第十三話 水沢家の緊張
今日の水沢家の夕食は、まるで冷戦でも始まったのかという緊張状態にあった。
深雪が彼氏がいるなんて口を滑らせるから……。
いや、悪いことでは無いはずだ。
家族の一員としてはむしろ応援すべき事なのかもしれない。
でもなぁ。
どんな奴か知らないと応援だってできないよな。
ひょっとしたら俺の義理の兄になるかもしれないのだ。
ええ? 次は兄貴ができちゃうの?
スゲえ気になるが……。
小雪も親父も雪代さんも俺も、誰一人として発言せず、ちらちらとお互いの目を見る。
深雪の席に肝心の本人の姿は無い。
「オホン、深雪ちゃんはどうした?」
親父が普段は読みもしない新聞を広げているが、逆さになってるぞ。しかもドーハの悲劇って相当前の話だろう。その新聞はいったいどこから持ち出したのかと。
動揺しすぎだ。
「さっき、呼んだらすぐ行くって」
小雪が肩をすくめて答えた。
「そうか。うん、遅いな。そうか、うん」
ダメだ、完全なポンコツ状態になってやがる。二回も結婚した実力はどこへ行った。
「ママ、上手く聞き出してよ」
囁き声で言う小雪。
「それはあなたの方から切り出して」
こちらも囁き声で言う雪代さん。二人にとってもかなりショッキングでナーバスな話のようだ。当然だな。
と、小雪と雪代さんが期待したような目を俺に向けてくる。
お、おいおい。
いや、無理無理、無理だから。
家族になって一週間ちょっとの俺にそんなハードな要求をされても困る。
お兄ちゃんとしても力になりたいが、それは無茶だ。
第一、俺は深雪に経済制裁レベルで嫌われてる感じだからな。
その辺の交渉は友好国の外交官がやるのが順当だろう。
「竜人君、お小遣いアップで手を打つわ。どうかしら?」
「お兄、私のパンツも、チラッと見せてあげるから」
なんでそこでニンジンをぶら下げて現実味のある交渉をしてくるかな、二人とも。
しかも小雪の報酬はうっかり承諾したら今後の俺の立場がなくなる罠だろうに。
「いや、そう言うのは、やっぱり、小雪や雪代さんが――」
そこまで俺が言いかかったところで、当の本人が入ってきたので、はっとして沈黙してしまう。
深雪は冷ややかな視線で家族を一瞥すると宣言した。
「私、今日は自分の部屋で食べるわ」
「そ、そう。分かったわ。じゃあ、お盆に用意するわね」
さすがに雪代さんも今回は頭ごなしに叱ったりせず、妙に優しい。
「うん、まあ、それがいいだろうな」
親父も同意したのはいいが、まるで深雪を遠ざけたいように聞こえるので悪手だ。
「親父、そんな言い方は無いだろう」
俺は注意しておく。
「お、おお、いや、別に深雪ちゃんがここで食べたいなら、それでいいんだぞ」
「遠慮しておくわ」
お盆に自分の皿を入れて深雪が台所を出て行く。
「「「 ふうー 」」」
階段を上がるスリッパの足音を聞いたところで、四人全員が緊張を解き、長~い息を吐いた。
「これじゃ身が持たんな」
「そうねえ。あ、健吾さん、ビール、飲みましょうか」
「おお、それがいいな」
「ちょうど冷蔵庫で冷やしてたの」
「いいねえ」
酒でごまかそうとする二人。ま、今日はそれでいいかもしれないが…。
「竜人、お前も…、アレだ、彼女の一人くらい、家に連れてこい」
「なぜそうなる」
「だって、ねえ?」
雪代さんまで同感の様子。
「お兄ちゃんの彼女なら、ここまで緊張しないもん。彼女さんの方は緊張するだろうけど」
小雪が言う。そんなものかね。
「あ、そうだ、マイちゃんを俺の嫁にするって――」
「うおーい!」
小雪が家族の前で凄く微妙な話題を出してくれるので、俺は思わず大きな声で妨害する。
「なんだ、竜人、そんな子がいたのか。お前も隅に置けないな」
「違う。冗談なんだって」
「あら、でも、どんな子なの?」
「んーとねえ」
「小雪」
「えー、いいじゃん、どんな子かくらいさー」
「ダメだ」
「お兄のケチ。あ、全然違う話になるけど、ディスティニーランドでねー」
話題が変わり、普段の調子を取り戻した小雪が楽しく旅行の話を始めた。
落ち着いたが、深雪も交えてこういう話をしたいと俺は思ってしまった。
どうしたもんかね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺が風呂から上がって自分の部屋に戻ろうとすると、廊下で深雪と出くわした。
お互い、ちょっと立ち止まり、ばつの悪い空気を味わいつつ、道を譲って通り過ぎる。
なんだか、全裸の一件や下着の一件よりも一層よそよそしくなったようで、このままじゃいけない気がした。
「深雪」
「何?」
「話があるんだが、いいか?」
「私には無いわ。どうせ彼氏のことを聞きたいだけでしょ」
「いや、それは聞くつもりは無いよ。気にはなるけど…その事じゃないんだ」
「じゃあ、何?」
「夕食、朝飯もだけど、ずっと一人で食べるつもりなのか?」
「それは…ほとぼりが冷めるまで、かしら」
深雪もこのままで良いとは思ってないようで、それなら突破口はありそうな気がする。
「なら、早めにそうなるように、俺も対策を一緒に考えてアイディアを出せるかもしれない。そうだな、十五分間の話し合いでどうだ?」
「十分だけ。それなら話し合いをしてもいいわ」
