第八話 ミッドガーデンでの迷惑行為
大勢の冒険者達がじっと見つめてくるので緊張する。
どこで攻撃してくるかな?
普通に考えるなら、橋のド真ん中だろう。
包囲してタコ殴り、そんなところだろうな。
逃げ切れるとは思えないが、真ん中手前に来たら、ダッシュしてみるか。
仮に死んだとしてもゲームの中だし、ユキはもう向こう岸に辿り着いている。
彼女が俺を救出しようと戻ってきそうな気もするが、そこで「俺のことは気にせず先に行け!」なんて言えたら、格好良くね?
なんてことを考えていると、吊り橋の真ん中近くまで来た。高さは無い。橋の下にも大勢の冒険者が詰めていて、浅瀬に入っているが…。
「リュート! 走って!」
「ええっ?」
ユキが、わざわざこちらに向かって走りながら叫ぶ。
「くそっ、来なくていい!」
タイミングをすかされた俺はユキに怒鳴り返しながらダッシュをかけた。
「今だ!」
「作戦開始!」
「因幡の白ウサギッ!」
「よっしゃ、やるでぇー」
「ええじゃないか、ええじゃないか!」
冒険者達が口々に叫んで、何かを始めた様子。
てっきり、剣を抜いて襲いかかってくるものだと思っていたが、そうでは無かった。
その場で狂ったように暴れるものの、俺には攻撃してくる様子はない。
誰かが叫んだが、ええと、因幡の白ウサギって、どんな話だっけ?
ワニを飛び越えるウサギが、最後に皮をひん剥かれて悲惨なことになることだけは覚えているのだが。
とにかく、橋の中央の道は空けられたままだ。
ここを通り抜ければ俺の勝ちだろう。
一気に駆け抜ける。
行ける。
そう思った刹那――
「なにっ!?」
急に俺の走るスピードががくんと落ちた。
なんだこれは?
足が橋の丸太に着かない!?
俺の体が空中で止まっている…だと?
いったい何が起きているんだ?
重力系や金縛りの【スキル】か?
だが、スピードが落ちているのは俺だけではなかった。
その場の冒険者達も全員、動きがおかしくなっていた。
「ハッハー! いいぞ、お前ら」
「こりゃスゲえ、こんなにカクってんのは久しぶりだ!」
「ひょっとしたら落ちるんじゃねえのか?」
「量子コンピューターも大したことないな!」
「もっとやれ!」
「踊れ踊れ!」
「負荷を掛けまくれ!」
ようやく、俺はこいつらが何をしようとしているのかが分かった。
ラグだ。
VRゲームのサーバーに一斉に動作信号を送り、処理能力の限界を超えさせようとしているのだ。
音声すら音調が変わってエコーがかかり、メッセージ・ログ・ウインドウを見ないと何を言ってるのか分からないほどだ。
「アホくさ…」
幼稚な嫌がらせ行為に俺は緊張感が一気に抜けてしまった。しかも集団って。
だが、俺の体はスローモーションになったままだ。
処理を少しでも軽くしようと、ウインドウをいくつか閉じようと意識を飛ばすが、くそ、受け付けてくれない。
仕方ない、いったん、ログアウトするか。
うえ、できない……。
ええ? このまま俺は数十分も浮いたままかよ!
「リュート! 逃げて!」
嫌がらせ冒険者を斬り捨てながらこちらに走ってくるユキだが、俺もそれができれば苦労しない。
下を見ると、川に入っている冒険者も動き回っているようで、水しぶきが激しく散っている。
なるほど、この処理が一番、負荷が掛かってるんだろうな。だから下にも陣取っていたか。
リアルで重い高画質オブジェクトを逆手に取ったDDos攻撃だ。
「《GM森里》です! プレイヤーの皆さんは直ちにこの場から離れて下さい! 川から出て下さい!」
「うおっ、森里が来やがった!」
「早いぞ、おい」
「チッ、対応が早すぎる」
意外と早く運営が対処を始めたようだが、素直に従うプレイヤーは数えるほどしかいない。
「やっぱりだ! 〈リュート〉は運営メンバーだ! だからこんなに早く運営が出てくるんだろ!」
「違いますよ! 〈リュート〉君は一般の高校生です。デマを流すのは止めて下さい。永久BANにしますよ!」
「やってみやがれ、この野郎!」
「そうだそうだ、お前らなんか怖くないぞ!」
「運営こそ、デマを流すんじゃねえ!」
「構わん、やれ、森里。適当に何人かBANしちまえば、散るだろ」
誰かが指示する。
「ええ? いや、それは…」
「いいんだよ。ここにいる連中は全員嫌がらせ目的だ。証拠の会話ログも取ってある! 規約も問題無い。やれ!」
「りょ、了解」
「やれるもんならやっ――ピー、《利用規約に違反したため、アカウントが即時削除されました》」
「やべえ! 垢BANしてきやがった」
「マジか!」
「怯むな! どうせ全員は無理だ!」
「森里ぉ、消費者センターに訴えるぞ!」
「くそっ、オレは降りるぞ! 条件不確定のレアジョブを消されて堪るかよ!」
「BANされるなんて聞いてねーよ!」
慌てて川から上がり始める冒険者達もいるが、彼らも水しぶきを立ててしまうので、全員がスローモーションのままだ。
こりゃ、しばらく待つしかないか。
「ねえねえ、キミキミ、ここから抜け出すの、手伝ってあげようか?」
パーカーを着た子供が俺の近くに来て言う。
なぜかコイツは自由に動けるようだ。
この子の頭の上にカーソルは無い。何かスキルを使って隠しているのだろうか。それとも混雑して上手く表示されてないだけか。
「できるのか?」
「かーんたんだよぉ。その代わり、タダって訳にはいかないなぁ」
「分かった。一万ゴールドで手を打とう」
「ええ? お金なんて要らないよ。それより、オイラはキミが持ってる《黒い雲水晶★》がいいな!」
水晶玉か。
ユニークアイテムのようだが、使い道も分からない安物だ。
ま、アイテムボックスで邪魔臭く埃をかぶってる状態だし、ひょっとするとこのためのイベント用アイテムだろう。
損は無い。
「分かった、取引成立だ」
「やりぃ! じゃ、キミのパーティーもばっちりテレポート・サービスしちゃうよ。二名様と一匹、ご案内~!」
その子がジャンプすると、目の前の景色が一変した。
「んん? ここは…」
地面に着地したが、ズブッと俺の足が沈む。
雪だ。
周囲は雪以外には何も無く、薄暗い空が天を覆っている。
灰色の世界。
さっきの冒険者達はもういなかった。
「ううん、どこなの、ここは」
ユキも隣で周りを見回している。エリアマップ・ウインドウを開いてみるが、???で未踏の地としか分からない。座標すら不明。
数日前にも遺跡の地下で似たような事に出くわしているので、その緊張が蘇る。
思わず身震いしたが、吐く息が白い。単純に寒いのだ。凍えそう。
って、さっきのアイツはどこ行った?
