3.飴師の日常
神様も精霊もたいそう甘党で在す。
祀り、祈り、願う時には、甘味を捧げてお迎え申す。
甘味であれば何でも良いが、とりわけ好いのは飴である。
大きな鍋で十分に煮つめた砂糖水を、茶色く色づき始める直前で鉄板の上に流し出す。菜箸のような棒を手に取ると、優しく、丁寧に、でも手早くそれを空気と混ぜ合わせた。ほんのりと小金色づいていた砂糖水は、空気を含んで徐々に白く、不透明になっていく。
そっと塊に触れ、人肌よりもかなり熱く、でも触らないことはないと確認すると、混ぜていた棒を起き、手袋を外した。左手を見て、今日も手首にある青い線と薬指の爪が吸い込まれるほど蒼く澄んだ色をしていることを確認すると、もう一度手袋をはめる。
少しだけ気合いを入れて、その熱い塊に触れる。薬指の爪が手袋越しでもわかるほど、チカチカと激しく光った。すっかり見慣れたその現象を気にも留めず、塊を伸ばしては折りたたみ、伸ばしては折りたたみを繰り返す。
何回もその作業を繰り返して真っ白になったのを確認すると、引き出しから小瓶を取り出した。中には清涼な香味を持ったハーブを煮詰めて作った緑色のシロップが入っている。
小瓶から少しだけ塊にシロップを垂らし、また同じように練り続ける。全体が均一に薄緑色に染まったのを確認して、その塊を細長く伸ばした。細い棒になったそれを等間隔に折り切り、熱して少しだけ温めた鉄板に乗せる。鉄板いっぱいに広がった小さな塊を、ざらざらと両手で転がす。鉄板の熱さを調整しながらその作業を続けると、やがてそれらは角がとれて、丸くなってくる。全て十分に丸まったのを見て、平らな器にそれらを移した。小指の爪ほどのそれらの中から、一番形が悪いものを選ぶと、口の中に放り込む。しっかりとした甘味と一緒に、爽やかな香りが鼻に抜けた。
「うん。おいしい」
満足がいくものができたことにほっとしながら、口の中のものをがりがりと咀嚼して早く溶かす。時計を見ると、時刻は朝六時半を指していた。
「いけない!」
あたしは慌てて使った道具を片付けると、箒とちりとりを持って裏口から外に出た。
初夏を迎えたとはいえ、この地方の朝は少し肌寒い。半袖のシャツで出てきたことを少しだけ後悔しながら、あたしは店の前の掃き掃除を始める。
一昨日に短くボブに切りそろえた黒髪が風で顔にかかってくる。邪魔だなと、顔にかかるその度に耳にかけた。首筋も寒いし、やっぱり今回こそ伸ばせばよかったかなと思ったけど、なんだかんだ伸びてくると気になってしまい、子供のころからもうずっとこの髪型だった。
店の前の石畳からあらかた落ち葉や砂を集め終わり、店の前の花壇に井戸から汲んだ水をやり終えたところで、後ろから声をかけられる。
「チトセちゃん、開店前に悪いんだけどちょっと大丈夫かい……?」
声をかけてきたのは近くにある小さな協会の神官のおじさんだった。白くて立派な髭が特徴の男性で、この町の誰もがお世話になっている。
いつもニコニコとしているおじさんがめずらしく眉尻を下げて、本当に申し訳なさそうに言う姿に、あたしは安心させるようににっこりと笑みを返した。
「ん?大丈夫だよ。どうしたの?」
「いやぁ、祈祷用の飴が切れてしまってね…」
「あら。大変。入って入って」
歯切れ悪く言うおじさんを店の中に招き入れる。
「いつものでいいの?どのくらい?」
人が五人も入れば動きづらそうな小さな店舗部分に唯一あるテーブルセットに座るように促すと、おじさんは扉側の椅子に腰掛けた。
「とりあえず、いつものを三日分くらい貰えると助かるよ」
その言葉にあたしは頷いて、カウンターの中に入り、たくさん並んだ瓶の中から一番大きな瓶を取り出した。中には、赤、青、黄色と、色とりどりの小さな飴玉が入っている。
「朝早いのに悪いねぇ……」
