四話 少し前の彼
知られざる木村君の内面と過去。
わりとアレです(笑)
1
俺、木村良太――にとって世界は灰色だった。
山城栞こと、部長と出会うまでは。
俺の家には親父はいない。元々だ。
俺はお袋ひとりに育てられた。
育てられた――正直言えばそういうのも、かなり怪しい。
どっかの別の国の血の混じるお袋は、駅前で怪しげなバーを経営していて家には殆ど帰ってこない。
なんで俺は、生まれたんだか。
若い時にお袋は変な男にでも、弄ばれたのか?
それでもそれなりの額を仕送りしてくれるので、生活には困っていないが。
そんな平たくいっても、マトモとは言えない家庭環境で育った俺は、ワリと好き勝手やっていた。
その際には、お袋から遺伝で譲り受けた天然茶髪がかなり役立ってくれた。
学校では色々と目を付けられて大変だったが、異性に声を掛ける時には逆だ。
俺は幸いにも容姿もいい方だったし、金もあった。
だから、適当にオンナを引っ掛けて遊んでいた。
まあ最初は楽しかったよ。男女の快楽は刺激的で、気持ちいいし。
だが暫くして――飽きた。
オンナなんか下らないとも思ったね。
ちょっと声を掛けて、いい顔で囁いて、甘い雰囲気を作ってやれば大体堕ちる。
そんなんだから、俺が生まれたんだろうね。
クズだね、オトコもオンナも。
でも一番のクズは――俺だ。
分かっていても、こんな事を止められないんだから。
ああ、こんな俺はきっと将来ロクなヤツにはならないだろう。
大体、周りの大人からしてロクでもないんだから。
甘い快楽の後の朝帰りの道で汚物とゴミに塗れた裏路地を通りながら、そんな事を考えていた。吐き気がする、さっき飲み込んだアルコールを吐いた。
下らねえよ、何もかもが全て下らねえよ!
世界も未来も過去も、俺にとっては灰色だ。
2
高校に入学してからも、そんな風に過ごしていくんだとタカを括っていた。
だから入学式からして目に止まった女子に声を掛けて、品定めしていた。
高校生活に希望でも抱いているのか、結構みんなチョロかった。
暫くは困らないわ、これは。
――クダラナイ、本当に。
そんな事を考えながら廊下を歩く。部活動の勧誘のポスターや写真が掲示板に並んでいる。これはまた健全な事で。鼻で嗤う。
――そんな時だった。
俺の目に一枚の写真が目に飛び込んできたのは。
その写真には、鮮やかな夕暮れの色と夜の闇が入り混じっていた。
なんでなんだろう。
その写真を見た瞬間に――俺の胸から何かが込み上げてきて、涙が零れそうになったんだ。
綺麗だったんだ。本当に。
世界は綺麗だったんだ、そう思えたんだ。
俺にとっての灰色の世界が色付いていくのを感じた。
そして次に目に映ったのは、その写真を掲示板に貼っている女子生徒だった。
3
その女子生徒を俺は知っていた。
同じクラスの山城栞。
顔立ちは可愛い方だが少し幼く、背もいささか低いがスタイルは悪くない。だが全体的に雰囲気が地味目だ。
だから、今まで声を掛ける事も無かった。こういうタイプは押せば、案外堕ちる事も多いが、なんていうかコイツは独特だ。妙に落ち着いているというか。
クラスでもあんまりその輪に加わることも無く、だからといって離れる訳でもない。控えめちゃ、控えめ。大人しい。
そんな印象しかなかった、この時までは。
彼女と目が合う。すると言った。
「どうかしたの、泣いているよ?」
とても心配そうな顔で。
俺は今、泣いているのか?
「いや、何でもない」
「ほんとう?」
「本当だよ!」
それは強がりだった。俺は今、心を強く揺さぶられていたんだ。
その写真と俺を心配する彼女に。
「それより――その写真はアンタが撮ったのか?」
彼女が頷く。
「アンタは写真部なのか?」
「そうだよ!」
山城栞が、柔らかく笑う。
「君は写真に興味ある?」
その瞬間に俺は落ちてしまったんだ。
ソイツに――恋をしてしまったんだ。
どうしようもないくらいに。
その次の日、俺は写真部に入部した。
4
放課後の部室。
俺は写真部に置かれた机に突っ伏して、いつものように部長を待つ。
写真を外に撮りに行った部長はまだ帰って来ない。
本当は一緒に撮りに行きたい気持ちもある。部員である以上、部長が拒む事もないだろう。
問題は――俺自身にあった。
色々、女性関係をこれまで散々ヤラカしてきたので部長とあまり傍にいれば、色々迷惑を掛けるだろう。
現に彼女しかいなかった部に入る際にも、色々邪推されたもんだ。
その邪推は、当たっているのだが。
オンナって面倒なのはよく知ってる。
俺は、そんな事に彼女を巻き込みたくなんかない。
初めてだった、誰かをそんな風に大切に思えるのは。
ただ、入部してから分かったこともある。
写真を撮ることに真っ直ぐな彼女。その真っ直ぐさは――誰かに向けられているものなんかじゃないのかと。
そのせいなのか、それとも元々の性格なのか、部長はこちらのアプローチに対して鈍い。
あの鈍感天然ヤロウ!
こっちがどう思っているかなんて、意にも介にもしえね!
柳に風。あるいはコンニャクかよ!
今までの中で、一番ゴミのように手ごわい。
だけど――好きなんだ。
だから嫉妬している。彼女に自覚があるのか分からないけれど、彼女が想いを抱いている相手に。アイツ案外、自分に対しても鈍いんじゃないのか?
俺はそんな部分も含めて、彼女を好きになったんだ。
これは――どうしようもねえ。
「ただいま、木村君!」
部長が部室のドアを開けて戻って来る。
そんな彼女に笑い掛ける、いつものように。
「ああ~お帰りっす、部長!」
俺はそれでも彼女との時間を大事にしている。その時間を壊したくなんかない。まだ告白したって、コイツを戸惑わせるだけだろう。
それでも俺はいつか打ち明けたい、俺の想いを。
そして結ばれたい。
あ~あ、なんで今更俺はこんなマトモな恋愛してるんだろね?
勿論嫌じゃねえ。
次回は、再び部活動。
雨の降る6月の話をお届けする予定です。