を通り過ぎた所で、アベルさんが足を止める。目の前には大きくて立派な両開きの扉があった。


「若さん、迷い人の二人とあとレイのお姉さん、連れてきましたよ」


 そう言って扉をノックすると「入れ」ではなく「遅い」と不機嫌な声が帰ってきた。アベルはそれに苦笑しながら、扉を開ける。

 扉が開いた先、正面の窓際に大きな机が置かれており、そこに男性が一人座っていた。

 昼の明るい光を背にしながら、それ以上に輝くような白い肌、大きな目、白に見える薄い金色の背中まである長い髪の毛を後ろで結っている姿は男性にしてはやや女性的な美しさがあったが、尊大で気の強そうな雰囲気が溢れ出ており、それが相まっていっそ神々しいとも感じさせた。


「お前は魔法騎士の中では珍しく騎馬も長けると聞いていたが、その評価は間違いだったか。親兵にしたのは間違いだったな」


 明らかに苛立っている様子で目を細めるその姿に、あたしは思わず少し身を縮める。


「はいはい、止めなさいって。三人がびっくりしてるでしょ」


 全く気にしない様子でそう言ったアベルさんに、面白くなさそうにふんと鼻を鳴らしたその人は、まだ部屋に入らずにいたあたし達に目を向けた。


「突っ立っていないで、早く入れ。人の部屋のドアを開け放しておくのは失礼だろう」

「いきなり、攫うように連れてくる方が、常識なくてよっぽど失礼だと思いますけどね」


 レイの冷たい言葉に、あたしは慌てて、腕を引っ張った。明らかに高貴であろう相手に対して、この子はなにを言っているのだろうか。

 その様子を見たその人が、あたしを見て面白そうに笑った。


「そうか、お前がマドゥールの弟子で、レイの弟か」


 まじまじと見られて、あたしは慌てて頭を下げる。


「はじめまして、チトセ=マドゥールと言います」


 顔を上げるとその人はまだあたしのことをじっと見ていた。横に立っていたレイがその視線から庇うように少し前に出ると、テルタカとサクラの方を指す。


「ほら、殿下が呼んだのはそっちの二人でしょ」


 レイが殿下と言って、ああやっぱりこの人が王子様なんだなと確信する。だとすれば、レイのこんなぞんざいな態度はまずいんじゃないだろうかとぞっとしたが、言われた側の王子様は特に気にする様子もなく今度はテルタカとサクラの方に視線を向ける。二人が、それぞれ名乗ると王子様は先ほどの苛立った様子はなく、ゆっくりと余裕を持った様子で頷いた。


「そうか、いきなりこんな世界に来て二人とも大変だったろう。まずは、こちらに」


 正面奥の机の前にある、低いソファに腰掛けるように勧められる。中にちゃんと入って見渡すと、壁一面だけではなく、ところどころ仕切りのような本棚があり、そのどれもに天井まで本が整然と詰まっている。執務室というより図書館のようだった。

 少し小さなソファに三人並んで座ると、その向かいに王子様が座る。レイとアベルさんは王子様の後ろに立ったままだ。


「うむ」


 じろじろと遠慮なく、テルタカとサクラと、たぶんついでにあたしを見てから、王子様はアベルさんの方を仰いだ。


「迷い人と言っても我々とあまり変わらないのだな」

「そりゃそうですよ、なに、若さん、怪物みたいなのがくると思ったんですか」

「人の形をしているとは思っていたが、得体は知れないものだからな、そういった可能性もあると思って急ぎお前達を行かせた」


 本人達を目の前にして、歯に衣着せぬ言い方をする王子様にアベルさんは肩を竦める。それに対して王子様は少しむっとした様子になる。


「呆れるのは勝手だが、新しい迷い人なんて少なくとも私が生まれてからは聞かなかった話だろう。私は、あるわけないと考えるより、あるかもと考えるべき立場にある」

「おっしゃる通り」


 どこか嬉しそうにアベルさんが微笑んだのを見て、王子様はよりいっそう眉間のしわを深くする。短く息を吐きだすと私たちに向き直った。


「さて、確かに急に呼び立てて申し訳ないことだった。私の名前はイノーシュ。この国の第二王子である。して、二人はどうしてこの世界にきたのか」


 サクラとテルタカは、町でも聞いたもう何度目かの話をする。王子様はそれを静かに聞いた後、口を開いた。


「二人は、元の世界に戻りたいか?」


 二人は一瞬顔を見合わせた後、少しだけサクラのほうが早く、でも二人とも頷く。


「よかろう。では、私は君たちが元の世界に帰る手立てを探すのに協力しよう」

「あ、ありがとうございます」


 二人が下げた頭が上がるよりも早く、王子様は「ただし」と続けた。


「それには三人に協力してほしいことがある」

「あたしもですか?」「「協力?」」

 

