第四話 久遠静奈
「では、また会おうぞ、ゴリアテのルーキーよ!」
「ヒッヒッヒッ、それではまた」
〈アルデバラン〉と〈蛇丸〉の二人は去っていった。
「やたら濃ゆい人達だったねぇ……あっ、フレンドからだ、ちょっと待っててね、お兄ちゃん」
「ああ」
小雪がメッセージを処理している間、俺はシロにお手をやらせて待つ。
「お兄ちゃん、今からみんなで〈西の洞窟〉のボスを倒しに行くけど、一緒に来る?」
「いや、俺のボス戦はもう少しレベルを上げてからにするよ」
「そう。じゃ、お兄は芋虫狩りかな。ボクはボス戦に行きたいけど、いいかな?」
「ああ、もちろん」
「うん。じゃ途中までは一緒に行こっ」
「おう」
〈始まりの平野〉に戻る。
「あ、いたいた。おーい!」
王都の門の前で四人のパーティーが待っていた。女戦士が一人に、後は三人ともローブで魔法使い系だろうか。
小雪のフレンドだが、その中に一人男がいるので俺は気になってしまった。
「じゃ、紹介しておくね! こっちがボクのお兄ちゃん」
「リュートです。よろしく」
「ああ、よろしく」
「ど、どうも」
赤毛の女戦士と、若草色の髪の女の子は普通の反応だが、残りの二人があれっ?という顔をした。
「ねえ、リュート君って…」
聖職者のような白いローブの女性が隣の男に聞く。彼女は背中に弓と弓筒を担いでいた。優しそうな瞳をしている。
「いや、レーニア、特定は止めておこうじゃないか。あいつ、彼女はいないって言ってたんだし。妹もいないはずだ」
そう声を掛けた男は金髪のエルフ。こちらも白いローブを着ている。
淡々とした喋り方がどうも守に似てるんだよな。髪の色と目の色は違うが、顔つきも一緒だ。
「守か?」
俺は確かめようと声を掛けてみる。
「なんだ、やっぱり竜人か」
守が肩をすくめた。
「あれ? お兄ちゃんとエリックって知り合いだった?」
「ああ、こいつとは友達でクラスメイトだよ」
「おおー。へー、そうだったんだぁ」
「私も水沢君と知り合いだよ。あ、私、石川だから」
レーニアが言った。こちらも俺のクラスメイトで守の彼女だ。
「おおー、レニレニもお兄と知り合いだったんだぁ」
「あ、小雪ちゃんが水沢君の妹だったの?」
石川が聞いてくる。
「ああ、親父が再婚してな」
「ああ…」
「ま、それ以上はオープンで喋らない方が良い。個人情報だからな」
守ことエリックが言う。
「ああ。じゃ、ここじゃエリックとレーニアだな」
「そうだ」
「もー、そうならそうと言ってくれればいいのに」
小雪が言うが。
「みんな知らなかったんだから仕方ないだろ。じゃ、俺はもう行くぞ」
守と石川の仲は邪魔したくない。
「ええ? 待って待って、途中までは一緒でいいんだってば」
「ああ」
小雪が止めるので途中までは付いて行くことにする。
このパーティーはエリック、レーニア、ナツキ、ミホだそうだ。
ナツキとミホは小雪の新しい中学の友達だという。活発そうな赤毛のポニーテールの戦士に、大人しそうな草色のローブの三つ編みの子。
エリックは白いローブ姿で聖職者かと思ったのだが、職業を聞いてみると違っていた。
「へえ、エリックは錬金術師なのか。似合うな」
俺はここでの彼の職業を聞いて納得する。休憩時間にゲーテの詩集や英字の科学雑誌を読んでるような変人だ。
「いや、前に話したぞ」
「ええ? そうだっけ? 薬剤師か何かだったと思ったけど」
ゲームの話は適当に聞き流したのであまり覚えていない。
「ああ、クラスチェンジ前はハーブマスターで薬師だよ」
「そういうことか」
「レーニアはシルバースミス、細工職人だ」
守が言う。
「前はカーペンター、木工職人だったんだけどね。家具を作るより細工物の方が儲かるの」
ローブ姿の石川が微笑む。
髪の色が茶色になってるが、他はリアルとそんなに変わりが無い。
「細工ってアクセサリーか?」
俺は聞いてみる。
「うん。あ、何か宝石を手に入れたら、指輪にしてあげるよ?」
レーニアが言うが。
「そう言えば、手に入れたな。これ」
