八話 彼女の夏休み
1
自分の部屋の窓から見えるのは、四角く切り取られた青い空。
それはまるで、一枚の写真のよう。
けれど、そこに写る景色は少しずつ移り変わる。
止まらない時間を示すように。
流れる夏の空の雲は、いつもよりどこか近くに感じる。
手を伸ばせば、やもすれば届いてしまいそう。
ベッドに仰向けに寝転がるボクは、そんな事を思う。
高校生初めての夏休み。
長い休日をボクはただ、なんとなく部屋でボンヤリと過ごしていた。
昼食の後で、特にする事が無い。
本当なら木村君や麻美ちゃん達と、何か部活動をしても良かったんだけど、麻美ちゃんが家の都合で夏休みの間、海外に行ってしまったのでどうしようもなかった。その事で麻美ちゃんはボクに申し訳なさそうに、ずっと謝っていた。
「ふう……」
溜息を吐く。
何かしようかな、そんな事を思っては結局の所、何もせずに過ぎる時間と日々。
これは勿体ないのかな?
それとも贅沢なのかな?
分からない。
少し、眠気を覚えて目を閉じる。
聞こえるのは――蝉時雨。
それはずっと、続きそうな蝉の声。
でもそれが、ずっと続かない事をボクは知っている。
「……」
目を開ける。
やっぱり、なんか勿体ない気がする。
机の上のカメラを取る。
外に出よう!
そう決めて、自室を出て階段を通って玄関に出る。
行ってきます、と居間の家族に声を掛ける。
靴を履いて、戸を開けようとした時、声が聞こえた。
「姉ちゃん、どっか行くの?」
声の主はボクの義弟の雄太のものだった。
「ちょっと、写真を撮りにね」
そう答えると。雄太は居間から出てくると靴を履きながら言った。
「オレも一緒に行っていい?」
ボクは頷いた。
2
「姉ちゃん、外暑くない?」
「そうだね、ちょっと……いや、だいぶ暑いね……」
夏の日差しの炎天下、雄太と街を歩く。
ずっと、エアコンの効いた部屋の中にいたので堪えるものがあった。
「雄太は大丈夫?」
「オレは姉ちゃんの方が心配だよ。この夏は、ずっと部屋にいるだろ」
小学生四年生の雄太は夏休みに入ってから半袖短パン姿で、毎日のように外で友達と遊んでいるようで結構、日に焼けている。
それに対してボクは一度、家族と海に行った程度なので白い。友達達と出掛けたりもしたけど、それも薄暗い映画館の中だ。
「そう言われたら、そうかもしれないね。でも――」
道すがらの自販機で水を買う。それを雄太に渡す。
「――ボクは雄太が心配だよ。だから、それを飲みながら行こうね」
けれど、雄太はしかめっ面で受け取る。
「あんまり、子ども扱いするなよ。小遣いだってあるから、自分で買えるって!」
「ごめん…余計だったかな……」
そうだよね、雄太も出会った頃に比べれば随分、大きくなったもんね。
もっと小さい頃は、今よりも活発でひとりで大きな木にも登ってたね。
その後で、降りられなくて泣いていたりもしてたけど。
いつまでも、あの頃の小さい男の子じゃないよね。
「はあ。姉ちゃんはいつも、そうやってオレの事を気にするんだから……」
ガシガシ、と頭を搔く。
「姉ちゃん、ありがとうな!」
雄太が笑う。
「うん!」
ボクも笑う。
3
ボクと雄太は、千羽池にやって来ていた。
夏休みの、それも日曜日とも相まって多くの人が千羽池にいた。
そんな光景を見ては時々、カメラに収めていく。
何度かその事を繰り返してから思った。
雄太は退屈じゃないのかな?
隣りを見れば、暇そうに欠伸をしていた。
「雄太、ボートでも乗る?」
そう、声を掛けてみた。
「う~ん、まあいいかな」
雄太は池に浮かぶ幾つものボートを見て言った。
「よっしゃ!全速力出そうぜ!」
「いいよ、力いっぱい漕ごうね!」
ボク達はボートに乗った後、ふたりで全力で漕いだ。
水飛沫が上がって、互いに少し濡れて、でもこの暑さの中では涼しく感じて。
それが、ただ楽しくてふたりで笑った。
池の真ん中まで来たところで、疲れて止まる。
「ふう……休憩!」
「疲れたね~」
互いにボートの上に横たわる。
日差しは暑い。でも今は不快じゃなかった。
「いや、なんか姉ちゃんとこうして遊ぶの久しぶりな気がする~」
「ボクもそう思うよ」
「なんでなんだろう?」
雄太が身体を起こして、ボクを見る。
確かに昔はふたりで一杯、遊んだのにね。
どうして最近はあんまり遊ばなくなっちゃたんだろうね?
「雄太も学校に通うようになって、他に遊ぶ友達が出来たからじゃないかな?」
そう言うと、雄太はしかめっ面でボクを見た。
「姉ちゃんは、高校に入ってから写真撮るようになったしな!」
じっと、ボクを見つめる雄太。
「オレは姉ちゃんが変わった気がする――」
それから、こんな事を言った。
「――好きなヤツとか出来たのか?」
ボクは、曖昧に頷く事しか出来なかった。
4
ボートに乗った後、難しい顔をした雄太とアイスを食べた。
夏の暑さの中では、何か考えて事をしている雄太のアイスはすぐに溶けてしまう。
「雄太、アイス溶けているよ」
「うわ、マズイ!」
慌てて頬張るけれど、食べ終わる頃には手がベタベタになってしまっていた。
「後で手を洗わないとね」
そう言ってからボクは雄太の手を取って、付いたアイスを舐め取る。
「ちょ!姉ちゃん!」
「どうしたの?」
何やら顔を赤くしている雄太。意味が分からず、続けて指を咥えて舐め取る。
「お、オレ、トイレで洗ってくる!」
凄い勢いで走って行ってしまった。
雄太を待っていると、木村君に会った。
「お、部長じゃないですか~奇遇っすね。今日も写真ですか?」
ヒラヒラ、と手を振ってこちらに来る木村君。
「久しぶりだね、木村君!」
「ホント、久しぶりっすね!いや、俺としては部長と会えなくて寂しかったですわ。ところで……今、暇なら俺とデートとかしません?いや~俺、今は暇でして~」
うん、木村君は何にも変わってないね。
そう思った時だった。
「テメー、ウチの姉ちゃんをナンパしてんじゃねえぞ!この、軽薄茶髪野郎!」
雄太が凄い勢いで戻って来て、木村君にドロップキックを入れた!
それから暫く、一悶着あってから三人でお茶をしたんだけど、雄太と木村くんはいがみ合ってばかりだった。
ふたりは相性が悪いのかな?
ボクはそう、思った。
次回は木村君サイドになります。
コイツは普段、ひとりの時は何しているんでしょうね?
ナニじゃないよ(笑)