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色彩スプライン  作者: 白河律
2/16

一話 写真部の彼女は天然ぎみのようです

    1


 少し前――その頃のボクには、世界は灰色に映っていたんだ。

 色々な事があって。

 でもそんな時、ボクはあのひとに出逢ったんだ。

 そして、そのひとはボクに写真を撮る事の楽しさを教えてくれたんだ。



 カメラのレンズを通して、ボクは世界を見る。

 それだけで世界は特別なものになるんだ。

 だって同じ日は、同じ時間は、同じ瞬間は二度とは訪れないから。


 桜並木の遊歩道、そこから続く河川敷。

 暖かな日差しの中を散歩する人達。

 暖かな、柔らかい風にボクの着ている制服のスカートの裾が、少し翻る。

 街を歩けば、ボクと同じ学生達が楽しそうに笑って、放課後を満喫していた。

 コンビニで買った、から揚げを食べる男子達。おしゃべりをしながら歩く女子達。

 街角に咲いた桜の花びらがそんな彼らを、街を桜色に染めていく。

 それらをボク――山城栞(やましろしおり)はカメラを向けて、収めていく。


 不意に立つガラス張りのビルを見れば、ガラスに春の青い澄んだ空が映し出されていた。

 (おもしろいなあ~)

 そう思って、その光景もカメラに収めていく。


 少し歩いて、結婚式場の前にやってくる。

 なにやら、みんなが慌ただしそうにしている。

 近く、誰かが結婚式をするのかもしれない。

 想像して、幸せな光景を思い浮かべる。

 思わず微笑みが零れた。

 うん、タイミングが合ったら撮りたいな。


 足元にふと温かい、柔らかい感触を覚える。

 見てみると、一匹の子犬が体を摺り寄せていた。

 「わん、わん!」


     2


 「ちび太じゃないか!ひさしぶりだね!」

 ボクはちび太の頭を撫でてから、抱え上げる。

 ちび太はしっぽを嬉しそうに振って、それを受け入れる。

 「わん、わん!」

 「くすぐったいよ、ちび太!」

 ちび太がボクの顔を舐める。


 ちび太はボクの友達だ。

 高校に入学して、写真を撮るようになった頃からの。

 確か出会ったきっかけは、いい写真が撮りたくて街を歩いていた時、お腹を空かせてフラフラと歩いていたちび太を見つけて、肉まんをあげた事だった。

 首輪をしているので、どこかで飼われているんだと思う。

 でもよく、街の中で出会う。

 ちび太は脱走癖でもあるのかな。


 「ほら、ちび太お食べ」

 コンビニで買った肉まんを半分こして、ちび太にあげる。

 「はふ、はふ!」

 それをちび太は、おいしそうに食べる。

 ボクも公園のベンチに腰かけて肉まんを食べる。

 ひとりと一匹で、春のうららかな日差しと陽気の中、美味しく肉まんを食べた。


     3


 ひとしきり街の中で写真を撮った後、ボクは学校に戻ることにした。

 いつの間にか日差しは傾き、街は夕暮れになっていた。

 夕暮れの街を撮りたい気持ちもあったけれど、今日は早く帰らないといけなかった。


 学校に戻ると校門の前で、写真部の顧問の芳野(よしの)先生と会った。

 「芳野先生、こんにちは」

 「おお、山城くん。部活帰りかな?どうかな、いい写真は撮れておるかね?」

 「自分としては頑張って撮っているつもりです」

 「そうか。また今度、写真を見せておくれよ」

 「はい!」

 ボクはお辞儀する。

 芳野先生はおだやかな性格の、年のいったおじいちゃんの先生だ。目は線のように細い。

 「そうだ、山城くん。おはぎはいるかね?はんごろしというものだが。友人に貰ったのだが、ひとりでは食べきれなくて」

 「ありがとうございます、先生!ぜひ頂きます!」

 「なら、職員室に取りにきなさい」

 そう言うと、芳野先生はボクの足元を見た。

 「ところで、山城くん。先程から気になっていたのだが、その子犬はなんだね?」

 「わん、わん!」

 ちび太が元気よく吠える。

 付いてきちゃたんだね、ちび太。


    4


 ちび太と別れて、職員室ではんごろしを芳野先生から頂いた後、部室に戻った。

 夕暮れに染まる部室、そこには茶髪のひとりの男子生徒が、机に突っ伏して眠っていた。他には誰もいない。

 「ただいま、木村君」

 声を掛ける。

 「んん~ああ、お帰りっす、部長」

 気だるげに目を覚まして、欠伸をする木村良太(きむらりょうた)君。

 彼は写真部に入っているけど、写真を撮らない写真部部員だった。

 日がな写真部に出入りしては、居眠りばかりしている。

 どうして、写真部に入ったんだろうね。

 「これ、芳野先生から貰ったよ」

 ボクは、はんごろしの入った包みを渡す。

 「ええ~ありがとうございますよ、部長」

 また、欠伸をする木村君。寝起きでまだ意識はぼんやりしているのかもしれない。

 ボクは部室の隅に置かれた机の上のパソコンを起動する。

 そして、デジカメとパソコンをケーブルで繋げると、写真をパソコンのフォルダーに移していく。

 本当は一眼レフみたいな、本格的なカメラが欲しかったんだけど、ボクのお小遣いではこれが限度だった。

 「写真を撮ってきたんですか、部長」

 背中の後ろから聞こえる木村君の声。

 「うん、今日は春の桜の街並みのいい写真が撮れたと思う」

 振り返らず、背中越しに話す。

 「そうっすか、なら後で俺にも見せてくださいよ」

 「いいよ。ところで木村君――」

 「なんっすか、部長」

 「少しは写真を撮ろう、写真部の部員なんだから」

 「あ~、パスっす。俺、カメラ持ってないですし。それに俺は部長の写真の見るの専門ですし」

 「そんな事言って」

 木村君はいつもこうだ。適当にはぐらかされてしまう。

 「それより、部長――」

 「――何かな、木村君」

 声を近くに感じて、振り返るとそこには木村君がいた。

 少し、距離を近くに感じる。

 「部長は、男とふたりで誰もいない部室にいて何とも思わないんすか?」

 木村君がボクの座っているイスに手を掛けて、自分の方に向ける。

 ボクは木村くんと向かい合う。

 ボクを見つめる木村君を見る。

 特徴的な茶髪の髪。それは元かららしくて。端正な顔立ち。長い睫毛。

 木村君は、一部の女子から人気がある事を知っている。

 「そうだね、寂しいとは思うかな。今はボクと木村君しか部員がいないから。これから増えてくれると嬉しいかな」

 木村君を見つめて、そう返す。

 ボクが写真部に入ろうとした時、写真部には誰もいなかった。三年生の卒業した先輩達が最期に残っていた部員だったから。

 そう答えると、木村君は溜め息を吐いて離れていく。

 「そうっすね。まったく部長は――」

 はんごろしの包みを開けると、木村君はおはぎを口に放り込んだ。

 「はんごろし、ね。俺はさしずめ生殺しですかね」

 そんな事を呟いた。


 その意味が分からず、ボクはきょとんとした。


 「この天然!」

 ボクを見て、木村君は言った。


 挿絵(By みてみん)

次回は部員集めのお話の予定。

このままでは廃部になってしまいそうなほど、人数が少ないですから。

そこで、栞はある人物を勧誘します。

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