ブラックオニキスを差し出してみる。魔導書のボスを倒した時に手に入れた物だ。
「わ、大粒。うーん、これだとネックレスや腕輪クラスだね。腕輪ならなんとか行けるけど」
「ああ、じゃ、それでいいぞ」
「あ、レニレニ、ボクのも加工してよー」
小雪も頼んだ。
「いいわよ。材料を揃えたりするのに時間がかかるけど、いい?」
「いいよー」
「ああ、こっちも構わない」
「そ。じゃあ、はい、契約書」
ブラックオニキスの加工を承りましたとレーニアの名前と宝石の写真が付いている。
「うん」「おう」
「リュート、物は相談だが、それを僕に預けてくれたら、ミッドガーデンの科学の発展に大きく寄与するかもしれんぞ」
守が危険の香りがぷんぷんすることを言う。
「ヤダ。錬金の材料にして、どうせ失敗もあるんだろ? 俺は装備向上の方がいいぞ」
「その通りだが、実に残念だ」
「自分で材料はそろえろよ」
「ああ、ま、ボスを倒したり、買い付けたりはするんだが、宝石は高いからね」
「エリックったら、平気でレアアイテムも突っ込んじゃうのよ? 正しいレシピ以外は全部ロストなのに、正気とは思えないわ」
石川が半ば諦めたように言う。
「ゲーム内のリソースをどう使おうが、それは遊びの範囲だよ」
守が言うが。
「でも、現実で宝石を釜に突っ込みたくならない?」
「それは否定しないな」
「ほらあ」
リアルで守が変な事をしないように祈っておくとしよう。
皆で西に向かっていると地形が変わり、なだらかな丘がいくつも見え始めた。
一面の芝生は色鮮やかな新緑で、ここで寝転がってひなたぼっこをしたくなる。
やたら大きな芋虫がゆっくり動いているけど…。
「じゃ、私達はこの先だから、リュート君、またね」
レーニアが言う。
「ああ」
「リュート、ユニーク称号を複数持ったことで君はこの世界では目立っている。有名税を取り立てられるかもしれないから、気を付けろ」
エリックが言う。
「それ、さっきも払ってきたぞ」
「そうそう、アルデバランにデュエルを申し込まれたよね!」
「そうか。鬱陶しいと感じるなら早めに有名クランに所属しておけ。それでデュエルは激減するはずだ。それから、そこの聖騎士は早めに卒業した方が良いぞ。彼女はAIだからな」
「大きなお世話だ」
卒業なんて言われるとなんだか嫌だったので俺は反発しておく。
「ああ。汝の欲することをなせ、だったな」
「じゃ、お兄、頑張ってねー!」
「おう」
小雪達と別れ、俺とシロで〈ビッグクロウラー〉を狩る。ミルフィは俺の警護だけで、手は出さない。
デカ芋虫はHPが高いので10回くらい攻撃しないと倒せない。
経験値は4ポイント。
これは小雪も嫌がるはずだな。
反撃はほとんど受けないけど。
「何か攻撃力を上げる方法がないかな…? お、そうだ【エンチャントソード】があったな」
ボスを倒した時に覚えてから、まだ試していなかった。
「宿れ! 熱き魂! 出でよ、炎! ファイアソード!」
スキルを使おうと念じると自動的に魔法文字が頭に思い浮かんだ。
このスキルは技ではなく呪文扱いのようだ。
左手に持った剣に右手に赤いマナを宿して撫でると刀身が赤くなった。スキルレベルが低いせいか炎は出ていないが、熱を帯びている。
それで芋虫を斬りつけてみる。
ジュッと小さく煙が上がり、激しく暴れる芋虫には効果大のようだ。
5回の攻撃で倒せるようになった。
単純に攻撃力が倍になるな。MP消費は4ポイントだが、持続するのでファイアボールを撃つよりお得かも。
属性を氷などに変えてみたいが、まだ氷の呪文を俺は覚えていない。
「でも、予想は付くな…試しておくか」
剣を構える。
「宿れ! 冷たき魂! 出でよ、氷! アイスソード!」
………。
ダメだった。
ま、そんなもんだろう。
金が貯まったら、魔術書を買うかな。
エンチャントのファイアソードで俺が五匹目の芋虫を倒しきったとき――
「【サクリファイス・ガード!】」
それまで静かに佇んで俺の戦いを見守っていたミルフィが、いきなりスキルを発動させた。
彼女の持つ盾がキンッと小気味良い音を立てて忍刀を弾いていた。
