第四話 交渉
俺は王女パティからのクエストを引き受けた。
ダークセイン帝国に潜入し、かの国がどういう状況か、フェルディア王国に攻め込む意思があるかどうかを調べなくてはならない。
期限は一ヶ月。
「リュートさん」
後ろからミルフィが追いかけてきた。心配そうな顔だ。
「もし、難しいとお考えでしたら、私からパティ様にはお伝えしておきますから」
「いや、大丈夫だよ。それよりミルフィ、これ、なんだけど…」
俺は手に持っている一枚のカードを取り出して、おずおずと彼女に見せてみる。
これこそがクラン戦優勝MVPの最高報酬、『聖騎士ミルフィーユとの一日デート券』!!!
解説しよう!
ミルフィーユ=フォン=バルドー侯爵家長女、花の十六歳。乙女座の八月二十五日産まれ。血液型はA型。
神聖フェルディア王国の誇る精鋭、白桜騎士団の団長をこの若さで務める。
淡い色のふわっとした質感の金髪で、髪型はもちろん清楚なセミロング、大人びたナチュラルウェーブだ。
知的で大きめの空色の瞳に優しそうな眉、すらりとした鼻、あどけなさが残る小さな唇、クッ!
身長157センチ、体重不明、スリーサイズは知っているけど内緒だ。
真面目な仕事ぶりで周囲からの信頼も篤い。当然だな。
信頼できる筋の情報では付き合っている男性はいない模様。絶対に処女。処女じゃなかったら運営を爆破して俺も死ぬ!
彼女は日々、任務に訓練に警備にと忙しく過ごしている。
フェルディア王国の家臣で唯一、聖騎士の称号を持ち、オマケに料理もできる完璧美少女。
俺のお嫁さんにしたい女の子第一号である!
以上、脳内解説の所要時間ゼロコンマ六秒。
その彼女とデートができるという夢のようなチケット。
それがこの手に!
「え? これは何ですか?」
なんて首を傾げながら言われたらどうしようかと、ドキドキだ。
ゴクリ。
「あ、ああ…は、はい、存じております」
頬を赤らめるミルフィ。
うひょ!
「そそそそ、そうか、そーかそーか、ははは、いや参ったなー」
「お兄、少し落ち着こうよ。これ全年齢対象ゲームだから、デートと言ってもパーティー組むだけで、どうせキスも無いよ?」
「小雪……何もそんなハッキリと言わなくたっていいじゃないか」
ひょっとしたらこの先に……と淡く密かな期待を抱きつつ、全年齢対象の漫画や小説のページをめくる青少年の夢を無惨にぶち壊すようなコトを言わないでくれ。
「それにお兄さん、ミルフィーユさんはNPCですよ?」
ミホがここで言っちゃダメな事を言う。
「アーアー、聞こえない」
「ダメだこりゃ」
「うわぁ、ここまでだと、正直ドン引きっス」
「いいの! これは俺が血を吐き額に汗を垂らす気分で頑張って手に入れた報酬だ。ミルフィ、君の都合の良い日にちを教えてくれないか?」
俺は途中で優しい声に切り替えて言う。
「は、はい、それはいつでも…」
「ミルミル、ちゃんと自分の都合を言った方が良いよ? 忙しい立場なんだし」
「そーですよ。だいたい自分の意思に反するような強制は良くないと思います」
や、か、ま、し、い、よ! 二人とも。
「いえ、私の意思に反してはいないと言いますか…」
両手で三角形を作ってつんつん指を合わせているミルフィは、もう見ているだけで萌え死にそうだ。
「よしっ! 今からデートだっ!!!」
ここで使わずしていつ使う!
オーケーが出ていながら申し込まない男など世界にいるはずがあろうか?
『〈聖騎士ミルフィーユの一日デート券〉を使用しました。今から24時間のプレイ中、ミルフィーユを独占できます! ログアウト中は時間経過しませんので、無理の無いプレイをしましょう』
「うお、ログアウト中の時間はノーカウントだって!」
「えー、それだと一週間デートじゃん」
「運営も甘々ですねぇ」
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ」
「おお、おおおお…!」
「ちょっと、ミルミル、何その挨拶、結婚じゃないんだよ?」
「運営共々バカだと思います、ええ」
「す、すみません、緊張してしまって思わず」
「そこっ! ミルフィは一生懸命なんだ、茶化すのはやめたまえよ、君たち」
「お兄のネジがちょっと飛んでるし…ハイハイ、じゃあ、勝手に二人でイチャイチャしててよ、ふんだ」
「大丈夫っスか? 現実の女の子なんてもう要らない、みたいなことを言い出さないか、心配です……ちゃんと戻って来て下さいね? 待ってる人だっているんですから……」
そう言って二人が立ち去ろうとするので。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、いきなり二人きりはキツイ。もう少しいてくれ」
俺はとっさに小雪の手を掴む。
女の子と二人きりのデートなんて何をいったいどうしてさっぱり落ち着こうなんだぜっ!?
