第九話 栗皮色のローブ
梅雨がすっかり明け、現実世界が本格的に暑くなってきた頃。
「んー、やっぱりこっちは涼しくていいなあ」
〈始まりの平野〉で俺は大きく背伸びをする。
さすがに、真夏の部屋のエアコン無しだと俺の本体が持たない気がするが、扇風機を回しているし、設定で現実世界の体温や、部屋の温度、外気温などのパラメーターも表示させることができる。部屋の温度が30度を超えたら警告音が鳴るように設定しておいた。
「お待たせ! お兄」
「お待たせっス、お兄さん」
小雪とミホが合流してきた。ナツキは部活があるから、もう少し後だ。
「おう。じゃ、今日も行くか」
俺は今日もダークセインの兵士狩り。ここ一ヶ月近くずーっとそれだ。
【殺戮者】の称号を手に入れてしまっている。レア2次職のアサシンのジョブも解禁されてしまった。まあ、ゲームだからいいのだ。
アサシンにクラスチェンジするつもりは無い。好みじゃ無いし。
さすがに小雪達は飽きると言って別なことをしているが、時々こうして俺を手伝ってもらっている。
ユキも今日は別行動。彼女は綻びを今も探し続けている。俺もこの戦争が終わればユキを手伝う約束だ。
「このエリアにもいないか…かなり減ってきたな」
最初は大軍だった帝国兵も次第に数を減らしているようで、あまり見かけなくなったエリアも多い。
二度ほどフェルディア王国軍とぶつかったようだが、どちらもフェルディアの勝ち。
二度目にはたまたま俺もその場に居合わせたが、ミルフィとガウェインが兵を指揮して戦っていた。
もちろん、俺も手伝って勝利に貢献し、褒美ももらっている。
「この分だと、フェルディアの勝ちで終わりそうっスね。掲示板だと帝国のNPCの士気はガタガタだそっスよ」
「だろうねえ」
黒き魔女はフェルディアが滅ぶなんて脅してくれたが、今頃あいつ、どんな顔をしているやら。
「ウー」
シロが森に向かって身構えた。
「敵か?」
だが、森から姿を見せたのは知った顔だった。
「よう、リュートやないか」
侍の格好をしたパーティ。ヒョウ柄なのでやたら目立つ。
「ああ、虎徹さん。珍しいですね」
「いや、ちょっと帝国に用事があってな。そっちは派手にやっとるようやないか」
「いやあ」
「ミルミル命っスからね」
「ああ、それか。VRの18禁、カスタムでミルミルにそっくりにできるで?」
「えっ!」
「ちょっとー、こてっちゃん! うちのお兄はまだ18歳じゃないよ。悪の道に誘わないでよー」
「悪ってなあ。これも大人の道やで?」
「ダメ!」
ふーむ。ま、そっくりと言っても、たぶん声は違うだろうし、ミルフィの心が大切だし……そういう愛のないアレはアレだからして。
本人じゃないと嫌だし。
「分かった分かった。じゃあ、またな。次の生産戦はオレらが勝つから覚悟しとけや」
「ええ」
「ボクらも負けないよー」
「おう。それと最近な、帝国側にむっちゃ強い魔導師が付いたっちゅう話や。PKされんように注意しときや。茶色のローブの男や。じゃあな」
「またニャー」
虎徹達が去って行く。
「さっきの話だけど…」
「お兄、18禁は有料でしょ」
「いや、そういう話じゃなくてな、強い魔導師の方だ」
「ああ」
「ふ、ふう、良かったっス。お兄さんがえっちな話をし始めたらどうしようかと。あわわ」
「落ち着けミホ。そんな話はしないから。それより、もうフェルディアの勝利は見えてるのに、なんで今更、帝国側に付く奴がいるんだろうな?」
「そりゃあ、お兄、ナツキちゃんみたいに、相手が強ければ強いほど燃えるタイプなんじゃないの?」
「逆境か。うーん、でも、あいつもなんだかんだで、そこまで無謀な戦いはしないだろ」
「うん、まあ、そこは本人に聞いてみるしかないよ。お兄、噂の魔導師、探してみる?」
小雪がそんな事を言い出すが。
「いやいや、強い奴は強いプレイヤーに任せるよ。陣さんとかな」
陣さんは基本的に深夜にプレイする人なのであまり見かけないが、野武士みたいな人だ。
「ん? メールが入ったな。ちょっと待っててくれ」
レーニアからかと思ったら〈アベル〉からだった。聖女親衛騎士団の幹部だ。
「えっ!?」
俺は自分の目を疑った。
そこにはミルフィが帝国軍に捕まったと書いてあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お兄、ちょっと待ってよ! せめてナツキちゃんと合流してから」
