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2.はじまりはじまりの約束2

「ここだよ」


 ついた場所は、狭い間口の、でも周りより少し背の高い三階建ての家だった。看板こそないものの、一階は店になっているようで大きな窓からカウンターがうっすらと見える。

 小さな木のドアを開けたアベルに続いて中に入った瞬間、チトセはうっすらと甘い匂いを感じた。

 中には、眼鏡をかけた男が気だるそうにカウンターに肘を着き、もたれ掛かるように座っている。


「遅いぞ。何時だと思っているんだ」

「これでも飛ばしたんだけどね」


 アベルが男に苦笑してみせてから、チトセとレイは店の中にあった小さなテーブルと椅子に座って待っているように言われる。

 店中の棚やカウンターショーケース、さらにはカウンターの向こうに見える棚までぎっしりと飴が並んでいる。大きな瓶いっぱいに詰まった小さいものから、棒がついた大きいもの。すでに小さな缶や瓶、袋に詰められたもの、動物や花の形を模したものまである。暗い中でも薄明かりを反射して色とりどりの宝石のように煌いており、思わずチトセは詠嘆の声をもらす。

 一通り店内を眺めた後、チトセはアベルと話す男を見た。伸びきったぼさぼさの赤毛に黒縁眼鏡。背は高いが、痩せていて、線が細い。シャツは白く、袖も襟もしっかりと糊が利いて清潔な印象を受けるのに、無精ひげが生えていて、なんだかちぐはぐな違和感があった。

 チトセたちには聞かせられない内容なのか、小さな声で、何かをしばらく話した後、アベルは飴を入れていた腰の革袋を外し、男に渡した。男はカウンターの背にあった大きな瓶を取り出すと、スコップのようなものを使って飴を取り出し、革袋がはち切れんばかりになるまで詰める。アベルはそれを受け取ると、数枚の紙幣を男の人に渡した。


「それじゃあ、元気でね。頼むぞ、ルーカス」


 そう言うと、アベルは最後にチトセとレイの頭を撫でて、店を出て行った。




「上着を脱いで、そこへ」


 店の奥、作業場のようなところを通り、チトセとレイは二階にあげられた。言われたとおり、ぐるぐる巻きにされていたブランケットもレイをくくりつけていた紐も解く。

 やや細長い部屋はお世辞にも広いとは言えず、一番奥に小さなキッチン、カウンターを挟んで4人がけのダイニングテーブル、そして一番窓際に一人掛けのソファが所狭しと置かれている。壁の装飾などは何もないが、ファブリックが色とりどりでさびしい印象は受けないし、良く掃除されているように見えた。

 チトセが言われた場所に腰掛けると、赤毛の男はテーブルを挟んで向かい合うように腰を降ろした。長い前髪と黒縁眼鏡のせいで表情は読めない。


「さて、君達は誰だい?」


 アベルから聞いているであろうが、男は改めてチトセに問う。チトセは慌ててレイのおくるみの隙間からくしゃくしゃになった手紙を取り出した。


「あ、あたしはチトセ。この子はレイ。村が襲われて、アベルさんに助けられました。お父さん達からの手紙にあなたのことが書いてあって……」


 すでに一回開封されていることには触れず、男はその中身を確かめる。短い手紙のはずなのに、何度も何度も目を通すものだから、沈黙の時間に耐え切れなくて、チトセは口を開く。


「あの……」

「うん、確かに。……大変だったな、チトセ、レイ」


 そう言うと彼は封筒の中から写真だけを抜き取って、チトセに渡す。机の上に置いてあった缶から飴玉を三つ取り出すと、その中の一つを封筒と手紙で包むように丸め、もう一つ飴を持って、立ち上がった。コンロの方に行って、丸めた手紙を置いた瞬間、ごうっと大きな火柱があがる。

 慌てて庇うようにチトセがレイの頭を抱えたが、火は器用に手紙だけを焼いてすぐに消えた。


「いまのも魔法?」


 びっくりしてそう聞いたチトセに、男は笑い、持っていたもう一つの飴を今度はコンロの別の場所置く。先ほどとは違う、小さな火が点いた。


「いいや、俺は飴師だからね」


 男がシンクにも飴を置くと、今度は蛇口から水がさぁっと流れる。その水をやかんに汲み、コンロにおいた。当たり前のように言う彼の言葉の意味が分からず、チトセは首を傾げた。


「そうか。チトセは記憶がないんだもんな。意地の悪い返しをした。悪い」


 コンロの前に立ったまま、男はこちらを向いた。


「魔法を使うときには飴を使う。飴じゃなくても大丈夫だが、なんでか知らんが飴を使うのが一番効率がいい。これはあいつに聞いたか?」


 アベルのことを指しているのだろう。チトセは頷いた。


「良かった。俺だと、魔法は見せてやれない」

「さっき、手紙を燃やしたのは?」

「あれは、魔法道具と呼ばれるものだ。魔法が凄く得意な人が道具に魔法を閉じ込めてくれたもの。決まった場所に飴を置くと決められた魔法が発動するんだ」


 そう言うと、男は小さく手招きをした。チトセがレイを抱えたまま恐る恐る近づくと、コンロを指差される。やかんが火にかけられている横に、小さな金属のプレートがあった。細かい装飾がされている。さらに火の中央も指差されて隙間から覗き込むと、同じような模様のプレートがあった。


