第六話 クリスタルの渓谷
リアル時間の午後七時四十分、夕食と風呂を済ませた俺はまたミッドガーデンにログインした。
コテージの中に出る。
これはミホが提供してくれた野外専用のテントみたいなもので、HPとMPが全回復する優れものだ。
木造の家で普通にソファーもあってくつろげる。
ミルフィが座っていたが、他のみんなはまだログインしていなかった。
「あ、リュートさん、お帰りなさい」
鎧では無く、軍服のミルフィー。
「ああ。他はまだみたいだな」
もちろん、確信犯だ。集合予定は八時だからな。早くミルフィに会いたい一心で急いだが、こうして二人きりになると何をどうしていいか分からず困ってしまう。
ひとまず、俺はソファーに座った。
「……」
「……」
手持ち無沙汰でコテージの中を見回し、そしてお互いの視線が前触れ無く合ってしまう。はっとして俺とミルフィはまた視線を外す。
「み、みんな遅いなぁ」
「そ、そうですね」
あー、くそ、思った以上に緊張してきた。
いつものミルフィならどうと言うことは無いんだが……ミルフィもデートを意識してしまっているようで態度がおかしい。
「あ、お茶を入れますね」
「お、おう」
ミルフィが温かいココアを用意してくれた。
砂糖をスプーンでこれでもかと入れてやったが、ミルフィは何も言わず微笑んでいる。
正直、味はよく分からん。
だが、とても温かい。
「ふう、落ち着くな」
「はい」
静かな、こうしてただココアを飲んでいるだけの時間。
ゆったりと過ぎる時間がとても心地良い。
こういう彼女が本当にいればなあと思ってしまう。
「ミルフィ」
「はい、何でしょう?」
「また…、またいつか、俺とデートしてくれるかな?」
「ええ、喜んで。また誘って下さい。スケジュールは調整してみます」
それが実現するかどうか……いや、ミルフィは約束を守る人物だ。そう思っておくことにしよう。
「待たせたでござる!」
しゅたっと俺の真後ろに着地する奴。しかも、その場でタタタッとダッシュしたり、落ち着きねえなあ、コイツ。
空気読んで!
「全然、待ってねえよ。と言うか、お前、室内で走るな」
「おっと、ここは廊下と同じ扱いでござったか、いや、失礼。しかし、やはりここはイイでござるな。自由に動けるのがまたイイでござる」
「うん? まあ、補正がかかって凄いジャンプもできるけどな」
「ああ、いや、それも楽しいでござるが…この視点の高さ、リュート殿を見下ろせるのはなかなかに爽快でござるよ」
リアルの身長でも低いのかね、コイツ。ま、そこは追及しないのが優しさってもんだな。
「あっそ」
「うひひ、小雪ちゃん、登場~! って、あれぇ? なんだ、〈シズマ〉がもういるし。しかもお兄、ベッドシーンまでは要求しないけど、キスをしかけてたから慌てて姿勢を正す二人でした! …くらいは演出してくれないと、楽しみが無いんだよ!」
「知るか」
「ロ、ログインしますですよ~」
目をギュッと閉じてミホも入ってくるし。
「お前も普通に入れっての。俺をなんだと思ってるんだ」
「それは性欲を持て余してる男子高校生――」
「じゃ、全員そろったみたいだな」
華麗にスルーで。
「あーん、お兄、そこツッコんでよー、結構言うの恥ずかしいんだから、放置しないで」
だったら最初からやるなと。可愛いのでお前は放置プレイな、小雪!
「出発するか」
「「「おー!」」」
コテージが一瞬で消えさり、再び荒野が目の前に広がった。
俺はステータスと装備を確認する。問題無い。シロも一緒だ。
「あ、お兄、この先、ちょっと寄り道してもいいかな? 〈クリスタルの谷〉はカップルに人気の観光スポットなんだよー?」
「ほー。ま、反対が無ければいいぞ」
パーティーメンバーの意見を聞いてみることにする。
「拙者は構わぬでござる。リュート殿と一緒なら、たとえ火の中水の中、地の果てまでお供するでござるよ!」
やめて! その熱すぎるパーティー愛がちょっと怖い。
「私も反対はしないでありますけど…いいの? 小雪ちゃん」
「何がー?」
「あ、うん、いや、まあ、何でも、あはは…」
ミホは何か引っかかるようだったが、反対はしないと言うし、まあいいだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「「「おおー」」」
渓谷の中腹から見渡す景観に、俺達は感嘆の声を上げた。
〈クリスタルの谷〉と言うだけあって、その渓谷はすべてが透明のクリスタルでできており、陽光を幾重にも屈折させながら輝く様は圧巻だった。
下の滝からは水煙が立ち上っており、虹がうっすらと見えている。
「こりゃ凄いなあ」
自分、カップルの観光スポットなんて興味ないっすから。
と思っていたんだが。
「綺麗……」
ミルフィも見とれているが、かー、ここで君の方が綺麗だよ、とか言ってみてぇ。
「ね! 来て正解でしょ! しかも春だと花が咲いてるなぁ」
小雪が見回しながら楽しそうに言う。
「ふえー…はっ! あわわ」
気の抜けた声を出したミホは俺と目が合って慌てていた。
え? 声優好きでNPC好きの変態とは目を合わせられないと?
ショックだなぁ。
「ほほう! これは一見の価値があるでござるな。ヤッホー!」
うるさいぞ、シズマよ。
こだまが聞こえてきて面白いのは分かるがオマエ小学生かよ。
でも、俺もちょっとやってみようっと。
「ヤッホー!」
ホー、ホー、ホー……
ウホッ、楽しっ。
「ヤッホー!」「ヤッホー!」「ヤッホー!」
小雪もミホもミルフィも混ざってヤッホー大会。
「やー、大満足! 堪能したねー」
妹の小雪が嬉しそうで何より。
「ああ。じゃ、先に進もうか」
「うん! でも残念~、〈クリスタルの花〉が咲いてないや」
「ん? 小雪、それってその辺の花とは違うのか?」
「違うよ、クリスタルでできた花で、それを見つけたカップルは永遠に結ばれるっていう伝説があるんだよ!」
ほう。ま、後でミルフィや真衣と一緒にまた来よう。ユキも誘ってみるかな。
や、普通に景色が良いからであって、他意は無い。
〈クリスタルの花〉が見つかると良いなとは思うけどさ。
俺は運命や神話なんて信じない。
どんなに願おうとも世界に神様なんて初めからいないのだ。
俺はそれを骨身にしみるほど知っている。