「ワン!」
シロが後ろに向かって吠えた。
「おっと、もう見つかったかぁ。ちぇっ」
さっきの男の子が雪の中から起き上がる。
「何をやってる」
「いやぁ、君らの慌てる様子を見たかったからね」
悪趣味な奴だ。【テレポート】のスキルが使えるようだが。相変わらず、カーソルが無い。
「ここはどこだ?」
他の質問は後にして俺はまずそれを聞いた。
「ニブルヘイムだよ」
「ニブルヘイム? なぜここに」
「んー、なんとなく?」
「おい。俺としては炭鉱都市エスザールが一番良いんだが」
「せっかく助けてあげたのに、注文の多い客だなぁ」
「あなたがここへ私達を連れて来たの?」
ユキが質問する。
「そうだよ! じゃ、約束だからね。《黒い雲水晶★》をもらうよ」
「いいだろう。持って行け」
俺はアイテムボックスから水晶玉を出して男の子に渡してやる。
「それをどうするつもりなの?」
ユキが聞いた。
「んー? 欲しがってる人がいるから、プレゼント…いや、取引しようと思ってね! RPGの基本でしょ?」
「そうだな。できれば、俺達をエスザールに送ってくれ。そうしたらもう一つアイテムをやってもいい」
「いらないなぁ。キミはもう良いアイテムを持ってないみたいだしさ」
「じゃ、私があげるわ」
「おっ? じゃ、キミにはそうだなぁ……処女で!」
「は?」
「おい」
俺はそのませガキの頭をがしっと掴む。ビジュアル系ロックバンドのような黒髪だ。
「いててて! 何するんだよぅ」
「アカウントをBANされたくなかったら、もっとまともな要求を出せ」
「むー、じゃ、ベロチューで我慢してやるよ、痛い痛い痛い」
「アイテムにしろ、アイテムに」
「つまんないなあ。じゃ、キミが一番大切にしてるもの、にしようかな」
「嫌よ、そんなの。高すぎるわ」
「じゃあ、取引はご破算だね! 一生、ここで這いずり回るがいいよ!」
コイツがテレポートを使うと直感したので俺は叫ぶ。
「シロ!」
「ガウ!」
賢いシロが俺の意図通りに奴の足に食らいついた。
「ぎゃー! ちょっと、何するんだよ。この体、まだ馴れてないから上手く力が使えないってのに!」
「いいだろ? そのご自慢のテレポートさえあれば、どこだって自由なんじゃないのか? なら、俺達をエスザールに運ばない理由がどこにある」
「そりゃ面白いからさ!」
性格の悪いガキだ。
「俺は面白くないぞ。なんならシロにずっと噛みつかせておこうか」
「うえ、勘弁してよ。分かった。じゃあ、エスザールだね? 今なら断然お得なハンマーも付けちゃうよ!」
「いいからさっさとテレポートしろ。話はそれからだ」
「分かったよ。それっ!」
男の子がジャンプすると景色がまた変わり、今度は街に出た。ほっとする。エリアマップを確認するまでもなく、空中に〈炭鉱都市エスザール〉というキャプションの文字が浮かんでは消えていく。
「よし、シロ、もう良いぞ」
「ワン!」
「うう、酷い目に遭った。じゃ、ほら約束のハンマー」
「おう、それは別に良かったんだが。じゃ、ありがとな。代わりにコレをやろう」
ありがたい本を渡してやる。
「学問のすすめ? ふーん、ありがとう、リュート」
「ああ。ええと…」
こいつの名前をまだ俺は聞いていなかった。
「ここじゃ〈ソラ〉でいいよ。オイラの馴染みの名前、予約済みで使えませんって出るんだよねぇ」
「ああ、かぶっちゃ仕方ないな。こういうのは早い者勝ちだ、ソラ。またな」
「うん、またね、アインへリアルの戦士達」
手を振ったソラはまたテレポートして一瞬で消えた。




