4.異世界人預かりました
町長の家からの帰り道、まだ少し緊張している様子の二人に話しかける。
「改めて、よろしくね。チトセって言います」
「俺は、アス……あ、テルタカ、アスカイかな!高校二年」
「妹のサクラです。同じく高校生二年です」
「あ、兄妹なんだ。てっきり恋仲とかかと思った」
そう言うと、テルタカは露骨に嫌な顔をした。
「止めてくださいよー。こいつが彼女とかマジ勘弁」
「あたしだってテルが彼氏とかぜっっったい嫌だよ!」
テルタカ以上に不機嫌な声を出すサクラに、今までとは違う年相応な雰囲気を感じてあたしは思わず少し笑ってしまう。それが恥ずかしかったのか、サクラは少し顔を赤くして俯いた。
「兄妹だけど、二年生って、同じ年の学生なの?何歳?」
「双子なんです。そっか、高校って言っても伝わらないのか」
「二人とも今年十七になります」
「ってことは、メグとレイの一つ上なんだね。もっと幼いかと思ってた」
「メグ?レイ?」
「あたしの幼馴染と弟。弟は中央の学校に行ってていないんだけど、幼馴染は今から行く店にいるから紹介するね」
驚くメグの様子を想像できて、あたしはつい笑ってしまう。
「弟が俺らの一つ下ってことは、もしかして、チトセさんって俺らのひとつ上くらい?さっきの町長さんたちがお店やってるみたいな話してたからもっと上なのかと思ったけど」
「あ、うち、姉弟少し年が離れているのよね。今、あたしは二十一歳」
そうは見えていなかったのだろう。テルタカが「マジで!?」と驚いた。その大げさな仕草に、彼はメグと似たタイプだなと思う。
「そうは見えないよねぇ……よく幼く見えるって言われる」
「おう、同じ年くらいかと思ってた!あ、思ってました」
「いいよ、楽な喋り方で。記憶がある年数もテルタカとサクラと同じ位だし」
あたしの言葉に二人が首を傾げる。
「あたしね、六歳くらいより前の記憶がまったくないの。孤児院に預けられてたみたいなんだけど、親に捨てられたショックかなんかが原因らしくって……。で、弟子候補を探していた飴師の先生にあたしを紹介してくださった方がいて、この町に来たんだ」
もう何度も言いなれた事情を説明して、困ったように眉根を寄せれば、ほとんどの人は何も言ってこない。半分嘘を含んだ内容を言い慣れてしまうことに最初は罪悪感があったが、もうすっかり慣れてしまった。
例に漏れず口をつぐんでしまった二人に、あたしは首を振って、笑いかける。
「だから、生きてる記憶があるのってだけで数えると確かに十六歳くらいなのよね。あ、気にしないでね。だから、あんまり年上扱いしないでくれると嬉しいなってだけだから。これから会う幼馴染もそんな感じだし」
気まずそうになった二人に対して、あたしが少しだけ申し訳ない気持ちになった時、ちょうど都合よく店につく。
カランカランと小さな音を立ててドアを開けると二人は、あたしが初めてこの店に時と同様の詠嘆の声を上げたのだった。
想像した通りに驚き、質問攻めにしようとするメグを制止し、ひとまず自己紹介だけしてもらって店を任せると、二人を連れて二階に上がってくる。森の中を夜通し歩いていたというテルタカとサクラにまずはお風呂に入ってもらおうと思ったからだ。風呂場で飴を使ってみせ、水を出すにも湯を沸かすのにもこれを使うのだと使い方を説明したら、不思議そうにはしていたが浴槽や蛇口自体には疑問を感じていなかったから少し安心した。
一通り説明をして、テルタカ、サクラの順で入ってもらうことになる。テルタカには先生の、サクラにはあたしの服を渡してみたが、テルタカにはずいぶん大きく、サクラは丈袖が少し短そうでだった。
テルタカが入っている間に、簡単な昼食としてパンにハムにチーズと軽く干した果物を挟んだものと、紅茶を淹れる。風呂をあがったテルタカはよほどお腹が空いていたのか、サクラを待たずしてそれに齧り付く。用意したもの半分をすっかり食べてしまったところで、サクラがあがってきた。
「追い炊きみたいなことはできるのにシャワーはないのな」
「それに、ドライヤーも」
異世界のものであろう道具の話をする彼らは、会話に入らないあたしに気づいたのか身振り手振りを加えながら説明をしてくれる。
「えーっと、シャワーってのはこう……管がついてて自由に動く蛇口で、頭を洗うときとかに便利で、ドライヤーってのは温かい風が出てきて髪の毛を乾かすやつです」
そう言うサクラの長い髪は、拭いたのであろうが確かにしっとりと濡れていた。
「そっか。ごめん、あたし短いからあまり気にしてなかった。そう言う魔法道具もあるのかもだけど……あ、もしかしたら、メグがなんとかできるかも」