「今日の仕込みはもう終わってたし、気にしないで」
あたしは瓶の蓋を開けると、小さなスコップであめ玉を掬いとり、小さな紙袋に入れた。数回繰り返した後、計りにのせる。
「千と二十三……。ちょっと多いけど大丈夫?」
「ああ。構わないよ」
「では、端数はおまけにして、千百リクス頂きます」
袋の口をくるくると丸めて端を折ると、紙袋に入れる。色の違う二枚の紙幣を受け取って缶の中にしまうと、カウンターから出て袋を渡した。
「ありがとう。助かったよ」
「とんでもない。でもおじさんが飴切らしちゃうなんて珍しいね」
あたしがそう言うと、おじさんは少しだけ不安げな顔をして頷いた。
「昨日の夜にはまだ大瓶一つにいっぱいあったんだが、朝起きたらすっかり無くなっててね……。たぶん“加護の代償”だと思うんだけど、あんなにたくさんあったものがすっかり空になるなんて初めてだよ」
教会には、お祈りのときに使う飴を常にお供えとしておいてある。それが時々、いつの間にか減っていることがあって、特に神職についている者たちは、その現象を“加護の代償”と呼んでいる。本来起こるべき災いから神様や天使やもしくは精霊が守ってくれて、その代償として供えてあった飴を貰っていくのだという。それは、その起きそうになった事によって、減る量が違い、些細なことであれば少なく、大事であれば大量に無くなるそうだ。
「そっかぁ……でも結果何も起きてないんだったら良かったね。全部無くなっちゃうって、飴、足りたのかな」
「ああ。念のためこれから町長に報告してから、何から守られたのかファファのばーさんに視てもらってくるよ。どんなことから守ってもらったのか聞いて、きちんとお礼のお祈りもしんきゃならんし……。そうだ。チトセちゃん、レイくんもマドゥールのやつも中央に言っててずっと一人なんだろ?大丈夫とは思うが十分気を付けるんだよ」
「うん。ありがとう。あ、でも……」
ちょうどその時、カランカランと軽い音のベルを鳴らしながら、店のドアが開いた。
「おっはよーん!ってあれ?」
「おはよう、メグ」
「おはよう、メグちゃん」
元気良く挨拶をしながら入ってきた少女に、あたしとおじさんは挨拶を返す。水色のストライプワンピースに白いエプロンをした彼女は、高い位置でポニーテールにした薄い栗色の髪を揺らしながら、青い目を見開いた。
「あれ?おじさんこんな時間からどしたの?」
「いやぁ、それがね……」
おじさんが先ほどした説明をメグにも話し始める。あたしはその間に店頭にある商品の在庫を確認することにした。
おじさんの声に混じって「えー!」とか「ほんとに!?」と言ったメグの声を聞きながら、紙に数を書いていく。メグの大きなリアクションにおじさんも気が乗って来たのか、あたしの時より事細かに発見した当時の心境や、自分が想像する加護の内容を織り交ぜて話をしていた。
五分はそうしていただろうか、おじさんはとても満足した顔で、「そういえば…」と切り出した。
「メグちゃんはどうしてこんな朝早くに?」
「あぁ、なんかチトセが試験を受けにに行かなきゃ行けないらしくって。飴屋を閉めるわけにもいかないし、その間あたしが店番するの」
「ほぅ……中央に行くのかい?」
「うん。初めて受けるんだけど、三年に一度、飴師の資格の定期試験があってね。作った飴を提出して、少し話をするだけらしいんだけど。格付けの見直しをする場なんだけど、定期的に品質とかの確認に行かないと、お店の認可が取り消されちゃうらしくって」
「へぇ」
「出発は明後日なんだけど、ストックを作っておく時間も欲しいから、一昨日から手伝ってもらってるんだ」
ちょうど補充しようとした在庫を裏から持ってきたところで話しかけられて、あたしはひとまずカウンターに袋を置いてそう答えた。「気をつけていくんだよ。頑張ってね」とおじさんが言ったその時、メグの前に小さな紙のような半透明のものが現れる。ふわふわと目の前を浮くそれを見て、あたしはカウンターの中からメグに小さな飴を差し出した。