「いや、後だ」
俺はすぐさま情報があったエリアに向かう。
〈西の湿地〉
帝国領の国境近い場所で、街道から少し外れており、草むらのあちこちに小さな池が散在する場所だ。
なぜそんなところにミルフィが行ったのか。反攻作戦でもやっていたのだろうが、それにしても彼女が捕まるなんて、ちょっと信じられなかった。
帝国にそんな兵力は残っていないはずなのだ。
俺やプレイヤー達が毎日のように兵士を狩っていた。
普通のゲームなら無限に湧いてくるのだろうが、ミッドガーデンではNPCの人口や資源までもパラメーターとして管理されているようで兵士の数が減っていた。
とにかく、急がないと。
〈西の湿地〉に近づくと、黒いサーコートの鎧を着た兵士が哨戒していた。
俺を見つけるとすぐに襲いかかってくる。
「くそっ、邪魔だ」
【ファイアソード】の呪文で剣を強化し、攻撃力を上げての【十六連打】を浴びせてやった。
すぐに煙と化すが、敵兵はかなりの数だ。
どこから湧いて来たのかと。
疑問はすぐに晴れた。
俺の攻撃がミスで少し外れたときに敵兵の兜を弾いて飛ばしたが、蝋人形のような青白い顔をしていた。焦点は定まっていない。
「はわわ、こいつら、ゾンビです!」
ミホが狼狽えながら指摘したが、それだけだ。
普通に倒せるし、一度煙と化してしまえば復活してこない。
俺は向かってくる奴だけを倒して先に進む。
敵にスケルトンも混ざり始め、周囲の視界が悪くなってきた。
行く手を阻むように濃い霧が出てきている。
「くそっ、ミルフィはどこだ!」
俺は苛立ちながら周囲を探す。
「ワン、ワン!」
シロが吠えたので、俺はそちらに急いで向かう。
剣を打ち合わせる音が聞こえ、白い鎧の騎士が数人、敵に囲まれているのが見えた。
「今、助ける! 【十六連打!】【回転斬り!】」
「援護するっス! ――女神エイルよ、我が願いを聞き入れたまえ。ヒール!」
「いっくよー! ――怒れる雷神トールに捧ぐ、その威光をもって、紫紺の戒めとすべし! サンダープリズン!」
ミホと小雪も加わり、この場の敵は排除できた。
よし。
「かたじけない。リュート殿」
兜を被っているので顔は分からないが、聞き覚えのある声だ。カーソルは緑色のNPC、ミルフィの部下の白桜騎士団だな。
「ミルフィはどこだ?」
「この先に。黒い竜と戦っている最中に後ろからあの卑怯な魔導師に!」
「竜だって?」
「ええ、大物です。ブレスは紫煙の毒、吸い込むだけでやられます。お気をつけ下され」
彼も毒にやられているようなので、俺はポーションと毒消しを渡してやった。
「よし、行くぞ」
「お待ちを! 我々だけでなく、聖女親衛騎士団の部隊もアレに挑みましたが、返り討ちに遭っています。かなりの手練れの魔導師、ここは一度退いて――」
「じゃあ、お前達が退いて援軍でも呼んでこい。俺は進むぞ」
そのまま西に向かう。
いよいよ霧が深くなって数メートル先も見づらくなってきたとき――
俺の脇を走っていたシロが止まって唸った。
「ウゥー」
何も見えない。
だが、そこにいるのは分かる。
ズシン、ズシン、と大地を揺らしながらゆっくりと進む足音も聞こえてきた。
竜だ。
「ミホ! 風魔法で視界をどうにかできないか?」
「やってみるっス! ――四大精霊がシルフよ、その羽ばたきを突風となせ! ウインド!」
ミホが呪文を唱えると、霧が風で吹き飛ばされ、そこに竜が現れた。
大きい。
今までこのミッドガーデンで戦ってきた、どのモンスターよりも大きかった。
色は漆黒。
岩のような鱗が体全体を覆っていて、山が動いているようにも見えた。
その竜の背中の上に、白い鎧の騎士が一人横たわっている。
「ミルフィ!」
俺は彼女の名を叫んだ。
だが、ミルフィはぴくりとも反応しない。
生きているのか、死んでいるのか――
すぐにでも駆けよって助け出したいが、俺は先ほどの忠告を覚えている程度には冷静だった。
とっさの勘で地面を蹴って横に飛び退く。
そこに何本も氷の槍が刺さった。
「ほう、なかなかに素早いな。いや、勘がいいのか」
後方に現れた男が感心したように言うが。
「ええっ! そ、そんな」
「な、なんで…」
小雪とミホがその男を見て狼狽えた。
二人がよく知っている魔導師。
その栗皮色のローブには俺も見覚えがあった。