「えー? お兄、あれだけ気合い入れておいて、へたれー」
「ですね。NPC相手にここまでパニクるお兄さんも萌え萌えですけど」
仕方ないなあと言う感じで二人が残ってくれるようだ。ふう、助かった。
恋愛経験値ゼロ、彼氏職レベルゼロの俺にこのミッションはちとハード過ぎた。
普通のパーティーだと思いつつ、あまりムードを盛り上げないようにしておこう。
テンションを上げすぎて何かやらかすのも怖いしな。
「じゃ、お兄、まずは蒼星本部に戻って報告したらいいんじゃないかな?」
「おお、頼れる妹よ、その通りだな。行こう」
こうして俺とミルフィの稚拙な24時間デートが始まってしまったのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ドクン、ドクン。
俺の名はリュート、しがない新人冒険者だ。おっと、今のは俺のハートビートだ。
これから24時間ぶっ通しで憧れの美少女聖騎士ミルフィとのデートなんだ。
フェルディ王国の国防を左右する重要任務も任されちまったから、
一分一秒とも無駄にできないぜ。
ドクン、ドクン。
0:09:27
――蒼星騎士団本部、沙耶の執務室。
「ええ、話は分かったわ。うちの騎士団でもダークセイン帝国に行ってるプレイヤーが何人かいるから、依頼元は内緒にして私がいくらか情報を集めておくわ」
沙耶に事情を説明すると、すぐに了解してくれた。頼れるクランリーダーだ。
「「 ありがとうございます 」」
俺とミルフィは礼を言い、ミルフィは頭も下げた。
「だけど、クラン戦は昨日終わったばかりだし、生産と戦闘の種目の違いがあるにしても、大規模なことにはならないと思うわ」
やはり沙耶もそう考えているようだ。
「ああ、そうそう、ダークセイン帝国までのマップを渡しておくわね」
「どうも」
紙のマップを受け取ったが、すぐに消えた。念のため、エリアマップウインドウを確認したが、オートマッピングの踏破エリアが広がっていた。
これで迷う心配も無いだろう。
「フィールドを遠出するなら、索敵に優れた斥候のクラスを入れておいた方が良いわ。回復はアイテムと聖騎士だけでも何とかなるでしょう」
「はい」
「うちで斥候って言ったら、誰がいたっけ?」
小雪が人差し指を口元に当てて首をひねる。
「リュート君とプレイ時間が合うのは〈ジェニファー〉かしらね」
「〈佐助〉さんもいるっス!」
沙耶とミホが名前を挙げてくれたが。
「パーティーメンバーについては俺に少し心当たりがあるので」
「そう、ええ、知ってる人がいるなら、その方が良いと思うわ」
俺達は蒼星騎士団を後にして、次の場所へと向かった。
しかし、まさか数分もしないうちにあんなことが起きるなんて、浮かれていた俺の頭には予測も付かないことだった。
一寸先は闇だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ドクン、ドクン。
0:13:16
――〈王都・南の商業区〉
平和そのものであった王都の一角で、突如、建物の壁が爆発した。
粉塵が舞い、すぐには何も見えない。
周囲にいた街の人や冒険者も何事かと緊張する。
「こっちです! 早く!」
そんな中、ミルフィが叫ぶ。
「くそっ、なんだってこんな事に!」
俺は悪態をつきながら瓦礫の上を乗り越えた。
「あー、追っ手が来たよ、お兄!」
「はわわ、向こうからもです!」
俺達四人は今、明確な殺意を持った敵の集団に追われていた。
「追えっ! 裏切り者を逃がすな!」
「攻撃魔法の使用を許可する! 隊長命令だ、構わん責任はすべてオレが取る。やれっ!」
「了解ッ!」
「言われなくとも!」
「生きてこの王都を出られると思うなよ!」
白い鎧の騎士達がわらわらと出てきて、追いかけてくる。
「うひっ!?」
俺のすぐ右脇を炎の玉がかすめて飛んでいく。
他にも矢が数本。
ナイフも飛んでくるし。
こりゃ、死んだかな。
俺はそう思いつつも、先を行くミルフィを必死で追いかけた。
「おのれ、リュート! チケット献上ならまだしも、使用済みを見せつけに来るとは!」
「いつもいつも自分一人で独占しやがって…!」
「この恨み、晴らさでおくべきか!」
「私だってお姉様とデートしたかったのにぃ!」
「お、お前ら、気持ちは分かるが、大局を見ろよ! 神聖フェルディア王国とミルフィのために協力しようとは思わないのかー!」
俺の絶叫が街に響き渡る。
うん、人選と目的地をミスったね。
〈聖女親衛騎士団〉ならミルフィに無条件で協力すると思っていたけど、甘かった。