「ちょっと待ってて」と言って立ち上がり、階下に向かって声をかける。返事の後、一度ドアベルの音と鍵の音がして、二階にメグが現れる。チトセがメグにサクラの髪の毛を乾かしてほしいというと、メグは任せてと笑って机の缶の中の飴を取り出した。
「あたし、あんまり得意じゃないから、動かないでね」
そう言うと飴を間に挟んで手のひらを併せ、その隙間に何かを小さくつぶやく。サクラの髪を一房ずつ取ると両手で挟むように撫でた。なでられた箇所から髪の毛が乾き、さらさらと顔に落ちる。
「すごい!」
触られた箇所を何度も触って驚くサクラにメグは照れた様子で肩をすくめる。物を乾かす、それも自分の触れたところについた水分を飛ばす魔法は、水にまつわる基本的な魔法だというから、感動されて照れくさいのだろう。
「へーさっき風呂入る前にも聞いたけど、魔法があるってすげぇよな!火を出してモンスターを倒したりもできんの?」
「うーん……もしも怪物って意味なら、そういうのはお話の中にしかいないけど……。そう、火を出したり、水を出したりそう言ったことを、呪文を唱えて神様とか精霊にお願いするのよ」
机の上の缶から飴玉をいくつか取り出し、あたしは二人に渡した。その小さな一粒をつまんで、サクラは不思議そうに首を傾げた。
「この飴があれば誰でもできるの?」
「殆どの人がね。さっきメグが得意じゃないって言ったように向き不向きもあるし、呪文を覚えたりイメージを作る勉強をしたりしなきゃいけないけど。完全に使えないって言われるのは飴師くらいかな」
「ってことは、チトセは使えないのか」
「うん。飴師は名の通り砂糖とかから飴を作る人なんだけど、魔法が使えない代わりに、この職業の人が作る飴は普通の甘い物よりも何倍も強い魔法が出せるの」
テルタカが飴を両手で挟んで、さきほどメグが見せた水の魔法を真似をするが、手の中の飴は一向に消えず残ったままだ。
「同じ量の飴になる前のお砂糖とかをあたしなんかが使ったら、さっきのも手が乾いて終わりなんだけどね。ほんと飴師っていうか、チトセ凄いんだから!」
おおげさに力説してくれるメグに、今度はあたしが照れくさくなって肩をすくめた。
「よく言われるのは、普通に魔法が得意な人が一晩中持つ焚き火を炊こうとした場合、両手で抱えるほどの大きな砂糖袋が十袋は必要だけど、良い飴師が作った飴だったら一粒で可能だっていう例えかなぁ」
「飴師にも良い悪いがあるんだ」
「人によって、作る飴の効果は違うみたい。飴師として格付けもされるぐらいだから。あと、使う魔法に合わせて飴は使い分けた方がいいとか、使う人と飴にも相性があって自分は誰が作ったやつが一番使いやすいとかもあるみたい。あたし自身は魔法が使えないから、あんまり実感できないんだけど」
「さっきも使えないっておっしゃってましたけど……飴師は魔法が使えない人がなるものなんですか?」
「うーん、勿論もともと苦手だったあたしみたいなのもいるだろうけど、みんな飴師になる時にその力を捨てる決まりなの」
サクラの質問に答えると彼女は捨てる?とまた首を傾げた。首を右に傾げて少し唇を尖らせるその仕草は彼女の癖のようで、凛とした外見とのギャップもあって、より可愛らしく見える。
「飴師になるにも素質が必要みたいで、飴師が素質がある子を見つけて弟子にして修行をつけるの。で、ある程度飴を作る技術を身につけたら今度は王都で試験を受けて、そこで合格したら晴れて飴師になれるんだけど、この飴師になるタイミングで任命の儀式を受けるのね。そこでこんな風に手首に線とあと爪が青くなって、完全に魔法が使えなくなるようにされるんだ」
あたしが二人の前に手を出すと、二人はまじまじとそれを見た。手首に一本模様のように入った線と塗ったわけではなく青く染まった指にあたしたちは慣れっこだが、始めて見た人にはやはり珍しいそうだ。
「へー……強い原動力を作れる人が強力な魔法が使えたら危ないからですか?他の人に飴をあげなくなっちゃうとか……」
「厳しい見方だね。それもあると思うけど……。一応、今後一切、頼りにできなくなる代わりに、神様は飴を作り出す能力をくれるって、習ったかな」
考え込んだサクラの言葉にそう返す。
「だから飴は生きて行くのに必要不可欠だけど、そこから先の生活が不便になるからって飴師になりたがる人は少ないし、そもそも素質がないとなれないし……最近じゃ飴師業界は高齢化と人数減少の二重の問題を抱えているのよねぇ」
「ファンタジーの世界も大変なんですね……」
サクラの呟きに今度はメグが「ふぁんたじぃ?」と首を傾げると、サクラはなんでもないですと首を振った。




