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5.憧れのひと

 メグが店に戻り、二人が食事を終えたところで、あたしは二人にこれからの説明を始めた。飴師としての試験を受けに二日後に中央と呼ばれる王都に向けて出発すること、それには馬車を乗り継いで三日ほどかかるため、これから二人の旅用品もとい、そもそも生活用品を買いに行こうと思うこと。

 そこまで説明するとテルタカは不思議そうにした。


「魔法を使って一瞬で移動って訳にはいかないんだな」

「私は魔法が使えないし、普通に使える人でも自分も含めて大きいものを移動させる難しいみたい。あ、でも首都には移動魔法を使えるように調教された馬もいるよ。王様とかお金持ちしか飼ってないけど……」

「動物まで魔法が使えるの!?」


 驚いた様子のサクラにチトセは頷いた。サクラたちは、先ほど渡した飴をまだ手のひらにのせ、不思議そうに見ている。


「うん。と言っても、いろんな魔法が使えるわけじゃなくて、移動の魔法だけみたいだけど」

「へー……そういう動物だと、どのくらいかかるんですか?」


 サクラの言葉にあたしはすでにまとめていた荷物の中から地図を取り出した。手のひらサイズのそれは分厚く幾重にも折りたたまれているもので、向かい合う彼女にその端を渡して机の上に広げる。


「えーっとね、これが、この王国の地図ね。南と東は海に面していて、西と北は高い山に囲まれているの。その向こうはしばらく砂漠が続いてるんだって」

「じゃあ近くに他に国というものはないんですね」

「かつてはあったみたい。と言っても、この地図の中でね。今は現王でもあるフルグラッド王が全てを統治しているけれど、百年ちょっとくらい前は幾つもの国にわかれていたの」


 実際地図で見るだけじゃわからないが、この国の国土はなかなか広い。あたしは地図の中心より少しだけ北にある小さな町と、中心にある大きな街を指した。その間は人差し指の第二関節までくらいだ。


「ここがあたしたちがいた町。で、ここが中央と呼ばれる王都。この間が乗り継ぎじゃなければ二日間くらいかな」

「ということは、北端から南端まで二ヶ月、西端から東端まで三ヶ月くらいですか?」


 自分の指と見比べながらサクラが言う。


「実際には山道もあるし真っ直ぐ進むわけにもいかないから、馬車で移動するとなるともっとかかるんじゃないかな。うちの町から王都まではほとんど平野だし、道も整備されてるから。あと、さすがに端から端まで乗り継ぎなしで行ってくれる馬車もないだろうし」

「乗り継ぎ?」

「馬車には三つあって、一つが魔法が使える馬に引かせてる馬車ね。これは一般人が使うことはあまりないかな。残りの二つが乗り継ぎをしないでいい旅馬車と呼ばれるやつと、決まった範囲までを走ってくれる移動馬車ってやつ」


 移動馬車は、馬車業をしている人が自分の住まいを中心とした行動範囲で乗せるてものであり、遅くまで走らず、遠くまでも行かない代わりに、荷物の運搬も兼ねているため値段は安い。旅馬車は目的地まで連れてっていくため、移動時間も長く確保でき、目的地には早くつくが、御者の宿泊費や馬の預け代も含まれるから、運賃が乗り継いで行った時の四、五倍くらいになる。


「魔法で飛ぶとなると、東から西まで本当に半日くらいで行けるみたい。ここから中央だと一時間もかからないくらいかな」

「へー」

「今回は乗り継ぎだから時間がかかっちゃうけど……」


 一度試験のために中央に行って以来、遠出なんてしていないが、途中乗り継ぐために外に出たり、宿に止まるとは言え、丸三日も馬車に揺られ続けるのはなかなかの体力のいる事だった。旅路を思って申し訳なく思ったその時、階下から扉のベルの音と「おかえりー!」と一際大きなメグの声がする。

 その言葉を不思議に思いつつ、あたしはテルタカとサクラとともに店まで降りる。


「やぁ、チトセちゃん」

「……ただいま」


 そこには、対照的な白と黒の制服を着た男性が二人立っていた。

 二人をまじまじと見て視て


「アベルさん!……レイ?」

「久しぶりだね、チトセちゃん」

「なんで俺の方が疑問系なんだよ」


 にこやかに挨拶するアベルさんは少しだけ年を取っただろうか。あたしが最後に会ったのは、推薦者として学校に入学するレイを迎えに来てもらった時だから、もう三年余り前である。出会った後からぐんぐんと昇進し、もともと一副隊長だった彼は今や魔法騎士団の副団長を務めているらしい。まだ三十半ば過ぎという若さでその地位に上り詰めた彼のことは国中の人が知っている有名人だ。


「だって、レイったら全然帰ってこないんだもの」


 黒い制服を着た不機嫌そうな彼にいうと、大きい浅縹色の目をより細めて、納得がいかないという顔をして睨んできた。入学してからというもの休みの期間だと聞いても家に戻って来なかった彼は、あまりにも記憶にあった印象とかけ離れてすぎていて、仕方ないじゃないかとあたしは肩をすくめた。