「ありがと」
メグが飴を受け取ってその紙のようなものに飴を落とす。実態のないそれに飴玉が触れたように見えた瞬間、飴はチカッと小さく光って消え、音が流れ始めた。
『メグちゃん、サリタです。今日はもうチトセちゃんのところに手伝いに行っているかい?伝言になってしまって悪いんだが、開店の準備が終わったらで良いから、チトセちゃんにうちまで来てくれるように伝えてもらえないだろうか。もしまだチトセちゃんのところに行ってないのなら、その旨教えてください』
音が切れると、紙切れのような浮いたそれはももうなくなっていた。サリタと名乗るその声は町長のもので、あたしもメグも首をかしげる。
「なんだろ」
「ね。でもおじさんも町長のおうち行くって言ってたし、ちょうどいいから二人で行って来なよ。開店準備ってまだどのくらいあるの?」
「もうあとこの持ってきたやつを補充するだけだよ」
「そのぐらいなら、あたしでもできるし、やっておいてあげる」
そう言ってカウンターの中に入ってきたメグにお礼を言うと、あたしはエプロンを外しておじさんとともに店を出た。
町長の家までは歩いて五分もないほど。教会でのこととなにか関係があるのかな、でもなんであたしなんだろう、なんて話しているうちに、町長の家につく。
「ごめんください、チトセです」
こんこんと控えめにドアノッカーを叩くと、町長の奥さんが顔を出した。
「ああ、チトセちゃん、良く来てくれたわね。入って入って」
中に招かれ、案内されるがまま後について行くと、客間に通された。そこには、町長と町長の息子さん、この辺りでは見ない格好をした十六、七くらいの男女が二人座っていた。
「いらっしゃい、チトセちゃん。わざわざ悪いね。おや、お前もどうした」
町長は振り返って立ち上がる。おじさんが町長に来た理由を話している間、あたしは座っている男女をこそりと見る。
二人は同じ位の年齢だろうか。男の子の方が男性にしては小さめで、女の子の方が女性にしては背が高く、座ってはいるが体格は同じくらいに見えた。
男の子の方は襟まで詰まった真っ黒い服を羽織っている。中に白いシャツを着ているが前を開けていて、さらにその中の鮮やかな赤色と模様が見えている。髪の毛は黄色に近い金髪だが根元が黒いあたり、染髪をしているのだろうか。遠慮のない感じでこちらを見ているが、不思議と嫌な印象は受けない。
女の子の方は艶やかな長い黒髪で、こちらは背中に襟が大きく広がる、紺色の上下を着ていた。胸元の白いスカーフはきっちりと結ばれているが、スカートの丈が短く、太股が膝から十センチくらい露出している。都会の流行なのかもしれないが、この辺りでは女性のスカートは短くても膝が見えないのが普通だから、彼女のそれは随分と大胆な格好で、男性陣が目のやり場に困ってしまうんじゃと心配になってしまう。それでも清楚な印象を受けるのは、彼女の持ち合わせた雰囲気なのだろう。
「こちらはチトセ。この町で飴師をやってくれている。こちらはシラン。この町の神官だ」
「はじめまして、チトセ=マドゥールです」
町長に紹介されてあたしは自己紹介をしながら、頭を下げた。
少年と少女は二人で顔を見合わせると、少年の方が先に口を開く。
「アスカイテルタカです」
「はじめまして、アスカイサクラです」
立ち上がって礼をした二人に、よろしくお願いしますとあたしが返したところで、町長に椅子を勧められた。アスカイテルタカ、アスカイサクラと口の中で復唱しながら、二人に向き合う形で腰を下ろすと、町長がすぐに口を開く。
「いやいや、びっくりしたよ。まさか、わが町に迷い人が現れるとは思わなんだ」
「迷い人!?」
