五話 雨が上がった後に、彼は叫びました
1
六月――
梅雨入りをした街には、今日も雨が降っていた。
「はあ……失敗したかな?」
その中で、ボクは溜息を吐く。
「わん?」
腕に抱かれているちび太が、ボクを見て不思議そうに首を傾げる。
急に降り出した雨から逃れるために、あるビルの軒下にボクとちび太はいた。
傘を持たないひとりと一匹は、絶賛雨宿り中だった。
放課後、部活動の時間。
連日、降り続いていて満足に写真を撮れなかったボクは少しだけ止んだのを見て、街に出掛ける事にした。
天気予報では今日はもう降らないと言っていたし、もしまた降ったらその時はそんな街の景色を撮ろうと思っていたんだ。
ただ――
――傘を忘れてきたんだよね、つい。
街に出てしばらく写真を撮っていて、ちび太と会って。
それから、急にまた降り出した。
降り続く雨は思ったよりも強い。
ボク達のいる軒下は、その全部は防いでくれない。
ローファーのつま先や制服の肩口を、スカートを零れる滴が濡らしていく。
せめてちび太は濡れないようにと、しっかり抱く。
雨の降る外気は寒い。
時々吹く風がボクの身体を、濡れている所を特に冷やす。
――ううう、寒いよう。
抱いているちび太が温かいのが、せめてもの救いだった。
これからどうしようかと、思った。
傘が無いから濡れずに学校まで帰る事は難しいし、それに傘が売っていそうなコンビニまで行くにしても、ボク達のいる場所からは少し距離があった。
止むまで待つしかないのかな?
そう思っていた時だった。
「部長~!」
ボクを呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を見れば。そこには傘を差した木村君がいた。
2
「木村君、どうしてここに?」
「おじいちゃん先生に頼まれたんすよ~。部長が傘も持たずに写真を撮りに出たみたいだけど、また雨が降ってきたから、迎えに行ってきて欲しいって」
おじいちゃん先生――芳野先生のことかな?
「そっか、ありがとう。木村君!」
「あい。それにしても、これからどうします?自分、傘を差してここまで来ましたけど、結構強くて濡れましたよ」
そう言う木村君の制服のシャツも少し濡れている。
「どうしたらいいかな?」
「そうすっね~弱まるまで、どこかに入ります?」
「それもいいかもしれないね。どこに入ろうか?」
ファミレスとか喫茶店を、ボクは思い浮かべた。
「部長。その、ホテルとかどうですか~?」
「ホテル?」
どうして、ホテルなんだろう?
「木村君、別に宿泊をする必要はないと思うよ。家に帰らないと家族も心配するし……」
そう言うと木村君はチチチッ、と人差し指を振りながら言った。
「この世の中にはですね~宿泊だけではなく、休憩もできるホテルもあるんですよ~!」
「へえ~それは知らなかったよ」
うん、そこならいいかもしれないと思った。
でも、気になる事もあった。
「あ、でも……」
「なんすか?」
「そこって、ちび太も一緒に入れるかな?」
「わん!」
腕の中のちび太が、木村君を見て鳴く。
「……えっと、多分無理です」
あ、そうなんだ。
どんなホテルかは知らないけど。
3
結局、ボク達は近くの喫茶店を訪れた。
ちび太もそこのマスターさんのご好意で、入れて貰える事になった。
席に向かい合って座るボクと木村君。
ちび太は、足元で器に入った水を飲んでいる。
しばらくすると、注文したものが運ばれてくる。
ココアとコーヒー。
ココアがボクで、木村君がコーヒー。
「部長は甘いのが好きなんすか?」
「そうだね、好きかもしれないね」
湯気の立つココアを、ゆっくりと口に含む。
優しい香りと甘い味。
身体が温かくなる。
ふと、あのひと――悠さんと前にココアを飲んだ時の事を思い出した。
そうすると、胸の中も暖かくなった。
自然と口元が綻んでいくのが分かった。
「……あの部長、聞いてもいいすか?」
そんなボクを見て、木村君は言った。
「どうして部長は――写真にそこまで入れ込むんですか?雨の日にしか取れない写真もあるとは思います。でも別に今日じゃなくてもいいし、もっと学校の近くで撮ってもいい。なんつか、部長の入れ込み具合は違う気がして」
その言葉にボクは、少し考え込む。
ボクが写真を撮り続ける理由――
――それはやっぱり悠さんと出会って、同じ景色を見たいと思ったから。
「その、ボクに写真を教えてくれたひと――と少しでも同じ景色を見たいって思ったからかな。カメラを通じて」
「そのひとは、男ですか?」
頷く。
「なるほどね……」
木村君はコーヒーにミルクだけを入れて、口に含むと呟いた。
「やっぱりこれは、苦いわ……」
しばらくすると、雨は止んだ。
4
雨は止んでも、その滴に濡れて光る街をみんなで歩く。
「部長~どこに行くんすか?帰るんじゃないんすか~?」
ボクが一番前。そこにちび太が付いてきて、最後を木村君が歩いていた。
「ごめん、ちょっと撮りたい場所があるんだ」
「それは今日じゃなきゃダメなんすか?」
「できれば今日がいいかな…それに、その場所を木村君にも見て貰いたいかなって思って……」
「とっておきの場所ってヤツですか?」
「そうとも言うかな」
「……まあ、仕方ないっすね!」
そう言うと、木村君は笑って付いてきてくれた。
そうして、辿り着いたのは街から少し外れた所にある丘。
この場所は――空が遮るものが無く一望できる場所だった。
ボクのお気に入りの場所のひとつだった。
ボク達が着いた時、空から光が柱のように降っていた。
揺らめく光の柱。何かが降りてきそうにも見えた。
その光景はどこか神々しくもあった。
カメラを構えて撮っていく。
「天使の梯子――か」
ボクの隣りに立つ木村君が呟いた。
「あれってそう言うんだ。よく知ってるね」
一通り撮り溜めた後、足元に身体を寄せるちび太を抱き寄せながら答えた。
「部長が俺に見せたかったものって、これですか?」
「うん、そうだよ!雨が止んだ後に時々見えるんだ。凄く綺麗だとボクは思うんだ!」
ボクは笑いながら答えた。
「ええ!すげえ綺麗でした、ありがとうございます!」
木村君も笑ってくれた。
それから――木村君は今まで見たことの無い真剣な顔付きになって言った。
「あの……俺、部長に伝えたい事があります」
ボクに近づいてくる。その真剣な雰囲気に押されて動けなかった。
「木村くん……?」
「そのまま動かないでください」
木村君がボクの肩に手を置いて捉える。
そっと顔を寄せてくる。
そうして、木村君は唇を重ねていた。
「わん!」
ボクの腕に抱かれているちび太と。
ちび太が木村君の唇を、頬を、顔中を舐めまわしていく。
「はふ!はふ!」
その間、木村君は茫然とした顔でそれを受け入れていた。
「そっか、木村君はちび太が好きなんだね!ちび太も木村君が好きみたいだよ!」
「ええ、そうなれたらいいなと今マジで思いましたよ!」
なんだろう?
木村君は身体を、拳を震わせながらちび太を見ていた。
それから、丘の上から叫んだ。
「ばかやろ――――!」
木村君の叫びがどこまでも響き渡った。
これにてスプラインは、一部終了です!
元々はここまでしか考えてなかったとか(笑)
二部も考えてあります。
そこからは、新キャラが登場予定!
写真部に波乱の予感!