 三年前に家を出たとき、まだ自分より背が小さく、線の細い、姉の贔屓目を除いても美少年と胸を張れる天使のような少年だったのだ。それが、いまや武人然とした体格、自分より頭一つ半くらいは大きな背、大人になった顔つき。この年代の成長は目覚しいとは言え、すっかりと人が変わっていてただただ驚くしかない。


「あたしはすぐにわかったけどなぁ」


そういうメグにバツが悪くて、あたしは話題を変えた。


「でもどうしてうちに?」

「いや、町長さんからの連絡をルーカスが受けたタイミングが悪くてね。うちの若さんがあいつの執務室にちょっかいをかけに行ってた時だったから、迷い人なんて珍しいじゃないか、こっちに連れて来るつもりなら早い方がいいってなってね」

「若さん?」

「フルグラッド国王の長男。エリック=フルグラッド第一王子」


 なんてことないように言うレイにあたしとメグは小さく驚きの声を上げた。王宮付の飴師ではあるとはいえ、一国の王子が執務室に行く立場だというのは、あたしが思っていたよりずいぶんと位が高いようだ。


「そこに偶然レイも来ていてね。ちょうどいいから二人で迎えに行って来いって命令されたんだ」

「俺はそもそも今日一回家に戻るって、あいつに言いに行ってたんだ。そこに後から来たのに王子の命令が聞けないのかとか言い出して使いやがって、ありえない……」

「え、レイ、お休み帰ってくる予定だったの!?先に言ってよ!」


 そう言うと、「違う、今はそこじゃないでしょ」とメグに諭された。わかってはいるけど、もし本当だったら、家に寄り付かなかった弟が久しぶりの帰省するつもりだったと言っているのだ。喜ばずにはいられない。

そこで「あの……」と控えめに声をかけられて、すっかり置いてけぼりになった二人を思い出す。テルタカとサクラですと紹介すると、二人が頭を下げた。


「はじめまして。わたしはアベル。この国の魔法騎士団の副団長を務めています」

「まほうきしだん?」


 首をかしげたテルタカにアベルさんはそこらへんの説明はまた後ほど、と笑みを浮かべる。


「さて、申し訳ないのだけれど、若さんはかなりせっかちでね。出てきた時間から考えるとそろそろ出ないとどやされそうなんだ。チトセちゃんももうすぐ試験なんだろう?よければ一緒に行ければいいのだけれど……」


 支度も終わっているし、予備もかなり大目に作っているから準備としては大丈夫だが、予定より早く任せてしまうことになると心配して、メグを振り返る。その心配を感じ取ったのか「もともと手伝いにくる予定だったしあたしは大丈夫だよ」と彼女は笑った。

 それを見て、良かったというアベルさんがテルタカとサクラを連れて先に外に出る。荷物を取りに二階にあがろうとすると、レイも一緒についてきた。


「どうしたの」

「父さんと母さんに挨拶」


 そう言って、リビングまで来ると、唯一の形見である二人の写真に手を合わせる。三年間帰ってこなかったくせにとあたしは心の中で少し毒づきながら、でも、きちんと挨拶をするレイに微笑んだ。しばらく横に並んで手を合わせると、レイは用意してあった荷物を担ぎ、先に階段を下りて行ってしまう。あたしはその後を慌てて追いかけ、階段を駆け降りた。


「メグ、ごめんね」


 先に外に出てしまったレイを横目にメグにそう言うと、彼女はにやりと笑った。その笑みは許容の意味だけでない含みがあって、いやな予感に少し身を引く。


「ううん!でもあれでしょ、今の人が先生が言ってたチトセのはつこ……」

「違います!」


 外にまで聞こえないと思いながらも、チトセは慌ててメグの口を抑えた。


「もう、そんなこと行ってる場合じゃないんだから。お店、ちゃんとよろしくね」

「うん、ぜんぜん大丈夫だよ。安心して行ってらっしゃい!」


 いまだ少し含みを残した笑みで手を振るメグに、もう一度念を押してから店を出た。外には、騎士団の白い制服を着た男の人がもう一人と三頭の馬がいた。


「馬車を借してくれって言ったんだけど、この方が早いだろと言われてね。乗り心地は良くないだろうけど、しばらくの辛抱だからね」


 そう言いながらアベルさんは私に向かって手を差し伸べる。少し緊張しながら手をとり、前足に近いところに跨ると、左右から手綱に伸びたアベルさんの手に少しだけ身を縮めた。

 同じように、レイの馬にテルタカが、もう一人の騎士団員の馬にサクラが乗る。


「じゃあ、行こうか」


 アベルさんがそう言うと、三人は同じように馬の鼻先に飴玉を投げる。起用に馬がそれを咥えたのを見て、駆け出してすぐ、大きな風の音に負けないくらいのテルタカとサクラの絶叫がチトセの耳にも聞こえた。

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