「くっ! 何よ、そのスキル! 真後ろからでもガードできるっての!?」
少し離れた場所に着地した黒装束のくノ一、〈氷花〉が驚きとも文句とも付かぬ声を上げた。
「あなたはナイト系のスキルをよく知らないようですね。【サクリファイス・ガード】は物理系ならば、いかなる場所だろうと100%対象を防御します。ノーダメージで」
ミルフィが説明した。
「ハァ? それじゃ倒せないじゃない! 無茶苦茶にも程があるわ!」
「そう怒るな。このスキルは発動者がダメージを肩代わりするだけだ。だから、発動者が倒れたらそこまでだぞ」
俺は言ってやった。
「ああ…」
氷花が納得する。
ちらりとミルフィが俺を無表情で見た。あまり敵に情報を与えないでくれと言う事だろう。
「ふっ、それに、物理だけなら、魔法やアイテムは効果がありそうね! 忍法、【火遁】の術!」
氷花が直立して忍者らしく指を組む。
ボウッと炎がこちらに向かってきた。
「はああ! させませんっ!」
ミルフィがその炎に向かって剣を振る。
「うお」「ええ?」
炎を真っ二つに斬りやがった。
斬られた炎は風圧によるものか、凄い勢いで大きく方向が歪んだ。
扇風機でも向けたような流れ方だ。
剣を振り下ろした後でも、風の流れが続いているのはゲームのなせる技と言うべきか。
「ちょっと…魔法扱いなのに、剣で切れるって、なんなのよ…」
すでに戦意喪失している氷花。
そこに近づくミルフィ。
「待った」
俺はミルフィに声を掛けた。
「くっ!」
危険を感じて構え直す氷花。黒ずきんで表情はほとんど見えないが、隙間から汗が見える。
「久遠、その辺で降参したらどうだ? ミルフィも命までは取らないと思うぞ」
「だ、だから、個人名を出すな! それは私では無い!」
「バレバレだろ、お前。動揺しすぎ」
「うるさい!」
「だいたい、なんで俺を襲うんだ?」
こいつは俺が称号を持つ前から襲ってきた奴だ。
リアル世界の方で久遠に恨みを買うようなことはした覚えが無い。
だから理由が気になった。指名手配になってまでPKって割に合わないプレイだと感じるし。
「ふん、教える義務は無いな。それに、お前のような、幸せいっぱいの、浮かれた奴には帳尻を合わせてやった方が良いんだ」
「ええ? 幸せいっぱいって、どこがだよ」
だが、小雪のことかなと、ちらりと俺は思った。
こいつは、新規プレイヤーが仲の良さそうなプレイヤーに指導してもらうのが気に食わなかっただけなのだろう。
それは、自分がしてもらえなかったことだから。
そう言えば久遠が誰かと一緒にいるところを学校で見た事は無かったな。
「あれで幸せじゃないと言うのか? だったら、幸せが何か、あたしが教えてやる!」
そう言うなり氷花が忍刀で斬りかかろうとしたが、ミルフィの剣で撥ね飛ばされた。
「くっ!」
黒ずきんが破れ、久遠の顔が露わになった。瞳の色を紅に変更しているが、それ以外はつついていないようだ。まあ、顔の設定ってパーツが何百万とあって、つつくのは面倒だからな。
「なあ、お前、俺とパーティーを組まないか?」
俺は久遠にそう申し出てみた。
「ふざけるなッ! 誰がお前なんかと! なんで!」
「いや、俺も上手く言えないけど、分かるんだよ。ついこの間まで俺もサイドコアを持ってなかったし、輪に入れてなかったし」
「違う…違う違う! お前は最初から輪の中心にいただろうがッ!」
「ええ?」
守達のことか。確かに俺は守と石川が『付き合ってます宣言』をするまでは一緒に飯を食ったり話をしてつるんでいたな。
「お前、最悪だ。絶対、許さない……!」
久遠が震える唇で俺に怒りの目を向ける。
参ったな。
俺は気楽に彼女に近づこうとして、どうにも関係をこじらせてしまったようだ。
こいつとならきっと解り合える、そう思ってしまった。
共感できる、そう思ったのだが。
「では、ここまでです。【ディバイン・クラッシュ!】」
「あっ、待て!」
俺はミルフィを止めたが、間に合わなかった。
「うあああっ!」
白い電撃に包まれ、氷花は俺の前から消えた。