「よし、決まりだ。俺はちょっと髪を乾かしてから君の部屋に行くよ」
「待って、私があなたの部屋に行くから、乾かし終わったら呼んで」
「分かった」
意外にスムーズに段取りが取れた。まあ、話し合いで無言が続いてしまうと、意味が無いのだが。
いや、家族として同じ問題に協力して取り組む、そういう姿勢が取れれば、一歩前進だろう。
別に深雪を攻略するとか、そんな話ではないが、小雪やみんなが和気藹々と仲良くなっていく中で、彼女だけ置き去りというのも俺にはしっくりとこない、それだけのことだ。
髪を乾かし終わって深雪を俺の部屋に呼ぶ。
「ああ、悪いな、クッションが無いや」
「別にいい。この椅子を借りるわ」
パソコンラックの椅子に座る深雪。俺は勉強机の椅子に座ることにする。ベッドは止めとこう。
「で、だ。夕食の微妙な空気の解決策なんだが、どうだろう? 君の冗談だった、と言う事にして一件落着にするってのは」
無かったことにすれば、親父達もほっとして元通りになるだろう。
「嫌よ。それだと、私が家族の注目を浴びたいために狂言をやらかした痛い子みたいになっちゃうじゃない」
せっかくの俺のグッドアイディアを深雪が拒否した。やはり手強い。
「じゃあ、別れたことにしたらどうだ。それなら注目狙いでもないだろう」
「似たようなものね。それに、私がすぐフラれるような子で、しかもみんなが急に優しくし始めるのも嫌だわ」
「お前、面倒臭い奴だな」
「何よ」
「まあ、分かった。君の気持ちだ。喧嘩はよそう」
「そうね。あなたが余計な一言を持ち出してきたんだけど、大目に見てあげるわ」
ムカつくけど、論理的にはそうだ。落ち着け、竜人。
「そりゃどうも。じゃ、君が相手をフッたことにすればどうだ?」
「ううん、それもやっぱり微妙ね。関係を維持できない『堪え性の無い子』という印象も出てきそうだし、それに、私の見る目が無かったってことでしょう?」
「まあ、そう言えなくも無いが、そこまで考える奴はいないだろ」
「いるわ。小雪が絶対、からかうに決まってるし」
「うーん」
これは先に小雪に言い含めておくべきことだったな。
「あ、今から小雪と口裏を合わせるのも止めてね。あの子が訳知り顔でうんうんって笑顔で頷いてたら私のプライドが傷つくわ」
「お前、ホント面倒臭いな…」
「ほっといて。でも、ふふっ、ありがとう。胸の内をハッキリ言えて少しスッキリしたわ」
「お、おう、そうか」
まさか俺の気遣いに対して素直にお礼を言える子だとは思ってもみなかったので、不良がたまにちょっと優しくしてくれて『ヤダこの人、実は良い人!?』と惚れちゃう少女漫画的な感覚を、不覚にも味わってしまった。
『期待違反理論』ってヤツだろうな。
「そんなに気にしてくれなくても、そこまでの付き合いじゃないわ。まだ友達ってところかしらね」
「ああ、なんだ…じゃ、それをみんなに言えば」
「そうね。でも、小雪が『まーたお姉、背伸びしちゃって』みたいなニヤつきをするかと思うと、ああもう! 耐えられないわ」
冷淡な奴かと思ってたが、なるほど、小雪と元のDNAが一緒の姉妹だな。
「言っておくけど、ちゃんとナンパされたんだから」
「へー。え? それは……」
軽薄な茶髪ピアス野郎に街で声をかけられたのだろうか?
だとすると、あまり社交的でない、言い換えれば男を見る目がなさそうな深雪はちょっと心配だ。
「何よ?」
「ナンパなんてしてくるような男とは付き合わない方が良いぞ。もっとお互いを知っているような関係の方が――」
「待って。それ、お説教? それとも単なるアドバイスなの?」
「ああ、まあ、お説教かな」
家族としての。
「そう。知り合って一週間くらいで家族面されるのも、私、気に入らないのだけれど」
「それもそうだな…いや、すまん」
言われてみれば、なるほど、急に踏み込みすぎた気がした。
「じゃ、話は終わりね。みんなにも、ナンパされてちょっと付き合ってるだけ、ううん……真面目に付き合ってもいい相手だと思ったから付き合うことにした、そう言うことにするわ」
「そうか」
深雪自身も、軽くナンパされて付き合うというパターンには抵抗があるようで、そこはなんだか俺も安心してしまった。
彼女が真面目に付き合っても良いと考える相手ならば、少なくとも茶髪ピアスが相手ではあるまい。
「あと、学校では秘密にして。家族だけの情報よ」
「分かった。まあ、公開した方が大滝のアタックは防げる気がするが…」
「ああ、うーん、いえ、それでもよ」
「分かった。言わないよ」
「ええ」
俺の答えに満足したようで深雪が椅子から立ち上がった。
「じゃ、お休み」
まだすぐ寝る時間ではないだろうが、言っておく。
「ええ、お休みなさい」
深雪が自分の部屋に帰っていった。
俺はこれ以上詮索しても仕方がないと割り切ることにする。
ベッドに横になり、サイドコアを起動。
「それにしても、あの深雪をその気にさせるって、いったい、どんな奴なんだ?」
さっぱり見当が付かない。
少なくとも親父よりももっと実力がありそうな男だ。
年上だろうなぁ。年下だったら怖い。
小学生とか? いや、それだけはねえだろ…。
………。
よ、よし、ゲームの時間だ。ゲーム、ゲーム。




