一話 写真部の彼女は天然ぎみのようです
1
少し前――その頃のボクには、世界は灰色に映っていたんだ。
色々な事があって。
でもそんな時、ボクはあのひとに出逢ったんだ。
そして、そのひとはボクに写真を撮る事の楽しさを教えてくれたんだ。
カメラのレンズを通して、ボクは世界を見る。
それだけで世界は特別なものになるんだ。
だって同じ日は、同じ時間は、同じ瞬間は二度とは訪れないから。
桜並木の遊歩道、そこから続く河川敷。
暖かな日差しの中を散歩する人達。
暖かな、柔らかい風にボクの着ている制服のスカートの裾が、少し翻る。
街を歩けば、ボクと同じ学生達が楽しそうに笑って、放課後を満喫していた。
コンビニで買った、から揚げを食べる男子達。おしゃべりをしながら歩く女子達。
街角に咲いた桜の花びらがそんな彼らを、街を桜色に染めていく。
それらをボク――山城栞はカメラを向けて、収めていく。
不意に立つガラス張りのビルを見れば、ガラスに春の青い澄んだ空が映し出されていた。
(おもしろいなあ~)
そう思って、その光景もカメラに収めていく。
少し歩いて、結婚式場の前にやってくる。
なにやら、みんなが慌ただしそうにしている。
近く、誰かが結婚式をするのかもしれない。
想像して、幸せな光景を思い浮かべる。
思わず微笑みが零れた。
うん、タイミングが合ったら撮りたいな。
足元にふと温かい、柔らかい感触を覚える。
見てみると、一匹の子犬が体を摺り寄せていた。
「わん、わん!」
2
「ちび太じゃないか!ひさしぶりだね!」
ボクはちび太の頭を撫でてから、抱え上げる。
ちび太はしっぽを嬉しそうに振って、それを受け入れる。
「わん、わん!」
「くすぐったいよ、ちび太!」
ちび太がボクの顔を舐める。
ちび太はボクの友達だ。
高校に入学して、写真を撮るようになった頃からの。
確か出会ったきっかけは、いい写真が撮りたくて街を歩いていた時、お腹を空かせてフラフラと歩いていたちび太を見つけて、肉まんをあげた事だった。
首輪をしているので、どこかで飼われているんだと思う。
でもよく、街の中で出会う。
ちび太は脱走癖でもあるのかな。
「ほら、ちび太お食べ」
コンビニで買った肉まんを半分こして、ちび太にあげる。
「はふ、はふ!」
それをちび太は、おいしそうに食べる。
ボクも公園のベンチに腰かけて肉まんを食べる。
ひとりと一匹で、春のうららかな日差しと陽気の中、美味しく肉まんを食べた。
3
ひとしきり街の中で写真を撮った後、ボクは学校に戻ることにした。
いつの間にか日差しは傾き、街は夕暮れになっていた。
夕暮れの街を撮りたい気持ちもあったけれど、今日は早く帰らないといけなかった。
学校に戻ると校門の前で、写真部の顧問の芳野先生と会った。
「芳野先生、こんにちは」
「おお、山城くん。部活帰りかな?どうかな、いい写真は撮れておるかね?」
「自分としては頑張って撮っているつもりです」
「そうか。また今度、写真を見せておくれよ」
「はい!」
ボクはお辞儀する。
芳野先生はおだやかな性格の、年のいったおじいちゃんの先生だ。目は線のように細い。
「そうだ、山城くん。おはぎはいるかね?はんごろしというものだが。友人に貰ったのだが、ひとりでは食べきれなくて」
「ありがとうございます、先生!ぜひ頂きます!」
「なら、職員室に取りにきなさい」
そう言うと、芳野先生はボクの足元を見た。
「ところで、山城くん。先程から気になっていたのだが、その子犬はなんだね?」
「わん、わん!」
ちび太が元気よく吠える。
付いてきちゃたんだね、ちび太。
4
ちび太と別れて、職員室ではんごろしを芳野先生から頂いた後、部室に戻った。
夕暮れに染まる部室、そこには茶髪のひとりの男子生徒が、机に突っ伏して眠っていた。他には誰もいない。
「ただいま、木村君」
声を掛ける。
「んん~ああ、お帰りっす、部長」
気だるげに目を覚まして、欠伸をする木村良太君。
彼は写真部に入っているけど、写真を撮らない写真部部員だった。
日がな写真部に出入りしては、居眠りばかりしている。
どうして、写真部に入ったんだろうね。
「これ、芳野先生から貰ったよ」
ボクは、はんごろしの入った包みを渡す。
「ええ~ありがとうございますよ、部長」
また、欠伸をする木村君。寝起きでまだ意識はぼんやりしているのかもしれない。
ボクは部室の隅に置かれた机の上のパソコンを起動する。
そして、デジカメとパソコンをケーブルで繋げると、写真をパソコンのフォルダーに移していく。
本当は一眼レフみたいな、本格的なカメラが欲しかったんだけど、ボクのお小遣いではこれが限度だった。
「写真を撮ってきたんですか、部長」
背中の後ろから聞こえる木村君の声。
「うん、今日は春の桜の街並みのいい写真が撮れたと思う」
振り返らず、背中越しに話す。
「そうっすか、なら後で俺にも見せてくださいよ」
「いいよ。ところで木村君――」
「なんっすか、部長」
「少しは写真を撮ろう、写真部の部員なんだから」
「あ~、パスっす。俺、カメラ持ってないですし。それに俺は部長の写真の見るの専門ですし」
「そんな事言って」
木村君はいつもこうだ。適当にはぐらかされてしまう。
「それより、部長――」
「――何かな、木村君」
声を近くに感じて、振り返るとそこには木村君がいた。
少し、距離を近くに感じる。
「部長は、男とふたりで誰もいない部室にいて何とも思わないんすか?」
木村君がボクの座っているイスに手を掛けて、自分の方に向ける。
ボクは木村くんと向かい合う。
ボクを見つめる木村君を見る。
特徴的な茶髪の髪。それは元かららしくて。端正な顔立ち。長い睫毛。
木村君は、一部の女子から人気がある事を知っている。
「そうだね、寂しいとは思うかな。今はボクと木村君しか部員がいないから。これから増えてくれると嬉しいかな」
木村君を見つめて、そう返す。
ボクが写真部に入ろうとした時、写真部には誰もいなかった。三年生の卒業した先輩達が最期に残っていた部員だったから。
そう答えると、木村君は溜め息を吐いて離れていく。
「そうっすね。まったく部長は――」
はんごろしの包みを開けると、木村君はおはぎを口に放り込んだ。
「はんごろし、ね。俺はさしずめ生殺しですかね」
そんな事を呟いた。
その意味が分からず、ボクはきょとんとした。
「この天然!」
ボクを見て、木村君は言った。
次回は部員集めのお話の予定。
このままでは廃部になってしまいそうなほど、人数が少ないですから。
そこで、栞はある人物を勧誘します。