 あたしと、サクラたちの声が重る。


「ああ。なに、そんなに難しいことではない。もともと我が国では、迷い人の知恵おかげで飛躍的に生活技術が発展した」


 不思議そうな顔したあたしたち三人に、王子様は軽く微笑んで言った。


「衣食住の細かいものは勿論、治水や交通などもそうだ。だが最初に言った通り、ここしばらく新しい迷い人というのはめったにいなくてな。もちろんそれ以降も独自の成長を続けてはいるが、飛躍的と言うには物足りない。そこで、二人には迷い人として、我が国……というと大袈裟だが、私に知恵を貸して欲しい」

「そうは言っても、俺たちは元の世界でも学生で……。お役に立てるような話があるかどうか……」

「問題ない。元の生活をどのように送っていたかを我々に教えてくれるだけで十分だ」


 そう言われても、不安そうな二人に向かって、アベルさんが明るい声で、例えばさ、と口を開く。


「ガスレンジって呼ばれる調理器具だって、二人の世界では、どこか中央の施設から源を地中を通して各々の家に流していて、そこに火花みたいなもので着火するんだろ?そこの仕組みを説明する必要はないんだ。ただ、調理器具として、源だけをどっかから吸い込んで、炎を円の形に出力して、ツマミで炎の量を調整できて、その上に鍋がおけるようになっているというアイデアを教えてくれれば、魔法が苦手な人にだって、楽な生活が送れるように考えることができる。この世界の動力源は飴だしね」


 我が家でコンロを見ていたからか、二人はすんなりと納得したようだ。それは、アベルさんが言ったことに対してのように見えたし、やけに自分たちの世界と近しいものがあると言うことに合点がいったというようにも見えた。


「もちろん、言ったすべてを取り入れるわけでもないがな。とれいん、とか」

「ああ、あらかじめ専用の道を引いておいて、鉄の箱で一気に人とか物を大量に運ぶやつ?俺は便利そうだし面白いと思うけどね」

「けして潤沢ではない金属資源を今後何に使っていくかというところを考えたら、その当時の判断は間違っていないと思う。だったら空を飛べる馬を大量に調教するほうがよっぽど現実的だ」


 現実的の判断がちげぇな……とテルタカが呟いた。魔法を見たときのような、キラキラと面白がるような目をしている。

 歴史的に迷い人から得た異世界の情報について語らう王子とアベルさんの二人に対し、レイが小さくため息をつく。


「しかし、そんなこと殿下の一存で決めていいものですか」

「問題ない、父上は、このようなことには興味なかろう」

「ま、王様は何も言わないとして、周りのお偉方がなんて言うかですよねぇ……。正直保守排他的な彼らは、迷い人から得る知識が興味深いからって、そうも簡単に歓迎しないような気がするんだけど。本当に迷い人だって思わない可能性も高いし」


 良くて詐欺師、悪くて間者、はたまた狂言ってところかな、と呟いたアベルさんに対して、王子様はにやりと笑った。


「だからまず、チトセを私の親官にすればよい」


 しんかん?と首をかしげながら、頼るようにこちらを見たサクラに、私もわからないという意味を込めて首を振る。


「なんでチトセが出てくんだよ」


 レイが少し慌てたように、嫌そうに言うと、王子様はにっこりと笑う。


「さっきアベルが言ったようにこの二人だけいきなり迎えて援助をしたら、周りが煩いだろう?そこで、先に私がチトセを親官にしたことにする。そしてしばらくしたところで、チトセが助手でもなんでもこの二人を連れてきたことにすれば良い。一国民がただ連れてきた者を王宮で預かるのと、官が仕事のために連れてきた者だと心証がだいぶ違うだろう」

「だったら、今、私かアベルさんが連れてきたことにしてしまえばいいじゃないですか」

「お前は学生でまだ親官候補だろ?アベルはありだが、実際のところ忙しい。その理由で突き通した後に、十分にこの二人に付きあってやることはできないだろ。幸い私は今のところ飴師の親官というのを持っていない」