驚いて二人を見ると、その勢いに驚いたのか、少年も少女も少したじろいだ。
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、驚くのも無理はない。わが町に迷い人が現れるのははじめてだし、そもそもここ最近は迷い人が現れたなんて噂自体、聞かないからなぁ」
「あの、すみません。先ほどもそんな話をされてましたけれども、迷い人ってなんですか?」
少女がよく透き通った声で口を挟む。ソファに浅く腰掛けて背を伸ばしている姿や人の目をまっすぐ見る感じから、芯の強そうな印象を受けた。
「ああ。悪い悪い。迷い人っていうのは、異世界から来た人のことを指す総称のことだよ」
「え、俺ら以外にもそんなヤツいるのか!?」
町長の言葉に、今度は少年の方が食いつくようなすごい勢いで聞いてくる。
「あ、ああ……私が実際に見たのは君たちが始めてだが……。大昔は国中それなりに、それこそこの町にだって一人二人はいたと言われている」
「まじかよ……」
なぜか残念そうに項垂れる少年を、少女は冷たい目で見ている。なぜ迷い人が他にいると聞いてがっかりするんだろう、普通は自分たちだけじゃないと安心するんじゃないだろうかと不思議に思っていると、おじさんが二人に問いかける。
「二人はこの世界にどうやって来たんだい?」
「……それが良く分からないんです。二人してバスに乗ってたんですけど……」
「うとうとしてて気づいたら、この近くの森の中で倒れてたんだよな。まだ真っ暗でさ。何時間だろ、歩いてたらここが見えてきて……」
「で、ちょうど巡回をしてた俺が見つけて声をかけたんだ」
それまで黙っていた町長の息子さんが口を開いた。茶色い制服を着た彼は、小さな町で三人しかいない治安隊の隊員の一人で、今日は朝の当番だったらしい。
「あ、じゃあ今日、神官のおじさんが言ってたのって……」
「ああ、占いのおばば様もさっきまで来ていたんだが、この二人の無事を守っていたようだと言っていた」
この町は西と東の両方とも山に囲まれていて、周囲の森はかなり深い。どこで目覚めたのは不明だが闇雲に歩いて無事にこの町にたどり着いたなら、確かに神様の加護があったのだろう。
「で、なんであたしが呼ばれたんですか?」
「そうそう。実は、チトセにお願いがあるんだが……」
町長が少し言いよどむと、町長の息子さんがにっこりと笑いながら少し身を乗り出す。
「チトセ、飴師の試験で中央に出かけるんだろ」
いくらストックを十分に作っているとはいえ、飴は生活必需品だから、町をしばらく不在にすることは念のため町長に伝えていた。
「そこで申し訳ないだが、ついでに彼らを中央へ連れてってあげてくれないかな?」
「え?」
「彼等だって元の世界に帰りたいだろうし、ここにいるよりは、中央の方が手がかりがありそうじゃないか」
「中央だったらマドゥールのヤツもいるじゃろ。ヤツは今王宮付きだし、何かの伝手があるかもしれん。なんかあれば面倒見るようにワシからも連絡をしておく」
「確かに、そうなんですけど……」
はっきりとは言わないけれど、町長と息子さんから、この町には置いて置く気がないという雰囲気を感じて、あたしは少年たちを見た。二人も同じように感じたのか、少年は頼むとでも言うように、少女は申し訳なさそうな目で、少しだけ小さくなってこちらを伺い見ている。
一時とは言え、自分が迷い人を預かることに不安を感じながら、その様子に自分が昔この町に来た時のことを思い出す。
「……わかりました。大丈夫です。忙しない感じになるけど、よろしくね」
その場の雰囲気にいたたまれたなくなったこともあるし、なにより、同じように訳も分からず辿りついて不安だったという昔の自分達と重ね、あたしは大きく頷くと、少年と少女の二人に笑いかけた。