「本当は、こんな風にこの横の部分に飴を置く。そうすると飴がなくなるまでこっちからちょうどいい塩梅の火が出る。さっきはこの火が出る方の中央に直接置いたから、置いた飴の分、一気に火が出たんだ」


 ちょうどやかんの水が沸いて、男が少し小さくなった飴を金属のプレートから外して自分の口に放り込む。コンロの火はすぐに消えた。男はがりがりと飴を噛み砕きながら横にあった棚からポットと茶葉を取り出し、お湯を注ぐ。


「魔法道具は高価なものだが、飴師は嘘みたいに安い値段で買えるようになっている。飴師は飴師になった時から魔法が使えなくなるからね」

「飴師になると、魔法は使えなくなっちゃうの」

「そう。試験に合格して飴師になると魔法が使えなくされてしまう。最も、才能があって飴師を目指し始めた子供は、その時点で魔法の勉強なんてしないのが普通だけれど。弟子入りした先の師匠だって魔法がつかえないから、教えられっこないしね」


 ポットからマグカップ二つにお茶を注ぐと男はダイニングテーブルに戻って腰掛けた。それに続いてチトセが腰掛けると、温かいお茶が差し出された。ゆっくり口をつける。温かくていい香りがして、チトセは思わずほっと息をついた。


「さて、こちらの自己紹介だ。俺はルーカス=マドゥール。さっきも言ったように、飴師をしている。君のお父さんとお母さんは師匠だなんて言ってたようだが、実際のところは友人とか仲間という感じの関係だった。俺の方が年も下だしね」


 外見とは違い、凛と通った良い声ではきはきとしゃべる男の声は聞いていて心地のよいもので、この人はきっと頭の良い人なんだろうなとチトセは思った。


「今回のことは、本当に残念だ。もともと、何かあったら……という話を昔にしてはいたが、実際にそうなったとなると、なんとも言えないもんだね。ましてや、レイはまだ小さいのに」


 ルーカスがレイを向いてそう言うと、レイはその視線を嫌がるように少しぐずってチトセの服を掴んだ。


「まぁ、ここからが本題だ。君達二人の面倒を見るのは構わないが、いくつか約束ごとがある」

「約束?」

「そう。大切な約束事だ」


 ルーカスは人差し指を立て、唇に当てるような動作をする。先ほどの和やかではきはきとした話口調とは違い、トーンを落とし潜めた声を出す。


「まずは一つ目。けして前にいた村や両親のことを人に話さないこと。チトセは記憶を失っているし、レイも赤ん坊だったのはちょうどいい。たとえ記憶を取り戻しても、話せるようになっても、今この時より昔のことは、誰であっても……例え二人だけであっても、忘れたことにして通しなさい」

「どうして?」

「特定の村が一夜にして壊滅させられるなんて、普通のことじゃない。意図して見逃されたと聞いたけど、君達が生き残りだと知れたら、何があるかわからない。だったらやっぱり関わりが無かったことにするのが一番だ。君たちは僕が孤児院から迎えたことにするよ」


 確かに、あの村の人間じゃないと思われたことで、無駄な殺生はするなというやりとりをあの男たちもしていた。チトセが頷くと、ルーカスはにこりと笑った。


「よろしい。そして次が二つ目」


 笑みの中に少しだけ見定めるような色が含んで言った。


「まず、僕は君たちの両親と面倒を見る約束はしたが、タダで、とはけして言ってない。僕に迷惑をかけるなら出て行ってもらうし、面倒をかける以上、きちんとその分は返してもらう」


 チトセは、急に不安になり、できることなら……と小さく返した。


「大丈夫だ。出来ることはあるよ。まず、レイはあと……そうだな十年後くらいかな。そのくらいに入学許可が下りるだろうから、中央にある学校に行かせなさい。まだ赤ん坊だが魔法の才を感じるとアベルが言っていたから、頼めばあいつが入学を掛け合うだろう。残念ながら俺は魔法のことはどう足掻いても教えられないからね。この国で一番いい学校だ。とても勉強になるし、人脈も出来る。得られるものの大きさは補償するから、それから出世払いしてくれればいい」


 チトセが腕の中のレイを見下ろすと相変わら服を掴んで胸に顔を埋めたままだった。


「とはいえ、そんな学校に行くにも、それまでの二人分の生活費としてもお金はたくさんかかる」


 そう言うと男は、チトセと目を合わせる。


「ということで、君には僕と同じ飴師になってもらうよ。大丈夫、君にはそっちの才能が十分ありそうだ。ま、俺の弟子ってところだな。飴師の仕事は特殊で、人数も少ないし、危険な目にあうこともある。なりたくても才能がなければなれないし、一方で才能があるやつがみんななりたがるような、楽で儲かる仕事でもない。でも、もし弟子になるのなら、二人の生活費はちゃらにしよう。学費だけは出世払いで本人に返して貰うけどね」


 どうする?と聞かれて、チトセは抱いていたレイを見た。

 ぎゅっと自分の服を握ったまだ小さい手を見ると、頑張らなくてはいけないという気持ちがふつふつと沸いてくる。

 ―‐―そうだ、レイはあたしが守らなくちゃ。

 改めて強くそう思うと、チトセは机に額がつくほどに頭を下げた。


「……よろしくお願いいたします、師匠」


 それを聞いたルーカスは少しだけ恥ずかしそうに笑って、先生でいいよと言った。




 これが、今から十五年前のお話。

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