 飴師のどころか、親官自体が私一人じゃないですかと笑ったアベルさんを無視して王子様はレイから視線を外してこちらを見る。


「だから、明日試験を受けに来たチトセの才能を私が見初め、親官に任命することにした。チトセはマドゥールのせいで名が売れてこそないがないが、力はあると聞いているからあり得ない話ではないだろう。その上で、この二人の面倒を見る命も実際に彼女に任せる」


 王子様があたしのことを知っていることに少し驚いたが、良く考えれば今回のために調べたのだろう。だから、最初に部屋に入った時、ジロジロと見られたのか。


「あの…お話が進んでいるところ大変恐縮なんですけど、親官ってなんでしょうか?」


 おずおずと手を上げて聞いたサクラにアベルさんがそうだよねと口を開いた。


「王国の政治的な組織とは別に……もちろん、そちらに属しててもダメではないんだけど、王族が個人的に自分の臣下として扱うことができる人」

「部下みたいなもんか?」


 さっきから黙って聞いていたテルタカが口を挟む。


「まぁ部下には違いないんだけど、やや派閥みたいな意味もある感じかな」

「アベルは私の親官だし、レイはその候補者だ」


 そんなすごいものに選ばれていたのか、レイを見ると本人は眉間にしわを寄せ、明らかに嫌そうな雰囲気を出していた。


「俺は承ったことはございません。何度もお断り申し上げているはずです」

「町に戻るから、だろう?そろそろ断り続けられるのも飽きたし、どうぞ自由にしてもらって構わない。ただし、お前が戻りたい理由が町にいつまでもそこにあるかは知らんがな」


 その言葉を聞いてレイは「そういうことかよ」と、小さく舌打ちをした。


「さて、本人を差し置いてしまったな。申し訳ない」


 王子様は改めて視線を私に戻すと、その綺麗な顔を、より一層綺麗に微笑ませた。とてもこんな強引な話をしている人には見えない。


「チトセ、今言った通りだ。私はこの二人の面倒を見たいし、国のために力を借りたいと思っている。しかし、残念ながら現状のままでは受け入れることは難しい。君が協力してくれると言うのなら、私は二人が自分たちの世界に帰るための惜しみない援助をしよう」

「あの、もし断ったらどうなりますか」

「どうなるかは私にはわからないよ。少しだけお茶をして、二人に会えた幸運に感謝をしながら、紅茶の冷める前には仕事に戻るだろう。あぁ、二人については心配ない。アベルが王宮の門を出るまで見送るだろうから」


 それはつまり、何も知らない二人を放り出してあとは知らないと言うことで、王子様は二人を人質にしてあたしをその親官とやらにしようとしているように聞こえた。

 どうしようと考えはじめたあたしに、レイが「ダメに決まってんだろ。店はどうすんだよ。ルーカスのやつもいないんだぞ」と止めるように言った。確かに、先生が王宮にいる中であたしまで王宮の仕事をしてしまっては町の、また近郊の町村の人たちが困ってしまう。二人と町を天秤にかけて考えなくてはいけないことに頭を抱えそうになった時、王子様が得意げに言った。


「心配ない。そこはもうあいつには話をつけてある。チトセの意見を尊重する。なんでも、なんとかするから、好きになさい。ただし、約束事がある。周りにとって一番ではなく、きちんと自分の答えを出すこと、だそうだ」


 自分の答え……と思わず口から溢れた言葉は、ひどく重くて狼狽える。先生がなんでもなんとかすると言うなら、きっと言う通りあたしなんかいなくてもなんとかなることなのだろう。こんなに手放しで自分で考えて決断しなきゃいけないことなんて、ほとんどなくて不安になる。飴師だって師匠と約束したからなったし、店をやっていることだってそうだ。

 どうしようと迷いながら、二人を見ると、彼らの方が知らない世界に来てもっと不安なはずなのに、気遣わしげともとれる表情でこちらを見ている。

 今朝方、町でこんな表情を見たばかりだと、既視感が湧いた。そうだ。事の大小はあれど、私はあの時、この二人のこと過去の自分に重ねて、その時に思ったんだった。

 少しだけ深く息を吸うと、あたしは立ち上がり、王子様に頭を下げた。


「あの、よろしくお願いします」


 満面の笑みで頷く王子様とは対照的にひどく嫌そうに顔を歪めたレイが映り、私は心の中でごめんねと呟いた。

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